第3話 多感な少女の誤解
近づいてくるなり、ターニャはユウトに「あんた……」と言った。
「えっ?」ユウトはターニャの迫力と顔つき、声色に、命の危険を感じた。
「昨日、何を話したの」
「別に、何も」ユウトは彼女と目を合わせられない。
「何も?」反対に、ターニャはどこまでもユウトの目に刺すような視線を向け続ける。
「ちょっと、どうしたの? ターニャ」クイが不安げに話に入ってくる。
「うるさい」
「うわぁー! 怖い!」ボノリーが逃げていく。クイも恐怖で動けなくなっている。
「ここにはミスペンはいない。あたしにケンカ売るっていうなら……」ターニャは大鎌を構える。
「いや、別に、君が怒るようなことは何も言ってないし」
ユウトは数歩後ずさりながら弁解した。ここでターニャは、彼女の怒りの原因を知るヒントを口にした。
「騎士団って何? 何を知ってるの」
「騎士団?」
「クイから聞いた。とぼけないで」
「別に、だからその……」ユウトは必死に弁解する。「俺が知ってるゲームのことを話しただけで、君のことを話したわけじゃない」
「とぼけないでって言ったでしょ」
「やめてよ、ターニャ……ユウトは仲間だよ」クイの声は完全に震えていた。
「あたしに仲間なんかいない。あたしは、あんた達みたいにベタベタなれ合う奴らなんか大嫌い」
ターニャは唾をまき散らして言い放った。
昨日のミスペンの話が頭にあったユウトは、『こんな時、主人公ならターニャを元気づけるようなことを言ったりするんだろうな』と思った。例えば、俺達が仲間だとか、君の心の支えになってあげる、とか。でも、言えるわけがない。どんな言葉も今の彼女は受けつけないだろう。むしろ今は、剣を抜かなくてはならない事態なのかもしれない。そうしなければ、ここで死ぬ危険すらある。しかし彼女と戦って勝てるだろうか。そもそも女の子に武器を向ける覚悟などないのに。
その頃、ドーペントとテテは荷物を持って家から出てくるところだった。
「いやー、思ってたより大荷物だわ」テテの背中には、彼女の身体と同じくらい大きな壺があった。
「魔晶はいっぱいあるので、クイさんとボノリーさんにあげようと思います」ドーペントも同じくらい大きなカバンを背負っていた。隙間からいくつもの魔晶珠がのぞいている。
「それがいいね。次の町まで持ち歩くのしんどいもんね」
「テテさんは、大丈夫ですか? その大きい壺、本当に持って行くんですか?」
「だって、これ昨日作ったばっかなんだから。置いてけないでしょ……ったた」
テテはバランスを崩し、よろけた。背中の壺が地面にぶつかり、ガチャンと鳴る。
「あー、もう。割れちゃいそう」
「置いてくしかないんじゃないですか?」
「そうねぇ。また作りゃいいか。こんだけありゃ、クイとボノリーも困んないでしょ」
ここで、ドーペントが遠くを見て、あることに気づく。
「あれ? ユウトさんとターニャさんが……」
「……ん?」
林の中で起きていることを確かめると、テテの顔つきが引き締まる。
「行かなきゃ!」
2人は荷物をその場に置いて、彼らのところへ走った。
「ちょっと! どうしたってのよ」
「ケンカはやめて下さい!」
ターニャを止めようとするテテとドーペントに対し、彼女は殺気を放ちながら「ケンカじゃない……」と凄んで、2人をにらんだが、彼らは『家族』を守るため、そんなもので引き下がったりはしない。
「どうしてユウトさんに武器を向けてるんですか?」
「ターニャ! あんた、とうとうユウトにまで手ェ出すってこと!?」
するとターニャは、2人にとっては意外な発言をする。
「もしあんた達があたしのことを嗅ぎ回るつもりなら、ひとり残らず殺す」
「嗅ぎ回る……?」
「知らないよ!」クイが泣きながら言った。「嗅ぎ回るって何? だってターニャ、なんにも言わないし」
「じゃあユウト、なんであんたは騎士団のこと知ってるの! レンゼリオのこと、知ってるんでしょ」
「レンゼリオ?」
ユウト達が誰一人知らない言葉を出したと気づき、ターニャは『しまった』という顔になる。
「あれ? ユウト、知らないの?」クイがユウトに訊いた。
「いや、だから、俺はゲームのことしか知らないから、ターニャさんの世界のことは何も知らないんだって」
「いや、でも、騎士団って言ったでしょ!」ターニャが赤ら顔になって、またユウトに怒声を張る。焦っているようだが、その理由はユウト達にはまったくわからない。
「騎士団はいろんな国にあるし、別に君とは関係ない騎士団もゲームには山ほどあるから」
「さっきから言ってるゲームって何? そういう国があるの?」
