第3話 エクジースティの巣
「電影剣!」ユウトが仲間達の前に立って、剣をエクジースティの黒い鱗に突き立てる。
「グォアァァァ!」
「雷光双閃! 雷光双閃!」
右、左と剣を斜めに繰り返し振るって、エクジースティの巨体は大地に倒れ伏した。しかし息つく暇はない、新たなエクジースティがユウトの横から近づいてくる。反応し、また剣を振る。
「電影剣! 雷光双閃、電瞬裁破!」
デュークの技を自分なりに再現しながら、現れる巨体を一匹、また一匹と倒していくユウト。魔晶が山のように散らばり、魔晶珠になっていく。
「やっぱり強い! すごい、ユウト!」
ユウトの後ろにはアリーア達がいて、反対側はミスペンが守っていた。彼は左手を近づいてきたエクジースティに向ける。手のひらから発射された炎や氷は次々と命中し、敵が一体、また一体と倒れていく音と震動がいつまでも響いた。
「ユウトの言った通りか……」
術を休みなく撃ち続けながら、軽く息を吐くミスペン。確かに大した相手ではないが、問題は数だ。一発ももらわないようにしなければと、無意識にたるみかけた心を引き締める。
「ミスペンもすごい! エクジースティをどんどんやっつけてくよ!」
「精神操作だけじゃなくて、戦っても強いんだぁ!」
「そうです、ミスペンさんもユウトさんと同じくらい強いです!」ドーペントは誇らしげに言いながら弓を放つ。
「すごいミスペン! すごいすごい! 木か草かでいったら穴ぼこだね」
「なんでよ?」
ここでカフが気楽な様子でミスペンに話しかける。
「いや、でも正直ミスペンってユウトより強いんじゃない? すごいな、後で握手してよ」
「ミスペンに触らないでくれる? あんたみたいな嘘つきはどっか行ってよ」
「えー! ……あれ? 動けないぞ」
ミスペンは目の前に敵がいない時を見計らい、背後を振り返っていた。彼の左手はカフに向けられていた。
「えっ? オレ……」
ミスペンは念を送り、カフの身体を操って前に出させた。
「うわぁあぁぁぁ!! 嫌だぁぁぁぁ!!」
ユウトとミスペンの2人ではカバーできない、隙間となっている位置にカフを立たせた。カフはずっと悲鳴を上げている。
「ちょっと可哀想じゃないでしょうか……」
「あんな奴、痛い目見なきゃわかんないでしょ!」
だが、パフィオはそのカフをさらに守るように前に出た。
「パフィオ!」
「あぁ……パフィオぉ。オレのこと守ってくれるの? 頼むよ!」カフは声が上ずっている。
「別にあんたを守るわけじゃないでしょ」
パフィオは色々な方向から押し寄せるエクジースティの前足を手で受け止めたり、後ろ足を引っ張ったり、自身の身体を盾にしたりして身体を。
「ああ……エクジースティさん。ごめんなさい、そんなに怒らないで下さい。でも、わたしの仲間も大事なんです」
「パフィオ、何してんの。そいつら敵なんだからやっつけて!」
「そうですね……。そうですね、魔獣さんとは、今は仲良しになれませんよね……ごめんなさい!」
パフィオは捕まえたエクジースティをそのまま遠くへ投げ飛ばすと、仲間達のもとを離れ、エクジースティの群れの中へ飛び込んでいった。
「すごーい! 飛んでっちゃった!」
「えっ、パフィオ! あたい、独りなんだけど!?」テテは驚いてノコギリを落としてしまった。
パフィオは敵の中で奮闘しているようだ。グォォォというエクジースティの唸りが一層激しく聞こえ始めて、彼らがどんどん投げ飛ばされていく。テテは困惑してキョロキョロとする。
「うわぁぁぁ! パフィオ!」
「なんで遠くに行っちゃったのぉー!」
「おいーー!! パフィオがいないと、オレ、動けねぇんだよぉぉ!!」
ミスペンが彼らを叱咤する。「お前らも無理のない範囲で戦えるだろう! 自分の身は守れ!」
「うぅー、頑張らないと……僕らも冒険者だもんね」
