第4話 思わぬ客
「ん?」テテは訪れた2人を見つけ、大きく目を見開く。「えーっ? あれって……パフィオって人!?」
この思わぬ客に、泣いていたはずのクイとボノリーは、先ほどのことなど忘れたかのように楽しそうに目を輝かせる。
「うわぁ! 本当だ!」
「酒場の! スカーロ!」
「どうしたんでしょうか」
「とりあえず、ターニャ呼んできたほうがいい?」
「あんなの、もういいでしょ」
その4人の声を聞きつつ、ユウトはなんとも言えない感情で地面を見下ろしていた。ターニャに凄まれた直後、なんとミスペンがあの憧れのパフィオを連れてきてくれるとは。状況の変化がめまぐるしくて心が追いつかない。そうこうしていると、ついにミスペンとパフィオが目の前まで来た。
「すごいですね、ミスペンさん」
「でも、何があったの?」
テテの問いに、ミスペンは笑って答えた。
「さっき酒場に行った時、この子がちょうど出てくるところでね。少し話したら、どうもユウト達に興味を持ってるみたいで、ここに呼ぶことにしたんだ」
「興味を持ったって? へぇ……昨日あんなことがあったのに?」
「そうなんですか」パフィオは目を丸くする。
「あれ……知らないんですね」
「なら都合いいわ」テテは笑った。
「何か起きたんですか?」パフィオは目を丸くしたまま言う。「でも、店長さんとお客さんも、色々あったって言ってました。ラヴァールさんが、何かしたみたいですね」
「あのねー、ターニャがね――」
「いい、言わなくて」言いかけたクイをターニャが止める。「何が起きたかなんて、全然知らなくていいから」
「はい。わかりました」パフィオは無表情に戻って答えた。特に気になってはいないらしい。
「素直な人だねー」クイが言った。
ここでボノリーがパフィオのすぐそばまで来る。
「ねー? ねー?」
「はい。なんですか?」パフィオは不思議なビワの子を見下ろす。
「パフィオ、ユウトと一緒に暮らすの? すごーい!」
「あ。いえ、一緒に暮らすかどうかはまだ……」パフィオは戸惑っている。
クイもボノリーの後ろに続いて来て、はしゃぐ。「また仲間が増えるね。やったねー!」
「やったやった!」
「すごーい!」
パフィオは困っている。「うーん、どうしましょうか」
「そうだね」ミスペンが話を先に進める。「今回はとりあえず食事を一緒にとろうという話になったんだ。いや、その前に自己紹介からか」
「はい。よろしくお願いします」パフィオはぺこりと可愛くお辞儀し、自己紹介する。「パフィオペルスといいます。故郷を出てからは、パフィオと呼ばれるようになりました。今日はミスペンさんに誘われましたので、皆さんのところに来ることにしました」
「おぉー!」クイとボノリーが声を揃える。
「僕は酒場にあんまり行かないので、会えて嬉しいです」
「すごーい! パフィオ? ペルス? すごーい!」クイが楽しそうにステップを踏み始める。
「角だー! 6本! 6本!」ボノリーはその場で何度も小さくジャンプしている。
こうして歓迎されるのにあまり慣れていないのか、パフィオはまだ戸惑っている。
「さて、次は我々の自己紹介といこう」
と言ってミスペンは仲間に話を振ろうとしたのだが、それよりも早くパフィオが自己紹介する。
「はい。わたしはパフィオペルスといいます。皆さんはパフィオと呼びます。グランダ・スカーロ帝国にいたんですけど、色々ありまして国を出ました。それから旅をして、アキーリに来ました。よろしくお願いします」
よどみなく喋り終えた彼女は、先ほどと同じようにぺこりとお辞儀する。
「すごい!」クイがはばたく。「さっき自己紹介したのに、もう一回してくれるんだね」
「あっ……そうですね、そういえば1回自己紹介しました」
「やったー! 2回聞けたね!」
「やったやったー」
また喜ぶクイとボノリー。
「うーん、2回しちゃいましたね……」
「皆の紹介は追々しよう。テテ、食事にしたいんだが……頼めるかな?」
「そうだね、テテの作るご飯は楽しみだなぁ」
ミスペンはパフィオやクイを引き連れて家に向かっていこうとするが、テテが「あのさ、ちょっと」と言って止める。
「どうした?」
「実はあたいら、旅に出ることにしたんだ」
「あ」クイが片足を挙げたまま、止まる。「そういえばそうだった。僕とボノリーも一緒に行くんだ」
