第19話 たどり着いた場所
建物に近づいてみると、そこは確かに町だった。坂の多い場所にひしめくように小屋のような家が数多く建ち並んでいて、遠くには対照的に、あまりにもきらびやかな金色の豪邸が建っていた。木造の家々はどれも地味なデザインで、しかも板が剥がれかけていたり、中には屋根や壁に穴が空いている家もあった。全体として活気がなく、寂しい雰囲気の町だった。
「すごいですね。遠くに金色の家があります」パフィオが言った。
「他の家はボロボロですけど、何があったんでしょうか?」ドーペントは町の家々を見回している。
「こういうのって、大体あの金ピカの家の奴が悪いことして金巻き上げてるパターンじゃないかな」
「えっ! そんな悪い人が住んでるんですか」
「それもゲームの中の話ってこと?」
「うん、漫画とかね」
クイがバサバサと羽ばたきながら彼らの前に降りてくる。
「遅いよー!」
「クイ!」テテが言う。「ひとりで先に行ってはぐれたらどうすんの?」
「大丈夫だよ。でも、ブルリーギってこんな感じの町だと思わなかった。宝だけでできた山があるはずなのに、どうしてこんな、テテの家みたいなのがいっぱいある町なんだろう」
「ちょっと! あたいの家はさすがに、もうちょっとちゃんとしてるよ」
さらに、ターニャとミスペンも追いついてくる。
「はぁー、疲れたぁ!」ターニャは少々わざとらしく大きめの声を出した。
「結果的には、行き先をあらかじめ決めておいて正解だったわけか」
「だって、僕が聞いたんだから。ブルリーギに行けないわけないよ」
「噂で聞いただけよね?」
活気のない町には、暗い顔つきのアリーア達がうろついていた。洋梨、牛、蛾……あまり人数は多くない。彼らに混じって、頭に貝殻の乗った人間の男のような住人も同じような表情で町を歩いていた。
「すごい、見て! 頭に貝が乗ってるよ」頭に貝殻の乗った男を、クイが翼で指し示す。
「初めて見ました。あんな種族がいるんですね」
「あまり大声で言うもんじゃないぞ」
「えっ、そうかな?」
「でも、確かに不思議だね」
「あの人は甲殻人という種族です」パフィオが言った。
「パフィオ、知ってるの?」
「はい。マルシャンテ村に、何人かいました」
「えー、そうなんだ!」
「甲殻人もパフィオみたいに強いの?」
「いえ、甲殻人のことはあんまりよくわからないんです」パフィオは残念そうだ。
「えっ、そうなんだ! 同じ村に住んでるのに?」
「はい、そうです」
ひとまず一行は、当てにならないクイの聞いた噂ではなく、この町の本当の情報を集めることにした。とりあえず、その辺でブラブラしていた町の住民らしき茶色のカニに話しかける。
「ここはブルリーギで合ってるか?」ミスペンが訊く。
「うん」カニは眠そうな顔で、やる気なさそうに答えた。
「ほらー! だから僕がずっと言ってるでしょ。ここはブルリーギなんだよ」
ここでカニが「え、待って」と止める。
「何?」
「さっきから君ら、ブルリーギって言ってる?」カニが言う。
「え……?」
「ここ、ブルリーギだよね?」
「紛らわしいね。そんな場所初めて聞いた」カニはつまらなさそうに答える。
「初めて!?」
「では、この町はなんという名前だ?」
「プルイーリだよ」
「はっ……?」
「プルイーリ?」
「全然違うんだけど」
「クイ……?」一行の多くはクイをにらんだ。彼の情報が適当だったために、ここまで1泊しての旅が無駄足になった可能性がのだ。
「えーっ! ブルリーギだよ!」クイは翼をばたつかせ、小さくジャンプしながら慌てて反論した。「だって、ブルリーギって聞いたから。みんな言ってたし! そうだよね?」
