第2話 本物の電影剣のために
同じ森の中、離れた場所でユウトが魔獣の群れを相手していた。
「電影剣!」
相変わらず棒立ちの姿勢からまっすぐ剣を出すだけの素人の動きだが、ともかくルーポに剣の一突きを命中させた。
四つ目の狼は魔晶に変わった。
「ゴアァ!」
背後から威嚇しつつ襲いくる熊の声。
ユウトは振り返ると、ひとつ声を張りながら、その胴めがけて剣を振り上げる。
「雷光双閃!」
剣を受け、動きの止まる熊。
それを見て彼は左上から右下に斬り下ろし、また掲げては右上から左下。
敵の熊の胸にX字の斬撃を刻んだ。
「グオォォ」
熊は倒れ、消滅する。さらに後ろにもウールソやルーポが詰めかける。
「電影剣! 電影剣!」
ウールソに突きを連打。倒すと、今度はルーポを狙う。
「電瞬裁破!」
まっすぐ縦に斬り下ろし、直後に左から右へ水平の薙ぎ、そして下から上に斬り上げた。
これで周囲の魔獣はいなくなった。一息ついて、彼は独りごちた。
「やっぱり、雷は出ない……」
魔晶がそこらに転がる中、ユウトは集中し、棒立ちのモーションで前にまた剣を突き出す。
「電影剣!」
今までよりもはっきりと技名を口に出して。
それでも、雷は出ない。ただの突きだ。
彼は手に握る剣を見つめた。こんなことをしていても無意味なのだろうか。それ以上に、子供っぽいだろうかと。
それでも、せっかくこんな不思議な世界にいるのだ。
好きなゲームのキャラの技くらい真似したって何が悪いんだ、と己にいい聞かせる。
そこに、ミスペンとドーペントが近づいてくる。
「何をしてる?」
ミスペンは怪訝な顔をしている。
技の練習を見られたのだろうか。
「あっ、いや……別に何も」ユウトは視線を逸らしながら答えた。
「ユウトさんは、よく技の練習をやってるんです。雷の剣を使いたいらしいですよ」ドーペントが教える。
「言うな」恥ずかしそうにユウトは剣を鞘に納める。
「えっ、言っちゃ駄目でしたか? すいません」
「恥ずかしいことじゃないぞ。なんなら手伝ってやってもいい」
「あっ……本当ですか」
ユウトは、わずかに笑みを含めて答えた。
心なしか、緊張が少し解けたように見える。ドーペントも目が輝いたように見えた。
「しかし、どこから言うべきか……」
ミスペンはユウトの全身を見る。
ドーペントが強い冒険者としきりに言うだけあって、装備はそれなりに様になっている。
しかし、彼が剣を振る様は違和感が拭えない。
「何か問題があるんですか?」ドーペントが訊く。
「そうだな。ユウト、実はさっきのお前の剣を見てたんだが、構えが棒立ちなのが気になるな。腕だけで剣を使ってるんじゃないか?」
ユウトは苦々しい気持ちで「はい……」と答えた。
ソフトテニス部時代、先輩にいつもフォームが悪いと注意されていたのが思い出された。
ミスペンは続ける。
「私は術士だから武器の扱いには詳しくないが、そんな足運びで剣を使うのはよほどの初心者だけだ。きっと上半身の使い方もよくないし、ちゃんとした師匠に教えてもらったほうがいいぞ」
「……そうですね……はい……」
「えーっ? ユウトさんは強い冒険者のはずですけど」
「だが、その姿勢を直せばもっと強くなるはずだ」
「それはすごいです。ユウトさんはエクジースティも倒せるのに、もっと強くなるんですか!」
「ただ、それよりも気になることがある」ミスペンは付け加えた。
「はい」
「突きを出しながら、何を言ってるんだ?」
「いやぁ……」ユウトは照れた。やはり見られていた。
「『でんえーけん』って言ってます」とドーペントが教えてくれたが、ミスペンにはそれでもよくわからない。
「でんえー?」
「おいドーペント。恥ずかしいからもういいって」
「でも、ユウトさんの思ってる通りに技が出たら、きっとすごくかっこいいですよ」
「ああ……」ユウトは苦笑する。
「でんえー、とは、なんという意味だ?」
ユウトは誰とも目を合わせず、恥ずかしそうに「意味は知らないです」と答えた。
「知らない言葉を実戦の最中、喋るつもりか? なんのために?」
「いや……なんのためって言われると……」
答えに窮するユウトにドーペントがフォローを入れる。
「攻撃する時に、技の名前を言うのは全然恥ずかしいことじゃないですよ?」
「ドーペント、お前も矢を撃つ時に何か言ってたな」