「クイさんとボノリーさんも来てくれるんですね」決して強く態度に出すわけではないが、ドーペントは嬉しそうだ。
「あれ? 言ってなかったっけ?」
「そういや、ターニャが馬鹿やってたから、あんたらに訊く余裕なかったわ」
その会話の間、『旅』という予想外の言葉を出されたミスペンは考え込んでいた。なんとなく、今後もアキーリに居ついて彼らとともに冒険者を続けるつもりでいたが、言われてみれば、のけ者にされた状態で嫌々この町に住み続けるより、新天地に希望を求めるというのは自然な発想だ。
「ミスペン、大丈夫? 悲しんでる?」
「いいや、そうじゃない。確かに、旅に出るのは当然だと思ってね」
「わかる? そうよね。もうこんな町いたくないからさ」
「ユウトもドーペントも、みんな旅についてくるよ」
「はい」ドーペントはうなずく。「もう、ご飯食べたらすぐ出発しようと思ってたんですけど……」
「ミスペン、ひょっとしてあんたも来る? ……なんてね」
テテは若干、冗談めかして訊いてみた。ミスペンの答えはひとつしかない。
「そうだな。もし邪魔でないなら、私も一緒に行かせてもらおう」
「おぉー! やったぁ!」
「ありがたいです」
「あんたが来てくれると本当に助かるよ」
「はい。嬉しいです」
「昨日あんなことになったのは、我々がここに来たからだ」ミスペンは言った。「それなのに、何も埋め合わせをしないで別れるわけにはいかないしな」
「気にしなくていいですよ、ミスペンさんは悪くないです」
「そうそう、馬鹿な奴らが悪いのよ。でもついてきてくれるの嬉しい!」
「ああ、力になれるだろう」
「で、もしかして……パフィオもついて来たりしないよね?」テテはミスペンに対する時と同じように、冗談っぽく訊いた。
「えっ、パフィオもついてくるの? すごい!」
「うわーお!」
「まだ本人は答えてないけど……」
しかし、意外にもパフィオはあっさりと答えを出した。
「じゃあ、行きます」
「えっ、来てくれるの!?」
「はい」パフィオはうなずいた。まるでほんの日常的なことを訊かれているかのような、軽い感じだった。
クイとボノリーは大騒ぎし始める。
「うわーい!」
「やったね、仲間いっぱい!」
ドーペントはパフィオの近くに歩いていって、気になっていることを確認する。
「でも、いいんですか? パフィオさんは冒険にあんまり行きたくないって、聞いたことありますけど」
ドーペントの問いにパフィオは淡々と答える。
「わたし、実はさっき、酒場をクビになってしまいました。昨日、なんだか町で色々あったみたいで、店長がイライラしてたんです。それで、クビと言われました」
パフィオの説明はまったく要領を得ない。うるさくしていたクイもボノリーも、立ち止まって困惑する。
「えっ……」
「クビ?」
「はい。クビです」パフィオは、やはり淡々と答える。
クイとボノリーは顔を見合わせた。よくわからないが、とりあえず彼女はもう酒場の店員ではないようだ。先ほどと同じように、2人は互いの目を見ただけでそれを確かめ合ったらしく、同時に喜び始めた。
「うーん、なんか理由がよくわかんないけど、でも、ちょうどいいね!」
「お仕事なし!」
「はい。仕事がないので旅に行けます」パフィオは答える。
「すごーい! びっくり。まさか、酒場の店員さんと旅できると思ってなかった!」
「びっくりびっくりー!」
続いてパフィオは、変わらず淡々とした様子で、旅への意気込みを述べた。
「アリーアの人と一緒に出かけるのは久しぶりです。とりあえず頑張ります」
彼女が発した単語は、この場にいる者達にとって耳なじみのないものだった。
「アリーア?」
「アリーアって何?」
これにパフィオは答える。
「わたし達スカーロは、皆さんのような人達のことをアリーアって呼ぶんです」
「そうなんですか。初めて聞きました」
「すごーい! 僕、アリーアなんだ! 知らなかった。メジロだと思ってた」
「全員アリーア? ユウトもミスペンもアリーア?」
ボノリーの問いに、少し戸惑いつつパフィオが答える。
「いえ、ユウトさんとミスペンさんは人間なんですよね?」
「えー?」テテは口をとがらせる。「じゃああたいはバッタだし、ドーペントはカエルでしょ?」
「うーん……」パフィオはさらに困る。「でも、皆さんのような種族はアリーアだって聞きましたよ」
「どういうことなんでしょうか」
