第11話 精神操作は卑怯な力?
ラヴァールと彼を崇拝する者達はミスペン、ターニャ、クイを引き連れ、ユウトの家に向かっていった。
ミスペンは嫌な予感がしていた。
確かにラヴァールはターニャを殺そうと思えばおそらく簡単にできたはずなのに、拳で倒すだけにとどめたという点では信頼に値する部分もある。
だが、それだけではない、言い知れぬ何かを彼に感じるのも事実だった。
とはいえ選択肢などない。相手は勝てそうにもない手練れで、しかも周りをその熱狂的な弟子とファンに囲まれている。
しかも自分が案内せずとも、ユウトの家の位置はこの野次馬の誰かが知っているはずだ。
それなら、有力者への心証をよくしておくのもひとつの手だろうと思い、ミスペンは観念してラヴァール達をユウトの家へ案内することにしたのだ。
ユウトの家はラヴァールとターニャの決闘場所だった町外れの広場から一旦町に入り、反対側に抜けて少し進んだところにある。
道すがら、ラヴァールは頂点の弟子だけでなく、大勢の取り巻きに守られていて、さながらパレードのように進んでいった。
彼らの熱狂は冷めることを知らなかった。移動の最中にもラヴァールを慕ってか、それとも単にお祭り騒ぎが好きなのか、アキーリの住民は勝手にこの熱狂パレードに加わっていき、同行者は気づけば100人を超えていた。
参加しない者も多くは沿道でラヴァールの名を呼び騒いでいる。
だがそれに隠れて、中には顔をしかめている者もちらほら混ざっているのをミスペンは見逃さなかった。
ターニャはパレードから少し遅れたところをとぼとぼ歩き、半泣きで悔しそうにその様を見ていた。
時々クイが翼で背中をぽんぽんと軽く叩いて慰めるのを、肘で押しのけて拒絶した。
ユウトの家がある程度近づいてきたところで、興奮を抑えきれないのか、熱狂パレードの参加者数人が「行こうぜ」などと言い出し、ユウトの家まで走って行った。
その先頭にいたのは先ほどターニャと言い争ったラヴァールの弟子、スイカのオゴギャグーだった。
「待て!」
ラヴァールが止めるも、熱狂した彼らは聞かない。
ミスペンはやれやれと一度苦笑するも、すぐに彼らを行かせるべきではないと気づいた。
興奮状態の群衆は普段取らないような危険な行動に出る可能性がある。
しかも、確かユウトの家には鍵がそもそもなかったはず……。もしテテがひとりで留守番していたら、どうなるだろう?
「まずいかもしれないな」
ミスペンがつぶやいた直後、取り巻きの先頭にいたラヴァールの弟子のひとり、スイカのオゴギャグーがユウトの家のドアを開け、入っていく。
「オレの弟子達よ……ここで止まれ。戻ってくるまで待て」
ラヴァールは指示すると、返事も聞かず歩いて彼らの後を追った。
頂点の弟子のうち、上位3人はうろたえた。
「えっ……ラヴァール様!」
イソギンチャクのヘリトミネがラヴァールの後を追っていこうとするのを、ナスのダルムに止められる。
「行くな、ヘリトミネ。ラヴァールさんのご命令だ」
「でも、あの方おひとりでなんて。せめて頂点の弟子の私もご一緒させて下さい!」
ヘリトミネは大声で頼むが、ラヴァールは背を向けたままだ。
「まったく、ラヴァール様のお気持ちも理解できないのかな」
アシカのピサンカージは嫌味っぽく言った。
「なんですって!」
「僕らには、この場を収めるという大事な役割があるということだよ。ラヴァール様は、きっとそうお考えなのだ」
そんな話を頂点の弟子の3人がしている後ろで、けたたましい少女の怒声が響く。
「何よあんた達は!!」
それがターニャの声だということに、3人全員が瞬時に気づいた。
「早速始まりそうだ」
「やれやれだな、これも大事な仕事だ」
「あんな弱い奴の相手なんかしたくないけど、仕方ないわね」
「行くぞ、お前ら」
ナスのダルムが、後ろで何も言わず状況を見つめていた残りの頂点の弟子に声を掛ける。
「はい」
と、後ろに集まった数人が声を揃えて答える。
11人の頂点の弟子がぞろぞろと騒ぎの中心へ向かっていくと、やはりあの銀髪の人間が未だ熱狂冷めぬラヴァールの支持者に囲まれ、口論していた。
「お前みたいな悪くて弱い奴、ラヴァール様にやられたらよかったのにな!」
「どうやったらそんなに悪い奴になれるの?」
「しかも弱いし!」
「そのでっかい武器は飾りか」
ターニャがアキーリの住民20人ほどに囲まれ、好き放題言われている。
それで、怒りをこらえられずにターニャは背中の鞘に納めていた大鎌を出してしまった。
「死にたいの!? 全員殺すわよ!」
「うわぁ、あのでかい武器だ……」
「殺されるー!」
「おい、や、やってみろよ! ここには頂点の弟子が全員いるんだぜ」
少し離れた場所で蚊帳の外にされたクイが、もはや止めることもできずに困り顔でその様を見ていた。
しかし、頂点の弟子が近づいてきたことに焦る。
「ねえ、ターニャ! もうやめたほうがいいよ、頂点の弟子が来た!」
しかしその声も一切届かない。
そして頂点の弟子が事態の収拾に乗り出す。
「やれやれ、僕らの出番らしい」
「どうしてあんなくだらないのを相手にしないといけないのかしら」
「これがラヴァールさんのご命令だ」
「だが、あんな弱い者を押さえるために頂点の弟子全員が動くのは不格好だ」
「そうだな、そこまでやるほどの敵じゃねぇ」
「おい、ホク。お前ひとりで十分だろう、ターニャを取り押さえろ」
