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果てなき時空のサプニス  作者: インゴランティス
第4話 新天地を求めて
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第16話 ティーグロ

「大変だー!」


「敵だ敵だー!」


 先を争い、ボノリーとクイが外へ出ていった。あまりに勢いよく出ていって、すぐに彼らはドアを閉めたので、外で何が起きているかはわからなかった。


「ハッ! ちょうど、魔獣ぶっ潰したいとこだったのよ。やってやるわ」


 ターニャは剣呑な空気を放ちながら玄関でブーツを履き始めるが、なかなか足が中に入っていかず、さらに怒りを募らせる。多数の鋼板が組み合わされた漆黒の長靴はガチャガチャと、彼女の心を代弁するかのごとく騒いだ。


 そんな風なので誰も彼女に寄ってこないのだが、唯一ドーペントが近づいてくる。


「ターニャさん、大丈夫ですか?」


「はぁ?」ターニャはいつも通りの反応だ。


「体調はよくなったんですか?」


「どっか行って!」


「すいません……」


 ドーペントはとても残念そうに離れた。しかし気を取り直し、まだパフィオと一緒にいるユウトのほうへ歩きながら戦いへ誘う。


「ユウトさん、行きましょう。このままだと家が壊れちゃいます」


 ユウトが答える前に、パフィオが彼に問う。


「やっぱり、魔獣さんと戦うんですか?」彼女は悲しそうだ。


「そうですね……襲ってきてるから、戦わないと殺されちゃいますので」


「そうですよね……」


 より悲しそうになるパフィオ。しかしこの間にも、外では激しい物音が繰り返されている。


「じゃあ……行こう」ユウトは赤面しつつ、ドーペントの誘いに乗って家の入口へ向かおうとした。


「あれ? どうしたんですか、ユウトさん」


「ユウトさんは、わたしと話す時、こんな風になっちゃうんです」パフィオが説明した。


「そうなんですか……」


 ドーペントは小首を傾げた。彼にはよくわからないらしい。ここでユウトは、ミスペンの言葉を後押しにして、勇気を出してパフィオにアピールすることにした。主人公が言いそうな台詞を言って、なんとか彼女の心をたぐり寄せたい。


「えーと、あの。パフィオさん」


「はい」


 パフィオはユウトを正視した。


「俺は、パフィオさんが戦わなくていいように、戦います」


「……本当は、戦ってほしくないんです……」


 パフィオはもっと悲しい顔になってしまった。ユウトは落胆する。またしても、勇気を出す場面を間違えたらしい。ドアのそばにいたミスペンは『やれやれ』と言うように目を細めてから、仲間に告げる。


「全員行くぞ。戦いたくないなら家の中にいろ。ドアを開けるからな」


「はい」


 ドーペントの返事とともに、ミスペンはドアを開けた。直後、家の中に見たこともない獣が突っ込んできた。黒を基調として、ダークレッドの縞に彩られた虎のような生物だ。真っ赤な目が左右に三対、合計6個もついている。魔獣の一種だというのはすぐにわかった。


「うっ、こいつは――」


 ミスペンはこのいかつい獣に多少驚きを隠せないながらも、とっさに氷の術を撃つ。


「グアオォォ!」


 魔獣は叫んで倒れる間もなく消え、代わりに魔晶5個が出現した。ユウトもドーペントもひとまず安心する。ミスペンの術一発で倒せるなら、油断しなければどうにかなるだろう。


 彼らは次の敵が来る前に家の外へ飛び出した。外に出てわかったのは、この六つ目の虎の数が尋常ではないということ。見えるだけでも30匹はいる。出発からここまで一度も魔獣に遭遇しなかったのに、突然こんなに大量に現れるとは。森の中が何かの拍子に、この虎の魔獣で埋め尽くされたのではと思うほどだ。


「集中しろ。すべての方向に注意を払え」ミスペンは仲間に方針を指示しつつ、目についた敵にどんどん火や氷、水の術を撃ち、倒していく。


「はい」


「うわあ、ミスペンさんすごいです!」


 ミスペンに負けじと、ユウトとドーペントは武器を取り出すが、ティーグロ達はミスペンを集中的に狙い始めた。黒い虎の大群が相手だろうと、ミスペンはまったく危なげなく、むしろ下手に近づくことで流れ弾を食らう危険もあったので、2人はそこから離れることにした。


