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果てなき時空のサプニス  作者: インゴランティス
第3章 伝説の冒険者
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第19話 多感な少女についての推測

 休憩中のテテと、その世話をしているドーペントを外に置いて、クイとボノリーは動けなくなったターニャが未だ残る家に入っていく。


 ミスペンはユウトにアイコンタクトを取って、ともに彼らに続いた。


 家に入るなり、念仏のような声がブツブツ聞こえてきた。


「何? 誰の声?」


「ターニャだ」


 クイは近寄ったが、彼女がブツブツ言っている内容は理解できなかった。


「……はい。任務、了解……。全部、ちゃんと、殺します。……ひとりも、逃がしません……。ちゃんと、やります……」


 虚ろな目をして、彼女はずっとそんなことを言っていたのだ。


「えっ? 何言ってんの?」


「うわーぁ」


「意味はわかんないけど、ヤバい夢見てるような気がする」


「本当に、正体のわからない子だな」ミスペンもターニャに近づいた。


「殺すって言ってるよ……」


「こわーい」


「今、精神操作でこの子は幻覚を見てるんだが、私の精神操作で見える幻覚は、大体の場合、最も欲しいものらしい。だが、今この子が見てるのは……なんだ?」


「どういう意味? そういう魔法?」クイは首を傾げた。


「魔法でなく、術だが」


「へぇ、よくわかんないけどすごいねー」


「うーん、すごーい」ボノリーは横になっている。


「ラヴァールもやっつけてよ」


「さすがにそれは無理だろうな」


「どうして? ラヴァール動けなくできないの?」


「あの手の奴には、大体効かないんだ」


 改めてその場にいる面々は、ターニャに注意を戻した。彼女は、まだブツブツ言っている。


「隊長、……すべて隊長のために。……私の力、隊長です。ああ……了解」


 ターニャは虚ろな目をしたまま、先ほどより口角が多少上がり、笑っているようにも見える。クイは彼女の顔を真下で見上げた。


「なんか、言ってることがもっと意味わかんなくなってる気がする。どうしよう、ターニャ、ちゃんと喋らなくなっちゃったら」


「私が精神操作を解けば元に戻る」


「あ、なんだ。そうなんだ」


「じゃあ、ずっとミスペンが魔法掛けてたら、ターニャはいつまでもブツブツ言ってるんだね」


「さすがにいつかは解けるが、しばらくの間はこのままだ」


「あれ? 待ってよ。ご飯は?」


「そうだー! ターニャ、何も食べられないよ」


「そうだな、まだテテはこの子を許したわけじゃないし、やることは残ってる。にしても、本当にこの子は一体どこから来たんだろうな……」


「ミスペンにもわかんないの?」


「想像することしかできない」


 家に入ってきてから、気まずいのかずっと会話に加わらないユウトに、クイが遠慮せず話を振る。


「ユウトは、何も知らない?」


 少し間を空けてから、ユウトは答えた。


「どっかの騎士団の人なんじゃないのかな」

 ユウトが言った。


 決して彼はターニャについて他の皆にない知識があるわけではなく、単に彼のしてきたゲームの知識でしかないが、それでもこの場の全員にとって参考になる発言だった。


「キシダン?」


「こういう鎧着て、武器持って戦う人らのこと」


「えーっ! ユウトって、ターニャがこの世界に来るまで、どこで何してたか知ってたの?」


「うわー! 知ってたんだ!」


「だったら早く言ってよ」


「いや、ただの予想だけど」


「あれ? じゃあ知らないの?」


「でも、大体ゲームとかだと騎士団ってこんな感じの人だよ」


「そうなんだぁ」


 ユウトは今まで多くのゲームに触れてきた記憶を振り返る。


 実のところターニャのような姿の人物は騎士団の所属という場合もあれば、傭兵、ならず者、あるいはこの世界の冒険者に似た立ち位置の場合もある。


 しかし、一般的には騎士団の一員であることが多い印象だ。


