第17話 多感な少女の説得
ミスペン達は家に戻った。キャベツは町に帰っていき、それ以外の面々がぞろぞろと入ってくる。
「はぁー……。なんとか終わったけど、家はこのまんまなのよね」
「ラヴァールさん、元に戻してくれなかったですね」
「しょうがないよ。あいつ、悪い奴だから」
「そうなんでしょうか……」
「とりあえず、みんな上がってよ」言いながらテテは家に足を踏み入れた。
「そうだね、ここに入るの初めてだよ」テテも続く。
「今はもう、足の踏み場もないですけどね……」
「そうだよね。あーあ、どうしたらいいんだろう。お腹空いたけど……こんなとこじゃ、ご飯も食べられないね」
彼らは家に入っていく。ミスペンもブーツを脱ぎ、上がった。しかし玄関にとどまっている人物の存在にドーペントが気づき、名を呼ぶ。
「あ……ターニャさん」
ターニャはいつまでも玄関で腕を組み、壁に向かってブツブツと文句を言っていた。
目を血走らせ、歯をひん剥いて。
ドーペントが名を呼んでも、まったく反応しなかった。その場に気まずい空気が流れた。
「……ねえ」テテがターニャにとげとげしく話しかける。「聞いてるの? あんた。いつまで後ろ向いてんの」
「あぁ?」
ターニャは今にも襲い掛かりそうな顔つきで、テテのほうを振り返った。
「あぁ、じゃないでしょ。あんた、ちょっとぐらい謝ったら?」
「何を」
「あんたがずっと馬鹿やってるせいでこっちは散々よ」
ターニャはテテをにらみつけながら、まっすぐ家に上がってくる。もちろん靴も脱がずに。
「ちょっ……靴のまま入ってこないでよ!」
「虫けらごときが何? 人間様をどうこう言うつもり?」
「あんた、反省しなさいって! 何が『人間様』よ。ユウトとミスペンはいい人だから好きよ、でもあんたは何? あんたがうちに来なかったら、こんなことになんなかったでしょ!」
ターニャはテテをにらみつけ、背に収めた大鎌の柄に手を掛ける。
「ターニャ、抑えろ!」
ミスペンの制止も聞かず、ターニャはまたもや大鎌を抜いた。
「うわぁ!」クイとボノリーが、散らかった色々な物を避けながら家の奥まで逃げていく。
「ターニャさん!」ドーペントも数歩後ずさる。
「あたしは、間違ってない……」ターニャは涙目で、声にも涙が混じっていた。
「あ……あんた、何よ。自分ばっかり苦労してるみたいな声出して!」
「あたしは間違ってない! あたしは兜が欲しかっただけ。兜が必要なのに! どいつもこいつも、あたしのこと馬鹿にしてるわ。黙って兜作ればいいだけでしょ。なのに鍛冶屋の奴、バケツ被っとけなんて言うから! だからこうなるのよ。あたしが何をしたの? ラヴァールも弟子の奴らも、死んじゃえばいい。町の奴らだって!」
「いいから、まず武器を納めろ」
ミスペンがなだめようとするのをターニャは無視した。
彼女が殺気を放ちながらにらみつける相手がミスペンに変わっただけだ。するとミスペンは続ける。
「ターニャ、そんなにも兜が欲しいのか?」
「あたしは悪くないって言ってるでしょ」
「君のいた場所ではすぐ武器を抜くのが当たり前だったのかも知れないが、ここでは違うぞ」
「ここでは違う、って何? あんただって、昨日ここに来たばっかりなのに。前からいたみたいに! 何よ、どいつもこいつもあたしが悪いって決めつけて! ここの奴らの何がそんなに偉いわけ!?」
「君独りじゃ――」
ミスペンが言い終わるのを待たず、ターニャは外へ出ていった。ドアが壊れるかというくらい強く閉めて。
ミスペンはターニャを追って外に出た。
すると、薄暗がりの中で夜のように暗い人物が武器を携え、町へ向かって歩いていくところだった。
ミスペンが「おい!」と彼女を後ろから呼び止めると、ターニャは足を止めて振り返った。
「どうする気だ?」ミスペンは近づきながら尋ねる。
「そんなの、わざわざ言う必要ある?」
「もっと他に方法があるだろう?」
「もう我慢できない。ここまであたしに恥かかせた奴らを、全員殺しに行くのよ」
「やめろ」
「あんたなんかに止められる筋合いない……本当に止めないで」
「もしこのまま君がやるっていうなら、必ずまたラヴァールと戦うことになる。あいつと本気でやり合っても、無理だぞ。あいつは強すぎる。きっと、次はもう手加減してくれない。結果は見えてる」
すると彼らを追って、ドーペントが外に出てきた。その後ろにはクイもいる。