「ミスペンさん、大丈夫でしょうか」


「あの人が魔獣にやられるとこなんか、想像できねぇからな」パフィオが近くにいないので、ユウトの様子は普段通りに戻った。


「そうですね、僕らは他の敵を倒しましょう」


「にしても、あの魔獣ってなんだ?」


「アキーリのあたりにはいないみたいですね」


「ティーグロだよ」空からバサバサと、クイが降りてきて言った。「何回か聞いたことあるよ。東のほうはこういう魔獣がいるんだってー」


「強いんですか?」


「ティーグロは強いだけじゃなくて、大勢の群れで行動するんだってさ。結構強くて、あいつらに何人もやられてるんだって」


「じゃあ、気をつけないといけないですね」


 ドーペントが答えた直後、明るい女の子の声が森に響き渡る。


「ビカビカ満月、パシア・スピラーロ!」


 声の主はボノリー。ティーグロ数匹と果敢に戦っている。個性的な呪文を唱えると、右手で掲げた短い杖の先につけられているU字型の物体から、彼女の身体のように明るいオレンジ色の炎の球が発生し、回転しながら近くの魔獣へ飛んでいく。しっかり命中し、倒せたわけではないが効いているようだ。


「強いです!」


「さすがボノリーだね!」


 だがユウトは、ボノリーの魔法でティーグロにトドメを刺せていないのが気になった。それどころか魔法を食らった敵は怒りでより攻撃が激しくなっている気がする。


「あいつ大丈夫か?」


「はい。クイさんとボノリーさんはアキーリでは強い冒険者って言われてて、有名でした」


「そうだね、ボノリーなら勝てるよね」


 とクイが言った直後、そのボノリーの泣く声が森に響く。


「どーしよー!! うわーーん!!」


 見ると、ボノリーは泣きながら逃げ回っていた。その様を見てユウトの頭には『やっぱり』という言葉が浮かび上がった。


「あれぇー! ボノリー大丈夫!?」


「危ないです! 助けないと!」ドーペントは背負った弓を取り出しつつ、仲間を守るべく敵の群れに走っていく。


「やっぱあんな馬鹿な奴ら、弱ぇに決まってるよな……」


 ユウトは独りごちながら不満げに苦笑し、ドーペントを追いかけた。そしてボノリーの前に割り込むように敵の前に現れ、彼女を襲っていたティーグロを次々と斬った。やはり、見た目が強そうなだけだ。虎達は一度の斬撃で倒れた。


「うわぁー! ユウト強ーい!」


「ったく、食われるぞ」


 彼らを別の方向からティーグロが狙おうとするが、ドーペントの声がする。


「ペネートゥロ!」


 ドーペントが射った矢はティーグロの胴に当たるが、倒すには至らない。矢の刺さったまま動きも鈍ることなく襲ってくる。周囲にいた他のティーグロもドーペントに狙いを定めた。


「あぁ、どうしましょう、大変です!」


 絶体絶命になるドーペントだが、やはりユウトが手当たり次第に剣を振るい、一匹ずつ倒していくことで助けてやる。それからユウトは走っては敵を斬り、また走っては敵を斬りを繰り返す。敵の数は30匹どころではなく、無限にいるのではと思うほどで、木々の向こうから際限なく、うじゃうじゃと現れてきた。昨日ミスペンがいみじくも指摘した通り、こんな命懸けの状況で技名を言う余裕などない。


「うわーーん!!」


 ユウトがドーペントを守っている間に、またボノリーはティーグロから逃げ回っている。


「ラピーダ・ムーショ!」


 クイが全身に青いオーラのようなものをまといながら、空から地上へ滑空しつつ降りてきて、ボノリーを襲うティーグロに体当たりを加えた。


「やっぱりクイさんは強いです!」


 と言ったのはドーペントだけで、このメジロの体当たりでもティーグロを一匹も倒せない。そればかりか、ボノリーと一緒に敵に追い回され始めたクイは、「助けてーー!」と悲鳴を上げることになった。


