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果てなき時空のサプニス  作者: インゴランティス
第3章 伝説の冒険者
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第1話 空想のような現実のめまい

 翌朝。


 一行はアキーリの町にほど近い森で魔獣と戦っていた。


「あっちは私が片付ける」


 熊の魔獣、ウールソの群れに向かって左手のひらを向けるミスペン。


 群れの中心で炎が爆発し、熊はすべて焼き尽くされた。


「す……すごいです!」

 少し離れたところでドーペントが緑色の手で拍手する。


 この世界の照明は青紫色のものしかないせいで昨夜はよくわからなかったが、彼の身体はきれいな緑色だ。


 ミスペンとドーペントの前には、薄黄色をした半透明の傘のようなバリアがあった。


 ミスペンが術で張った防壁だ。


 熊の魔獣を倒すのに使った火の術は、放っておくと草や木に燃え移るので、ミスペンはすかさず水の術を撃って消火しつつ、周辺の敵の生き残りをついでに水の弾で掃討する。


 周囲に目を配り、ドーペントが順調に敵を倒しているのを確認しつつ、別方向からルーポを中心とした4、5匹の群れが近づいてくるので「ドーペント!」とカエルの名を呼び、敵の方向を指差して伝える。


「あっ、はい!」


 ドーペントは慌てて矢をつがえ、別方向から近づいてくるルーポを射貫いた。


 指を細かく動かし、次の矢を準備する。


「ペネートゥロ!」


 掛け声とともに強力な一矢を放ち、別のルーポの腹に命中させた。


 うまく倒せたが、さらにここで別の方向からルーポが襲ってきた。


 このルーポは側面から素早くドーペントに迫る。


「うわっ、来たぁ!」


 ドーペントが気づいて後退する。


 ミスペンは代わりに前に出て、風の刃を放ち狼を両断した。


「ミスペンさん、もう1匹来てます!」

 ドーペントの声。周囲を見ると、右からさらに数匹の狼が駆けてくる。


「ああ、敵がいっぱい来ます!」


「問題ない」


 木が燃えないように水の弾で倒すが、残り1匹になったところであることを思いつく。


「あと1匹ですね。僕がやります」矢をつがえるドーペントに、ミスペンは言う。


「手は出さないでほしい。試したいことがある」


「えっ? なんですか?」


 左手のひらを向け、残る1匹のルーポに向かってその精神を操るよう念じてみる。が、何も起きない。


「ングゥガー!」


 ルーポは吠えながら、ミスペンを守る防壁に牙をカチカチと当ててくる。


「あぁ! ミスペンさん、魔法が出ないんですか?」


「大丈夫だ」


 彼は手のひらから雷の束を撃ち出し、ルーポはすぐに消滅して魔晶になった。


 ドーペントがミスペンのもとに駆け寄ってくる。


「よかったです。ちょっと怖かったです」


「周りに敵がいないか確かめてくれ」


「あっ! 今は、いません」


「よし」


 2人の周囲の魔獣はいなくなり、その場に10個以上の魔晶が残された。


 ミスペンは戦利品に近づく。先ほど爆発の術で倒したウールソの魔晶を拾い上げると、熱がまだ少し残っていた。


「燃えないみたいだな……」


 彼は六角形の結晶を眺め、つぶやいた。


 一体これは、何でできているのだろう?


 質感は水晶に似ているが、それよりも軽い。


 そして、中で燃えている紫色の炎はなんなのか?


