第22話 潔白へ
ユウトは苦い顔をしながら、いきさつを話した。
残念ながら彼は、あまり物事を説明するのが得意ではない。それでも、自分が無実であると理解してもらうために、包み隠さず語った。
彼がこちらの世界に来たきっかけである巻貝。姉の真綺が冗談めかして渡してきたそれを使い、訪れた異世界でカフを含む冒険者とともに戦った日々。そして、『仲間殺し』の疑惑が生まれたあの日。つらい記憶も思い出しながら、言葉にしていく。
話し終わったとき、なぐさめるようにドーペントとテテがユウトに近寄ってきた。
「ユウトさん……知れて、よかったです」
「……うん」
「そりゃ、つらいね。あたいがユウトだったとしても、言えないよ。そんなこと」
「そうですね。信じてた仲間に裏切られたんですから、ね……」
ユウトは少し涙が出そうだった。この世界の種族は信じられないが、彼らは信じていいのだろうか。
クイもユウトに近づいてくる。
「あのさぁユウト。巻貝は、『手鏡』とは違うの?」
「違う。『手鏡』は、勝手に別の世界に飛ばすんだよな? 白い光が出て。巻貝は、寝て起きたら別の世界に行ってる」
「眠ることで異世界に行く道具、か……不思議なものがあるな」ミスペンは顎に手を当てている。
「はい」ユウトが答える。「今でも、こんな方法で異世界に来ていいのかって思いますよ。もうなくなっちゃったんですけど……」
すると、パフィオのすすり泣く声が聞こえてくる。
「本当に、仲のいいお仲間だったんですね。それなのに……。どうして。そんな簡単に、関係が終わってしまうなんて。うっ、うぅぅ」
ユウトは泣いているパフィオのために何かしたかったが、いつも通りどうしていいかわからなかった。その目の前でミスペンは席を立ち、彼女のそばまで行って髪をなでた。
ユウトは複雑な気持ちだった。結局パフィオは、彼に取られてしまうのかもしれない。それはレサニーグの件が片付くより、彼にとって重要といっても過言ではなかった。
一方、ユウトの説明でその場の全員が理解できたわけではなかった。
「で……ユウトって何したんだっけ」と、クイがとぼけた感じで言った。
「ユウトさんは何も悪いことしてないんです」ドーペントが答える。
「あれ? えーっと、誰か殺したんじゃなかったっけ」
「殺してねぇってさっきから言ってんだろ」ユウトはうんざりして答えた。
「あれ? 怒っちゃった。じゃあ違うのかな」
「クイ。あんた、わかってないんだったら黙っといて」テテもユウトの怒りを共有するようにして言う。
「えー! 誰かわかるように教えてよ」
「カフがユウトの巻貝を盗んで、仲間と一緒に使ったという話で合ってるか?」ミスペンが説明してくれた。
「そうです」ユウトが答える。
「えー、そうなんだ」
そうした会話の間、ボノリーは話が難しすぎて寝ている。テーブルの上によだれを垂らしていた。
「ターニャ、理解したか?」ミスペンは、先ほどからムスッとしているターニャに訊く。
「呪いって、何?」ターニャはユウトに訊き返した。
「知らねぇ。どこからそんな話が出てきたのか、全然わかんねぇ。カフが勝手に言い出したんだ。だからこいつ、どうかしてるっつってんだよ」
ユウトはカフを指差して言った。なんとカフも涙を流している。
「なんで泣いてんの? こいつ」ターニャが訊く。
「さあ……だってこいつ、どうかしてんだって」ユウトが答えた時、カフの目がさらに潤んだ。
ミスペンはここで、意味ありげに少し厳しい目をユウトに向ける。
「ユウト。念のため訊いておくが、お前の持ってるスマホとかいうのは、呪いの道具じゃないんだな?」
このミスペンの問いに、ユウトは嫌悪感をもって答えた。
「いや、逆に、呪い掛ける方法なんか知らないですし、聞いたこともないですよ。こんな奴の言うこと、誰も信じる訳ないと思ってたんですけど、なんか、どいつもこいつも信じるから……頭おかしくなりそうですよ」