「えー! ユウトって、そのゲームっていうのでターニャに会ったんだね」


「いや……えーっと、会ったわけじゃない……けど」


「あれ?」


 改めてユウトはターニャの全身を眺め、続けた。


「でも黒い鎧だし、大鎌なんか使ってるから、騎士団は騎士団でも悪い騎士団って感じがするな」


 ユウトは『悪い騎士団』という、自分の発した言葉からイメージされる光景を思い描いた。


 数百人の騎士がダークな色遣いの城の中で整列しているという景色だ。彼らは皆、黒い鎧兜に全身を隠し、長い槍を片手にまっすぐ立てている。


 そして彼らの前に仁王立ちしているのは、図体が大きくて威圧的な、いかにも悪役面の騎士団長。


 その横にターニャがもし立っていたら、とても収まりがいい。


「いいキシダンと悪いキシダンがいるんだね」クイが言った。


「大体、国王が悪い奴だと騎士団も悪い奴ばっかりってイメージだけどな」


「へー。騎士団って、こんな大きい武器持ってるんだね」


「いいや……こんな武器持ってるのはゲームでもあんまりいない。たまにいるけど、大体ゲームで大鎌持った奴っていったら死神なことが多いと思う」


「しにがみ?」


 クイだけでなく、この言葉にはミスペンも反応した。


「死神……だと?」彼は目をみはっていた。


「いや、本当に死神がいるわけじゃないですよ」ユウトは説明するが、そもそもゲームが何か理解されていないので、ミスペンの疑問は解決しない。


「本当にはいない? どういうことだ?」


「ミスペン、しにがみって何か知ってるの?」


「伝説上の存在だが……一部では実在すると信じられている。死そのものといわれている」


「うーん、難しい!」


「ユウト、お前の知ってる死神とはどんな存在だ?」


「あの世から人の命を取るために来た奴です。顔がドクロで……」


「なるほど、不思議だ」


「ミスペンの知ってる死神も同じ?」


「どんな姿かは、私は知らない。だが、あの世から来た存在か。そう言われていることもある」


「えー、そうなんだぁ。じゃあ、ミスペンは初めて死神を見たんだね」


「どういうことだ?」


「ターニャが死神なんじゃないの?」


「いいや、ターニャさんは人間だと思う」ユウトは答える。


「あれ?」クイはまた首を傾げる。


「それなら関係ないな。話が脱線したが、お前はターニャが騎士団というのに属してると考えるわけだな」


「一応、はい」


「騎士団の死神?」


「死神からは一旦離れろ」


「あれ? あれ?」クイは先ほどとは逆方向に首を傾げた。


 ここで、テテとドーペントが入ってきた。


「ここでいつまでも、何してんの?」


「ターニャが騎士団とか、死神って話をしてたんだよ」


「死神はどうでもいい。ユウトによれば、ターニャは騎士団という組織の一員の可能性があるようだ」


「えっ! なんで今まで言わなかったの?」


「いや、だって、ゲームの知識だから……」


「でもゲームのおかげで、ターニャの正体がわかるんでしょ?」クイはユウトに近づいた。


「いや、なんとなくそうかもって思うだけなんだけど」


「それでも判断材料にはなるだろう」ミスペンが言う。「ユウト、騎士団に属してる奴は、どんな武器を使ってるんだ?」


「剣とか、槍とかです。あと、たまに弓とか」


「へぇー。意外と普通の武器なんだね。騎士団にいるのって、みんなターニャみたいな人?」


「いや、大体はデカい男だよ」


「えっ? じゃあターニャは、なんで?」クイは羽を少し広げた。


「いや、騎士団の普通の奴らはデカい男なんだけど、こういうちっちゃい女の子が騎士団にいる時は、大体幹部なんだよな」


「かんぶ?」


「副団長とかがこういう子だったり」


「ふくだんちょうって何?」


「2番目に偉い人」


「えー! ターニャってそうだったんだ」


「いや、別に知らないけど」


「副団長だ! ターニャ副団長!」

 クイは楽しそうに跳ねてから、あることに気づく。


「……あれ? でも、それってラヴァールの弟子で言ったら、あの偉そうな奴らみたいな感じ? うわぁ! そうなんだ!」


