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果てなき時空のサプニス  作者: インゴランティス
第3章 伝説の冒険者
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第15話 アブのバンスター

 ミスペン達はターニャ含む、精神操作を掛けた約20人のところまで歩いていく。


 その周りに大勢の住民がいるのは相変わらずで、彼らは途方に暮れているようだった。


 ミスペンとレイベルビスを見つけ、彼らは近寄ってくる。


「うわぁ! ミスペン!」


「レイベルビス様、今からそいつらに罰を与えるんですか?」


「今はどけ。動けなくなった連中を助ける」

 レイベルビスは先ほど森の中でミスペン達に対した時よりも厳しく、はっきりした口調で言った。


「えっ!」


「お願いします!」


 住民は急いで左右に動き、動けなくなった者達への1本道ができた。


 すぐに直立不動のターニャが見えた。動けなくなった者達の近くまで来ると、その中心でターニャがいきり立つ。


「こらぁミスペン! やっと来た! どこ行ってたの、早く解いて! いつまで変な術掛けてんの!」


 他の20人も騒ぎたてる。


「おいミスペン、何してたんだ」


「覚えてろよー!」


「そうだそうだー!」


「もうご飯作ってやらないぞ!」


「お前がいつミスペンにご飯作ったんだよ」


 その場は騒然となった。テテは両手で背中を押さえながら「もう、うるさい! こいつら」と言った。


「仕方ないな」


「あれ? そういえばラヴァールさんってどこに行ったんでしょう」


「ラヴァール様はいつでも我々をご覧になっておられる。どこに行かれたかわからずともだ」レイベルビスが答える。


「なるほど」


「ミスペン、こんな話をしてる場合じゃないぞ。ラヴァール様は寛大なお方に違いないが、お前の行動もお見通しだ。彼らを元に戻すかどうかを見ておられる」


「なんか、怖いね」


「レイベルビス、動けるようにした途端こいつらが暴れるかも知れんが、その時のことは考えてるのか?」


「ワシがうまく説得してやる。もしもの時はラヴァール様も助けて下さるだろう」


「それを信じるとするか」


 ミスペンはまずターニャの身体を操って大鎌を背中の鞘に納めさせてから、彼女含む全員に手のひらを向け、精神操作を解いた。


「あぁー! やった、動ける!」


「よかったぁー」


「やっと帰れるよぉー」


「お茶飲もう」


 アキーリ住民が少しずつ立ち上がりながら喜びを分かち合う。


「これでみんな帰れそうですね」ドーペントは嬉しそうだ。


「あ、ミスペン。あいつこっちに来るよ」


 テテがターニャを指差す。彼女はミスペンをにらみつけながら、まっすぐのしのしと歩いてきた。


 彼女の進路上には、まだ立ち上がらずに地面に座ったまま雑談している住民がいたが、ターニャはそれが目に入っていないようだった。


 さすがに踏みつけでもしたら負傷者が出てしまう。


 そうなればレイベルビスが『寛大』と繰り返すラヴァールといえども再び罰を与えられそうなので、ミスペンは彼女に手のひらを向ける。


 ターニャは住民を踏みつけようと片足を上げた姿勢のまま、動けなくなった。