「そうよ……自分で戦っても無理かもしれないけど、足引っ張ってばっかりは駄目でしょ!」テテはフライパンとノコギリをそれぞれの手に持ち、臨戦態勢だ。
「ビカビカ満月、パシア・スピラーロ!」
ボノリーの杖の先から発生したオレンジ色の炎の球はエクジースティの顔に当たるが、効いていないようだ。
「ペネートゥロ!」ドーペントがエクジースティの肩に当たった矢は、刺さらずに落下した。
「えっ……」
「びゃあ! ボノリーの魔法も、ドーペントの矢も効かないよ!」
「これがエクジースティか、強すぎるじゃないの……」
「僕が頑張る。ラピーダ・ムーショ!」
クイがエクジースティに向かって勢いよく飛んでいき、体当たりを食らわせるが、ほんの少しだけその黒い巨体を揺らしただけだった。
「あっ、あれ……」
逆にクイの体当たりでエクジースティは怒りを覚えたのか、クイに狙いを定める。
「うわぁぁー! 助けてぇー!!」クイは空を飛んでどこかへ逃げていった。
「クイ! どこ行くの!」
エクジースティの怒りは収まらず、突進を始める。
「ぎゃああ!」カフが叫んだのも束の間、エクジースティは前足で彼をどこかへ吹き飛ばした。そしてまっすぐドーペント達に向かってきた。
「うわぁぁ!! こっちに来るよ!」
ドーペントはボノリーを守るように前に出た。
「ドーペント!?」
「どうしよう、ミスペン! ユウト!」
だがミスペンにもユウトにも、ドーペントを助けるだけの余裕がない。
ここで、ドーペントを襲おうとしたエクジースティが突然何かの力に吹き飛ばされた。エクジースティは空高く飛び、森の中へ落ちていった。
「うわぁ!」
「何? 何があった?」
エクジースティのいた場所を見ると、立っていたのは拳を真上に掲げたパフィオだった。
「あっ……パフィオ!」
「ドーペントを守ってくれたんだ!」
なおも背後からエクジースティが押し寄せるが、パフィオは余裕をもって振り返る。
「えぇーい!!」
パフィオは涙を散らしながら、迷いのない拳を突き上げる。渾身のパンチはエクジースティの首の付け根に入った。黒い巨体は地面から浮いて空中でひっくり返り、地面を震わせながら落ちた。すぐに大量の魔晶に変わる。
「すごい! パフィオ、強い!」
「パフィオひとりでみんなやっつけちゃうよ!」
周囲の仲間がどよめくが、パフィオはさめざめと泣いていた。
「大丈夫か? 無理するな」
「あぁい……でもぉ……」パフィオは涙を流し続けていて、まともに発音できなかった。
「ミスペンさん、精神操作はできないんですか?」先ほどクイがした質問をドーペントが繰り返す。
「試しはしたが、やはり無理だ。倒すしかない」
「うわ、やっぱり?」
「イプサルにいた時は、人間以外には効かなかったんだ」
「ミスペンが精神操作したら、楽勝だと思ってたのにね」
「世の中、甘くないということだ。この世界の奴には効くみたいだが、不思議な話だ」
それから、いつまでも戦いは続いた。魔晶が互いにくっついて魔晶珠に変わっていき、彼らの周囲は魔晶珠で埋め尽くされていく中、前から後ろから、次々と新手は押し寄せる。ユウトもミスペンも地道に戦っているが、敵の増える速さに追いつかない。パフィオはパンチ1発でエクジースティを確実に葬る力を持っているものの、一発一発、殴るたびに涙を流している。彼女の心が限界を迎えるのは時間の問題だ。
「や……ヤバいよ、これ……」
「逃げるべき時に逃げないと、こうなる。もし生きて帰れたら、忘れるなよ」この発言の間にも、ミスペンはエクジースティを3体魔晶に変えている。全力で術を撃ち続けていた。
「そんなこと言わないでよミスペン! ここで死ぬみたいなこと!」
「それぐらい、引き際を誤るのは危険なことだ」
「ユウト! こいつらみんなやっつけて!」
「今……やってる!」
