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果てなき時空のサプニス  作者: インゴランティス
第3章 伝説の冒険者
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第12話 暴徒

 スイカのオゴギャグーを中心とする興奮した3人が家に押しかけた時、ユウトはまだ帰宅しておらず、ドーペントとテテが対応した。


「なんですか? みんな、いきなり」


 取り巻きは口々にしゃべる。


「今からここにラヴァール様が来るんだ」


「ユウトはもう終わり!」


「ラヴァールさんがお前らにも罰を下すぜ」


「ユウトの仲間は全員、ラヴァールさんにコテンパンにされるんだ」


「黒い鎧の奴はラヴァールさんがやっつけてくれたぞ」


 それを聞いてテテは「黒い鎧の奴って……」と言った。


「ターニャさんのことですか!?」

 ドーペントも続く。


 これにオゴギャグー達が答える。


「あいつ、マジで弱かったぜ」


「どうせでたらめばっかり!」テテが言った。


「でたらめじゃないよ。一瞬で終わっちゃった」


「お前らはひとりずつ、あいつと同じようにやられるんだ。ユウトもな」


「ユウトが罰を受ける時が楽しみ!」


 ドーペントが彼らに反論する。「ユウトさんは悪いことなんかしてません。罰だなんて!」


「いいや、殺したろ。みんな言ってんじゃねぇか」


「みんな、やめてよ」

 テテが言った。

「ユウトの悪い噂流してるのだって、誰だかわかんないよそから来た奴でしょ。どうして信じるの?」


「これ以上ユウトさんのことを悪く言うのはやめて下さい!」

 と言ったドーペントだが、すぐ前にいたスイカに腹を思い切り殴られる。


「うっ……」ドーペントは腹を押さえ、床へ倒れ込む。


 それをきっかけに、取り巻きは雪崩をうって攻撃を仕掛けた。


 ドーペントとテテはすぐに吹き飛ばされ、部屋の奥の棚にぶつかった。


 棚に入れてある道具類が床に散乱する。


 さらに続く取り巻きの攻撃でテーブルや椅子が倒れ、テーブルの上に置いてあった皿が床に割れて散らばる。


 ここで家のドアが開いた。


 入ってきたのはラヴァール。取り巻きは気づいて騒ぎ出す。


「ラヴァールさん、こいつら懲らしめて下さい!」


「悪いのはこいつらです!」


 テテは床の上で歯を食いしばった。

「こら……あんた達! 家を……! 後で覚えてろってのよー!」


 スイカは「バッタ黙れ!」とテテの頭を殴った。


「痛ったーーーい! 触覚折れちゃう!」


「もう、やめて下さい……!」ドーペントが床に倒れたまま嘆願する。


 ラヴァールは家の中央まで歩いていく。そしてスイカを片手でつかみ、拾い上げた。


「えっ? ラヴァール様?」


「罰が必要なのはお前だ。オレの弟子、オゴギャグー」


「えっ……?」


「お前達も全員、これから罰を下してやる」


 オゴギャグー達は涙目になったり、目を大きく開いたりしてショックを表現しながら弁解する。


「いや、でも! でも! ラヴァール様! 悪いのはこいつらです」


「ユウトは仲間殺しをしたとんでもない奴です!」


「こいつら、ユウトの仲間ですよ!」


「いいか、判断は俺が下す」ラヴァールは冷静だ。「まず先にユウトという人間に話を聞く。それからだ」


「でも、でも! みんなユウトがやったって言ってます」


