第18話 ぎこちない家主
ユウトを家に連れ帰ってきたのはオレンジ色の鳥。
それを見るなり、家の中に『こいつは誰なんだ』という空気が流れるも、それを破ったのはボノリー。
「サイハ!」と、彼女はその名を呼んだ。
「ボノリー、知ってるの?」
「思い出した、頂点の弟子だ!」と、クイも答えにたどり着いた。
「そう。私は頂点の弟子がひとり、ヤマガラのサイハ」
片方の翼を開いて、オレンジ色の鳥が名乗った。体形はクイと同じだが、堂々とした、気品と風格ある雰囲気だ。眼光も鋭く隙がない。
「ヤマガラ?」
「ラヴァール様の命に従い、ユウトをこの家に送り届けに来た」
「わざわざラヴァールが?」
「感謝することだな。弟子でもないお前達のためにあのお方がこうして動くことは珍しい」
「そうか、すまないな」
「ラヴァールに言っといてよ。この家、元に戻してって」テテが言う。
「残念だが、お前達の未熟さゆえ起きたことだ。それがラヴァール様のお考えだ」
「やっぱり弟子だから、言うこと一緒か……!」
クイはサイハの前まで来て尋ねる。
「なんでジャハットじゃないの? ボノリー、ジャハットに会いたがってるよ」
「我々は明日にはこの町を発つ。旧友との再会に心奪われ、修行への熱意が損なわれることがあってはならない」
「えっと、どういうこと? 難しいなぁ」
「もしジャハットがここに来ていたら、いつまでもボノリーと一緒にいて、そのままラヴァール達と別れるという意味じゃないか?」
「えーっ……それでいいんじゃないの?」
「駄目だ。我々は頂点の弟子。ラヴァール様の旅に同行させていただき、己を高めなくてはならない」
「うーん、やっぱり難しいなぁ」
一方、ドーペントとテテはユウトの前まで行き、尋ねる。
「あの……ユウトさん、どうして帰ってこなかったんですか?」
「そうよ! 頂点の弟子に連れてきてもらうなんてさ。家の場所、忘れたわけじゃないよね」
同居人の問いに、ユウトは答えなかった。
代わりにサイハが説明するのだが、これが予想を裏切る内容だった。
「ユウトは町を出ようとしていた」
この淡々とした短い説明が、家の中の全員を動揺させた。
「えっ……」
「なんで?」
サイハがやはり淡々とした態度で説明を続ける。
「私が訊いても答えなかったが、町を出ようとしていたことは確かだ。知りたければ、お前達で聞き出すことだな」
ドーペントとテテだけでなく、クイとボノリーもユウトの前に来た。
「ユウト、道に迷ってたんだよね?」
「ああ……うん……」
「本当に?」
「うん……」
歯切れが悪いが、ここではユウトは答えるつもりがないらしい。ミスペンはひとまず、この場はユウトを引き取ることにした。
「ありがとう、サイハ。今回はこんなことになったが、次はお前達といい関わり方ができればと思う」
だが、サイハはこのミスペンの言葉に答えず、代わりに警告を発する。
「ラヴァール様はお前達の行動に注意を向けておられる。この意味をよく考え、正しい行動を選ぶことだ」
そして彼は、開いたままのドアから出ていった。
「うわ……怖いね」
「ユウト連れてきてくれたのはいいけど、やっぱり頂点の弟子だね。偉そうな奴」
「やっぱり、ラヴァールさん達は敵なんでしょうか……」
「サイハはね、言い方はちょっと怖いけど、ジャハットと仲いいよ」ボノリーが言った。
「へえ、そうなんだ」
「サイハは草か木かで言ったら、果物なんだよ」
「そうなんですか」
「なんで鳥なのに果物……?」
「でも、サイハが悪い奴じゃないのはわかったね!」
そして、彼らは本題に切り込むことになった。それは、この家の主についてのことだ。
「で……」テテはユウトの顔を見上げて訊く。「なんで? ユウト。帰ってきたらよかったのに、何してたの」
「町を出ようとしてた、って……嘘ですよね」ドーペントもその後ろにいる。
「そうだよね! だって、僕ら大変だったのに。ドーペントもテテも、ここで悪い奴に家を荒らされて、殴られて。なのに、ユウトひとりで町を出ようとしてたってこと?」