「ああ……そんな感じかもね」


「えーっ! ターニャ、そんな悪いかなぁ」


「でも、この人すぐキレるし、武器出しすぎだよ」


 その会話の間、ミスペンは口を挟まず、腕を組み、考え込んでいた。


 ユウトはそれを見て、彼ならゲームの知識などではなく、ちゃんとしたことを知っているだろうと思った。


 少なくとも彼がファンタジーの世界から来たのには違いないから、本当の騎士団も見たことがあるだろう。


「ミスペンさんは、えーっと、どう……思いますか?」


 ユウトは先ほどの会話もあり、少しぎくしゃくした様子で詰まりながら訊く。


 すると、ミスペンは思った以上に踏み込んだ意見を出してくれた。


「そうだな。私も考えてたんだが、確かにターニャはどこかの国の兵士の線が濃厚というのは最初から思っていた」


「やっぱり……」


「何しろ、こんなしっかりした装備を持ってるからな。この鎧は明らかにただの鎧じゃない。かなり腕のいい職人が作ったらしい。これだけ装飾も派手なのに、見たところ防具としてもいい出来のようだ」


「へえ、すごい!」


「確かに、すごい鎧ですよね」


「武器も同じだ」

 ミスペンはターニャが支えにしている大鎌に着目した。


「この刃の鋭さは、そこらの職人では出せない。きれいで凝った作りだが、武器としての性能は犠牲になってない。イプサルなら、どこかの国か大金持ちにでも仕えてないとこんなものは到底手に入るまい。まして、この年だからな。貴族の子か、才能をお偉方に見出されたか……しかし、貴族の娘ならもう少し上品な言葉遣いをするだろう。生い立ちが気になるところだな」


「うわぁ、すごい。ミスペン詳しい!」


「じゃあ、騎士団員って可能性は全然ありますか」ユウトが訊く。


「その騎士団というのは、私も初耳でね」


「あ、そうなんですか」


「しかしお前の言う騎士団が国に仕える軍のことなら、この子がそれに属してる可能性は高いだろう。『隊長』と言ってたしな、ただの金持ちの私兵ではなさそうだ」


「金持ちの?」


「ただ金で雇われただけの傭兵が、隊長にここまで強い忠誠を誓うだろうか。もっとも、この年なら隊長と親子同然の関係でもおかしくはないが……。だが、統率の取れた軍隊に属していたと考えたほうが自然だ」


「ちゃんとした軍隊にいたんだったら、なんでこんな感じなんですかね。完全に反抗期なんですけど……」


「上官と規則がなければ、兵士はこんなもんだ。なまじ戦えば強いだけに、偉くなった気になってそこらで暴れるんだ。イプサルでは、脱走兵は盗賊よりタチの悪い奴らだった」


 ミスペンは苦々しい顔をして言った。


「なるほど……じゃあこの子って?」


「理由は知らんが、この年で既に戦いばかりの生活をしてきたんだろう。この子にとっては、おそらく戦いが日常なんだ。平和な町では逆にうまくやっていくのが難しいのかもしれん」


「……可哀想ですね」

 ユウトはつぶやいた。素直な感想だった。


 この少女の異様なまでの感情の激しさと攻撃性の強さを、今までただの反抗期と片付けていた彼は、ミスペンの分析を聞いて、ただ純粋に可哀想と思ったのだ。


「だろう? だから、独りで放り出すわけにいかないってことだ」


 彼らの会話の意味もわからぬまま、クイがはしゃいでいる。


「何、何? えー、すごい! ミスペンとユウト。詳しい! 何言ってるかよくわかんないけど!」


「ターニャのことを知ってるわけじゃないがね」


「あれ? そう?」


「うん。俺もただのゲームの知識だから、別にターニャさんのことは全然知らない」


「だがユウト、ゲームだろうがなんだろうが、お前が知ってることをもう少し話してくれたほうがいいぞ」


「本当ですか?」


「お前の言ったことが当たっててもおかしくないからな」


「いやー、どうなんでしょう……ゲームですからね」


 その話の間、ずっとボノリーは床によだれを垂らして寝ていた。

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