「すまんな。仲間を疑うのはよくなかった」
「いや。いいですけど――」ユウトは、クイを見て責めるように言う。「お前、なんだよ。俺が殺したって、さっきの説明でいつ言ったんだよ?」
「えっ? えー! だって、僕、何が起きたか全然わかんないだけだよ! 怖いよユウト!」
「ユウトは悪いことなんかしてない。それだけわかっといて」
「ユウトさんを信じて下さい」
「うーん、わかったー!」
「ユウトも、あんまり怒んないで。クイも悪気はないから」
「ああ……」
ユウトが安心したところで、目の前に突然パフィオが現れ、彼は心臓が止まりそうになった。
「やめましょう、ユウトさん。仲間に、そんなこと言わないで下さい」カフと同じくらい目を潤ませて、彼女は言った。
「あっ……はい……」ユウトは答えたが、それは本人にも聞こえないくらいの小声だった。
「あれ? また声がちっちゃくなっちゃった」クイが首を傾げる。
すかさずテテとドーペントがフォローを入れる。
「クイ! 照れてるだけだから、いちいち言わなくていいの!」
「はい。ユウトさんは悪いことなんかしてません」
ここで意外な人物が主張を始める。
「あの……そろそろ、カフの話を聞いてあげてほしいの」そう言ったのはカマキリのアクリス。カフがこの町に来て得た仲間だ。
「えー……」
「なんでこんなメロンの言うこと聞かなきゃいけないの?」
「そうだよ。嘘ばっかりだよね」
「この人がごちゃごちゃ言ってるから、ユウト、苦しい思いしたんだよ」
それで、全員の注目がカフに集まった。
「こいつ、いつまで泣いてんだよ」
「知らねーよ、あいつが何考えてんのか」
「でも、カフ、泣いてるじゃない。絶対、何か言いたいことがあるはず」
「……また会話が通じないようだったら、すぐ黙ってもらうぞ」
「いいの? ユウト」
「いやー、こいつはろくなこと言わない気がしますけど……」
「どうせまた変なこと言いそうだよね?」
「一応、認める可能性はないわけじゃない」
「そうかなぁ」
仲間が完全に賛成しているわけではないが、ミスペンはカフに手のひらを向け、精神操作を解いた。直後、カフが「うおーーーい!!」と大声を上げる。
「うわ、うるさい」
「何、もう!」
ユウトの仲間のうち、耳を塞げる者は手で耳を塞いだ。
「俺、俺、知らなかったぞ!」カフは飛び上がってわめく。「そうやってユウトが、巻貝でオカヤーケからこっちに来たなんて!」
「シュケリから聞いたんじゃねぇのかよ」ユウトは呆れ顔で言う。
「でも、ユウトから直接聞いたのは初めてだ! じゃあ巻貝はやっぱりオカヤーケに行くための巻貝なんだ!」
「そうだよ。だから、俺は殺してねぇってのはわかったか?」
「……なんでそうなるんだ?」カフは突然静かになった。
「だから……今説明したろ? ドゥムとダイムとお前が勝手に巻貝使って、お前は逃げたから、ドゥムとダイムだけ岡山に行ったんだ」
「えーっと……で……殺した?」
「逆にいつ殺せるんだよ。無理だよ」
「え……? あれ、でも……ん? じゃあ、待てよ? なんだっけ? オレ、何考えてたんだっけ」
家の中に何秒か、静寂が訪れた。
「このメロンって、クイと同じくらい理解力ないね」
「テテ、ひどいよ! さすがに僕はもうちょっとマシだよ! だってカフ、勝手にユウトのことを人殺し扱いしただけだよね? そんなことしないよ!」
「えええ!! オレが勝手に? なんでだよ! だって、オレ、見たんだ。ドゥムとダイムと巻貝が青く光るの。あんなの聞いてない。シュケリは言ってなかったぞ、だからユウトは罠にはめたんだ。お前ら、ユウトを信じるな!」
「確かにそうだね。青く光るって、何?」
「ユウト、わかる?」テテが訊いた。「こいつが適当なこと言ってるだけ?」
「……あのさ」
「なんだよ! 自白すんのか? ドゥムとダイムを殺したって白状するよな? だって言い返せないよな? お前がやったんだ!」
