第16話 ジャハットとボノリー
ユウトの家から少し離れた林の中、ミスペン達とラヴァール達のどちらとも距離を置いて、残る6人の頂点の弟子が固まっていた。
ボノリーは彼らの輪に混じっていたのだ。
輪の中心でボノリーはある人物に正面から抱きついていたが、その人物は頂点の弟子の中でも屈指のビジュアルを持つ女性だった。
緑の肌、ライトグリーンのカーリーヘアを持ち、服は白いドレス、頭やドレスに盾形の大きな葉や、星に似た5つの花びらをもつ黄色い花をいくつもつけていた。
「ジャハットとボノリー、お前らって本当仲がいいよな。うらやましいぜ」
そう2人の横で言ったのは黒とグレーの二色の身体を持つ、鼻が長い獣。バクだ。
「昔から面倒見てあげてるのよ」ジャハットはくっついて離れないボノリーの背中をさすってあげている。
「んー、ふわふわー」ボノリーはジャハットのドレスに顔をうずめたまま気持ちよさそうに言った。
「うらやましーい」ピンク色の大きな桃がジャハットの後ろから抱きついた。ジャハットは苦笑しつつ、まんざらでもなさそうだ。
「ハハハ、ホクもジャハットにくっつきたいみたいだぜ」バクが笑う。
「せっかくだからピンケもどう?」
ジャハットが、輪の外側でいまいち話に入れないでいる無口な人物を誘う。
紫色のタマネギだ。タマネギの上に多くのネギ、さらに一部のネギの先端にはネギ坊主という、小さな花が玉状になった物体がついている。
「あぁぁ、いやぁ……」小さな声で、誰にも目を合わせることなく、紫タマネギのピンケは遠慮した。
「本当にピンケは声が小さいし、おどおどしてるぜ。頂点の弟子とは思えないぜ」
その間に桃のホクは、ジャハットの背中にしがみついたまま、静かに寝息を立ててしまった。
「おいおい、ホクの奴寝てるぜ」
「もう、困った子……」ジャハットは甘えん坊に挟まれながら微笑んだ。
「ほどほどにしておくことだな」
ボノリーの後ろから、いかにもプライドの高そうな青年の声で、オレンジを基調とした鳥が言った。
「我々は頂点の弟子だ。もしお前達がそうしているところを上位の方々に見られたら、お叱りを受けるのは間違いないだろう」
これに対し、バクがうんざりしたように首を振る。
「あの3人の話なんか聞きたくないぜ。いっつもラヴァール様に媚売って、オレらには威張ってばっかりだぜ」
「陰口はやめましょ、ギャゴーン」
「それはいいとしてもな、昔からの友達なんだから仲良くするのはおかしくないぜ」
「我々頂点の弟子には格というものがある」鳥が言った。「そこらの者と会話する時にも、頂点の弟子であることを常に意識しなくてはならないのだ」
「サイハの言うことはややこしくて嫌になるぜ」バクのギャゴーンが言った。
「いや、サイハの言う通りだ」
と話に入ってきたのは、彼らの輪から少し離れた場所で、彼らに背を向け仁王立ちしているてんとう虫。
ボロボロの長いスカーフを巻き、背中に大剣を背負い、腕を組んでしかめ面をしている。
「チェレッカ、お前もこいつの側なんだぜ?」
「ベタベタ抱き合って、そんなので最強を目指す気か? 笑わせる」
てんとう虫のチェレッカは背を向けたまま、斜め上の空を見上げて言った。
「なこと言いながら、お前だってくっつきたいんだろ。いつもそうだぜ」
「くだらない……アタシがいつそうだったって?」
チェレッカは表情をさらに険しくして、少し下を向いた。
「だって、お前いっつも誰かがくっついてたらそんなこと言ってるぜ」
「アタシは最強にしか興味ないんだよ。だからベタベタしてる奴を見たら黙ってるわけにいかないんだ」
「よくわかんねー理屈だぜ」
「チェレッカ」