「はぁー! 何これ、ちょっと! ミスペン! なんのつもり!?」


「お前、踏もうとしただろう」ターニャに近づきながらミスペンが答えた。


「それの何が悪いの!」


「その辺でラヴァールが見てるらしいぞ。さっき罰を食らったのに反省してないとわかったら、何をされるかわからん」


 すると、ターニャは意外な反応を見せた。


「うぅぅぅ……あたし、悪くないのに。いつまでもいつまでも、こんな……。兜が、欲しいだけ……あたし、兜が……無いと……」


 ようやく動けるはずだったのに、ぬか喜びさせられたのがよほどショックだったのか。


 あるいは後悔か、恥ずかしさか。ターニャは立ったまま、涙をポロポロこぼして泣き始めた。


 動けるようになった周りの住民がターニャを取り囲む。


「どうしたんだ、ターニャ?」


「なんか泣いてるなぁ」


「大丈夫か?」


 悪人とばかり思っていた少女の泣く姿は、逆に彼らの同情を誘ったらしい。


 ターニャと口論していたはずの住民は、なんとなく優しい気持ちになって、それ以上の争いは起きなかった。


「お前、泣くなよー」


「涙拭いてあげよう」


「泣いてるとこ見たら可愛いねー」


「どうしたお前? アメ食うか?」


「うるさい! いらない!」

 ターニャは彼らの意外な扱いにますます泣いた。


 それでも大声で怒るだけで何もできないので、周りの彼らはターニャの頭をなでてくれた。


 ミスペンは安心して、仲間のもとへ戻った。


「なんか、みんなターニャのこと許してくれたみたいだね」クイは喜んでいる。


「なんで泣いただけで許されるの……?」テテは不満げだ。


「ターニャさんはきっと悪い人じゃないから、それが伝わったんじゃないでしょうか」


「いや、悪い奴でしょ、あいつ」


「うーん……ターニャって、どうなんだろうね。僕、わかんないな」クイは苦笑いした。


「だって、さ。全部まとめるとさ、あいつのしたことって最悪でしょ」


「最悪でしょうか……」


「だって、最初からずっと怒って武器出して、お仕置きされて、っていうのを繰り返してるでしょ」


「そうだね……。お仕置きされるたびに泣いてるし」


「あんな馬鹿、見たことない」


「それをあいつに聞こえるように言うのはよせよ」


 ミスペン達の会話をそばで聞いていたレイベルビスが、ここで入ってくる。


「ミスペン。お前さんはそんな厄介者の面倒を見とることになるわけだが……何か事情があるのか?」


 この問いにミスペンが答える前に、テテとドーペントが意見を言う。


「うん、不思議だわ」


「ターニャさんが悪い人じゃないから、ですか?」


「いや、悪い奴でしょ」


「うーん……そうでしょうか」


 それを見て、レイベルビスが再度ミスペンに問う。


「ミスペン、ターニャはお前さんの娘だとでもいうのか?」


 ミスペンが答える。

「いや、他人だ。しかし、この世界で人間は今のところ3人しかいない。あの子に死なれでもしたら、ユウトと2人だけだ。子孫も残せん」


「やはりお前さんは立派にものを考えておるな」


「いいや。レイベルビス、あなたには助けられた」


 この騒動はもうすぐ終わりを迎えようとしているが、精神操作から解放されて動けるようになった住民のうち、ただひとりだけは怒り心頭の顔をしてミスペンの前まで走ってくる。キャベツだ。