「はい」と答えて後ろから出てきたのは、手足の生えた桃。大きな杖を持っているが、顔つきは少し不安そうだ。
「ホクひとりで本当に十分かしら」
「心配なら君も一緒に行ったらどうだい、ヘリトミネ」
「冗談でしょ。あんな野蛮な人間に近づいたら、馬鹿がうつるわ」
その直後。ターニャを取り囲んでいた20人の支持者が一斉にばたりと倒れた。
「うあーっ! 助けてー」
「んんー、なんだこれー」
「重い! 誰が上に乗ってんだぁ」
「なんだ、何があったんだー!」
「何が起きたの!?」
「動けなーーい!」
「ラヴァール様ぁー!!」
彼らは口々にわめいている。
中心で彼らに囲まれていたターニャは唯一立ったままだが、武器を構えたまま微動だにしない。
動けなくなった彼らの近くに寄ってきて、クイが心配する。
「ターニャー! 大丈夫?」
「くっそぉー! ミスペーン! 覚えときなさいよぉー!! 本当に殺してやるからー!!」
ターニャは直立不動で目をひん剥いて叫んだ。
「これって何? なんでみんな動けないの?」クイが首を傾げる。
この状況の変化は、頂点の弟子でも予想外だったようだ。
「ふむ……突然何が起きた?」
「不吉だな、ラヴァールさんに報告に行くか?」
「ターニャはミスペンと言ってたわね」
「ミスペンといえば、先ほど出てきたターニャの仲間では?」
「そうだ、確かあいつじゃないか?」
と、ナスのダルムはある方向を指差す。
そこには倒れた者達をよそに、ひとりユウトの家へ向かっていく、紫色のローブの人間がいた。
ダルムはミスペンのほうへ走っていくと、彼の前に出てきて行く手を阻む。
「待て!」
「どうした?」
「お前か? あいつらを動けなくさせたのは」
ダルムの問いにミスペンが答える前に他の10人も追ってきて、瞬く間にミスペンは頂点の弟子に囲まれた。
特に、頂点の弟子の上位3人は前のめりでミスペンに詰問する。
「一体何が起きた? 説明してもらおうか」
アシカのピサンカージが冷たい目をして訊いてくる。
「事と次第によっては容赦しないわ」
イソギンチャクのヘリトミネはミスペンのすぐそばまで近づいてきた。なかなか気味が悪い。
「精神操作術を使わせてもらった」ミスペンは正直に教える。
「精神……操作?」
「意味が分かるか? 私があいつらを動けなくさせたんだ」
「なんだと? なんという恐ろしい力だ」
アシカのピサンカージは理解できないとでも言うように両腕を顔より高く浮かせた。
「ラヴァールさんが嫌いそうなやり方だな」ナスのダルムが蔑んだ笑みを浮かべる。
「そうだわ。卑怯者ね!」イソギンチャクのヘリトミネは鋭く刺すように責めた。
「使い方によってはそうなるだろう。だがうまく使えば、誰も傷つけずに戦いを避けられる。ターニャが武器を抜いただろう? 私があいつらを止めなければ、殺し合いが始まったかも知れん」
「へえ、面白いね。あの弱い人間の仲間にしておくには惜しい」
「ピサンカージ、どういう意味かしら? こんな卑怯者のどこが面白いのかしら」
「戦士としての姿勢と、正面からの戦いにこだわるラヴァール様が、こいつを評価するとはとても思えんな」
「勘違いしないでほしいね。面白いというのは、いずれこの人間がラヴァール様によって、ターニャと同じ目に遭わされることになるという意味だ。だから、ミスペン。それを避けたければ、そんな力は金輪際使わないことだね」
ピサンカージは脅しをかけてくるが、聞いている暇はない。
「どいてくれないか? 家の中に私の仲間がいる。こんな話をしている間に、取り返しのつかないことになってないか心配だ」
実際、ユウトの家からは、何か揉め事が起きているらしい怒声や物音がする。
「中にはラヴァール様がおられる。心配することはない、すべて解決して下さる」
「あなたは外でじっとしておくか、それが嫌なら消えなさい」
「余計なことをするなら、俺らがラヴァールさんの代わりに罰を与えてやる」
3人が口々に好き勝手言ってくるのを無視して、ミスペンは逆に彼らに言いたいことを言った。
「もしあなた達がひとつ願いを聞いてくれるなら、ターニャは私が術を解かない限り何もできないから、どうか今はそっとしておいてほしい。あの子は気が荒いが、まだ子供なだけなんだ」
当然ながら、都合よく動いてくれるわけがない。3人はいらだった様子を見せる。
「君の願いなんて、一体誰が聞くと言ったんだい?」
「私達の言ったことについては何も思わないの?」
「思い上がった奴め。今すぐにでも罰を――」
ミスペンはダルムの言葉が終わる前に、ふわりと空に浮かび上がった。
頂点の弟子が視線を動かして宙に浮いたミスペンを視界に収める頃には、彼は囲みを抜け、ユウトの家へと一直線に飛んでいった。
あっという間の出来事に、さすがの頂点の弟子も指をくわえて見ているしかできなかった。
「何、飛んだ……? あの人間、そんな力を隠し持っていたとは」
「信じられないわ。サイハより速いかもしれないわね」
「まさか、頂点の弟子で一番速いサイハ以上だと? とんでもない奴だな」
「頂点の弟子が全員いながら、止められないとは……。かなりの使い手だね」
「まったくだな。大勢の奴を一気に動けなくさせたかと思えば、空まで飛ぶとは。あいつ、ターニャよりも危ないぞ」
「……問題ないわ。卑怯者の魔法なんて、ラヴァール様に効くわけないじゃない。もちろん、頂点の弟子にもね」