「ああ……すごい。よかった……。ミスペンさん、ありがとうございます」


 ミスペンはドーペントの左腕に小さな切り傷があるのを見つけた。


 わずかな出血もある。


 やはりカエルらしく、血の色は人間と同じだ。


 傷を指差して、ミスペンは訊く。

「それは? 大丈夫か?」


「あっ。大したことはないんですけど……木の枝に当たった時に、多分」


「枝が刺さったりしてないか?」


 ドーペントは傷を指で確認し「ないです」と答えた。


 ミスペンは彼の腕に手をかざす。ドーペントの傷を覆うように緑の光が出現し、少しして消えた。


「あれ、痛くないです」

 ドーペントは少し間の抜けた声を出しながら、腕を色々な方向から見ている。


「治ったようだな」


 ドーペントはミスペンの顔に視線を移した。

「あっ、回復してくれたんですか……すいません」


「気にしなくていい。君、弓はどこで習った?」


「すいません、足を引っ張っちゃって。もうちょっと上手くならないと」


「いいや。なかなか、悪くないぞ」


「え、そうですか? ありがとうございます。誰に習ったとかは、ないんですけど」


「我流か? 驚いたな」


「手の器用さには自信があります」


「私は武器は専門じゃないから詳しいことはわからないが、恐らくその手では弓は扱いにくいんじゃないか?」


「そうですか?」


 ドーペントは手をミスペンに見せた。


 近くでよく見ると、手の甲は綺麗な緑色だ。


 しかし肌質はやけになめらかで、うっすらと暗いまだら模様が全体にあるのも含め、やや気色が悪かった。


 対する手のひら側は白に近いくらい薄い緑色。


 黒っぽい血管が何本も透けて見える。


「本当にカエルなんだな……」


「僕はカエルですよ?」


 ドーペントの指は細くて短く、しかも先端には丸い球のような吸盤。


 指の間には小さな水かき。そもそも体格からして人間でいえば子供だ。


 武器を扱うには不利な特徴だらけのように感じるが、それだけでない違和感があり、なんだろうかと観察していたら、ある事実に気づいた。


「指は? なくなったのか?」


「え、なくなってませんよ」


「最初から4本か?」


「はい」


 ドーペントの指は両手ともに4本だ。


 そういえばカエルの指は4本だったか?


 今までカエルをしっかり観察したことはないから、ミスペンには断言できなかった。


 しかしこのカエルの発言通り、指がなくなった跡などはない。


 見ていると、ドーペントは謙遜しながら言う。


「でも、僕なんて全然大した冒険者じゃないですよ。エクジースティを1人で倒せるユウトさんだけじゃなくて、魔法でなんでもできるミスペンさんにまで出会えるなんて、すごく感激してます。人間ってみんな強いんですね!」


「全員が強いわけじゃないが。それに、マホーとは?」


「魔法じゃないんですか? その、火を出したり回復したりするの」


「いや、術だ。マホーは聞いたことがない」


「術……ですか……。不思議ですね。確かに、使うとき呪文唱えないですよね」


「呪文?」


「はい。魔法使いの人は魔法を使う時、いろいろ難しい呪文を唱えるんですけど。アキーリの冒険者には、魔法が使える人が何人もいます。いつか見せてもらう機会があればいいんですけど、でも、僕らは他の冒険者さんとはあんまり付き合いがないですから……」


 ミスペンは黙って考え込んだ。


 どうして力を使う時、言葉を言わなければならないのか? 想像もつかない。


 そもそもカエルに虫、鳥に野菜、そんな連中がどうして術のような力を使えるんだ? 


 それ以前に、彼らはなぜ言葉を話せる? ここは、どこなんだ……


 ミスペンは、突然軽いめまいに襲われた。


 今更ながら自分が置かれている現実を前に、脳が理解を拒む感覚に襲われたのだ。


「大丈夫ですか!?」


「ああ、問題ない」


 めまいはすぐ治ったが、改めて考えてみると、今後もこのどこかわからない場所で、人間ではない連中とともに暮らす日々が続くのかも知れない。


 そう思うと少しだけ憂鬱になった。


 結局、今いる場所は現実なのか、それとも夢なのか。


 あるいは、やはり死後の世界なのか?


 誰も教えてなどくれない。


 これまでミスペンは、死の淵にいたはずがまだ人生が終わっていないという驚きや喜び、安心が勝っていたが、1日経って冷静になってきたのだろう。


 一体、自分はどうなったのか? もしかすると、死後の世界などよりももっと恐ろしい何かに囚われているのではないか――。


 そんな思考から自由になれない。


 だが、それでもはっきりいえることがある。


 ここは、絶対にイプサルよりもマシだ。


 比べようもないほどに。


 弱い敵を倒してさえいれば日々の食い扶持が得られるなど、楽で仕方のない人生だ。


 それのどこに文句があるだろう?

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