第12話 不思議フルーツのじゃれつき
「ユウトは木か草かでいったら、草だよね」ボノリーがニコニコして、ユウトに言った。
「ちょっ、なんだよ」
「草だよ。嬉しいね」
ユウトは、眠気に耐えて歩くばかりの退屈な旅路で少しストレスを感じていたので、ボノリーの笑顔と意味不明な絡み方に、イラッときて殴りたくなった。さすがに殴りはしないが、彼の怒りは顔に出ていたようだ。
「あれー? 怒ってる?」
ボノリーの間延びした緊張感のない声と、何も考えていないことがよくわかる大きな目と口が、よりユウトの神経を逆なでした。
「うん」ユウトは低い声で答えた。
「あれぇーー!!」ボノリーは大声を出した。
「うるせぇ、離れろ」
ユウトはボノリーの腕を握って背中から引き剥がそうとしたが、彼女の力は意外に強く、離れようとしない。腕は木の枝のように固く、少しゴツゴツしていたのが意外だった。あくまでもユウトの背中にしがみついてほおずりし、「うーん、平ら」と言った。彼女はユウトと同等の体重があり、引きずってでも先に進もうとすれば、バランスを崩して一緒に倒れてしまいそうだった。
「お前、離れろって」
文句を言ってもボノリーはまったく反応せず、むしろ顔を背中に強くうずめてくる。そうこうしているとミスペンが気づいて、近づいてきた。
「どうした? 遅れてるぞ」
「こいつが邪魔してくるんです」
ユウトは背後を指差す。それで、ミスペンはユウトがボノリーに後ろから抱きつかれていることに気づいた。それと、普段はそれほど感情を露わにしないこの少し内気な青年が、珍しく怒りをはっきり顔に出していることも。
「なんだ、ボノリー。どうしたいんだ?」
「あのねー、ユウトの背中、平ら」ボノリーはミスペンに笑いかける。
「こいつ、言っても聞かないんですよ。マジで重いし。どうにかならないですか?」
「ユウト、こういう奴も一人はいたほうが息抜きになる」ミスペンはユウトの怒りをなだめるように言った。
「すごいですね。ちょっと俺、キレそうですよ」
するとボノリーは「ミスペンは草か木かでいったら、大きい木だね」と言った。するとミスペンは笑顔で「そうか」と、この意味不明な評価を受け取った。それを確かめ、ボノリーは今度は彼に抱きついた。
「うーん、かたーい」
ミスペンはボノリーの頭をなでてやった。ボノリーは気持ちよさそうに目を閉じている。
「本当すごいっすね、ミスペンさん。疲れないっすか?」ユウトは白けた顔で言った。
「少しくらいは可愛がってやろう」
「手がかたーい」と言いながら、嬉しそうにボノリーは顔をミスペンの手にこすりつけている。
「ほら、可愛いだろう?」
ミスペンはユウトに同意を求めるように言ったが、ユウトはなんとも答えが見つからなかった。しかし、なんとなく怒りは少し紛れた。
「ボノリー、歩こう。はぐれるぞ」
「んー! 疲れたぁ」
「疲れた?」
「歩けなーい」
「お前、ジャハットに会いに行くんだったよな」
とユウトが言うなり、ボノリーは目をカッと開き、「あ! ジャハット! 会う!」と言って、ひとりで勝手に前へ走っていった。
「なんだ、あいつ……」ユウトはそれを白けた目で見ていた。
「ハハハ、無言よりはにぎやかでいい」
「ああ」ユウトは適当に流してから、視界に他の仲間が小さな点でしか見えないことに気づいた。「いつの間にか、あいつらあんな先にいますよ」
「急ごう」
ミスペンとユウトが仲間に追いつくために早歩きで進んでいると、ボノリーが前で待っていた。目が合うなり、彼女はミスペンに走ってきて抱きついた。
「おい、お前またか?」ユウトは呆れ果てて言った。
「んー、大きい木」
「すごいなついてますね」
「ハハハ……」
「お前がくっついてたら、本当に他の奴らとはぐれるけどな」
ユウトは再び怒りを込めて言った。彼にとって、それは避けなくてはいけない事態だからだ。パフィオと一緒に旅するチャンスなど、今回が最後かもしれない。それを逃せば、パフィオはおろか、彼女のように好みのタイプの女性と一緒にいる機会なんていつ訪れるかわからない。だから、今この瞬間もどんどん先へ進んでいく他の仲間が視界から完全にいなくなってしまわないように注視しているのだが、ミスペンは大して困っていないようだ。
ミスペンはボノリーに尋ねた。「お前はラヴァールの弟子と言ってたな」
「そうみたい」
ボノリーは気持ちよさそうな顔つきのまま、適当に答えた。本人にもはっきりわかっていないらしい。
「ラヴァールって、なんでこんなのまで弟子にしてるんですかね」ユウトがやや吐き捨てるように言った。
「あのねー、ボノリーね、ラヴァールの弟子になったの、ジャハットのおかげかも」
「ジャハット?」
「頂点の弟子のひとりで、ボノリーの友達だ」ミスペンが教えてくれる。
「ジャハットは優しいよ! 緑のふわふわなんだ」
「緑のふわふわ……?」
ユウトはラヴァールと一緒にいた取り巻きの11人を思い出そうとしたが、よく喋る上位の3人と、ユウトを家まで送ってくれたサイハ以外は誰が誰かよくわからなかった。
「えーっとね、長いんだ」ボノリーは言う。
「長い?」
「そうだよ! 長いんだよ。木か草かでいったら、長いよ」
「木か草かでいったら長いって、なんなんだよ……」
ボノリーの意味不明な発言は今に始まったことではないのだが、ユウトはぼやくように突っ込みを入れてしまった。
「ジャハットがラヴァールに紹介して、弟子になったのか?」ミスペンが訊く。
「なんかね、ボノリー、ジャハットと話してたら、ラヴァールさんが来たんだ。で、ジャハットが『弟子になる?』って言ったから、ボノリー、『なる!』って言ったんだ」
「結構簡単になれるんだな……」
「弟子になったからには、ラヴァールに何か教えてもらったんだろう?」またミスペンが訊く。
「んー、なんかねー、ラヴァールさん剣とか槍とかくれたけど、ボノリーはもう魔法があるし、なんか剣とかはよくわかんなかったんだー」
「魔法はラヴァールに教わったんじゃないんだな」
「魔法はねー、ホクが教えてくれたよ」
「ホク?」
「ホクは桃だよ。でっかくて丸いよ」
「頂点の弟子か?」
「そうだよ」
「お前って結構頂点の弟子と付き合いあるんだな」
「頂点の弟子はねー、木か草かでいったら、木と草がいっぱいなんだよ」
「もういいよ、その例え」
「びゃん!」ボノリーは目を大きく開いて、少し跳ねた。
「ミスペンさん、こいつと駄弁ってたらいつまでも進めないですけど、いいんですか?」
「そうだな……いずれ戦いが始まるから、今ぐらいは遊んでもいいだろう」
クイがバサバサと、ユウト達のほうへ飛んでくる。
「遅いよ! 何してんの?」彼は翼を動かして滞空しながら言った。
「ああ……この通りだ」
「もうー、ボノリー! ブルリーギに着くのが遅くなっちゃうよ」
「だって、木か草かでいったら、木か草がいっぱいなんだよ」
「へー、すごーい!」
クイは楽しそうだ。ユウトは不満げな顔をして、頭をかいた。