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果てなき時空のサプニス  作者: インゴランティス
第4話 新天地を求めて
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第20話 憤怒のザリガニ

 そして、一行はブルリーギならぬプルイーリの町付近の森へ移る。


 もくもくと煙の中で、多くのテテの分身が瞬間移動を繰り返す。トンカントンカン……森の広場に軽快な音を響かせながら。煙がなくなった時、そこには大きな家があった。あらゆる部分が必要最低限のシンプルな外見だけで構成された、悪く言えば安っぽい建物だが、サイズだけは大豪邸並みだ。


「すごーい!」


「大きな家ですね」


 テテは家の脇で、余った角材の上に寝そべって休んでいた。角材は幅が狭いので、端から手足をだらけさせている。


「はぁ……あたいの今日の仕事、これで終わりね」


「お疲れ様です」ドーペントがテテの背中を揉む。


 さて、必要最低限の外観しかないこの家、中はどうだろうと楽しみにして、クイはドアを開けた。そして彼の目に入ったのは、だだっ広い砂地だった。奥には申し訳程度にテーブルと椅子が置かれているが、これではせいぜい休憩程度にしか使えなさそうだ。


 クイと、そのすぐ後ろにいたボノリーは騒ぎ立てた。


「えーっ! 土だぁー!」


「何これー?」


 まだ角材の上で寝転んでいるテテは、大声で答える。


「だってしょうがないでしょ、木の床にしたらパフィオが壊しちゃうんだから」


「ごめんなさい、わたしがいるせいで……」


 パフィオは泣きべそをかいた。するとボノリーはゴロゴロと地面を転がり、パフィオの目の前で止まって「パフィオも土と一緒になろうよ」と笑顔で誘った。


「そうだねー!」


 クイはボノリーの横でぺたんと、腰を地面につけ座った。ボノリーはクイとパフィオの周囲をぐるぐると転がった後、急に止まって大の字で寝る。


「うーん、なんかずっと転がってたら、気分悪くなったぁ」


「あんたはずっと寝てたら?」テテが言った。


「その四角い木って、寝やすい?」


「全然寝やすくないけど、こんなのしかないの」








 ともかく一行は家の中に入っていった。まず目に留まったのは、奥に置かれているテーブルと椅子。8人はその周りに集まった。なんの変哲もない木のテーブルと、石の塊の椅子。一応、パフィオでも座れるように配慮されている。


「何、このデカいテーブルは?」ターニャがあからさまに不満そうに訊く。


「こんだけデカけりゃ十分でしょ。適当に使って」


「なんでテーブルと椅子しかないの? どこで寝るの?」クイも不満そうだ。


「どうせ夜は宿屋に泊まるんだから、家具はこのぐらいでいいでしょ」


「えーっ? せっかく家作れるんだから、テテが作った家に泊まろうよ」


「ベッドって結構作るの大変なんだって……。魔晶あるんだから、一泊くらいなら宿屋のほうが安くつくじゃない」


「魔晶払うの!?」


「あんだけ魔獣倒したんだから余裕でしょ。もう疲れたんだって。ご飯もあたしが全部用意してるし、これ以上作んなきゃいけないわけ? 気に入らないなら別にいいよ、外にいたらいいでしょ」