「ターニャさん……仲良くできないですか?」ドーペントがターニャに歩み寄る。
「ケンカはやめようよ」クイも続く。
「何よ、カエルと鳥が!」
「ターニャ、町の連中とは嫌でも上手くやっていくしかない。だから、もう武器は出すな。心を入れ替えるんだ」
「なんで……なんで、あんたは! そうやって……。どうしてそんな簡単に、こんな奴らに染まれるの?」
今日だけで何度目かわからないが、またターニャは涙を流した。
「ひとつ提案がある」
「何?」
「兜が欲しいんだろう?」
「ずっと言ってるでしょ」
「手伝ってやろう」
「……え?」
「君が兜を完成させるまで、私が手伝おう。だから、武器を収めろ」
その頃、荒れたリビングを前に、テテは途方に暮れていた。
「あーあ、どうしたらいいんだろうなぁ」
「ターニャ、戻ってこないかな?」彼女の横でボノリーが言った。奥にいたのだが、ターニャがいなくなった途端戻ってきたのだ。
「戻ってこなくてせいせいするわ。あいつがどこで何しようが、知ったことじゃないし」
「うーん……」
ボノリーはどこか寂しそうな顔をして横になった。
「床に寝たら危ないよ、なんかの破片があるかも」
「ジャハットも行っちゃったなぁ」
「そうだね」テテは適当に答えた。
すると、家のドアが開く。
まずクイとドーペントが入ってきて、その後ろにミスペン。
そして最後にターニャが入ってきた途端、「あっ!」とテテが一声上げる。
再び、ぴりついた嫌な空気が家の中を支配する。
「すまない。さっきはこの子がまた武器を抜いてしまったが、もう一度チャンスをくれないだろうか? 何しろ、我々はこの知らない場所で数少ない人間としてやっていくしないんだ。せっかくできた仲間を失いたくない」
「テテさん、許してあげませんか?」
「なこと言われても、あたいは嫌よ。あんたなんか、何回泣いたって許さないからね。せめて謝ってよ」
ターニャは口をひん曲げて、すねている。
「ターニャ、謝るんだ」
「どうして?」
「どうして……、とは。さっきの話を忘れたのか?」
しかし、この黒い鎧の少女はただしかめ面でもって、『知ったことじゃない』という意思を伝えただけだった。
「ターニャ、ずっとそんな感じなの? 本当にみんなに嫌われちゃうよ」クイが言った。
「あたいはとっくに嫌いだけどね」テテは口をへの字に曲げている。
「そうですか……」ドーペントは残念そうだ。
「うん。最初からずっと態度悪いでしょ」
「ターニャさん、町を、壊すって……。本気なんですか?」
「本気よ」
「まったく。それでラヴァールにまたひどい目に遭わされるんでしょ? で、泣くんでしょ。学習してよ」
ターニャは怒りで顔を歪め、また背中の武器の柄に手を伸ばした。
「ターニャ!」
「だって……あんな!」
「ターニャさん、仲良くしましょう」
「嫌」ターニャは口をはっきり動かし、露骨に大きな声で断った。
「もう、どうしたらいいんだろう。みんなに嫌われても、それでもいいんだね」
「あんた達全員、殺せば済む話よ」
「私がここにいるんだが?」
「あぁぁ……!」ターニャは地団太を踏む。「どうしろって言うのよ! なんでわかってくんないの!」
「こっちの台詞よ。最初っから、何してんのあんた」
今日だけで何度目かもわからない緊張状態がまた発生するが、ここで出し抜けにボノリーが、誰も予想していないことを言い放った。
「ターニャって、木か草かでいったら雑草だね」
この一言に、家の中は静まり返った。そして、各々が戸惑いを表す。
「ん? 何?」
「雑草……?」
だが、クイは同意した。「確かに! 雑草だね!」
「でしょ! 雑草だねー!」
「あんた達、馬鹿にしてんの?」ターニャはクイとボノリーをにらむ。
「そうじゃない、仲間として認めてくれてるんだ」
「あたしを? こんな奴らの仲間だって? それで雑草とか言ってんの? 冗談じゃないわ」
だが、とっくに逃げ出してもいいはずなのに、2人はまだこうして話しかけてくれるのだ。
完全に嫌われる前に、取っ掛かりを逃さないよう確保しなければ。
「とにかくお前達、この場は許してやってくれないか? この子は私がどうにかして管理しよう」
「謝ったらね」テテは当然ながら、クイとボノリーの変なノリに付き合ってあげるような機嫌ではない。
「ターニャ、頭を下げろ」
ターニャはやはり、ミスペンの発言に怒っている。「管理って何? 上官か何かのつもり?」