するとカニが冷静に否定する。「いや、ここはプルイーリだよ。ブルリーギなんて場所は知らない」
クイは涙目になった。「うそぉー!! 嘘だぁ!」
「嘘じゃないよ。他の奴にも訊いてみたらいいよ」
道行く他の住民を数人呼び止めて訊いてみたが、皆、この町の名はプルイーリだと口を揃える。
「えぇー!! プルイーリ!? なんで。噂と違うよ!」
「だから、なんでそんなにあんた、噂を信じられるわけ?」
「じゃあ、じゃあ宝の山は?」
「宝の山?」カニは訊き返す。
「な……ないの? 宝だけでできた山は? あるって聞いたよ?」
カニは鼻で笑った。
「いやいや、何それ? そんな夢みたいなの、あるわけないっしょ。この町見てわかんない? 貧乏人だらけだよ。金持ちはボチャネスひとりだけ。宝だけでできた山なんて、そんなのあったらこんな暮らししてないよ」
「ほらね……」
「あの金色のきれいな家は、ボチャネスさんという人のなんですか」パフィオが聞いた。
「そうだよ。あいつの名前言うのすら嫌だよ。聞くのも嫌だ」
「ああ……すいません。」
「ボチャネスの名前って、このカニが最初に自分で言ったんでしょ」
「ああ! もう、聞きたくない。あいつの話なんかしたくない」
カニは一方的に話を切り上げ、カニだけあって横歩きで去っていった。
「ボチャネスって奴、相当嫌われてるみたいね」
「ユウトさんが言った通りの悪い人なんでしょうか?」
「だが、あのカニとボチャネスが個人的に仲が悪いだけかも知れん」
「確かに、そうですね」
「で、クイさんは町の名前を間違えてたのか、それとも場所を間違えてたのか、どっちなんでしょう?」
「いや、結局、正しい情報は何もなかったんじゃない?」
「だろうな」
「えー!! 僕が間違えたの!?」
「うん」
「どうしたらいいの! 宝の山、あると思ってたのに! なんだよぉー!」
クイは小さいジャンプを繰り返しながら、今まで以上に激しく翼をばたつかせる。
「あんたが怒ってどうすんの」
「クイー、しょうがないからこういうときは転がろうよ」ボノリーが地面をゴロゴロ、転がりながら全身に砂をたくさんつけてクイに笑いかけた。
「嫌だよー! お宝、いっぱいあると思ったのにー!」
クイは落胆し、ぺたんと地面に腰を下ろして座った。
「やれやれだな。まあ、それでも町にたどり着けたのはよしとすべきだろう」
「はい。わたしは楽しかったです」
だが、ミスペンにターニャが詰め寄る。とても不満げな顔をしていた。
「どうしてくれんの」
「私に文句を言うのか?」
「あんたが言うから来てやったのよ。無駄足じゃないの!」
「……兜を作れたら文句ないだろう?」
「こんなオンボロな町のどこで作れるってのよ」
「オンボロで悪かったね」まだ一行のそばにいたカニが、話に割って入る。
「あんた、まだいたの?」
「暇だからね」
「すまないな、こいつは少し口が悪いんだ」と、ミスペンはカニに謝った。
「あんたらこそ、こんな何もない町に何しに来たんだ? 冒険者?」
「そうだ」
「じゃ、フォリール山に行ってみたら?」
カニは右のハサミである方向を指した。それは町に入る前、ユウト達が注目した黒いこには雲に届こうかという急峻な山。それも山脈ではなく、コーン型の大きな山がひとつ、周りを差し置いて森の中に屹立していたのだ。
「フォリール?」
「あれ、ここに来る前からすごく高い山だねーって話してたけど、そういう名前なんだ!」
「冒険者はみんなあの山に行くよ。詳しいことは知らないけどね」
「すまない、助かる」
「物好きだよね、わざわざ魔獣と戦いに行くなんて。じゃ」
カニは、カニらしく真横に歩いて去った。
「物好き……?」
「魔獣と戦う冒険者という仕事は、戦わない奴からすれば理解できないかもしれないな」