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果てなき時空のサプニス  作者: インゴランティス
第4話 新天地を求めて
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第9話 伝説、再び推参

 ユウト達は灰色のアシカを見た。間違いないはずだ。


「あれは……」


「昨日の!」


「ラヴァールの手先!!」


 ターニャは大鎌を振りかぶり、ガチャガチャ金属音を立てながら走っていく。


 ここでミスペンが彼女の背中に向けて手のひらを向ける。するとターニャは両足が地面にくっついて離れなくなった。慣性で上半身が前につんのめり、重厚なプレートメイルを構成する鋼板同士がこすれ合うガガン、ギギッという音がして、彼女の顔は地面と向かい合う。彼女は柔軟体操の途中のような不格好な姿勢で静止した。そして、彼女の腕だけが緩やかに動き、大鎌をそっと地面に下ろしたところで、ミスペンは手をかざすのをやめた。


「く……っ!! 痛たたた……ミスペン、何するの!」


 不格好なターニャをピサンカージが「ハハハハ」と笑う。


「何笑ってんのよ! アシカめ!」


「君達は本当におかしな人達だ。そんなにまでして僕を笑わせたいのかな?」


「殺してやる!」


 すると、アシカの顔つきが変わる。


「ずいぶん簡単に言うけど、僕が弱いとでも?」


 アシカの周囲に赤い、直径50cmほどの球が4つ現れた。光の玉のようにもみえるし、ガラス玉のようにも見えるそれらは、淡い輝きを放ちながら、彼の近くをふわふわと浮遊している。こんなものを空中に出現させる者を見たことがないのだろう、クイとボノリーは色めき立った。


「何、あの玉! かっこいい!」


「すごい、強そう!」


「あいつは悪い奴だよ。褒めてる場合じゃないよ」テテは冷静だ。


 アシカのピサンカージはほくそ笑む。


「これが僕の力、紅珠ガイニ・ポエントイン。どうかな? これを見ても、僕に勝てると思うかな」


「ガイニ? なんかすごそうな名前!」


 そしてピサンカージは、ミスペンを見て言った。


「わかっただろう? 君はミスペンという名前だったかな。君がその精神操作という邪悪な力に頼らなくても、こんな弱い人間は僕ひとりで返り討ちにできるよ。例え僕に何かあったところで、君達がラヴァール様に罰を下されるだけだ」


「あんた達、弟子ごと全員殺してやる……!!」まだターニャの威勢は変わらない。


「昨日あんな負け方をしたのに、まだ言うんだね? 弱いだけじゃなく、己の力量を知る能力もないくらい愚かだ。ラヴァール様にケンカを売る愚か者はこの頃いなくなってきたから、久しぶりに楽しめたよ。君はラヴァール様にケンカを売っただけじゃなく、信じられないくらい弱かったんだ」


「くぅぅぅ……っ!」


 これにはターニャも耐えられず、涙目になっている。


「うわぁ……ひどい」


「言い過ぎだよー」


「あんたねぇ」テテが前に出てくる。「好き勝手言ってるけど、ここにはこんだけ人数いるのよ! あたいの家であんたらの手下が暴れたの、どう思ってるわけ!?」


「まだわからないのか」ピサンカージは退屈そうに受け流す。「ラヴァール様もおっしゃってたはずだ、君達の責任だとね」


「ほんとに、ずっとそんな感じでいたらいつか痛い目見るよ!」


「そうか、大した鳴き声だね」ピサンカージの周囲に浮かんでいた赤い珠が消える。テテの非難などどこ吹く風だ。


「ところで、パフィオさんはどうしてここに?」


 パフィオは答える。


「酒場をクビになりました。それで、ミスペンさんが誘ってくれましたので」


「まったく、そういうことだったのか。困るよ、パフィオさんじゃないと酒場の店員は務まらないんじゃない?」


「そんなことはないと思いますけど……」


「僕はパフィオさんにこの町にいてほしいけど、でも、ラヴァール様は君が冒険者になる決心をしてくれて、きっと喜ぶんじゃないかな」


 パフィオは複雑な表情をした。ここで、ミスペンが口を開く。


「お前は、わざわざ挑発するためにここに来たのか?」


「まさか」ピサンカージはせせら笑う。「君は自分達のことを、僕が挑発するほどの存在だと思ってるのかな?」


「嫌な言い方だなー!」


「もちろん、頂点の弟子最強の僕がそんな無価値なことをするわけがない。僕がここに来た理由を、君達はもうすぐ知ることになる」


「何よ、さっさと言いなさい!」


 町のほう、かなり遠くに、道を埋め尽くすように横一列に広がって、こちらに歩いてくる集団が見える。


「あの人達は?」ドーペントがその集団を見て言った。


「なっ……昨日の!」テテは怒りを込めて指差した。クイは指の先にあるものを見るなり震えだした。


 それを聞いて、ピサンカージがより得意げに笑む。


「来たみたいだね。僕らの師匠であり、伝説の冒険者」


「ラヴァール!」


 ここまで何も言わず、集団の隅のほうで存在感を消していたユウトは生唾を呑む。それは彼の想像を絶する数だった。伝説の冒険者としてのラヴァールの名声は何度となく耳にしてきたが、姿を見たことはない。頂点の弟子という大仰な名で呼ばれる彼には、あんなにも多くの腰巾着がいるのか。ラヴァールはおろか、ゲームに日々を費やしてきた彼の目では遠すぎて誰が誰か、ほぼ視認できない。


