第18話 くっつき合う
その後も歩き、魔獣と戦い、また歩き、食事して、テテの新しく建てた家で雑魚寝して一夜を明かし――翌日、彼らは街道を歩いていた。
「ターニャ、怪我はどうだ?」
「いい! 心配しなくていい!」黒い鎧の少女は、今日も変わらず不機嫌だった。いら立ちをぶつけるように大声を出し、ミスペンと距離を取った。
「あいつ、懲りてないね。また同じことやるよ」と、テテはミスペンにこっそり言った。
別のところでは、パフィオがクイとドーペントに両側を挟まれていた。
「パフィオ、すっごくいっぱい食べるねぇ」
「そうですね、僕ら全員よりもたくさん食べてました」
「食べる食べるー」ボノリーは今日もパフィオの腕の上で抱かれていた。
「うーん、ご迷惑でしょうか……」パフィオは少し恥ずかしそうに応じた。
「いいや! 迷惑じゃないけど、山ほど食べてたね」
「アキーリでも大食いと言われました。酒場で働いてた時は、店長の10倍食べてました」
「えーっ、10倍!」
「僕ら全員よりもたくさん食べてたのも納得ですね。すごいです」
「だから店長には、お前はいっぱい食べるからその分給料から引く、と言われました。お前のせいで儲けが全然出ない、といつもお説教をされてました」パフィオはしょんぼりして言った。
「うーん、そうだったのかぁ」
「グランダ・スカーロでも、同じように言われてたんですか?」
「いえ。故郷のマルシャンテ村では、私はどちらかというと、あんまり食べないほうだったんです。両親や村の人には、もっと食べろといつも言われてました」
「本当にー!?」ボノリーは驚きで目を大きくする。
「嘘でしょ? パフィオよりも食べる人達がいっぱいいたの?」
「そうです」
「世界中の食べ物がなくなっちゃうよ!」
「そんなことはないと思いますけど……」
「パフィオっていっぱい食べるし、足も速いし、すっごく強いし、すごいねー!」ボノリーはパフィオの腕の中で跳ねんばかりに喜んでいる。
「そうだね。もしラヴァール達が来ても、パフィオひとりだけで全員やっつけられそうだね!」
「うーん、わたしはそんなに強いんでしょうか……」
「えーっ! 強いよ?」
「でも、マルシャンテ村ではわたしは、どちらかというと力が弱いって言われてたので。身体も小さいですし」
「えーっ!! すごいよ。そうだったの?」
「パフィオさん、すごく背が高いと思うんですけど……」
「でも、わたしより背が低い人は、子どもしかいないですよ」
「そうだったんだぁ」
「はい。だから、国の外は知らないことだらけでした。例えば、マルシャンテ村には木の家はなかったんです」
「木の家がないの!? じゃあ、みんな外で暮らしてるってこと?」
「いいえ、石の家に暮らしてます」
「石で家なんて作れるの?」
「はい」
「作れるの? 石ってすごく小さいよね」
「いいえ、小さい石じゃなくて、山から大きい石を運んできて、」
「えーっ! 重いんじゃない?」
「いいえ。簡単に運べますよ」
「じゃあ、軽い石なんだね! でもなんでだろう。木で作ったらいいのに」
「木で家を作ると、すぐ壊しちゃうんです」
「あ、そういえばそうですね……」
「すごいなぁ。グランダ・スカーロって、どういうとこなんだろう」
「パフィオさんが力が弱いって言われてたなんて、びっくりです」
「だよね! グランダ・スカーロの人達って、どれぐらい強いんだろう」
「わたしよりは強いですよ」と、パフィオは言わずもがなの説明をした。
「つよいつよーい」
「うーん、想像できないなぁ」
ユウトはそんな会話に加われず、彼らの少し後ろでただ聞いていた。パフィオはすっかりアリーア達のスターだ。彼女の優しさと、天然でとぼけたキャラクター性、そして、それとは裏腹の圧倒的な戦闘力。ユウトは自分がどんどん小さくなっていくような気がしていた。レサニーグ村に来た次の日を思い出す。エクジースティを倒して村の冒険者に強い強いともてはやされたのは遠い過去。今や、ただこの集団についていっているだけの脇役だ。
どうして彼女を口説こうとしていたのだろう。こんな弱い、何も持っていないただの人間が。
「あれ、ユウトさん、何かつらいことがあったんですか?」
横から話しかけられ、ユウトは声のほうを向いた。カエルが見上げている。
「あっ、えーと、いや……」
理由を説明するのはなかなか難しい。と、クイもユウトのそばまで来た。
「ユウトも、何かパフィオに訊きたいことない?」
気楽なものだ。こっちがどれだけ悩んでいるとも知らず。ユウトはそんな思いを皮肉の形でクイにぶつけた。
「……お前ら、いいよなぁ」
「えっ? 何が?」
「なんでもない」ユウトはすねるような格好で目を逸らし、明言しなかった。