クイはユウトの横、先ほどサイハがいた位置に陣取った。
「いや……俺は、違うよ」ユウトはぎこちない笑みを浮かべて言った。
「よかったぁー! 違うんだよね?」
「うん」ユウトは小声で答えた。
「……本当ですよね?」
「ああ……」ユウトはドーペントと目を合わせなかった。
「じゃあ、なんで今まで帰ってこなかったの?」
テテの問いに少し間を置いてから、おもむろにユウトは答えた。
「……いっぱい人がいたから、どうやって帰ったらいいかわかんなくて」
それは、考えながら喋っているかのような、若干もたついた口調だった。視線もおぼつかない。
「信じるよ、ユウト」テテが祈るような目で言った。「あたいもみんなも、待ってたからね。何も言わずにいなくならないでよ?」
「ああ……うん、もちろん」
ユウトは答えたが、『もちろん』と言う割にはあまり自信なさげだった。
それでも、帰ってきたこと自体にホッとしているのか、家の中の面々はユウトをそれ以上追及しなかった。
「じゃあさっきの頂点の弟子って、嘘ついたんだよね。ひどい!」
「じゃあサイハが悪いの? サイハ、ちょっと怖いけど、ジャハットに優しくしてくれる……のに」
「ラヴァールにそう言えって言われたんじゃない?」
「そうだね、あいつが悪いんだよね」
ユウトが今まで帰ってこなかったことについてはラヴァールが悪いという結論で一致したが、ユウトの表情は晴れないままだった。
「ユウト、ここで何があったかは知ってるか?」
「はい。町の奴らとか、サイハが教えてくれました」
「じゃあ、説明は要らないよね。ターニャが悪いんだよ、ずっと暴れてさぁ」
テテの発言で、またターニャの眼光が鋭くなり、彼女の手は大鎌の柄に掛かった。
「ターニャ!」
ミスペンが名を呼ぶのも聞かず、彼女はまたしても武器を抜いた。
「あんた、何回やるのよ」
「だって!」
ミスペンは仕方なく、彼女に手のひらを向け、念じた。
「あっ……えっ、あ……」
ターニャは虚ろな目になって少しよろけたかと思うと、大鎌の先を床にズッ――と深く突き立て、それを支えにして静止した。
「すごーい。ターニャ、また動けなくなった」
「ふーっ! ありがと、ミスペン。あんたがいなかったら、今日だってどうなってたかわかんなかったね」
「彼女をここにいさせてもらうのは、私のわがままでもあるからな」
「とりあえず、今日のことは解決かな?」
「かいけつー」
そして、各々は自由に動き始めた。ドーペントは後片付けを始めている。壊れたテーブルの破片を持ち上げ、テテに尋ねる。
「これ、どこに動かしたらいいでしょうか」
「いや、新しい家作るわ」テテは答える。
「えっ?」
「だって、こんなの片付けてたら夜になるでしょ。いや、夜まで掛かっても無理か。もう、新しい家建てたほうが早いって」
「すごいね、テテ」クイが言った。「そんなに速く家作れるなんて。町のみんなの家もテテが全部作ってよ」
「あいつらのために建てるのは、絶対嫌。今日、つくづく思ったわ」
「じゃあ、僕らはどうしよっかなぁ」
「とりあえずうちで食べてく?」
「あ、そうだねー」
「ターニャはここに置いとくの?」
「そうだな……他にどうしようもないだろう」
ミスペンが答えたとき、家の主が存在感を出さないようにしながら、開いたままの家の出口をそっと抜けていくのに気づいた。
家の外で、ミスペンは独りで歩いていたユウトを呼び止める。
「どうした、どこに行く気だ?」
ユウトは振り返ったが、どうもその言い草は奥歯に物の挟まったようなものだった。
「いや、あの……そういうわけじゃないんですけど」
「……お前、何か隠してることがあるな?」
ユウトは何も答えなかった。伏し目がちで、視線を合わせない。
「ちょっと、その辺を歩こう」
とミスペンが言って、2人はしばらく家から離れる方向へ歩いた。洞窟の前あたりまで来て、ミスペンが切り出す。