「作ってくれたのはテテだ。文句ばかり言ってないで、とりあえずここで落ち着こうじゃないか」


「しょうがないなー」


 とりあえず一行は卓を囲み、今後の方針について話した。




「それで、次の目的地はあの山か」


「そりゃー、行かなきゃね!」


「あの山に何がいるんだ? もっと情報を集めたほうがいい。昨日の戦いみたいなことはごめんだぞ」


 とミスペンが言った。ターニャはティーグロに負わされた手痛い傷を思い出し、顔をしかめた。


「そんなこと起きないよー! 大丈夫だって!」


「昨日は結構大変でしたよ?」


「でも、みんな強いし。だからティーグロにも勝てたんだよ」


「そうだよね。何が出るかわかんないけど、みんなで生きて帰らなきゃね」


「あー、そういえばお腹空いた。テテ、今日何作ってくれるの?」


「あんた、さっきの話聞いてた? もう疲れたって言ってんの。ここまでずっと歩いてきて、家まで作ったのに、まだ働かすつもり?」


「じゃあ、しょうがないから酒場に行こうよ」


 だが、このクイの誘いに乗ろうとする者はいなかった。


「あれ? どうしたの?」


「みんな疲れてんじゃない?」ユウトが言った。


「そりゃ、昨日一日中歩いて、今日も朝から歩いてきたんだから」


「でも、確かに少しお腹が空きました」


「そうだよね。酒場に行こう」


「休憩してからな」


「でも、あの町って酒場あるのかな?」


「わたしが入れる酒場があればいいんですけど……」パフィオが恥ずかしそうに、ぽつりと言った。


「あ、そうだね。この町、ボロい家ばっかりだから心配だね」クイが言って、よりパフィオは表情を暗くした。


 落ち込んでいるパフィオを慰めようと、ユウトは何か言おうとしたのだが――言葉は出てこなかった。すると、やはりそこでミスペンがパフィオのそばに寄り添って声を掛ける。


「大丈夫だ。行こう」


 この一言だけで、パフィオは元気づけられたようだ。明らかに顔つきが明るくなり、「はい」と前を向く。


 ユウトはどんどん仲が深まっていくように見えてならない2人を見て、歯を食いしばるしかない。ああ、その一言だけでいいから、ミスペンよりも早く言いたかったのに。








 少し休んでから、改めて一行はプルイーリの町に入った。ボロボロの家ばかりの、アップダウンの多い道を進んでいくと、10段ほどの階段の上に酒場らしき建物があった。屋根に皿のような飾り物がついており、煙突から細い煙が立ち上っているから間違いなさそうだ。それを最初に見つけたのはクイだ。


「あ、酒場だ! やっと着いたぁ!」


 クイが飛び上がって喜ぶ。


「なんか寂しい町だよね。早く食べて帰ろ」


「そんなこと言ったら、ここの人達が悲しんじゃいそうですけど……」


 テテとドーペントがそんな話をしている間に、クイはバサバサと飛び、酒場の前まですぐに着いた。続いてボノリーが階段を走って上る。パフィオも酒場に続く階段まで歩いていった。階段は古びた木でできており、ところどころ朽ちていて丈夫そうには見えない。ミスペンは急いで追いかけ、パフィオに話しかける。


「パフィオ。まず、そっと足を置いてみるんだ。壊れそうなら足を上げて」


「はい」


 ミスペンの助言通り、パフィオが階段の1段目に片足を置くと、明らかに危ない『みしっ』という音がした。


「あっ、なんの音でしょう」パフィオは足を戻した。


「やはり駄目か」


「ごめんなさい……わたしがいるばっかりに……」パフィオはまた泣きべそをかく。


「気にしないで! こんなヤワな階段にした人が悪いんだから!」いつの間にかパフィオの後ろに来ていたテテが元気づける。


 するとその時、酒場のドアが開いた。中から真っ赤なザリガニが出てくる。赤いハートが大きく刺繍されたピンクのエプロンを着け、後ろの4本の脚で立って歩く、可愛いのかグロテスクかよくわからない姿の生き物だ。


 出てくるなり、ザリガニはドスの利いた声で言った。


「おい、どこの階段がヤワだって?」


 ザリガニはエプロンにまったく似合わない野性的な声で恫喝した。


「うわぁーー!」


「逃げろー!!」


 クイはどこかへ飛び、ボノリーは酒場の前の階段を転がり落ちた後、そのまま坂を転がってどこかへ逃げてしまった。


 ミスペンは仲間を守るように前に出てザリガニを止めようとする。


「すまないな。仲間が多いから、この階段を踏んで壊してしまうと悪いから、どうやって店に入ろうか話し合ってたんだ」


 彼は階段がヤワと言った件について触れないようにごまかそうとしたが、無駄のようだ。ザリガニは階段を下りながら告げてくる。


「許さん。お前ら全員に魔獣級激辛メニューを食わせてやる」


「魔獣級……!?」


「何しろルーポが一瞬で死ぬほど辛いんだ。あまりにも辛すぎて誰も頼まないから、お前らに食わせる」


「はぁ……? そんなの、食べたら無事で済むわけないじゃないの」


「うちの階段を馬鹿にしたんだからしょうがないだろ。この退屈な町で、面白いのは魔獣級激辛メニューをよそから来た奴に食わせることだけだ」


 どうやら面倒な店に当たってしまったらしい。


「バッタ、あんた責任取ってよ。あんたが言ったんだから」と、ターニャがテテを見て言った。


「えっ……」


「ターニャ!?」


「なんでそれを言うの! ターニャ! 言わなきゃわかんなかったでしょ!」


 思わず言い返したテテだが、そのせいでザリガニは彼女が犯人と確信したらしい。


「そうか。お前に食わせる。しかもここにいる全員分だから6人前だ」


「ちょっ、いや……そもそもそんなに食べられない……パフィオお願い!」


「えっ、わたしですか?」


「パフィオ、どうせ辛いのとか得意でしょ! 食べて!」


「はい。激辛というのはわかりませんが、わかりました」


「よし。入れ!」


 パフィオは店主らしきザリガニに案内されて店に向かおうとするが、階段の一段目でバキッと踏み抜いてしまった。


「あっ」と誰かの声がした。そこで、彼らの時間が止まったようになった。








 しばらくして、一行は酒場から出てきた。


「はぁー、食った……」


「どうなることかと思いましたけど、美味しかったですね」


「悪くなかったな」


「ねー!!」クイは満面の笑顔だ。クイとボノリーも食事の途中でちゃっかり戻ってきていたのだ。


「結構美味しかったね」


「うーん、木か草かでいったら花だったね」


 そして一行は階段の前まで来た。階段は、先ほどパフィオが踏み抜いたのが嘘のようにきれいに修理されていた。木の階段という点では壊れる前と同じだが、全体が見るからに丈夫な暗い茶色の木材に替わっており、釘で厳重に固定されていた。