「えーっと……果物とか獣とかの皆さんがアリーアだそうです」
「ふーん? カエルとバッタは?」
「えーっと……多分、アリーアじゃないでしょうか」
「じゃあなんで人間はアリーアじゃないの?」
「えーっ……と……」
テテの質問攻めにパフィオは困っていき、ついに黙ってしまった。しかしクイとボノリーは細かい疑問点はどうでもいいようで、彼女の周囲を回りながら飛び跳ねる。
「アリーアだー! うひょーい」「僕、アリーアになっちゃった! やったね!」「アリーア、アリーア!」
そして2人は楽しそうな雰囲気のまま、なぜかパフィオのもとを離れ、勝手に林の中へ入っていってしまった。その様を白けた目で見つつ、結局テテも問い詰めたところで答えが出ないことに気づいたのか、アリーアの定義について訊くことをやめた。
その間ユウトはというと、この楽しい会話には一切加わらず、隅のほうでうつむいて荒い呼吸を繰り返していた。心臓の鼓動は激しく、飛び出してしまいそうだ。まさか、パフィオが旅についてくるなんて。夢だろうか? 昨日は大変な日だったが、そこから一夜明け、嫌な奴ばかりのアキーリから円満に離れられるだけでなく、降って湧いたように憧れの人との旅が実現するとは。彼はその衝撃に耐えるだけで精一杯だった。
そんな風でいるものだから、テテに声を掛けられる。
「あれ? ユウト、どうしたの?」
ドーペントもそれを聞いて、ユウトを心配しに来る。
「もしかして、体調が悪いんですか?」
「えっと、違う違う」ユウトは取り繕う。
「何? どうしたの? 顔、真っ赤だけど」
「ミスペンさん呼んできましょうか?」
「別に大丈夫。ほんとに、ほんとに大丈夫」ユウトは心配させないように同じ言葉を連発する。
「えー? 心配だよ、ユウト」
その頃、パフィオはミスペンとふたりきりになっていた。
「昨日まで酒場で働いてたのに、旅だなんて素敵ですね」
「ああ」ミスペンが答える。
「でも……やっぱりわたし、ご迷惑では?」パフィオは今になって不安になったようだ。
「パフィオ、大丈夫。私がエスコートする」ミスペンが笑顔で答える。
「エスコ……?」
パフィオは目を丸くして、小首を傾げた。ミスペンは別の表現に改める。「君が危ない目に遭わないように、私が守る」
「あ……はい。でもわたし、丈夫なので」
「君はスカーロだったね?」
「はい……」
「もしかして、戦える?」
「あまり得意ではありませんが……もしもの時は、覚悟を決めてます」
「得意じゃないなら、無理しないほうがいい」
「ありがとうございます。優しい方ですね。ミスペンさん、初めて来店された時は、少し怖い方かと思ったんですが」
「この見た目では仕方ないね」
「でも、いつ行くんですか?」
「君は準備が必要だろう? なんなら今日じゃなくてもいい」
「いえ、今すぐ行けますよ」
「今すぐ? 何かあるんじゃないのか、服とか……」
「何もないです。わたし、酒場でずっと生活してまして、お給料が安いから何も買えなかったんです。なので、酒場をクビになった時、持って出る物は何もなかったです」
さも当然かのように説明するパフィオに、ミスペンはやや沈黙した。
「……どうしました?」パフィオは少し目を丸くする。
「本当に何もないのか?」
「はい」パフィオはうなずいた。「国を出る時に着てた服はボロボロになって捨てちゃいましたから。今はアキーリに来てから買ったこの服しか、持ち物がないです」
ミスペンは彼女の着ているピンク色のワンピースを見た。彼はアキーリに来てからのたった1日あまりのことしか知らないが、それでもあの酒場は決して閑古鳥が鳴いていたわけではない。純朴な彼女を、店長は雀の涙のような給料でいいように働かせてきたのだろうか。
「そうか」ミスペンは笑顔に戻った。「わかった、君との旅がいいものになることを願ってるよ」
「はい」
パフィオは声色も表情も一切変わらない。気持ちがどれだけ通じているのかも不明だが、少なくともミスペンが言ったことに偽りはない。
ここで彼は、背後から視線を当てられていることに気づいた。見ると、端のほうでユウトがたった独りで、意味ありげな顔で見ていたのだ。その目は決してにらむわけではなく、どちらかというと羨むようなものだった。
「すまないパフィオ、彼は私に用があるみたいだ。ここで待っていてくれないか」
「はい」