「はい。よく狙って撃つ時は『ペネートゥロ』って言うことにしてます」
「それで、威力か命中率が上がるのか?」
「上がる……ような気がします」と、ドーペントは自信なさげに答えた。
「気がする……か。ユウト、派手な技を使いたいのかも知れんが、それよりまず剣の基礎から身につけるのが第一だろう。ドーペントの弓の構えはまだしも、ユウトは……そのままでは、強い敵と遭った時困るぞ」
「ユウトさんはエクジースティも倒せますから、大丈夫だと思いますよ」
「それがどんな奴かは知らんが、この先の人生は長い。そいつより強い敵と戦うことになったら、困るぞ」
「エクジースティより強い魔獣がいるんでしょうか……もしいたら、怖いです。僕も、ほとんどの冒険者もすぐにやられちゃいますね」
ユウトは煙たそうな顔をして、何も言わなかった。
こんなことを言われるとわかってるから、電影剣の練習なんてしなきゃよかったんだ。
「そんな顔をするな。私は武器の扱いは教えてやれないが、一応、強者と出会ってきた経験はそれなりにある。知恵を出せるかもしれん」
「本当ですか?」
と言ったのはユウトではなくドーペント。ユウトはまだ恥ずかしそうな顔をしているが、それでも少しだけ興味のありそうな目つきでミスペンを見た。
「どんな技が使いたいんだ?」
「ユウトさんは、剣を振ったり突いたりした時に、一緒に雷が出る技を使いたいらしいです」
「雷、か……。そうか」ミスペンは意味ありげに深くうなずいた。
「わかりますか?」
「そうだな、もっと具体的に聞かせてもらおう」
「ユウトさん、でんえーけんってなんですか?」
ユウトは少し迷ってから、やはり恥ずかしそうに答える。
「言ってもわからないと思いますけど、俺の世界にレッドマリポーサってゲームがあって。その主人公のデュークっていうキャラが雷の技使うんですけど」
もちろん、ゲームの話など出してもミスペンもドーペントも理解できないが、それでも2人は拒絶などしない。
「ふむ? そうか……わからないが、そいつの技を使いたい、と?」
「はい、なので雷の技が使いたいというか、それで練習してます」
「雷の技、か……」
「ミスペンさんのいた世界では、そういう技を使う人はいますか?」
「一応、いることはいる」
「そうなんですか! すごいです。でも、どうやったら使えるようになるんでしょう」
「それは私も知らないが、かなりの才能があるか、長年修行をしたか、もしくは両方だろう」
「なんだか……大変そうですね」
「ミスペンさんは、雷の魔法は使えるんですか?」
「そうですね、ミスペンさんは雷の魔法、さっき魔獣を倒す時に使ってましたね」
「魔法でなく術だが……2人とも動くなよ。あそこを狙う」
ミスペンは10mほど離れたところにある岩を指差す。
そして、そこに左手を開いてまっすぐ向ける。
少し集中すると、手のひらの中央から、ビガッと耳を突く音とともに太い稲光が放射された。
それは一瞬で岩の表面を狭い範囲ながらも焦がし、そこから細い煙が立ち上った。
「おお……!」
「雷も使えるんですか? すごい!」
ミスペンはユウトの顔をよく眺めてから言った。
「お前も覚えてみるか? 才能があれば今すぐでも使えるようになる」
「それって、術っていうんですよね? 魔法じゃなくて。でも俺、バースに魔法教えてもらったんですけど、なんか全然使えなくて」ユウトが言った。
「バース?」
ミスペンが訊き返す。それで、ユウトは自分でまずい名を出してしまったことに気づいたようだ。表情が曇る。
「あ。今のは……言わなかったことに」
ミスペンはすぐに察して「例の件か」と言う。
ユウトはうつむいて反応しない。それ以上、説明するつもりはなさそうだ。
ドーペントが焦って、ユウトを弁護しようとする。
「あの、あのっ。ユウトさんは、なんにもしてないですからね!」
この発言は、むしろユウトを逆なでしたようだ。
「どういう意味だよ?」
ユウトはムッとした顔でドーペントを見た。
「えっあ、すいません……」
ドーペントは少し怯えていた。ミスペンは話を戻す。
「まあ、それを追及するつもりはない。とにかく、雷の術を使えるようになれば解決するんだろう?」
「そうです」とユウトは苛立ちを少し残したまま、ミスペンが戻した話の路線に乗ってくる。