「サイハの言ったことが本当かどうかだけ、答えられるか」
ユウトはぽつりと「本当です」と答えた。
「そうか……」ミスペンは周囲を軽く見て、踏み込む。「ここには他の奴らはいない。詳しく話せるか?」
ユウトは何も答えなかった。
「……ラヴァールが怖いからか?」
彼はそれでも答えないが、その顔つきは苦しそうだった。
「いちいち答えなくていいが、私としてもいきなりお前にいなくなられるのは困る。ターニャの面倒を見るだけで手一杯だからな」
「いや、別に、捜さなくてもいいんですけど……」
「お前は今のところ、この世界に3人しかいない人間のうちのひとりだ。そういう意味でも、これはお前ひとりの問題じゃない。それに、最悪私はいいとしても、ドーペントやテテはそうはいかない」
それでも黙っているユウトに、さすがにしびれを切らしてミスペンは少し語気を強めた。
「ターニャはともかく、お前は子供じゃないんだろう? 何か言え」
すると、彼は絞り出すように答えた。
「俺は……この世界の奴ら、信用してないんで」
「あいつらはお前を信じてるが、それでもか?」
するとユウトはミスペンの目を見て、「今は」とだけ答えた。
「『今は』?」
「はい、今は」
ミスペンは、ユウトがこの世界の者達を信用しないと決めたきっかけと思われる、レサニーグ村での出来事が何か関係しているとみた。
「……例のことを今でも気にしてるわけか?」
ユウトはやはる答えないが、下唇を噛み締めた。ミスペンはその反応を、肯定と解釈した。
「考えすぎだと思うぞ。私はあいつらがお前を裏切るとは思えん」
ユウトは視線を逸らしたまま、やはり無言だった。ミスペンはその反応を見て表情を険しくする。
ターニャほどではないが、この青年もまた別の問題を抱えている。そしてそれは、精神操作などで解決できる類のものではない。
「ユウトー! ミスペン! どこ行ったの?」遠くからクイの声が聞こえてくる。捜しているらしい。
「ひとまず、戻ろう」ミスペンはユウトに言う。「また話そう。お前が言いたくなったら言えばいい」
「……すいません」ユウトは後ろめたそうに小声で答えた。
帰りながら、ミスペンはユウトに伝えた。
「私もこの世界のことはあまり知らないが、きっと独りでは生きられんぞ。ターニャにも言ったことだが」
「ミスペンさんは……すごいですね」また、絞り出すようにユウトは返す。
「そうでもない」
そこで2人の前にクイが現れる。
「あ、ユウト、ミスペン! いた! すごいよ。テテが作ったんだ。速く来てよ」
「夕飯か?」
「いや、違うよ!」
ミスペンとユウトがクイに連れられて戻ってくると、家の隣には先ほどまでなかったはずの、同じくらい大きな家ができていた。
別になんの特徴もない建物だが、増築だけでなく、何もない場所に一から家を作ってしまったことがそもそも驚異的だ。
「もう、疲れたー」
テテは家の前で、ちゃぶ台のような低いテーブルの上で仰向けになっている。そしてドーペントはテテの腕をさすってあげていた。
「うーん、もうちょっと強く」
「はい」
ミスペンは言葉も出せずに、家を見上げていた。
「どう? ミスペン。褒めてくれてもいいんだけど?」
「すごいな。まったく、本当にすごい」
「ふふふ! そうでしょ」
「私はてっきり、家を掃除するもんだと思ってたが……」
「あんなに荒らされたらもう掃除しようがないって。あ、ミスペンは寝る場所昨日と一緒だからね」
クイとボノリーはその間、新しい家の前で跳ね回っている。
「すごーい! すごーい!」
「あたらしーい!」
そして、テテはユウトを見上げて言った。
「ほら、ユウトもそんな暗い顔しないで」
「えっ、ああ」ユウトはうっすらだが、笑顔を見せた。
「そうだ。ターニャ、呼びに行こうよ」
「あいつは前の家に置いときゃいいんじゃないの?」
「でも、ご飯食べないと」
「あいつの分も作んなきゃ駄目か……」
「テテさん、頑張って下さい」
「はいよ。でもちょっと休まして」