 それを、家のドアのそばから馬鹿にした目でターニャが見ていた。大鎌を構えた彼女は、ブーツはおろか、籠手も着けていない。結局、装備を整える時間がなかったらしい。ドーペント達と変わらないといえばそうだが、普段のターニャと比べるとずいぶん心もとない。


「ターニャ、無理せずに戦え! ひとりじゃなく、誰か仲間と息を合わせろ!」


 気遣うミスペンに彼女はなんの反応もしなかった。それでミスペンは彼女の下を離れ、今度は家のドア近くであたふたしていたパフィオとテテのもとに駆け寄る。


「テテ! 家の中にいたほうが!」


「だって、みんな外なのにひとりで家の中にいるのって不安でしょ! 家、魔獣の攻撃でミシミシいってんだから! 壊れちゃうかも!」


「何っ?」


「皆さん、大丈夫でしょうか」パフィオは依然悲しそうだった。「でも魔獣さんもたくさん殺されてます。ああ……悲しいです」


「しょうがないでしょ、やっつけなきゃ食われるだけなんだから」


「あぁぁ……」パフィオは泣き出した。


「泣かないの!」


「2人とも、私のそばにいるといい」ミスペンが言った。


「お願いね? あたい、パフィオ泣き止ませないと」


 パフィオとテテの2人を守りながら戦うことになったミスペンだが、少々不安に感じていた。アキーリの洞窟や森では姿を見なかった虎の魔獣はルーポやウールソより明らかに強い。動きが速く、弱い攻撃では消滅しない。本腰を入れて戦わなくてはなるまい。


 ミスペンが天に手を向けて念じると、仲間全員の前に半透明の傘が出現した。不思議なことに、これが付与された本人や味方の攻撃の邪魔にはならず、敵の攻撃だけを防いでくれる便利な盾だ。


「おーっ、すごい! 何これ!」


 盾が目の前に出現したクイは、その直後にティーグロの牙を受けるが、盾が牙を受け止めてくれた。「あっ! 攻撃食らっても痛くない!」


「やったね!」ボノリーも喜んでいる。


 そしてミスペンはその場に指示を飛ばす。


「全員、散らばるな! 互いの位置を確かめながら慎重に戦え!」


 しかし、この指示はなかなか理解されない。


「えー?」


「よくわかんなーい!」


 ミスペンの話をまともに聞こうとする者はひとりもいない。各々が別々の場所で、目の前の敵を倒すため必死で戦っており、連携などといった高度なことを考える余力はなかった。


 ミスペンは氷や雷といった攻撃術を撃って敵の数を減らしつつ、仲間に呼びかける。


「話を聞け! バラバラで戦えば危ないぞ、周りをよく見ろ!」


 そんな発言は、ミスペン自身ですらまともに聞こえなかった。そこら中で仲間が技や魔法を使う声がこだましている。


「どんどん大きい満月、フェリーチャ・スピラーロ!」


 ボノリーが撃ったオレンジ色の炎が、ターニャのすぐ前をかすめる。


「こら、今の誰が!?」


 ターニャはオレンジ色の炎が誰が撃ったものかを見極めるため、大鎌を構えて周りを観察する。


 一方、別の場所ではクイが青いオーラをまとってティーグロに体当たりを仕掛ける。


「ラピーダ・ムーショ!」


 が、敵は魔獣の中でも素早いため、タイミングが合わずに外してしまう。すると体当たりが終わって停止した直後のクイに周囲のティーグロが狙いすましたように攻撃を仕掛ける。


「わぁぁーーーー! もう、なんでーーー!!」


 クイはまた空に逃れる。


 また別の場所ではドーペントは細い電撃を何発も撃つ。


「トーンドゥロ! トーンドゥロ!」


 が、不慣れなため敵にはほとんど当たらず、一発がミスペンを守る半透明の傘に当たった。


「おっおい! 危ないぞ!」ミスペンが注意しても、もはや誰も聞いていない。各々が目の前の敵を相手するので精一杯だ。


「グオォォ!」虎の魔獣が走ってくる。


「チッ!」すかさずミスペンは炎の術を虎に当てる。彼も結局、連携など考える余裕がいつの間にかなくなっていた。


「どんどん大きい満月、フェリーチャ・スピラーロ!」


 ボノリーの魔法はティーグロに当たらず、その向こうの家に直撃した。


「ちょっと、誰!? 家に当てたのわざとじゃないの!?」テテが怒っているが、家に魔法を当てた張本人のボノリーは涼しい顔をして突っ立っている。と、そこにターニャが走ってきて、大鎌を振り回す。