「確かに、このような結果を招いたのもまたユウトの未熟さといえる。だが、この家の住人に罪があるだろうか?」


「いや、でも……」


「理解できないようなら、それでもいい。代わりに、ここにいる全員に罰を下すことになるだろう」


 家の中の取り巻きは全員、顔から血の気が引く。


「ぜっ、全員って……あたいらも?」テテが顔を引きつらせて言った。


「この結果を招いたのはお前達の未熟さゆえでもある」

 ラヴァールはテテを直視して、顔色も声も変えずに答える。


「ちょっと、あんた、待ってよ。わかってんの? こっちは家荒らされて、痛い思いまでしたのに、なんで家を荒らした奴と一緒に罰受けなきゃいけないわけ!?」


「お前、ラヴァール様に口答えするつもりか!」

 オゴギャグーと一緒に来たうちのひとりが目を吊り上げる。


「あんた、黙ってなさい。ラヴァールと喋ってんの!」


「ユウトの仲間なんかがラヴァール様と喋るな!」


「だから黙ってなさいって言ってるでしょ!」


 先に進まない口論の最中、ここで再びドアが開いた。


 ひとりの人物が、滑り込むように中に入り込んでドアを閉めた。


「ミスペンさん!」

 ドーペントが、入ってきた者の名を呼んだ。


「助けてミスペン! こいつらに殴られたー!」


 ミスペンは手のひらを向けてドーペントとテテを回復しながら言った。


「やはりこうなったか……! すまない、ここに来る前に止めておくべきだった」


 取り巻きのオゴギャグー達は黙っていない。


「はぁ? 止める?」


「ラヴァール様を?」


「何言ってんだお前?」


 彼らのやかましい言葉をミスペンは意に介さず、表情も変えずにドーペントとテテの回復を続けた。


 するとラヴァールは振り返り、ミスペンと向き合う。


「やはりか。ここに来ると思っていた」


 ラヴァールは淡々と言った。


 彼がここにミスペンが来ることを予想していたのは意外なことではないが、しかしまっすぐ見つめてくるふたつの瞳は、それ以上の何かを伝えてくる。


 ミスペンの心の奥まで見通していて、何をしようとすべて予測済みとでも言わんばかりの空気だ。


 やはり、このイタチにはただならぬ風格と威圧感がある。


 ターニャとの一騎討ちで異様な強さを見せたのもあり、彼の前に立つだけで消耗してしまう気がするほどだが、しかし今の状況の中で躊躇していても仕方ない。


 回復を終わらせて、ミスペンはラヴァールと話すことにした。


「ラヴァール、私はあなたのことを多少なりとも信じてここに案内したんだ。どうしてこんなことを?」


 と、ミスペンは意思が彼に伝わるようできるだけはっきり言った。


 するとラヴァールはやはり淡々と返してくる。


「この家を荒らしたのは、ここにいるオレの弟子、オゴギャグーが中心になってのことだ。オレが彼らに罰を下す。しかし、このような結果を招いたのはドーペントとテテ、この2人の未熟さゆえでもある」


「どういう意味だ?」


「真の戦士は常に正しき道を歩み、その正しさゆえに万事滞りなく、順風満帆であるものだ。しかし未熟な者は正しき道を進むことができない。傲慢さと視野の狭さゆえ、常に敵が現れ、不運に襲われることは自明だ。そうした障害から己の未熟さを悟り、学ばなくてはならない」


 なかなか独特の考えを持つ男だ。


 反論の余地は大いにあるが、それでも風格と強さだけでなく、彼が戦士としての一貫した哲学を持っているのならば、幼稚で直情的なアキーリ住民から熱烈な支持を集めるのは納得できる。