「あの、階段どうしましょう」


「一応パフィオが踏んでも大丈夫に作ったけど、心配だったら跳んで降りたら?」テテが答える。


「はい」


 幸い、付近に通行人の姿はない。パフィオは勢いをつけ、階段の下に向かってジャンプした。予想以上に飛距離が出て、階段よりかなり遠くの地面に落ちた。落ちた場所が柔らかかったのだろう、彼女はズボッと、膝のあたりまで土に埋まってしまった。


「跳んだなぁ」


「すごーい!」


 一行は階段を歩いて下りた。壊れるどころか、揺れもしなかった。




 先ほど酒場に入る前、パフィオが階段を踏み抜いた時、店主の怒りがいよいよ爆発しそうに思われた。しかし、とっさにテテがこれまでより丈夫な木材で階段を修理してあげると言って、修理した結果、実際に階段は丈夫になった。すると、なんとザリガニ店主はあっさり機嫌を直し、激辛ではない通常のメニューをタダで食べさせてくれたのだ。




「パフィオ、大丈夫?」


「はい」


 パフィオは事もなげに、土に埋まった足を地上に引っ張り出した。スカートの裾が土で汚れたが、まったく気にしていない。


 そして彼らは、またプルイーリの町を歩き始めた。


「でも、結局魔獣級ってなんだったんだろうね」


「激辛ってどういう料理なんでしょう? ちょっと気になります」ドーペントが言う。


「忘れたほうがいいんじゃないかな」ユウトが答えた。


「ユウトさんは激辛というのを食べたことがあるんですか?」と、ここでパフィオがユウトに問いを向けてきた。


「あっ、え、えーと……あんまり……」


 話しかけられるとは思っていなかったユウトは、いつも通り小声でたどたどしい答えをするだけだった。


「ユウトさん、普通の感じで話してもいいですよ?」


「あっ……はい……普通、に、はい……」


「ユウトってパフィオと話す時、相変わらず変な感じになるね」


 何気なくクイが出した素朴な疑問にも、何も答えられない。




「でもターニャ、あたいが言ったことをあのザリガニになんで教えたのさ」


「はぁ? 階段がヤワとか言ったのはあんたじゃないの」


「でも、わざわざバラすことないでしょ。黙っときゃいいのに。あたいが階段直せなかったらどうなってたか」


「ターニャはアキーリにいた時なら武器を出してただろうから、それをしなかったのは成長と言えば成長だな」


「ミスペン、こいつを甘やかしすぎ」


 このテテの言葉に、ターニャの顔つきが変わる。


「……こいつ?」にわかに殺気を帯び、テテをにらんだ。


「ちょっ……何あんた。これ何回目? いつもいつもあたいをバッタ呼ばわりしといて、こいつって呼ばれるのは嫌なわけ?」


「虫けらが、生意気な」


「あー! また言った、虫けらって! あんたこそ生意気よ、戦いでも足引っ張ったくせに! それで治してもらったんでしょうが!」


「偉そうに! あたしはあんたよりは絶対に強いからね」


「じゃああんたは家とかご飯、作れるわけ?」


「はぁ!? こいつ、殺したいわ」


「ケンカしないで下さい……」パフィオは涙目になっている。


「ほらー、ターニャやめてよ。パフィオが泣いちゃう」


「あたしが悪いって言いたいの? あたしは悪くない!」




 そうしたゴタゴタを、ユウトは集団の外側から白けた目で見ていた。彼はターニャのこうした剣幕にも慣れてきていた。この反抗期の大鎌娘は相変わらずかんしゃくが怖いが、どうせ一線を越えそうならミスペンがどうにかしてくれるだろう。それより、もしパフィオが泣いてしまったら、今度こそミスペンより早く慰めてあげなくては。そうしなければ、本当にミスペンに彼女を取られてしまう。その前にもっと点数を稼げないと。だが、どうしたらまともに話せるようになるのだろう――




 悩んでいると、見覚えのある何かが町を歩いているのを発見した。


 ユウトは目をみはった。それは緑の丸い生き物。ただ緑の球体に手足が生えているのではない。上には横に長いT字型をした角のような部分があり、表面にはベージュの模様が細かく刻まれている。手には黄色い手袋、足はオレンジ色。彼の黒い目はどこか、虚ろな表情に見えた。そんな生き物はひとりしか知らない。


「カフ……!」ユウトは目を見開いてその名をつぶやく。


「ユウトさん、どうしたんですか?」


「あの……ちょっと、ここにいて。行かないと」


 彼は仲間に指示すると同時に、因縁の相手に向かって駆け出した。


「えっ?」


「どうしたのユウト!」


 背後で仲間の戸惑った声が聞こえるが、止まるわけにはいかなかった。

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