少し困った顔でジャハットが言う。
「久しぶりになじみの友達に会えたんだから、ちょっとぐらい許してちょうだい」
ここで、ギャゴーンが何かに気づいて「あ……ヤバいぜ」と知らせた。
彼の視線の先には、頂点の弟子の中でも特にラヴァールと近い3人がいた。3人はここに歩いてきている。
ジャハットとボノリー、その周囲にいる全員の表情がこわばった。
「おいおい、お前らこんなとこで油売ってたのか。引き上げるぞ、ラヴァール様を待たせてるぜ」
「あなた達が遊んでる間に、もう大体片付いたわ。まったく、手伝う気すらないというのはどういうことかしら?」
「君達は忠誠心が欠けている。頂点の弟子から外してもらうべきかも知れないね」
「申し訳ありません」オレンジの鳥のサイハが頭を下げる。
「あのラヴァール様が単なる小悪党の集まりに苦戦するなど、万に一つもないと信じておりますので」てんとう虫のチェレッカは胸を張って説明する。
「そういう問題じゃないわ」
「……ん? ジャハットとホク、なんでくっついてんだ」
「邪魔よ、見せなさい」
ジャハットとホクの前にいたバクのギャゴーンが横にどける。
ジャハットの後ろに抱きついたホクと、前に抱きついたボノリーの姿が露わになった。
「おや、これはどういうことかな? ジャハット、ホク……それに、もうひとりは?」
「こいつはラヴァール様の弟子の中でも最弱候補のボノリーじゃねえか」
「こんな弱いビワが、一体なんのつもりでここにいるのかしら?」
「お前ら、頂点の弟子がどういう存在かわかってんのか」
「どうか許して下さい……だぜ」
ギャゴーンが遠慮がちに請う。
「ボノリーとジャハットは、昔からの付き合いなんです……だぜ」
「そんなことは訊いてないわ、ギャゴーン」
「お前らは、ラヴァール様か俺らが何か訊くまで喋っちゃいけないルールだ。忘れたか?」
「すいません……だぜ」
「そのふざけた喋り方、いつ聞いても笑えるね。ギャゴーン、僕は君のことはずっと、頂点の弟子にふさわしくないと思ってるんだ。にもかかわらず同行を許して下さるラヴァール様に感謝することだね」
バクのギャゴーンは何も言えなかった。
「おい。ジャハット、ホク。離れろ。ここにはラヴァールさんがいるんだ」
ダルムが厳しく命じる。ホクはいつの間にか起きて話を聞いていたらしく自ら離れたが、ボノリーは離れようとしなかった。
「おい、ボノリー……」
ボノリーはジャハットの服を両手で握りしめたまま震えていた。
「まったく、ジャハット。そんな弱いのとくっつき合って、恥ずかしいと思わないのかしら?」イソギンチャクも嫌味だ。
「ボノリーもラヴァール様の弟子ですが……」サイハが自信なさげに、ささやくように言う。
「だが頂点の弟子ではない。頂点の弟子とそれ以外の弟子には歴然たる格の差がある。理解できていないようだな」
「そもそも、頂点の弟子同士で抱き合うのもどうかと思うがな」
「……申し訳ありません。ほら、ボノリー。今はちょっとね」
ジャハットが言うと、ジャハットが優しく身体から引き離す。
「うぅぅぅぅーー!!」
ボノリーはサイレンのような鳴き声を上げ、どこかへ全速力で走っていった。
ボノリーがミスペン達のもとへ走ってきて、彼らの目の前で立ち止まろうとしたが、勢い余って前のめりに倒れた。
「あ、ボノリー!」
「大丈夫ですか?」
ドーペントがボノリーを起こしてあげるが、彼女は涙目で普段の明るさが見る影もない。
暗い表情で小さく「うん」と返しただけだ。
「元気がないですね」
「ジャハットはもういいの?」
クイの問いに、ボノリーは「あのね……もう駄目」と答えた。