「ミスペン! お前、よくもやったな!」


「もういいだろう、あまり騒ぐな」レイベルビスがたしなめるが、キャベツは耳を貸さない。


「ずっと動けなかったから身体が痛いんだぞ、どうしてくれるんだ!」


「それは悪かったな」


 ミスペンは手のひらを向け、回復してやった。


「あ……なんか気持ちいいぞ。あれ、痛くない? あれ?」キャベツは両手でその丸い身体をさすりながら、キョロキョロしている。


「ミスペンさんはいい人だから、回復してあげたんです。だから、怒らないで下さい」


「えー。どうしようかな……あ、お前ドーペント!」


「はい。ドーペントです」


「お前、いつまで人間の味方してんだ。やっぱ許さないぞ!」


「えっ……」


「あんた達がやかましいのが悪いんだから、ちょっとは納得したら?」


「なんだと! 俺は被害者なんだぞ!」


「ターニャはあれだけ泣いてるから、もう許してやれ」


「えーっ……じゃあ俺も泣こうかな。そしたら俺のこと許してくれるよな」


 なぜかキャベツの中で、ターニャやミスペンではなく、彼自身が許されるかどうかという話にすり替わってしまったらしい。


「勝手にしたら?」

 テテが適当な感じで答える。


 すると、「うぁーん!」と言ってなぜかキャベツは本当に涙を流し始めた。彼の涙はいつまでも止まらなかった。


「あっ……泣いちゃいましたね」


「こいつ、前から思ってたけど変な奴よね」


「ダンジェルムはアキーリでも割と変人だよ」


「このキャベツってそんな名前だったんだ……」


「でも、いい人ですよ」


「そうかな?」


 その一方で、同じく精神操作から解放されたうちのひとりであるキツネは、ミスペンではなくその隣にいるレイベルビスの前に来て、堂々と主張を突きつける。


「レイベルビス様、今回の件ではっきりしました。ユウト達に重い罰を与えるべきだと思います。ラヴァール様に言って下さい」


 レイベルビスは淡々と答える。


「罰を与えるかどうかはラヴァール様が判断なさることだ。しかし、ワシはラヴァール様と付き合いが長いからわかる。今回はもう終わりだろう」


 キツネは食い下がる。


「納得できません。僕は動けなくなった時、殺されると思いました。何しろ、すぐそこに大鎌を持ったターニャが立ってたんですから」


 するとレイベルビスは諭すように答える。


「ミスペンが言ったことをそのままお前さんに言うが、ターニャは子供なだけだ。そんなに殺されたくないなら、お前さんもミスペンと一緒にいて、守ってもらえばいい」


「ミスペンに!? こいつも悪人です。ユウトとターニャの仲間なんですから。この2人の仲間は悪人に決まってます。いずれ、この町の人はすべて殺されてしまうでしょう」


「それは思い込みだ。お前さん、もう少し人を信じることだ」


「そんな、まるで僕が――」


 諦めないキツネに対し、レイベルビスは厳しい口調になって、彼が言いかけたのを無視して伝える。


「話はここまでだ。いい悪いは、ラヴァール様が判断なさると言ったはずだ。余計な揉め事を起こすなら、逆にお前さんが罰を受けることになる」


「僕が罰を!?」


「それが嫌なら、今日の件はきれいに忘れることだな。多くの問題は無駄に疑うことから起こるものだ」


 キツネは頂点の弟子の言葉に納得したわけではないものの、それ以上何も言わず、黙って立っていた。


 すると彼の横にカバが現れ、「帰ろう」とキツネに促したことで、2人はアキーリに帰っていった。


 その頃には精神操作から復活した町の住民も、後から集まってきた住民も町に戻っていき、ユウトの家の周りは、静かで閑散としたいつもの場所に戻っていった。


「レイベルビス、感謝するぞ。あなたがいてよかった」


「ワシから見れば、ほとんどの連中は幼い子供のようなものだ。こういう役回りは慣れとるよ」


「あんたみたいな人が、なんでラヴァールなんかと一緒にいるの? あんな話も通じない変な奴……」


 テテが言った瞬間、優しげだったレイベルビスの目つきと雰囲気が突然引き締まる。


「口を慎むように、バッタのお嬢さん。お前さんはラヴァール様の偉大さを知らんだけだ。あのお方は自らを無闇に大きく見せることはせん。だが、いずれ知るだろう。あのお方以上に素晴らしい人など、この世におらん」