 ミスペンはラヴァールの哲学についてわざわざ議論することはせず、この場を収める方向で話を先に進める。


「この3人に罰を下すというなら賛成だ。相応の罰を頼む。ドーペントもテテもいい奴だ。この2人はターニャとは違う。この家の主のユウトもだ」


「ユウトは人殺しをしたそうだが?」


「町の奴に話を聞くと、どうもその現場を見た者はいないらしい。おそらく、濡れ衣だ」

 ミスペンは全員に話を聞いたわけではないが、多少のハッタリなら許されるだろうと判断した。


「なるほど。心にとどめておこう。ユウトがここにいないなら、これ以上罰を下す必要はない。ここにとどまる理由もない。どいてもらおうか」


 ラヴァールは家から出ていくつもりらしいが、簡単に帰すわけにはいかない。


「その前に、あなたの支持者が荒らしたこの家を元通りにすると約束してほしい」


 オゴギャグー達はやかましくミスペンを責め立てた。


「おい、お前なんだよさっきから!」


「ラヴァール様に向かっていつまでもゴチャゴチャ、失礼だぞ!」


「なんなの、あんたは!」


「ユウトの仲間なら、お前も誰か殺したんだろ!」


「そうだ、そうに決まってる!」


「ラヴァール様、こいつも人殺しだから罰を与えて下さい!」


 ミスペンは家の外で聞いた頂点の弟子の話を思い出して少し迷ったが、それでもこんなうるさい3人組にいつまでも騒がれては話が先に進まない。


 彼は無言でこのやかましいオゴギャグー達に手のひらを向けた。


 彼らはすぐに倒れ、床で気持ちよく眠った。


「ほう……何をした?」


 ラヴァールが目を細める。彼の放つ空気が、先ほどと違って殺気を帯びていた。やはり卑怯だと思っているのだろうか。


「精神操作術だ。話の邪魔だから、少し眠ってもらっただけだ。彼らに害はない」


 するとラヴァールはミスペンに二歩近づく。そのたった二歩が妙に意味ありげで、思わず後退しそうになる。


「ミスペン、オレはお前に期待していた。しかしそれは思い違いだったらしい」


「卑怯だというつもりか?」


「オレはお前を弟子にしようとしていた。お前はオレに対しても臆せずに意見する意思の強さがある。そして、ただやかましく主張するのでもなく、詭弁を弄するのでもなく、相手を説得するだけの言葉を持っている。にもかかわらず、お前は卑怯な手段に手を染めた」


「卑怯? 違う! ミスペンはいい人よ!」


 テテがかばってくれるが、彼女の言葉にラヴァールは一切耳を貸さない。


 聞こえてすらいないかのようだ。


 ミスペンをただ、殺気を放ち見つめている。


「ラヴァール、私はこの力を変な方法に使うつもりはない。オゴギャグー達は殺したわけでもないし、いつでもを覚ましてやれる」ミスペンは弁解した。


 すると、ラヴァールは完全に切り捨てる。


「お前が言い訳しようと、精神を操るという手段を肯定することはない。対話でもなく、戦いでもなく、一方的に相手の意識を奪うとは。それは戦士であるという生き方を否定することであり、戦いそのものの否定だ。そのような卑怯な手段を、許すことはできない」