「駄目?」
「怖い人、来た。ジャハットとみんなにひどいこと言ったんだ」
「怖い人?」
「アシカとかナスとか」
「あー。もしかしてあの3人? 嫌な奴らだよね」クイが言った。
「ラヴァールも、あんな奴ら腰巾着にしてんだから、どうしようもない奴よ」
「テテ、まだラヴァール達が聞いてるかもしれないからさ」
「あんな奴らに遠慮なんかしたくないんだけどな。でも、ラヴァールの手下も色々複雑ね」
一方、ラヴァールはアキーリ近くの洞窟の前に、ユウトの家から離れた森の中にバンスターと2人で立っていた。そこにレイベルビスが戻ってくる。
「ラヴァール様、ここにおられたのですか」
「うむ。どうやらすべて解決したようだな」
「はい。ミスペンはすべての者の精神操作を解除しました。住民は町に帰ったようです」
「ご苦労だった。奴は何もおかしなことはしていないな?」
「ありません。むしろ、身体が痛いと文句を言ってきた住民を回復してやっているようでした」
「回復……? ほう。あの人間、精神操作だけでなく、回復もできるというわけか」
「ミスペンと直接話したところ、実直な男という印象を受けました。仲間との関係もいいようです」
「ほんとにぃ?」
横からバンスターが疑う。
「おれっちも直接ミスペンと話したけど、あいつは卑怯な奴だと思うなぁ」
バンスターは笑顔だが、先ほどミスペン達と話していた時と違い、少し皮肉っぽい笑みを浮かべていた。
「バンスター、何を見てそう思った?」
「いや……だって精神操作なんて使う奴だし」
レイベルビスがバンスターに何か答えようとしたところで、彼らがいる森に残りの頂点の弟子がぞろぞろと入ってきたのに気づく。
頂点の弟子の上位3人がラヴァールに報告する。
「ラヴァールさん、森で油を売っていた頂点の弟子を集めてきました」
「ラヴァール様自ら悪人のアジトに潜入したというのに、身勝手なことです。あいつらがそんな行動に出たせいで、ラヴァール様があろうことかバンスターと2人で待つことになったのですから」
「油を売っていただけでなく、ジャハットとホクが、あろうことか末端の弟子と抱き合っていました。罰は下されないのですか?」
というピサンカージの問いに、ラヴァールは当然のように答える。
「必要ない。むしろ、よく待っていてくれた」
「だとよ。ラヴァールさんのお心遣いに感謝することだな」
「ありがとうございます」ジャハットが3人の上位の弟子の後ろから、控えめに感謝を述べた。
「しかしラヴァール様。あのミスペンという人間、もしやユウト以上に危険なのでは?」
「人間という種族は今のところ、危険な存在しかいません。今のうちに対処しておくべきでは……」
「ユウト、ミスペン、ターニャ。彼らの正体は未だ未知数だ。3人ともに、いずれさらなる罰を下す時が来るかも知れん。だが、そうではない可能性もある。判断すべき時は今ではない」
「わかりました」
「では、オレの弟子達よ。引き上げる」
頂点の弟子11人はラヴァールの左右に集まり、横一列になる。そして、アキーリとは逆の方向へと去っていった。それを、遠くからミスペン達は眺めていた。
「よくわかんない奴らだったね」
「どこ行くんだろ? あっちは森しかないのに」
「知らない」
「あの人達はきっとユウトさんのことをわかってくれると思います」
「何を根拠に……。ドーペント、忘れたの? 家荒らされたのに、あたしらが未熟だからとか言ってきたんだよ、あいつ」
「そうですね……」
後ろからターニャの怒声がする。
「あのさぁ、ちょっとミスペーン! いつまで術掛けとくわけ!? こいつ、ずっとなでてくるんだけど!!」