第6話 チャンス
気まずい空気の中、まともに言葉も話せないユウトに、パフィオは話題を振ってくれた。
「なんだか、昨日色々あったみたいですね。町の皆さんが言ってました」パフィオが言った。
「……はい」
ユウトは押し殺した小声で答える。するとパフィオは少し悲しそうな顔つきになって言う
「ラヴァールさんがどうとか皆さん言ってましたけど、あんまりよくわかんなかったんです。でも、大変だったんですよね」
どうやら彼女も気遣ってくれているようだ。
「はい……! 大変で、した」
緊張から少し普段より高い声で、たどたどしくユウトが答える。すると、パフィオはぺこりとお辞儀をした。
「改めて、よろしくお願いします。酒場はクビになっちゃいましたけど、ちょうどよかったんです。給料が安かったから、ちょうど別の町に行きたかったところでした」
「ああ……はい」
「給料が安くて、何も買えないんです。食べてくだけで精一杯で。冒険に行ったらいろんなものが買えるってミスペンさんは言ってましたけど。それで……? 行き先は?」
「その……えっと……」
ユウトは、『言わなければ』と強く感じていた。行き先なんか、どうでもいい。後悔しないために、この一度のチャンスで決めなければ。ミスペンの後押しも力になっていた。出せるだけの勇気をすべて出し、パフィオに告げた。
「おっお俺が……俺が君のこと、大事にしたいっつーか! 何かあっても、守るっつーか……」
それはユウトにとって、紛れもなく愛の告白のつもりだったのだが、パフィオは不思議そうな顔をしているだけだった。相手にまるで響いていないとわかると、ユウトのなけなしの勇気が途中で尽き、声はどんどん小さくなっていった。
「なので……そ、の……。そんな、……感じで……」
消え入るような声で中途半端な告白を締めくくったユウトに、パフィオは「はい」と相槌を打っただけだった。心の折れたユウトは、それ以上何も言えなかった。
ユウトのアタックに対してパフィオは、先ほどと何も変わらない、至って素朴な調子で答える。
「そうですか。それは、ありがとうございます。でも、わたし、丈夫なので」
返事はそれだけだ。どうやらユウトは、あっさり振られてしまったらしい。いや、告白とすら思ってもらえなかったのか。ユウトの感情はぐちゃぐちゃで、「じっ……あ……い」と、まともに言葉にならない声が出ただけだった。
驚きはそれだけではない。パフィオは逆にこんなことを言ってくる。
「わたしのほうこそ、皆さんを守れる時があるかも知れないです。スカーロなので。魔獣さんをやっつけるのはちょっと可哀想なので、あんまりやりたくないんですけど、でも、色々守れると思います」
ユウトはもはや沈黙するしかなかった。どれだけ今という時をただ一度のチャンスとみてそこに賭けていようが、パフィオにとってこれはただの会話なのだ。しかも守ってもらう必要もないとか、魔獣が可哀想とか言っている。魔獣に『さん』付けしなかったか?
そして、続く彼女の発言にいよいよ驚かされる。
「魔獣さんとも、いつか仲良くできないでしょうかと……冒険者さんからルーポを倒したとか、ウールソを倒したとか聞くたびに思うんです」
なんと、魔獣と仲良くしたいとまで思っていたとは。確かに優しい人のほうがいいに決まっているが、ここまで優しかったなんて。昨日、魔獣討伐に誘おうとしていたのが恥ずかしくなる。パフィオとふたりで魔獣討伐に行って、大量の魔晶を手に入れたいと思っていたなんて、言えるわけがない。
傷心、驚き、恥ずかしさで言葉を失っていたユウトの顔を、少し身を屈めてパフィオはのぞき込む。
「ユウトさん?」
「あぁ!」ユウトは赤面して、若干のけぞった。
「どうしたんですか?」
「えっいや……はい……」ユウトの唇は軽くけいれんしていた。
「難しいですよね? 魔獣さんと仲良くなるのは。食べ物をあげたりしたら、なついてくれないでしょうか」
「いやぁ……。そうです、ねぇ」ユウトは相槌を打つのが精一杯だった。
「そうですか……。魔獣さん、せめて出会わなきゃいいんですけど。そうしたら、みなさんも魔獣さんと戦わなくていいんですよね」
「そう……ですね……はい」ユウトの声は小さすぎて、彼自身にもほとんど聞き取れなかった。
「ユウトさん?」
「あっ、あ……はい」ユウトはびくついて、若干後退した。