 その言葉とレイベルビスの迫力に圧されたか、テテは何も返さなかった。


「とりあえず、レイベルビスさん、ありがとうございました」ドーペントがぺこりとお辞儀する。


「ワシはお前さんらを信じておる。いずれ肩を並べて戦える時が来るだろう。楽しみにしておるよ」


 その言葉を最後に、レイベルビスはミスペン達の元を去っていった。


「いい人でしたね」


「……そうかな。ラヴァールの弟子でしょ、信用できないけど」

 テテが言った。


 レイベルビスの言葉がまだ響いているのか、声は小さかった。


「話のできる相手には違いない。仲良くしておいて損はなさそうだ」


「ミスペンが言うなら、そうなのかもね」


「いやー、色々大変だったけど、なんとか終わりそうだね!」


 レイベルビスと入れ替わりに、黒いローブを着たオレンジ色の顔の生き物がミスペン達の前にやってくる。


 頭に角のような太くて短い2本の触覚があり、なんとなくテテとシルエットが似ていた。


「あれ? 何?」


「この人って……」


「いやぁ、あなたがミスペンさんっすか?」

 黒ローブの生き物は妙になれなれしく、ニタニタ笑顔で話しかけてくる。


「そうだが、お前はラヴァールの?」


「おれっち、アブのバンスターっていいます。頂点の弟子のひとりっす。でも、覚えなくていいっすよ。おれっちなんか、覚えるほどの者じゃないっす」


 この笑顔といい、妙に卑屈な態度だ。ミスペンはこの虫のことをあまり信用できない気がした。


 しかしバンスターはニタニタ笑顔のまま、ミスペンにさらに接近して言った。


「やっぱり色男っすね。最初に見た時から思ってました」


「お世辞はいい」ミスペンは若干煙たそうな顔をして応じた。


「いやいや。でもすごいっすね、いいの見せてもらいました。あんなにたくさんの人が動けなくなるなんて。頂点の弟子でもそんな力持ってる人いないっすよ」


 頂点の弟子でありながら、他でもない師匠のラヴァールが卑怯扱いする精神操作をこうして褒めてくるとは意外だったが、それでもミスペンにはこのバンスターという人物は信用できないと感じた。


 そう思っているのは彼だけではないらしい。


「なんか気持ち悪い笑顔……」ボソッと言ったのはテテ。


「テテ、相手は頂点の弟子だ。ケンカを売るな」


「別にいいっすよ。頂点の弟子っていってもおれっち、ただのアブだし。おれっちなんかと話してもしょうがないっすよね、この辺にしときます。……あんまり話してると、ピサンカージとかがうるさいですしね」


 バンスターは心なしか最後のピサンカージについて話す時だけ、少し目つきが悪く、口調も荒くなった気がした。


 彼は振り返ると背中の羽をはばたかせ、どこかへ飛んでいった。


 テテと同じように、彼のローブの背中部分は、羽のあるところだけ開いていた。


「鳥みたいに飛ぶね」クイが言った。


「さすが頂点の弟子だわ、あたいよりも高く飛んでる」


「そうだね、高く飛ぶけど腰が低かったねー」


「いい人みたいですね」


「そうかな……?」


「……ピサンカージのことを呼び捨てにしたのが気になるな」


 ここでクイが周囲を見て気づく。


「あれ? 誰もいない。いつの間にみんな帰っちゃったんだろ」


 とうとうユウトの家の前からミスペン達以外、ほぼ誰もいなくなっていた。


 ここに大勢の人がいた名残は地面につけられた様々な生物の足跡と、うっすら漂う砂ぼこりだけ。


「ほんとだ。はぁー、やっと終わった」テテは空を見ながら額の汗を拭う。


「あんなにいたのに、寂しくなりましたね」


「いや、さっきは多すぎでしょ」


「もうラヴァールもいないし、頂点の弟子もいなくなったね」


「いつの間にいなくなっちゃったわけ?」


「あいつは残ったか……」ミスペンはターニャに目を向ける。


 動けない彼女の頭を、キャベツのダンジェルムがなでてあげていた。


 仲間以外でここに残った唯一の住民だ。


「ボノリーさんも帰っちゃったんでしょうか」ドーペントが言った。


「そうなんじゃない? もう疲れた、早く寝たいわ」


「ボノリーは、もしかしたらジャハットのところかなぁ」


「ジャハット?」


「ジャハットはずっと前からボノリーと仲いいよ。頂点の弟子のひとりなんだけど、僕にも話しかけてくれたことあるよ。優しい人なんだ」


「へえ……頂点の弟子って、いろんなのがいるのねぇ」

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