第13話 騒動の拡大
ユウトの家の外にいた大勢の住民は、出てきたラヴァールを見つけるや否や、ラヴァール様だ、ラヴァール様だと祭りのように飛び跳ねて騒ぐ。
彼らの興奮はそこにいる者全体に伝わっていき、ラヴァールとオゴギャグー達3人はすぐに興奮した住民に囲まれてしまう。
「なんだ、この人数は?」ラヴァールといえど、こうなることは想像していなかったらしい。
「わかりません。でも、多分ユウトの仕業です」オゴギャグーは答える。
「オレの弟子、オゴギャグー。オレの弟子ならお前は嘘をつかない。だが、ユウトの仕業かどうかはオレが判断する」
「はい、わかりました」
「では、行け。お前達」
「はい!」
オゴギャグー達3人は人混みの間を抜け、どこかへ去っていった。
入れ替わりに、頂点の弟子のうち上位3人がラヴァールを囲む人の群れをどかしながら近づいてくる。
「ラヴァール様、ご無事でしたか!」
「待ってましたよ」
「人殺しのユウトは中にいましたか?」
ヘリトミネの問いにラヴァールは答える。
「ユウトは中にいなかったが、ミスペンとボノリーに話を聞いた。ユウトは誰も殺していない可能性がある」
この話に頂点の弟子3人も、周りの住民も驚きを隠せない。
「なんと……あれだけ皆、人殺しだと騒いでいたのに?」
「この町の住民のほとんどは、何も考えてない馬鹿どもですからね」
「しかし、ミスペンとボノリーですか。果たして信用できるのですか?」
「ボノリーはオレの弟子だ。オレの弟子は嘘をつかない」ラヴァールは答えた。
「なるほど……」
「では、ラヴァール様。ミスペンの話を本当に信じますか? 奴はこの状況を生み出した張本人ですが」
言いながらピサンカージは、この場に大勢集まった人々をぐるりと見回す。頂点の弟子3人は呆れ顔で、周りで尊敬の眼差しで見つめてくる彼らの様子を改めて確認した。
「まったく、こいつら。山ほど来やがって」
「ここに集まったところで何ができるわけでもないというのに、愚かだね」
「ラヴァール様がユウトの家に入られてからというもの、どんどん町から人が来て、いつの間にかこんな人数になりました」
「何が起きている? オゴギャグーは、ユウトの仕業と言ったが」ラヴァールは頂点の弟子に訊く。
「いえ、ミスペンが原因です。それと、ターニャですね」
「こちらへお越しください。あの人だかりの真ん中に行けば、おのずとはっきりします」
ラヴァール達は人混みの中心に向け、移動を開始した。
「おい、どけ。ラヴァールさんが通れないだろ」ナスのダルムは立ちふさがる人混みを手で強引にどかしていく。だが、どかされた群衆も頂点の弟子に触ってもらったと喜びながら離れていく。
「何をしに来たんだ、彼らは。まったく理解できないね」
「騒がしくて仕方ねぇな」
「その辺の住民なんて、ほとんど何も考えてないに決まってるでしょ。なんでもお祭りみたいにして、こうやって集まってくるんだから」
やがて、20人ほどのアキーリ住民が倒れる場所に到達した。
彼らはどうにか動こうと頑張っていたり、寝ていたり、近くの者と雑談していたりした。
ラヴァール達に最も近くで倒れている数人はこんな会話をしていた。
「うぅー、動けないぞぉー」
「動けません、助けて下さーい」
「なあ。俺らって、ラヴァール様がユウトの家に入ってからずっと動けないって言ってるけど、いつまでも動けないのは一緒だから、もう言わないほうがいいんじゃないか?」
「うーん、でも動けないんだから動けないって言う!」
彼らのひとりがラヴァール達の接近に気づく。
「あぁ! ラヴァール様!!」
「えっ、本当だ! 嘘じゃないよね?」
「本当にラヴァール様が来たんだ!」
「頂点の弟子もいる!」
「動けなくなったと思ったら、ラヴァール様が来て下さった!」
「もしかして動けなくなったら、ラヴァール様に会える?」
「やった! これからも動けなくなろう!」
「どうやって?」
精神操作で動けなくされたにもかかわらず能天気な者達を見て、上位3人は見下した顔をする。
「愉快な奴らですね、まったく」
「彼らは、どうやらミスペンの精神操作を受けたようだな」ラヴァールは腕を組み、眼光鋭く言った。
「はい。ラヴァール様、こいつらの中心にターニャが立っているでしょう」
倒れた者達の中心で、ひとりだけ黒い鎧を着た銀髪の人間が立っている。
彼女は未だに大鎌を構え、顔も動けないので正面を向いたままだが、表情は珍しく恥ずかしそうにして、視線はラヴァール達と目が合わないように横に逸らし続けていたに気づかない振りをしていた。
あれだけの惨敗を喫した相手と今更戦うつもりはないようだ。
「あいつが町の奴らと言い合いになって武器を出したから、ミスペンは言い合いをしていた全員を動けなくさせたようです」