その頃、ミスペンは離れた場所でドーペントとテテに術を教えながら、横目でこの男女の様子を見やっていた。お世辞にも意気投合しているとはいえない雰囲気だ。
すると彼のすぐそばで、ビカッと閃光が発生した。
「おおお……っ! 出ました! 雷!」ドーペントの声。見ると、彼の目の前に生えた草が、一部黒焦げになっている。
「すごい、ドーペント!」テテはその近くで目を丸くしている。
クイとボノリーも大喜び。
「すごいすごい!」ボノリーはぴょんぴょん飛び跳ねる。
「ドーペント、魔法使いだね!」クイは左右の足でステップを踏む。
「魔法使いになっちゃった!」ボノリーが繰り返した。
「ぼ、僕、雷使えるんですか?」ドーペントは先ほど雷を放った自分の手を見つめ、戸惑っている。
「お前は思ったより才能がある」ミスペンはドーペントを称賛した。「ユウトではなく、最初からお前に術を教えておくべきだったな」
「ジュツー?」ボノリーは首をかしげるようにして、身体を少し横に傾けた。
「ミスペンは、ジュツっていうのを使ってるんだって」テテが教える。
「あー、魔法じゃなくてジュツだったっけ?」クイは翼を広げた。
「へー! ジュツって誰?」ボノリーが訊く。
「誰、って……」
「術って、まさか、人だったの!?」クイは驚きから、後ろに倒れそうになった。「どうしよう。ドーペント、人を使っちゃった!」
「おい、ちょっと待て。術というのは、つまり魔法のことだ」
ミスペンは言った。魔法を見たことはないものの、術と魔法が同じものだろうが別物だろうが、とりあえず同じものだということにしておかないと、彼らは本気で術を人のことだと誤解する可能性がある。
しかし彼らの自由な解釈は止められない。
「ジュツは魔法なんだ! 魔法さんだね!」
「魔法さんだー!」
「ドーペント、もう一回魔法さん出してよ」
「えーっと……魔法さんじゃないような……」
「なんか、変な勘違いしたまま盛り上がっちゃってる」
ミスペンは苦笑した。術を身につけたのがクイやボノリーでなくてよかったと思うべきなのだろうか?
「でも、ミスペンさん」ドーペントが訊く。「これだとユウトさんじゃなくて、僕が術を使えるようになっちゃいましたね。ユウトさんが使いたい電影剣とかって、僕が使っちゃっていいんでしょうか?」
「あいつは悔しがるだろうが、面白いかもしれないな。もっとも、お前が使ってるのは弓だが」
「そうでした。電影……何になるんでしょう?」
これを聞いて、クイとボノリーがドーペントの新たな技名について楽しそうに話し始める。
「電影ビリビリ矢とか?」
「いいねー! かっこいいねー! 電電ビリビリガンガン剣!」
「でんでん、なんですね」
「剣じゃなくて弓だけど、でもビリビリガンガン剣もいいね!」
「ビリガン剣!」
「ビリガン剣もいいねー! ミスペン、使ったら? ビリビリガンガン剣ー! って叫びながら出すんだよ」
盛り上がっているアリーア達に、ミスペンはそっと水を差す。「言葉を言いながら戦うのは、私はお勧めしないが」
「そうなんですか……?」
「敵に自分の位置や行動をわざわざ教えることになるし、特に弓の場合は口を動かすと狙いが逸れるから、なおさらやめたほうがいいと思うぞ」
「そうですか? 逆に狙いがつけやすくなりますよ」ドーペントが言った。
「前も聞いたが、不思議な話だ」
「技を出すのに技名言わないのって、なんか変な感じ」
ミスペンの背中を誰かが、つんつんと数回触れた。振り返るとテテだ。
「ミスペン、あたいももちろん魔法使いにしてくれるんでしょ?」
「集中してるか?」
「してるよ! なんにも出ないけど」
「もしかして、才能ないんじゃない?」
「んなっ!」
「術がなくても、テテさんは料理とか家とか、なんでも作れますよ」
「じゃあ、これ以上才能要らないね!」
「まあねー。でも、せっかくならあたいも冒険者やりたいのにな。いっつも留守番だから」
「どれだけ術が得意になっても、家をすぐに作れる奴なんて聞いたことがない。お前の力は誇っていいぞ」
「えー? じゃあもっとあたいのこと、大事にしてよね!」
「ああ」
「だいじだいじー」
ボノリーはその場でぐるぐる回った。そして目を回し、へたり込んだ。「気持ち悪いー」
ミスペンはまたユウトとパフィオをチラッと見た。彼らは先ほどと同じ場所にいて、ぎこちない空気も変わらなかった。