 やれやれ――ミスペンは苦笑した。


 彼は頂点の弟子が言っていた以上に頑固らしい。


 ラヴァールの戦うことへの異様な固執を事前に知っていればよかったが、どうやら墓穴を掘ったようだ。


 ならばと、彼はオゴギャグー達に再び手のひらを向けた。やかましい3人が目を覚ますのは困るが、仕方ない。


「あぁ! なんだろう、魔晶の山があったはずなのに」


「あれ? 俺、ラヴァール様と一緒に戦ってたような気が……」


「んんー眠い~……あれ? お花畑にいたんじゃなかったっけ」


 これでラヴァールが納得してくれれば儲けものとミスペンは考えていた。


 しかし、そんなに甘いはずない。イタチの戦士の態度はまったく変わらなかった。


「ミスペン。その力を使い続ければ、いずれお前にも罰を下すことになるだろう。そしてお前はオレの弟子となり、卑怯な力に頼ることなく戦えるだけの正しき心を学ぶのだ」


「それはありがたいが、あなたほどの人物が私などに時間を使う必要はない。千人も弟子がいるなら、そちらの面倒を見てはどうだ?」


 このミスペンの発言は皮肉のつもりだったが、ラヴァールは表情一つ変えず、落ち着き払って言う。


「オレは卑怯な手段を許すことはない。絶対にだ」


 なんとも不吉だ。いつかターニャと同じように殴り倒されるのだろうか。


 これでは、荒らされた家を元通りにすることやユウトの潔白の証明といった本題について議論するどころではない。


 ミスペンとの会話はそこまでにして、張りつめた空気の中、ラヴァールは家の奥へ進んでいく。


 ミスペンは彼と取り巻きの動きを注視しながら、ドーペントとテテの回復を再開した。幸い、傷は深くない。


「さて……」


 ラヴァールは家の奥へ歩き始め、ドーペントとテテの脇を通り過ぎていく。


 勝気なテテもさすがにラヴァールの威圧感に圧倒されたようで、無言で彼を見つめながら、ドーペントとともにミスペンのそばに移動した。


 ラヴァールは家の奥、棚などが並んでいる場所に向かって、ここにいる誰も予想していなかった人物の名を出す。


「オレの弟子、ボノリー。そこにいるのはわかっている。出てこい」


「えっ、ボノリーさん――」


 ドーペントがその名を繰り返した時。


 家で一番大きな棚の裏から、あのオレンジ色の果物が出てくる。恐る恐る、怯えた顔で。


 ドーペントとテテが目を見開く。


「そこにいたんですか?」


「えっ、なんで弟子……」


 ラヴァールはボノリーに数歩近寄り、言う。


「オレの弟子、ボノリー。オレの弟子なら嘘はつかないはずだ。説明しろ。ユウトは何者で、何をした?」


「はい……」


 ボノリーはいつになく小声で、たどたどしく答える。


「ユウトは、最初悪い奴だと思ってたんですけど……実際会ったら、なんか毛玉みたいで、可愛いなーって思いました」


 怯えきっているはずなのに、その内容は普段のボノリーそのものだった。


 オゴギャグー達は揃って彼女を責める。


「なんだそりゃ!」


「ふざけてるでしょ!」


「お前も罰を食らうか?」


 ボノリーは涙目になったが、ラヴァールは「続けろ」と先を促す。


「あのー、で、ユウトは、森の中に落っことしたボノリーの杖も見つけてくれたし、木か草かでいったら草なので、いいと思います」


 ボノリーの杖は彼女が自力で発見したのだが、幸いにも都合のいい勘違いを続けたままでいてくれた。


 しかしオゴギャグー達がこんないい加減な弁護を受け入れるはずもない。


「意味わかんねーよ!」


「ラヴァール様になんでそんな馬鹿みたいなこと言うの!」


「お前、後で殴るからな」


 ボノリーはとうとう、涙を流して「うえーん!」と泣き出した。


 しかし、ラヴァールは事もなげに答えた。


「お前らしい」


 それを聞いて、家の中は静かになる。『え?』という空気が流れた。


 そしてその空気もやはり気にすることなく、ラヴァールは続ける。


「オレの弟子、ボノリー。お前は嘘をつかない。オレはお前を信じよう。ユウトは、この町の者達が言うほど悪い奴ではないのかも知れん」


 それを聞いて数秒、家の中を静寂が支配した。


 ドーペントとテテ、ボノリーは次に何が起きるのかと緊張し、取り巻きのオゴギャグー達3人はラヴァールの言葉に耳を疑っているようだった。


 しかしやがて、オゴギャグーが笑い始める。それが伝染し、3人全員が笑った。


 ボノリーも笑った。家の中は平和な雰囲気となった。


「家から出ろ。外にいる連中の様子を見なければ」

 ラヴァールがオゴギャグー達3人に命じた。


「はい!」


 ラヴァールの命令に従い、3人は勢いよく家から出ていった。


 直後、その勢いのままに開け放たれたドアの向こうから、彼らの声がする。


「えっ……何これ!」


「どうなってんだ?」


 すぐにスイカのオゴギャグーが家に戻ってきて、ラヴァールに報告する。


「ラヴァール様、大変です!」


「オレの弟子、オゴギャグー。わざわざ言う必要はない、すぐに行く」


 ラヴァールがオゴギャグーとともに外に出ると、彼らを迎えたのはおびただしい数のアキーリ住民。


 ラヴァールがユウトの家に入る前の数倍の人数がひしめいており、もはや地面も見えないほどの人口密度だった。

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