「そうでもないと、まともに生活できないだろう。それに、兜はどうするんだ?」
「はぁー……」ターニャはうつむいた。
「今までのことを謝れ。もう、何かあるたびに武器を出したり、虫けら呼ばわりするのもよせ」
「や……」ターニャはうつむいたまま小さく声を発した。
「や?」
「やっぱり……納得できない」
「ほらね、こうなるでしょ」
「ターニャ。さっき約束しただろう? 私が手伝うから、君は――」
ミスペンが言い終わる前にターニャが否定した。
「別に、約束のつもりじゃない!」
「ほら、ミスペン。こういう奴だから、もう放っとけばいいのに。こんなのどうしようもないんだから」
「こいつ……」ターニャは歯噛みする。
「やめろと言ってるだろう?」
「どうしたらいいんでしょう……?」
ドーペントも困っている。しかしここで、またしてもボノリーが不思議な提案をした。
「じゃーさ、ターニャとテテが勝負するってのはどう?」
「はぁ?」
「いいねー! バッタと雑草だから似た者同士の勝負だね」
「あんた、バッタと雑草ってねぇ……」テテも呆れている。「あたいはバッタだけど、あんなデカい武器持った雑草がいたら、勝負なんかしないで逃げるわ」
「直接戦うのは駄目だ」ミスペンが止める。
「そりゃそうよ。勝てるわけないでしょ」
「じゃあ、どうしよう?」
クイは首を傾げる。すると、ボノリーが勝手に決めてしまう。
「じゃあさー、どっちがいっぱい飛べるか勝負ね。はい、スタート!」
「え? 何?」
「はい、飛んで! 飛んで、早く!」手を叩いて急かすボノリー。
「と、飛ぶ? なんで?」
テテは訳のわからないまま、バタバタと背中の羽をはばたかせ、天井近くまで浮き上がってから着地した。
「おーっ、高い!」
「バッタだからね……」テテは狐につままれたような顔をしている。
「はい、そこまでー! 記録、テテ1回! ターニャ0回! テテの勝ちー!!」
「テテさんの勝ちですねー」
「あんなに高く飛んだのに1回なんだね」
「でも、テテさんが勝ったから、どうなるんですか?」ドーペントが核心を突いた。
「えっ? どうなるんだろ」
「ボノリー、あんたが言い出したんでしょ」
「うーん、わかんない!」
ターニャは大きな溜息をついて言った。「ミスペン。やっぱりこいつら、付き合ってらんないわ」
「兜はどうするんだ?」
「ああ、もう……兜か、はぁ……」ターニャはうなだれる。
「ターニャ、鍛冶屋に弟子入りしたら?」と、クイが別の方向性の提案をする。
「それ、名案ですね」とドーペント。
「こいつ、鍛冶屋の前で武器出したんじゃなかったっけ?」と、テテ。
「あー、そっか……忘れてた」
「でも、僕はターニャさんは、本当はいい人だと思ってるんですけど」
「あんた、お人好しねー」
「でも、テテさんとターニャさんが仲直りしたら、きっとユウトさんも喜びますよ」
「いや、ユウトもターニャのこと別に好きじゃなかったはず……」
「あれ、そうでしたっけ」
「……ん?」
「どうしたんですか」
「ユウト?」
「あ!」クイが短い大声を発した。「忘れてたけど……ユウト、どこ?」
これでまた家の中は騒然とした。
「本当です! 大変ですよ、いつまでも戻って来ないです」
「いろいろあり過ぎて本気で忘れてたわ」
「ユウトさんに何かあったんじゃ?」
「まさかラヴァールに!?」
「いや、ボノリーがユウトをかばってくれたから、ラヴァールはユウトのことは人殺しとは思ってないはずだ」
「そうなんだ……」
「ありがとうございます、ボノリーさん」
「へっへへー」ボノリーはドーペントに、ジャハットにしていたように顔を押し付けて抱きつく。
「でも、本当にユウト、なんで帰ってこないんだろう」
「僕、捜しに行こうと思います」
「今はどうだろうな、さっきの件がどうにか丸く収まったが、我々の顔を見たら町の連中は気が変わるかも知れない」
「じゃあ、ミスペンも行ったら?」
「そうだな……」
「僕も行くよ」
「あれ? じゃあターニャはどうしたらいいんだろ」
「ターニャさんも一緒に行きますか」
「なんで!!」
するとその時、突然ドアが開いた。
入ってきた人物のシルエットは、人間のそれだ。
意味ありげに、悩ましい顔つきをした青年。
「あっ、ユウト!」
「ユウトさん!」
そして、人間の後ろからオレンジ色の鳥が入ってきて、ユウトの横に並んだ。
「えーっと……」
「誰?」