「へ? 何? どうしたのユウト」
「ユウトさん、パフィオさんのことになるとこういう風になっちゃうんです」
「えっ、なんで? パフィオのこと嫌いなの?」
このクイの指摘はとても意外なものだった。そんなわけがない、どうして嫌いなものか。あまりにも意外すぎてユウトは何も返せなかったが、しかし『好き』だなんて口に出して言えるわけもない。
「そうなんですか?」パフィオが振り返って言った。こんな話、聞かないでいてほしかったが、クイの声が大きいので聞こえないわけがない。
「えっえぇ、いやいやいや……」
「あっ、それって嫌いな時の反応じゃない?」悪気なくユウトを追い込んでくるクイ。
「きっき、嫌いなわけじゃ!」
「そうですか、嫌いなんですか……」パフィオは悲しそうだ。
「あっ、あの……いや……きっ、嫌いでは、ないです!」
弁解する言葉がうまく思いつかないながらも、ユウトは必至で訂正する。
「わたしはユウトさんのこと、好きですよ」
パフィオは振り返ったまま、至って何の気なしに言った。明らかに、恋愛の意味の『好き』ではない。それでも、彼女の言葉はユウトの心深くにまで刺さった。どんな意図だろうが、こんな言葉を出されて何も反応しないわけにいかない。今が一世一代のチャンスであることに違いはない。ユウトは勢いで言ってしまうことにした。
「あの、じゃあ、付き合いませんか?」
この一言をぶつけるのに、どれだけの勇気が必要だっただろう。しかし、これに対する彼女の反応がまたすごいものだった。
「付き合うんですか? それって……くっつき合うってことですか?」
くっつき合う? ユウトはパフィオが今しがた言った言葉を脳内で繰り返した。くっつき合うとは、どういう意味だろう? パフィオは『付き合う』という言葉の意味を理解できなかったようだが、それをすっ飛ばしてさらに先へ進もうとしているのか?
しかも、これを聞いたアリーア達の反応が驚くべきものだった。
「えっ、くっつき合うの? すごい! ユウトとパフィオ、くっついちゃう」
「くっついてひとつになるんですか?」
クイとドーペントも、意味はよくわかっていないのだろうが、盛り上がっている。しかしその直後のボノリーが楽しそうにこんなことを言う。
「じゃあ手と足が4本ずつになるね!」
そういう意味じゃねぇよ、とユウトは大声で突っ込みたかった。直後、これまで振り返ってユウトと話をしていたパフィオは、突然立ち止まった。そして完全にユウトのほうを向くと、彼にその大きな身体をまっすぐぶつけてきた。いや、正確には、彼女が腕に抱えているボノリーをユウトの顔にぶつけた。予想以上の衝撃だった。
「あッ――」ユウトは跳ね飛ばされるようにして倒れた。
「あれ、どうしました?」
「痛いよー。パフィオ、ボノリーがユウトと合体しちゃうよ」
「ボノリーがユウトと合体するの、面白いねー」
「ユウトさん、大丈夫ですか?」ドーペントはユウトを起こしてくれようとするが、ユウトは恥ずかしくて、彼に助けられるより早く立ち上がった。
「うーん、ごめんなさい。わたし、何か間違えちゃったみたいです」
パフィオは謝ったが、何をどう間違えたのかはきっと理解していない。
その時、テテの声がする。
「あんた達、何やってんの」
バタバタと虫の羽をせわしなく動かし、ネグリジェを着たバッタがユウト達のそばまで飛んできた。
「うわぁ、テテだ」
「あのね、今、ボノリーとユウトが合体しそうだったんだよ」
「何言ってんの?」テテは今までのくだりを知らないので、もちろん理解できない。
「ごめんなさい」パフィオはまた謝る。「わたしが間違えて、ボノリーさんとユウトさんをくっつけそうになりました」
「よくわかんないけど……町が見えてきたよ」
「え?」
言われてその場の全員が気づく。前方に目をやると、遠くに建物のようなものな小さなものがいくつも見える。
「うわぁー! やった! ブルリーギだ!」
クイは遠くの建物めがけ、ひとりで勝手に空を飛んでいった。
「もう、勝手に行かないでよ!」
「でも、本当に町があったんですね。クイさんの言った通りです」
「あいつ、宝の山って言ってたよね?」
「確かにそうですね。本当にブルリーギなら、宝の山があるはずです」
周辺を見ると、確かに町の近くには高い山が見えた。それは真っ黒い、きれいな三角形の山。周囲にはそれほど高い山がない中で、まるで人工物かのようにひとつだけそそり立っていた。
「あれが宝の山だね!」
「あんなのが本当に……?」ユウトは正直な疑念を口にした。
「えっ! じゃあここはブルリーギじゃないの?」
「だって、あんな真っ黒なのが宝の山か?」
「でも、クイが言ってたよ」
「ここで喋っててもしょうがないし、クイを追いかけようよ」