「このっ! ビワ!」


 ターニャはボノリーを見つけると、近づいて行って目の前で大鎌を振り上げた。


「うわぁ! 怖いよぉー!」ボノリーは涙目になる。


「あんた、さっきあたしを狙ったでしょ!」


 ボノリーは泣き出して逃げた。「狙ってないよー! ターニャこわーい!!」


 ボノリーを追いかけようとしたとき、ティーグロ数匹が来るのに気づいてターニャは走っていき、両断する。そしてボノリーを見失わないように走り始める。その途中に弓矢の準備をしていたドーペントを「邪魔!」と手で突き飛ばす。ドーペントは尻餅をついた。


「うわあ! 痛いです!」


「そんなとこにいたら邪魔でしょ! 真っ二つになりたくなかったら、どっか行きなさい!」


「えっ、すいません……」ドーペントは彼女の剣幕に圧され、立ち上がれない。


 ドーペントを襲おうとしているティーグロを倒してから、ユウトはこのターニャに対して前々から思っていたことをぶつけるいい機会だと思った。緊張しつつ、この危ない少女に声を掛けた。


「君、さ……何してんだよ」


「あぁ?」ターニャは大鎌をちらつかせる。「軟弱者があたしに文句つける気? ここで死にたいわけ?」


「仲間追い回して、何考えてんだ? まだ敵いっぱいいるんだけど」


「あたしに仲間はいない!」


 ターニャはユウトの前にある、ミスペンが生み出した術の傘を大鎌の一振りで割ってから、どこかへ走っていった。少し溜息をついてから、ユウトはドーペントに声を掛ける。


「お前、大丈夫か?」


「はい……すいません」


「あいつ、マジで邪魔だな」


「でも、仲間ですから……」


「お前、いい奴過ぎるだろ」


 その頃、最初に相手をした30匹あまりのティーグロをとっくに片付けたミスペンは、テテ、パフィオを連れて戦場を歩き回り、仲間の様子を見ながら指示を飛ばしていた。


「まったく……これでは死人が出るぞ。お前達、好き勝手に戦うんじゃない!」


 と大声を張っても、誰も聞いている様子がない。


「しょーがないでしょ、冒険者ってみんな好き勝手に戦うもんなんだから」


 と言うテテは、いつの間にか左手にフライパン、右手にノコギリというフル武装状態になっていた。


「テテ、戦えるのか?」


「冒険者って言えるほど強くないけど、足は引っ張らないようにしないとね」


 と彼女が言った直後、とうとうミスペンのそばにいたパフィオまでが、どこかへ走っていってしまう。


「パフィオ! 待て!」


 ミスペンが言い終わる時にはパフィオは遠く離れた場所にいた。彼女の走りは、あのターニャを助けた時同様、おっとりした性格や素朴な服装からは想像できないくらい速かった。フォームこそ小走りだが、一歩の幅が彼女の身長と変わらないくらい大きい。


「パフィオ! どこ行くのー?」


 テテも大声を出すが、届くわけもなく、パフィオは好き勝手に戦う冒険者の輪に入っていった。ミスペンは、彼女が旅立ちの時言った『もしもの時は、覚悟を決めてます』という言葉を思い出す。


「んもー!」テテはミスペンを見上げる。「こうなったらミスペンがあたいのこと守んなきゃね。じゃないと、家もご飯も作れなくなっちゃうから」


「仕方ないな」


 そこにティーグロがまた10体ほど走ってくる。


「あっ、来た!」


「すぐに終わらせる」


 炎や氷、雷……多くの術を使い分け、瞬く間にティーグロを処理していく。


「ほんとに強いねー」


「このぐらいの相手なら、どうということもない」


 言いながらも、彼はターニャに注意を向けていた。怒りと勢いに任せて大鎌を振るう姿は、あまりにも危なっかしい。

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