表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
果てなき時空のサプニス  作者: インゴランティス
第1章 逃避へのいざない
6/149

第5話 不思議な世界の最初の夜

 食事が終わると、冒険者達はユウトが持ってきた巻貝のために古いカバンをくれた。


 そして、住居として村の端にある空き家を使わせてくれることになった。


 そこは誰の家でもないらしく、元々誰が使っていたのかも、そもそも冒険者が勝手に住む者を決めていいのかもわからない。


 ともかく彼らに「ここを好きに使え」と言われたので、ユウトはお言葉に甘えておいた。


 ついでにドゥムは、青紫色をした懐中電灯のようなものもひとつくれた。


 木の棒の先に小さな光る石のついた、彼らが『灯り』と呼ぶ照明器具だ。


 空き家らしく、その家は木片や石、布など、何に使うのかもわからない色々な物が散乱していたが、それでもベッドやテーブル、椅子などが一通り揃っていた。


 まるで新たな持ち主を待っていたかのように。



 テーブルの上に灯りと巻貝を置くと、ベッドに寝そべりユウトはあくびした。


 寝心地はさすがに矢掛矢掛(やかげ)の自室には劣るが、そんなに悪くもない。


「さすがに眠いな……」


 小さくつぶやいて、彼は横の巻貝をぼんやり見つめる。


 ここは姉が言っていた通り、本当に『不思議な世界』だ。


 姉はここのことを知っていたのだろうか? それで、この巻貝をくれたのだろうか。


 一度はそう思いつつ、すぐに気づく。きっとそんなことはない、と。


 姉の性格的に、もしこんな場所のことを知っていたら、絶対に黙っていられないだろう。


 こんな獣とか鳥とか、果物とか野菜とか……食べ物みたいな奴ばかりの世界、こちらが聞く気がなくても、しつこいくらいに話を聞かせてくるはずだ。だから、姉はきっとここのことは知らない。


 狼のような敵に噛まれた傷が簡単に治ったのも、そこまで痛くなかったのもどうしてだろうか。


 この世界では、人間は強くなるのか? それとも――



 考えているうちに寝そうになって、ユウトはハッとする。


 目を無理に開け、「待てよ」と言って起き上がった。


 もしこのまま寝たら、一体何が起きるのか? そんな疑問に襲われたのだ。


 姉が言った通りに、巻貝を使って『不思議な世界』に来たのであれば、もう一度巻貝を枕元に置いて寝ると……?


 ユウトはテーブル上の巻貝を抱え上げ、よく見た。


 青紫色の灯りによって、貝の表面に隠されたラメがキラキラと控えめに、ささやくように輝いた。


「矢掛に戻るか? 俺……」


 つぶやいて、そして――ユウトはここである恐ろしい想像に至り、ユウトは軽く身震いした。


 姉は確かに『不思議な世界に行ける』と言ったが、実際にその世界に行った後、さらにそこで巻貝を使うと何が起きるかということには言及していない。


 もし使えば、後悔するような未来が待っているかもしれない。


 ユウトはその巻貝を再びテーブルに置いて、灯りに照らされるそれを観察しながらつぶやいた。


「冒険者ってやつ、やってみるか……」


 ユウトは運動神経が鈍い。そのせいでずいぶん馬鹿にされてきた。しかし、ここは違うらしい。


 強いだの武術の達人だの、そんな風に褒められたのは初めてだ。


 自分の身体が人間離れした力を得たのか、それとも人間の身体はこの世界の住人にとってそもそも強力なのか。


 どちらかはわからないが、冒険者としてやっていけそうな材料は十分以上に揃っている気がした。


 しかし……ここに残ることを選んだら、母と姉はどうなるのだろう?


 書き置きも残していないのだ。



 ユウトはベッドに座ってしばらく考えたが、どうすべきかの結論は簡単には出なかった。


 当然だ。


 ここまでの人生で何かに本気で打ち込んだ経験はなく、すべてを惰性で適当にやってきた。


 まともに決断といえる行動を取ったことはない。


 去年受けた大学も周りの言葉を聞いて決めただけだし、落ちた後に浪人を選んだのも、就職やバイトが嫌だったのと、母と姉が予備校通いを許してくれたからだ。


 今、彼は人生で最も真剣に自分の進路について考えているのかも知れない。しかも、結論は今夜中に出さなくてはならないのだ。



 10分ほど迷った末、彼は巻貝を封印することにした。


 それは逃避だったのかもしれない。


 巻貝をもう一度使ってしまえば、矢掛に帰るのか、それ以外の場所に飛んでしまうのか、結果がわからない状態で試すことになるが、ここに残ればその決断を先送りにできるし、気のいい奴らと一緒に有利な条件で冒険者ができそうだからだ。



 家の中には様々な物が散乱しており、封印に使えそうな道具はすぐ見つかった。


 近くの床に捨てるように置かれた風呂敷のような汚れた布で巻貝を包み、同じく部屋の隅に放ってあった、何を入れるのに使ったのかわからないホコリまみれの大きな木箱にそれを入れた。さらに床から別の布をかき集めてきて、木箱を何重にも包んで結ぶ。


 巻貝をどのくらい厳重に包み隠せば封印できるのかはやってみないとわからないが、とりあえず今できることはやった。


 あとは室内にある棚にこの箱を隠して、その手前には壊れた椅子の部品とか石といった、床に転がっていたガラクタ類をカムフラージュとして押し込んでおいた。



 そして彼は再びベッドに横になる。しかし、気になることはまだまだあった。


「風呂とか……無ぇよな? ここ」


 自分の服を確かめる。5人の話を聞く限り、ここには風呂などはなさそうだ。洗濯機などあるはずもない。


 臭くてたまらなくなったらどうすればいいのだろう。ここの住民はそんなことも気にしないのだろうか。


 そういえばゲームにログインしていなかったことを思い出し、スマホの画面を点ける。


 アプリのアイコンをタップして、通信エラーの表示を見る。ネットがつながっていないことを思い出した。


「あーっ! くそ、マジか」


 ログインしようとしていたのは4年半親しんだスマホRPG。


 やっていた時は大して面白くもないと思いながらなんとなく続けていただけなのに、突然プレイできなくなるとそれはそれで寂しい。


 まったく別の場所に来て、ネットがなくなったというその一点だけでも、本当に今までの生活から切り離されてしまったのだと実感し、心がずっしり重くなる。


 またベッドに横になるものの、数分したらまた彼は起き上がる。トイレはどこだ? こんな木の小屋にそうした設備があるとは思えない。


 外に出たが、真っ暗。灯りを取るため家に戻る。


「あー、くっそー、灯り……」


 青紫色の灯りを取って再び外に出て、ドアを閉めた時、彼は巻貝のことが不安になった。


 封印こそしたが、酒場にいた面々には、ユウトがこれを持っていることは知られてしまっている。盗られたりしないだろうか。


 ドアを見た。取っ手がついた、ただの木の板だ。鍵穴のようなものはない。


 こんな小さな村には泥棒もいないから、鍵などといった防犯の概念は必要ないのだろう。だが、ユウトにとっては不安材料であった。


 多くの星が瞬く美しい夜空をしかめ面で見上げ、彼は訴えかけるように「不便だなー」とぼやいた。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