声を張り上げるユウト。彼は彼で、ミスペンとは反対側で剣を振るい続けていた。剣を何回振っただろう? 100回か200回か、それ以上か。数える余裕などない。前と左右から巨体が現れ、荒々しく腕や尻尾を振ってくる。それを盾で防ぎながら、隙を見て斬れるところはどこでも斬る。倒したらまた次が現れる。
エクジースティは魔獣だ。人間とは違い、死の恐怖も、仲間を失った悲しみも感じない。それこそゲームに出てくる無限湧きの雑魚のようにどこからともなく現れ、攻めてくるだけ。
ミスペンに言われた通りだ。キュレノイドで強化されているこの身体でも、さすがに数百回の斬撃を休みなく続けるには腕が厳しいし、攻撃だけでなく敵の動きにも対応しなくてはならないのだから、集中力が切れてくる。ユウトに長時間の集中力などあるわけがない。それは予備校での日々で痛いほどわかっていた。
「あぁぁ……あぁぁ……」
ユウトは息も絶え絶えになり、いつしか呼吸は唸りのような音に変わっていた。エクジースティの波状攻勢は、息をする暇すらもほとんど与えてはくれない。汗が流れ、膝が笑い始める。
「ユウト、ちょっと大丈夫?」
背後からテテの声がするが、答えることもできない。力が切れる寸前だった。
そんな時。どこからともなく、声が響いた。
「おい、だらしねぇぞお前ら!」
「えっ?」
直後、瞬く間に周囲のエクジースティがすべて消えた。本当に、一瞬でいなくなったのだ。代わりに、滝のように大量の魔晶があたりに降り注いだ。
「なっ……えぇ?」テテは目を見開いている。何が起きたかわからない。
「なんだ? 誰だ?」カフも周囲を見回す。
「誰かわかんないけど、ありがとう!」クイは嬉しそうだ。
「でも、誰なんでしょう?」
「まさか――」
ミスペンの近くに、あのラヴァールがしゅたっと着地した。目を閉じて頭上で片手斧をクルクル回してから、目の前の空気を縦、横、斜めと5回切っていくパフォーマンス。
「うわぁラヴァール!」
「やはり、あなたか!」
「えっ、なんでラヴァールが? 助けに来たの!?」
ラヴァールは目を開いて、ゆっくりとユウト達のほうを向いた。
「弟子を見殺しにするつもりなど、毛頭ない。いかに不出来な弟子であろうと」
数拍遅れ、ドーペントやクイが喜びの声を漏らし始めた。
「うわぁぁ……!」
「すごい。本当に?」
「さすがに、感謝するよ」
「すまないな」
卑怯者扱いされたり、ユウトの家を荒らされたりした件をすべて水に流し、一行の多くはラヴァールに心から感謝の念を抱いた。
ラヴァールは返事をしなかったが、代わりにそれぞれエクジースティとの戦いを始めていた頂点の弟子が答える。
「喜びなさい! あなた達だけだったらきっと全滅よ」
イソギンチャクのヘリトミネは頭上の触手で多くの武器を扱い、二匹のエクジースティを相手に有利な戦いを展開する。片方の敵を剣や斧、槍で攻めながら、反対側のエクジースティには弓矢を撃ち続ける。エクジースティはどちらも、すぐに倒れた。
「ラヴァールさんの弟子になってよかったろ?」
ナスのダルムは三体の分身とともに一体のエクジースティの周囲を取り囲むと、曲刀で切り刻んだ。瞬時に大量の魔晶となった。
「ミスペン。君の愚かな妹分は、向こうで無様に倒れている。君の手で守ってあげたらどうかな」
アシカはそれを可能にするように、ターニャが逃げた方向へと続く道を塞ぐエクジースティを赤い珠で止めている。珠はエクジースティの顔に当て、4つの珠で4匹のエクジースティを足止めしていた。
「助かる!」
ミスペンはひとり、仲間と離れ走っていこうとしたが、クイに呼び止められる。
「えっ、ちょっと! 行っちゃうの? ミスペン!」
「ラヴァール、すまないが私が戻ってくるまで仲間を頼む!」
側近3人がこれに茶々を入れてくる。
「おい、誰に頼みごとしてんだ?」
「ラヴァール様は絶対だ。君などがその行動を操ろうなど、おこがましい」
「さっさと行きなさい!」