第8話 兜を求めて
ユウトやミスペン、ドーペントとテテがそうして時を過ごしていた頃、ターニャもまた自分の目的を果たすため、アキーリの町をうろついていた。
「どこ? どこだろ……」
キョロキョロと見回すが、目指すものはない。
どこにあるか、少しくらい訊いておけばこんな面倒にならずに済んだのに。
カエルかビワか緑の鳥か、どれかがその場所を知ってるだろうに。
だが、もう遅い。自力で探すしかない。
町の住人はほとんど、ターニャの姿を見るなり即座に離れていく。
もしくは、彼女が担いでいる魔晶珠でいっぱいのカバンを羨ましそうな目で遠くから見ているか、そのどちらかだ。
彼女がユウトの仲間だという話は、昨日から今日にかけての間で町に広まってしまっていたらしい。
それでいい、近づいてくれば斬るだけ――目につく者すべてをにらみつけながら、肩をいからせて彼女は町を歩いていく。
鍛冶屋らしきものがないか探しながら。
すると、薄茶色の丸い物体に手足の生えたものがターニャの前に現れ、近づいてきた。
彼女がアキーリに来た初日、宿屋へ案内してくれようとしたジャガイモだ。
「おいおい、すげーじゃん。魔晶どっさり」
「何? 死にたいの?」
ターニャはジャガイモをにらみつける。
「うわぁ! どうしたんだ? 怖いぞ」
ターニャはジャガイモを無視して、その脇を通り過ぎた。
すると、ジャガイモは後を追ってきて、話しかけてくる。
「なあ、聞いたぞ。お前、ユウトと組んでたろ。なんで? 殺されなかった?」
ターニャは卑しいものを見るようにジャガイモをにらんだ。
すると、ジャガイモはあらぬ方向の勘違いをする。
「えっ? 怖い。もしかして……もう死んでる? 殺されちゃった?」
「そんなわけないでしょ」
ターニャは思わず冷たい口調で否定した。
「そんなわけないの? マジで? でも、それなのに何で殺されたんだろ?」
殺されてないって言ったばかりなのに――否定したいところだが、それも馬鹿らしい。
ターニャは振り返ってその場を離れようとした。
だが、そのターニャの前から、同じく手足の生えた栗が歩いてくる。
ターニャはジャガイモと栗に挟まれてしまった。
「おい、こいつは死んでねーだろ。ここにいるぞ」
「あれ? 死んでねーのか。じゃあ、ユウトってもしかしていい奴?」
「いい奴じゃないぞ。ユウトはレサニーグの奴を殺したんだからな」
「じゃあ悪い奴なんだ。で、この人間はユウトに殺されたのかどうか、わかんねーぞ」
ターニャがこの2人の会話に割り込む。
「あんなヒョロヒョロの甘っちょろい奴、弱いに決まってるわ」
「うわぁ! そうなんだ」
ジャガイモはオーバーに驚いた。
「君、ユウトと話したの? どんな感じだった?」
と、栗が訊いてくる。
「あいつはただの臆病者よ」
ターニャが答える。
「へえ! なんか意外。滅茶苦茶悪い奴だと思ってたのに」
「じゃあ、レサニーグの人も殺してないってこと?」
「それは知らない」
ターニャはまた冷たく答えた。
「えー、なんだ」
栗は話題を変える。「なあ、その魔晶、君が集めたの?」
「そうだけど」
「そんなに集めて、すごいな。いっぱい武器買えるぞ。家も建てられる」
「俺達、戦えないから魔晶は手に入らないんだ」
「あれ? 俺らってどうやって生活してんだっけ?」
「ん? そういや、考えたことないな」
「あの……」ターニャは迷いながらではあるが、このジャガイモと栗に話しかける。
「何?」
「訊きたいことがあって」
「へえ、なんだろう」
「宿屋のことじゃない?」
「あ、そうか! でも、結局宿屋ってどこにあるんだっけ」
「だから、ミントンさん家を曲がって……」