 そしてピサンカージがご丁寧にも説明を付け足してくれる。


「僕が君達のところにわざわざ来た理由を教えてあげるよ。ラヴァール様の弟子の中でも最強の、このピサンカージが、もうすぐここにラヴァール様が来るということを伝えるためだ」


「わざわざ伝えるために?」


「そうだよ、ミスペン。君が一番知ってるはずだろう? 卑怯者の君に、ラヴァール様が直々に罰を下される……その時が迫っているんだ」


「ミスペンは卑怯者じゃない!」テテは一歩前に出た。


「弱いバッタはそこで鳴いていればいいよ。あまりにもうるさいと、君も罰を下されるだろうけどね」


 ラヴァールの罰をちらつかされると、強気なテテも引き下がらざるを得ない。


「あぁぁ……どうしよう。またラヴァールが来る……」


「もしかして僕達も罰を? どうして……?」


 クイとドーペントが怯えている。彼の隣にいたはずのボノリーは当然のごとく、いつの間にか姿を消していた。


「何か勘違いをしているようだね。ラヴァール様はいずれ君達に罰を下すはずだと僕は思っているが、さすがに今ではない」


「えっ?」


「あのお方は愛に満ちておられる。ただの冒険者の集まり、しかもあのお方に牙を剥いた愚か者や精神操作を使う卑怯者、おまけに人殺しに手を染めた者までいる君達を、まさかそのような――」


「うわ、またひどいこと言ってる!」


「ユウトは人殺しなんかしてないって、何回言ったらわかるの?」


「ラヴァール様はそんな出来損ないの君達のために、わざわざアドバイスをして下さるんだ」


「アドバイス……?」


「大きなお世話よ!」


 その話をしている間に、ラヴァール達がだんだんと近づいてきていた。イタチを中心に様々な種族で構成された11人の集団がはっきり見えるようになってくると、ピサンカージはユウト達に背を向け、彼らと合流するため、地面をとことこ歩いていった。


 ターニャが悲鳴を上げる。


「ミスペン! 解いて、早く解いて。痛い、いろんなとこ痛い」


「解いてやるが、武器を納めるんだ。今は抜くな」


「わかったから! この体勢きついの!」


 術を解いてあげた。ターニャは「はぁ」と気が抜けたように、その場にへたり込んだ。大鎌は地面にガチャンと落ちる。


「はぁ、はぁ……。なんでもっと早く解いてくんないの……」


「ターニャ、ケンカっ早すぎだよ」


「うるさい……」


「それだけ疲れたら、もう斬りかかっていけないだろう」


「ラヴァールさんという方は、どこにいますか?」パフィオが訊く。


「真ん中にいるイタチの人です」ドーペントが答えた。


「イタチ……?」


 ユウトは聞こえた動物の名を繰り返す。彼はイタチがどういう生き物かはよく知らないが、列の中央にいる青い鎧を着た獣がそれだというのはよくわかった。この顔の黒い、耳の小さな獣は周囲の仲間とは雰囲気が違う。眼光が一段と鋭く、より堂々としている。


 ピサンカージが合流して12人となった横一列の集団は、ユウト達に10mほどの距離まで近づいてから停止した。そして、とうとうイタチのラヴァールが言葉を始める。


「門出を祝わせてもらおう。お前達を長い旅路が待っている。いつ終わるとも知れぬ旅路が。紆余曲折あろう。しかし、やがては成功裏に旅を終える。その時お前達は、数えきれないほどの大切なものを手にしていることだろう」


 その眼光にふさわしい、低く、よく通る声だった。


「んー、難しくてよくわかんない」


「何? こいつら大勢で……」


「我々が旅に出ることを知っているのか?」ミスペンが指摘する。


「えっ? そっか! 確かに!」


「僕らが旅に出るって、ついさっき決めたばっかりなのに……」


 これを、先ほどと同様の得意げな笑みでもって、ピサンカージが受ける。


「フフフ、まだわからないのか? ラヴァール様はすべてを見通しておられる」


 そしてラヴァールが続けた。


「お前達の前には壁が待ち受けている。だが、それを突破する潜在能力を秘めているのだ。まだお前達の多くはオレの弟子ではない。いずれオレの弟子となるに値するだけの強力な戦士となるだろう」


 ラヴァールがありがたい教えを説いている間、彼の鋭い眼光と堂々とした雰囲気に圧倒され、よそ見をしていたユウト。未だ集団の隅で声も出さず、小さくなっていた。


 しかし、あることに気づく。これは、パフィオにいいところを見せるためのチャンスなのではないか、と。パフィオ本人とうまく話せなくても、悪者に言うべきことを言う強い男だという姿勢を見せることが、今ならできる。ミスペンよりも魅力的な男だと認識してもらうために、勇気を出さなければ。


 意を決し、軽く咳払いをして、彼は顔を上げた。先ほどから偉そうな態度で語り続けているラヴァールを、できる限りの気合いを込め、にらむ。


 すると――まったく予想だにしないことが起きていた。

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