「ふむ」
「その辺で立ったまま騒いでる連中は、ラヴァール様の噂を聞きつけたり、ミスペンにやられた奴らが心配になったりして後から来たみたいです」
「奴の精神操作という力は、本当に厄介です」
「そればかりか、ミスペンは空を飛ぶ力もあります」
「なんだと?」
「本当です。ミスペンがユウトの家に入ろうとした時、我々は阻止しようとしたのですが、奴はいきなり空を飛び、家に入ってしまいました」
「早急に手を打たなければ、大変なことが起きるかもしれません。奴がその気になれば、こんな小さな町は簡単に滅ぼせてしまうでしょう。そればかりか、世界全体に対する脅威となるかも……」
3人の鳴らす警鐘を受け、ラヴァールは答える。
「精神操作は卑怯な手段だ。許しておくことはできない。だが、ミスペンという男は……完全に邪悪とも思えん」
ラヴァールが出したこの答えに、3人の弟子はそれぞれの反応を見せた。
「なるほど……しかしそれがラヴァール様のお答えであれば……」ヘリトミネは完全には納得がいかない様子だ。
「こうして大勢の者を身勝手に動けなくさせて放置する者が、邪悪ではないと?」ピサンカージが疑問を呈する。
「ピサンカージ、ラヴァールさんが邪悪ではないとおっしゃってるんだぞ」ダルムはラヴァールの見方に疑問を持っていないようだ。
「フン、勘違いするな。ラヴァール様が間違っていると言っているわけではないよ」
すると、周りで見ていた野次馬のひとりが、ラヴァールに近づいて話しかける。
「ラヴァール様、頂点の弟子の皆さん。聞いて下さい」
「お前、ラヴァールさんに気安く口を利くつもりか」
ダルムが止めようとするが、ラヴァールは「オレが許可する。話せ」と、自ら話を聞こうとする。
「ありがとうございます。俺の友達が動けないんです」
しかし、これにラヴァール達が反応する前に、近くにいた他の住民が口々に訴えてくる。
「ラヴァール様! 私の仲間も動けなくなりました!」
「一生このままなんでしょうか?」
「これはミスペンの仕業らしいです」
「あいつは危ないです。きっとユウト以上にとんでもない奴です!」
これらの発言は同時に行われたので、ラヴァール達は誰が何を言ったか聞き取れなかった。
頂点の弟子3人は不快そうに顔をしかめる。
「本当にやかましい連中だな、ひとりずつ喋れ」
「まったく、品がなくて嫌になるわ」
「しかし、この現状はミスペンが邪悪な人間であると判断する何よりの証拠なのでは?」
「ミスペンとターニャがどちらも邪悪となると、ユウトも、ミスペンと一緒にいる2人も、全員邪悪でしょうね」
「ターニャと一緒にいたあの緑の鳥にも、罰を与えましょう」
ラヴァールはそうした頂点の弟子の会話に加わらず、顎に手を当てて考えていた。
そこに、人だかりをかき分けて頂点の弟子のひとり、青紫色のサソリが現れる。
「遅いわよ、レイベルビス。今まで何をしてたの」ヘリトミネが責める。
「すみません。ラヴァール様、一応申し上げますが――」
「待て、レイベルビス」
ピサンカージが止める。
「君は頂点の弟子だが、僕らとは地位が違う。君がラヴァール様と話す許可を誰が出したんだ?」
ラヴァールはこれに対しても、自ら話を聞く姿勢を見せる。
「オレが許可する。オレの弟子、レイベルビス。話せ」
「はい。ミスペンは、ここにいる連中同士が口論するのを見て、最悪の場合殺し合いになる可能性もあると判断し、精神操作をしたようです」
これを聞いて、ピサンカージ達3人はまたも不快そうな顔をする。
「殺し合い? くだらない言いがかりだ。ここに集まったのはラヴァールを信じる者達だ、人殺しに手を染めるとでも? そんなことをするのはターニャひとりだろう」
「そうよ、ターニャだけを精神操作すればいい話なのに」
これにレイベルビスが落ち着いて反論する。
「それではターニャがどんな目に遭わされるかわからないと思ったのでしょう。彼はターニャのことを娘のように気に掛けているようです」
しかし上位の3人は納得しない。
「そんな理由で全員動けなくさせたの? そのせいでここは大騒ぎよ」
「そもそもラヴァール様がこうして動かなくてはならなくなった原因はターニャだ。どうして関係ない大勢の者まで巻き込むのか、理解に苦しむね」
「そうだな、やっぱりミスペンは邪悪な卑怯者だ」
ここで、考え込んでいたラヴァールが口を開く。「オレの弟子達よ、もういい」
「はい……!」
「オレの弟子、レイベルビス。お前の言葉、胸にとどめておこう」
「ありがとうございます」
「ラヴァール様。それではミスペンは、邪悪ではないと思いますか?」
「奴に罰を下すか、あるいは弟子とするか。観察の必要がある。奴の仲間についても同様だ。しかし今は、精神操作を解かせるのが先決だろう」