「ミントンさん家ってどこ?」
「あれ? どこだったっけ? 結構遠いな。10個先くらいの角にあったかな」
「12個先じゃない?」
「そうだった気がする」
「いや、11個だったかも」
訊いてもいない宿屋の位置で議論するジャガイモと栗。
ターニャは『やっぱり訊くんじゃなかった』とガッカリし、黙ってその場を後にした。
ターニャがいなくなったことも気づかず、しばらくジャガイモと栗は議論を続けた後で、いなくなったことに気づいた。
「あれ? さっきの人間、いなくなっちゃった」
「どこ行ったんだろ?」
2人の後ろからキツネが来た。
「おい、あいつと関わるなよ」キツネが言った。
「なんで?」と、ジャガイモ。
「あいつ、ユウトと組んでんだぞ。しかも、昨日の夜武器出して、俺らを攻撃しようとしたろ」
ターニャは場合によっては本当に攻撃するつもりだったので、間違いではない。
「あー、そういやあん時のあいつって、あれか。うーん、じゃあ悪い奴なのかなー」
ジャガイモはもし人間だとしたら首を傾げているであろう仕草をした。
しかし実際、彼には首がないので、全身を少し斜めに傾けていた。
「でもあの人間、すごい魔晶持ってたぞ」
「きっとユウトと一緒に、悪いことして手に入れたんだ」
「あー、そうなのか……」
「はぁ、もう……どこにあるの? この町、道がわかりにくすぎ。同じような場所ばっかりだし」
ターニャは、今日も昨日同様、何度目かわからない袋小路に入ってしまっていた。
「ここ、どこ?」
突き当たりには建設途中の家の材料だろうか、材木が並べてあった。
周囲には誰もいない。
ターニャはちょうどいい高さの材木に目をつけ、腰を下ろすと、がっくり顔を落として途方に暮れた。
「また……迷っちゃった。何やってんだろ、あたし……」
涙腺が緩んでくる。
「隊長ぉ~。助けて下さーい……うぅぅ……。何で、こんな目にばっかり遭うの? おかしいでしょ……」
泣き出した。すると、「あれー?」と間の抜けた声がした。
顔を上げると、近くの家の窓から黄緑の身体を持つ、目の周りが白い鳥がのぞいていた。
ターニャは一度ビクッとしてから、鳥に泣き顔を見せないように目を伏せた。
ターニャはこの鳥の名前を覚えていた。
クイだ。
クイは小さくジャンプして窓枠に乗り、バサバサと羽ばたきながら窓を出て、ターニャの目の前に着地した。
「君、さっきいた人間? 名前なんだっけ?」
「……ターニャ」
ターニャは、意味のわからない生物に心を許したくないと思っていた昨日とはうって変わり、この鳥に助けてほしいと本気で思っていた。
「ターニャ、泣いてんの? どうしたの?」クイはターニャの顔をのぞき込もうとする。
「泣いてない……」ターニャは答え、手で顔を覆った。
「泣いてないの?」
「うん……」
「ユウトの家まで連れてってあげようか」
それを聞いた瞬間、ターニャの心に浮かんだ言葉は『本当に助かる』だった。
それをターニャ自身は驚き、恥じた。
それでも、今やこの町の住人の好意を無下にする気持ちもなかった。
「あの……」
「何?」
「……行きたいとこがある」
「へえ、行きたいとこ? どこだろう」
「あの……兜がほしくて」
「カブ?」
クイは首を少し傾げた。
「兜を作ってほしくて」ターニャは表現を変えた。
「カブト? 何、それ?」
「被る」
「被るの? どこに?」
ターニャはイライラして「頭に!」と答えた。
「頭に、被るの?」
「そう! そりゃそうでしょ!」
「頭に被ったら、前が見えないよ」
「前が見えるように、ちゃんと穴が開いてるのよ、兜は! 知らないの!?」
「どういうこと?」クイは先ほどとは逆方向に首を傾げた。