「ただ、使いこなせれば強いだろうが、別に剣と雷を同時に使う必要はないぞ。接近戦と術は用途が違うからな」
「いや、剣を敵に当てたら雷が出るっていう風にしたいんです」
「なるほど。そうじゃないと駄目なんだな」
「できれば」
「あの……今、思い出したんですけど……」ドーペントがミスペンを見ながら、恐る恐る言った。
「なんだ?」
「大丈夫なんでしょうか? ミスペンさんは、雷のせいで腕がなくなっちゃったって聞いたんですけど……」
ユウトも気づいて『しまった』という顔をする。しかし、ミスペンは笑っていた。
「もしユウトぐらいの年だったら、雷と聞いただけで震え上がったかもな。だが、一応それなりの数の戦いはこなしてきた。もちろん、まったく怖くないわけじゃないが」
「すごいですね……。想像できないです。僕もたくさん戦って、強くなりたいです」
「じゃ、始めるぞ。気を引き締めろ」
ミスペンは上に手をかざした。
3人の前に薄い黄色の、結晶でできた傘のような防壁が出現する。
ユウトは驚いて少し後ずさるが、彼の前の防壁は後ずさった分だけ同じようについてきた。
「なんか出てきたんですけど、これは?」
ユウトは目の前に立つそれを指差した。
「術が暴発した時のために、一応出しただけだ」
「それがあるとどうなるんですか?」
「攻撃を防ぐ効果がある」
「へえ」
「すごいんです! これがあると、ウールソが近づいてきても、ガンって弾いちゃうんです」
「じゃあ、2人とも。あの岩を狙って、手を出せ。雷を想像するんだ」
「目の前にこんなのあって大丈夫ですか?」
「お前が出した攻撃は弾かない。向こうから敵が出した攻撃だけを防ぐんだ」
「なるほど……」
ユウトも、ドーペントも右手のひらを岩に向ける。
ユウトはできるだけ集中したが、何も起きない。ドーペントも同じらしい。
「……出ないですね」
「なんだよ……やっぱ無理なんだな」
ユウトは本当にガッカリしてつぶやいた。
ミスペンは残念がることもなく、微笑んでいる。
「すぐに出せる奴はそうそういない。多くの術士は何年も訓練してようやく初歩の術を身に着けるんだ。毎日修行すれば変わってくるかもな」
「ミスペンさんも毎日修行したんですか?」
「強くならないと、生き残れない世界だったからな」
「ミスペンさんぐらい強い人でも、ずっと練習したんですね」
「最初は弱かったんだ。師匠には、見込みがまったくないと言われた」
「すごいですね……」
それから、2人はさらに集中した。
「雷は出ないかも知れんが、他の何かは頑張ったら出るかも知れんぞ」
「他の何かですか? テテさんみたいに、料理とか家を作ったりできるでしょうか」
「それはわからんが、炎や水を出したり、回復したり、術にはいろんな種類がある」
「ミスペンさんもいろんなの出してますよね。すごいですね」
「まずは地道に修行することからだ」
それからしばらくユウトとドーペントは術が出せるかどうか試したが、何も出なかった。
「ふぅー……才能ないか」
「最初は何も出なくとも、1年続ければ変わるかも知れん」
「結構掛かりますね」
「それで命が助かるんだから安いもんだろう」
ここでドーペントが何か思い出したように「あ」と言った。
「どうした?」
「そういえば、ターニャさんはどこに行ったんでしょうか」
「いや、俺もうあの人の名前、聞きたくないんだけど」
ユウトは露骨に嫌悪感を表す。
「えっ。だって、あの人も仲間ですよ?」
ドーペントはキョロキョロと周囲を見るが、見つからない。
「うーん、どこに行ったんでしょうか」
「俺、昨日あの人に殺されるかと思ったんだよ」
「そうなんですか?」
「あの人が森の中にいたから、俺が心配して声かけたら、つけてきたのかって言って武器出してきて」
「ええ……」
「家まで案内したのに、ありがとうも言わねぇし」
「すまない、もう少し我慢してくれないか? あの子が心を開くには、しばらくかかるだろう」
「うーん……それまでに俺らが死ななきゃいいですけどね」ユウトは再び苦笑した。
ミスペンもドーペントと同じように彼女を捜してみた。
黒い鎧と銀髪で目立ちそうなものだが、見つからない。
だが耳を澄ませば、魔獣の声が遠くからひっきりなしに聞こえてくる。
きっと彼女はどこかで戦っているのだろう。