「えーっと、だから、現実じゃなくて遊びの話なんだ。冗談っていうか……」
「冗談? 何? ゲーム王国があるんじゃないの?」
ターニャの口からゲーム王国などという言葉が出るとは思わず、ユウトは軽く笑ってしまった。なんていい響きだ。そんな場所に行けたら一切悩みもなく、毎日ゲーム三昧だろうに。
「何笑ってんの!」ターニャにしてみれば真面目に発した言葉なので、怒らないはずがない。
「あっ……ごめん。だから……えーと……」
「ゲームっていうのは、ユウトの世界にある遊び道具なんだって」テテが代わりに説明してくれる。
「遊び道具……? 遊び道具で騎士団があるってどういうこと?」
「えーっと、その……騎士団ごっこみたいな」
ゲームの世界に登場する騎士団をごっこ遊びと呼ぶのはかなり語弊があるものの、そう説明せざるを得ない。
「ごっこ!? 何、それ。じゃあ、ガキの遊びにあたしを巻き込んだわけ? それで副団長ってこと? あたしが?」
「うーん、ごめん」
ユウトはどんな反応が返ってくるか、気が気ではない。突然彼女が武器を振り上げてきた時のために後ろに逃げる心構えだけはしていた、が。
「はぁ……もうあたしの話はしないで」
どこか疲れた顔をして、ターニャは森の奥へ消えていった。とりあえず危機は去ったらしい。
「こわーい! こわーい!」ボノリーは戻ってきて、地面に座り込み、涙を流している。
「なんで知ってんだよ……」ユウトは頭に手をやり、かこうとしたが、指が震えてうまくかけなかった。
「ごめんユウト、僕、昨日の話のことターニャに言っちゃったんだぁ」クイも同じように泣いている。
「やめろ。寿命縮むだろ」
「ごめーん」クイはなお一層泣いた。
ドーペントはユウトを気遣ってくれる。「大丈夫ですか? ユウトさん」
「あんまり大丈夫じゃない。なんだよアイツ」
「怪我はしてないですか」
「怪我はないけど」
「じゃあさ」テテはしかめ面で言う。「結局、昨日ユウトがしてた話って、正解だったってこと?」
「正解?」
「ターニャが本当に騎士団の副団長だってことよ」
テテに言われて、ユウトは考えた。ターニャはレンゼリオという国か何かの騎士団の副団長なのだろうか? だとすると、彼女が精神操作されていた時にうわ言で言った『隊長』とは誰だろう。彼女がいたく尊敬し、絶対服従を誓っているらしい『隊長』。副団長に命令を下す立場の隊長がいるのだろうか。団長より上に隊長がいるとか? どんなシステムなのだろう。違和感は拭えないものの、ターニャの先ほどの感情的な反応は、図星ゆえだとしてもおかしくはない。
ユウトは自信なさげに「……かも」と答えた。
その場にいるドーペント達4人は、口々に感想を述べる。
「えー! 本当に副団長なんだ!」
「ちょっ、声がデカい」
「でも、ただのゲームの話なんでしょ? あたい、ゲームが何かも知らないけど」
「偶然なんでしょうか。怖いですね」
「本当に副団長なんだねぇ」
「ねー、副団長って何?」
「2番目に偉い人です」
「なんの2番目に偉いの?」
「騎士団です」
「うーん、眠い」
「寝れば?」
彼らの反応を見て、なんとなくユウトは、ターニャが本当に騎士団の副団長のような気がしてきた。『隊長』との関係は不明のままだが、副団長ということにしておいたほうが、謎だらけで不気味な少女の、この世界に来る前の生活を想像しやすかった。
「なんでゲームのよくあるパターンのまんまなんだよ……。騎士団以外のとこにいろよ。適当な予想に当たんなよな」
ユウトはなんとか声が震えないように気を張っていたが、手足の震えは隠しようがない。人生であんなに凄んでくる人と会ったことがない。
「あんなのと一緒に旅するなんて、考えらんない……」テテは溜息をつく。
「えっ? そういえば、ターニャさんって旅についてくるんですか?」
「あー……知らない」ユウトは小さな声で答えた。
「そんな話、するどころじゃなかったね」クイは少し残念そうな顔をしている。
「いや、言わなくていいんじゃない?」テテは投げやりに言った。「あいつもあたいらのこと嫌いなんだから、連れてく理由ないでしょ」
「でも、ターニャさんはミスペンさんと一緒じゃないと、町の人が危ないですよ」
「知ったこっちゃないって。どうせラヴァール、その辺で見てるんでしょ。あいつにしごいてもらったらいいのよ」
するとここで彼らのほうへ、町から2人組が歩いてきた。どちらも人のシルエットで、しかし片方は背が高く、頭に角が6本生えている。まず、それをドーペントが見つけた。
「あれ? あの人って……まさか?」