「ミスペンさん、こいつ黙らして下さい」
ミスペンは「ああ」と答え、すぐに手のひらを向けた。カフは口を開いたまま言葉を発することも、動くこともできなくなった。
「どうして! 自分勝手じゃない。どうして、都合が悪いとすぐ喋れなくするの?」
「いや……こいつがずっと喋りっぱなしだったら、俺、もうこいつ殺すと思う」
ユウトは怒りを込め、アクリスに言った。アクリスは気圧されて後ずさった。すると、ターニャが背中の大鎌の柄に手を掛けながら、ユウトの隣に来る。
「あんた、意気地なしだから殺せないんでしょ」
「あぁ?」
「あたしが代わりに、この馬鹿なメロン斬ってあげるわ」
「駄目だ、ターニャ」
「こういうふざけた奴は、死ななきゃ治んない」
「言わなくてもわかってるだろうが、私は君をすぐにカフと同じようにできる。だから、今は我慢するんだ」
「はぁ……こんなの放っといても、なんの役に立つの?」
「とにかく、駄目だ」
「俺だって、別に意気地がないわけじゃない」
ユウトはターニャに反論したが、反抗的な大鎌娘は一瞥すらせず、その言葉を黙殺した。
「ユウトも、やめろ。お前を意気地なしだと思ってるのは、ターニャだけだ」
「……はい」
「で、ユウト。青く光ったって何?」クイがまた訊いてくる。
「俺が知ってるわけねぇだろ。だって、それ、ドゥムとダイムが寝てる間に起きたことなんだよな? 俺は巻貝でこの世界に来たけど、その時寝てんだから」
「あ……そうだね」
「そりゃそうだ! 寝てる時は、起きてないもんね!」
「じゃあ、わかんないか」
「結局、このメロンが言ってたことって全部嘘?」
「というより、勘違いだろうな」
「何、こいつ。人騒がせにもほどがあるでしょ」
「そういうことだ。カフ、それとアクリス。お前達の勘違いだ。ユウトをこれ以上貶めるようなら、本当に命を奪うことになる。覚悟するんだな」
そう言って、ミスペンはカフの精神操作を解いた。これで終わりにするつもりだったのだが、カフはまた騒いだ。
「おぉーーーい!!」
「うるさいんだって、あんた!」
「オレ……納得してないからな!」
「もういいでしょ、カフ」
「えーっ、アクリス! だって、ドゥムもダイムもいなくなったんだぞ。オレ、納得できないからな! ユウト以外に、やった奴なんていないのに」
「じゃあさ。カフ」
「えっ、なんだよ?」
「それで言ったら、今、一個大事なこと思い出したんだ」
「なんだ?」
「レサニーグでカフがギャーギャー言ってた時、あいつ、俺が『木の下で罠を張って』ドゥムとダイムを殺したって言ってたはずなんです」
家の中の全員は沈黙する。
「木の、下……?」
「何、何? 話がまた見えなくなったよ」
「そっ……そんなこと、言った、かな……」
カフは誰とも目が合わないように、テーブルの上に置いた自分の左手ばかりを見下ろしている。
「だから、嘘だよな。俺をレサニーグから追い出すために適当なこと言って、みんなに信じ込ませたんだな?」
「メロン。嘘ついたのはあんたのほうなんだね?」
「悪い奴だー!」
「どうして、家の中で起きたことを正直に言わないで、『木の下』って言ったんだ?」
「えっ……」カフの丸い顔を汗が流れ落ちていく。「俺……そんなこと言ったっけ。覚えてない……」
「政治家かよ」
「セージカ?」
「覚えてないっつったら許されると思ってんのか?」
「ちょっ、信じてくれよぉー! 俺、そんなこと言ったっけ? ……あ、言った気がする。あれ? 俺、なんでそんなこと言ったんだっけ?」
「結局、とぼけてるのか嘘なのか、よくわかんないな」
「嘘つきでしょ」
「あーもう、斬りたくてしょうがないわ」
「えぇー、やめてくれよぉ!」
「カフ……」カマキリが、何か呆れたようにカフの名を呼んだ。
「ど、どうした?」
「もうやめて。終わりにしましょう」
「え……どうしてそんなこと言うんだよ、アクリス!」
「あなた、この町に来てからずっと、ユウトって人のことを悪く言ってたわよね。最悪で最低の奴だって。あんな悪い奴は見たことないって」
「そりゃ、ユウトは最悪だから……」
「それは、あなたのことじゃないの?」
「なっ、アクリス? なんで――」
カマキリは最後まで聞かなかった。鎌のような腕を、カフの目と口の間――人間でいえば鼻があるはずの場所に逆水平の要領で打ちつけた。さすがに刃は背を向けており、峰打ちの形となったが、ガスッというそれなりに痛そうな音がする。
「いっ! 痛たた。アクリス? ちょっと! なんで?」
「あなたがそうやって言うから、あたしユウトのこと、最悪の最低の、クズのゴミだと思ってたのに! 最低なのはあなただったんじゃない、カフ! 全部勘違いだったなんて! それじゃ、ユウトのこと人殺しだと思った今までのあたしはどうなるの? もう、最低よ!!」
そしてカマキリは家の出口まで走っていき、振り返ることなく出た。
「えっ、えぇー!! そりゃないって! アクリス! ちょっとぉー!」
カフはテーブルを拳で叩いて大泣きした。
「あぁぁぁ、最悪の日だぁー。アクリスにも嫌われちゃったし、ユウトの仲間はみんなオレのこと嘘つきって言うし、もう最悪だー。見たままを言ってるだけなのに。ドゥムとダイムだって、いなくなったまんまなのにー!」
ユウトは見下した目をして「お前が悪いんだよ」と言った。
「知らねーよ! どうでもいいよ。もう、最悪だー。お前らなんか、嫌いだぁー!」
カフは泣きながら走って出ていく。
「ん? なんかあった?」ボノリーがようやく目を覚ます。
「あー、疲れた! 何、あいつ。さんざん騒いどいて、最後まで被害者面ってどういうこと?」
「でも、やっぱりユウトさんは悪いことなんかしてないんです。それがわかったのが一番です」
「そうだな。ユウトは仲間を殺すような奴じゃないことはわかってたが、これで証明された」
「あいつが言ってたこと、相変わらずちょっと謎でしたけど……」
「そうだねー! 変なメロンだったね。ユウトってあんな人と一緒に魔獣討伐行ってたんだね」
「いや、前はあんなヤバい奴じゃなかったんだけど……」
「仲間がいなくなって、性格がおかしくなっちゃったの?」
「そんなことってある? よくわかんないなぁ」
「そう考えると、納得できるかもな。いきなり仲間が2人いなくなって、混乱したのかも知れん」
「でも、あいつ、巻貝使ったらどうなるかわかった上でやったんですよ。ドゥムとダイム、俺の世界に行ったに決まってんのに」
そうして話していると、パフィオがすすり泣く声がする。
「ああ……。どうして言い争いなんてしなきゃいけないんでしょう。ほんの勘違いなのに。きっと、誰も悪くないはずなのに……」パフィオはぽろぽろと涙を流した。
ミスペンはパフィオの手を取り、髪をなで、耳元でささやいた。
「君が泣くことはない」
するとパフィオはミスペンの目を一度見てから、また泣き始めた。
「ごめんなさい。わたし……もう……」それ以上は言葉にならなかった。ミスペンは彼女の手にずっと触れていた。
すっかり通じ合っているように見える2人を前に、ユウトは言葉にならない感情で立っていた。少なくともユウトにとってこの件は『ほんの勘違い』で済ませられることではないし、誰も悪くないなんて絶対に思えない。だが、彼らの間に割って入ることはできない。何しろ、自分の問題でパフィオをこんなに泣かせてしまったのだ。カフを殺そうとした自分を止めようとしてくれた時、彼女はどんな気持ちだったのだろう?
パフィオがこの中から付き合う相手を選ぶとしたら、ミスペン以外に選択肢はあるまい。自分は未だ彼女とまともに喋ることすらできないし、さらにはこうして悲しませたのだから。
ユウトにとって大きな重荷だったはずのレサニーグの件が大きく解決に向かったというのに、それすらも超えて今の彼にとっては、パフィオが気がかりでならなかった。