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果てなき時空のサプニス  作者: インゴランティス
第2章 呪われた手鏡
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第15話 多感な少女との遭遇

 ミスペンとの会話の後、彼の中で言葉にならない感情が暴れていた。


 どうして態度の悪い反抗期の女の子の面倒など見なくてはならないのだろう。


 感謝などされないし、死ぬリスクすらあるのに。


 彼はこの感情をどうにかねじ伏せるため、灯りを手に独り散歩に出た。


 町は夜もうろついている者が少なくないので、町を離れて洞窟の方面に向かう。


 ふと、ミスペンが先ほど夕食の席で、酒について語ったことが思い出される。


 酒はつらいことを忘れるための方法のひとつ、か。


 19歳のユウトも、日本の法律が関係ないこの場所では、飲酒したところでとがめる者はいない。


 だが……彼は、どうしてもそれを飲む気にはなれなかった。


 誰にどれだけ勧められたとしても、そしてそれがどれだけ美味い物で、どれだけつらいことを忘れさせてくれたとしても。


 何歳かも忘れたが、ユウトは幼い頃の記憶を思い出した。


 食卓に、日本酒のとっくりとおちょこが置かれていた。


 酒の匂いが部屋に充満していて、そして――大人の男女が何か言い争っていた。


 生活費がどうとか、教育がどうとか、パチンコがなんだとか、子どもの頃のユウトには理解できないことを話している。


 ユウトの隣には姉の真綺がいて、姉弟ふたりで口を開け、延々ケンカする両親を見上げていた。


 そんな、忘れたくても忘れられない記憶だ。


「酒かよ。酒がなんだってんだよ。そんなの……要らねぇよ」


 記憶をねじ伏せながら、ユウトがブツブツ言って夜の道を歩いていると、どこかから女の子が泣く声が聞こえてくる。


「うえぇぇぇぇぇ~~……」


 歩いていくと、その声はどんどん大きくなる。


 しかも、どこかで聞いた声のような気がしてきた。


 だが、どこで聞いたかはわからない。


「帰りたい……隊長ぉ……」

 泣き声の主が、そんなことを言ったのがわかった。


 ユウトは思わず足を止める。すると、言葉は続いた。


「みんな……会いた~い……。ここ、どこぉ~? 嫌だぁ……ミナリアぁ……」


 誰が泣いているのか気になる。


 声はターニャに似ているような気もするが、気の強いあの子が泣いているのはイメージできない。


 となるとアキーリの住民の誰かが道に迷ったのだろうか。


 確かめようにも、ユウトの持っている灯りは、森の中を照らして誰が泣いているのかを知るには光が弱すぎる。


 彼はどうするか迷った。


 鼓動がドクンドクンと強く、速くなるのを感じる。


 人殺しと思われている身だが、周りには少なくとも灯りを持つ通行人はいない。


 森の中で迷子になっている女の子をどうにかできるのは、おそらく自分だけだ。


「大丈夫?」


 ユウトが声のする方向に向かって声を掛けると、泣く声はピタッと止んだ。


 そして、ガサガサ音がする。


 何か、鉄のきしむ音と重たそうな足音が同時に近づいてくると思った直後、ユウトの目の前に大きな何かが突然現れた。


「うわああ!!」


 ユウトは思わず叫んで飛びのき、灯りを地面に落とした。


 現れたのは大鎌を構えた、戦意剥き出しのターニャだった。


「ちょっ、待っ!! 敵じゃない!!」

 ユウトは声を上ずらせながら、彼女を止めようとする。


「つけてた?」

 ターニャは、やや涙声だった。


「違う、違う!」


「じゃあ、なんでここにいるの!」


 ユウトは迷って、答える。

「その……えっと……ただの散歩っていうか……」


「見え透いた嘘を!」


「いや、本当だって! それに……普通に、森の中で泣いてたら心配するに決まってるって!」


 これを言ってから、ユウトは『しまった』と思った。


 彼女の感情を逆なでして、命取りになるかもしれない。


 だが、彼女は大鎌を背中の鞘にしまってくれた。


 そして、「先、歩いて」と言う。


「あ、ああ」


 ユウトは灯りを拾って立ち上がる。足が震えているのが分かった。


 それでも言われた通り、ターニャの前に出て歩く。


 いきなり死角から斬るつもりではないかと心配し、彼は背後をチラチラ見た。


「何?」


「いや、別に……」


 心配したものの、ターニャはそれ以後大鎌を出さなかった。


 攻撃する気はなく、ただユウトを先導役に使うつもりだろうか。


 先ほどはせっかく夕食をごちそうになっておきながら終始無愛想で空気を悪くして、今しがたもユウトをあと少しで大鎌の餌食にしそうだったというのに、謝りもせず彼の家まで行き、あわよくば居候を決めるつもりなのだろう。


 やれやれ、とユウトは思った。


 こんな子の面倒を見た結果、何が起きるかを本当にミスペンは予想しているのだろうか?


 彼女が町の誰かを殺した罪で一生孤独に過ごすことになったって、何を可哀想に思うことがあるのだろう。


 今だって、彼女の機嫌次第でいつ背後から斬られてもおかしくない状況なのに、ミスペンは本当に精神操作で守ってくれるのだろうか。


 ユウトはターニャを先導しつつ、また、チラッと後ろを見た。


 彼女は、涙を目でぬぐっているようだった。


 それでユウトは、やはりこの子は泣いていたのだと改めて理解した。


 ターニャは自分のことをちっとも話そうとしない、ギスギスした危なっかしい少女だが、突然知らない場所に飛ばされて、怖くて仕方がないのだろう。


 おそらくかなり年下だし、付き合いづらい相手だ。


 それでもユウトは泣いている女の子相手に、何も言えないでいるのは格好悪いと思った。 


 彼は、こんな時主人公ならなんて言うかな――と考えた。


 迷ったあげく、「大丈夫だから」と言った。


「あ?」


 ターニャはこの『あ』一文字しか発しなかったが、それでもユウトは、彼女が自分のことを下に見ているのがよくわかった。


 彼は心が折れそうになりつつも、一応続けることにした。


「その……みんな、いい奴だし。それに……俺もいるし」


「あっそう」ターニャはそっけなく返しただけだった。


 主人公らしい台詞を言いたかったのに、結局ありふれたチョイスだと思った。


 おかげで、こんなそっけない反応しかかえってこなかったとユウトは心の中で自嘲した。なので、こう付け加えた。


「でもさ……ミスペンさん、すげー心配してるよ」


 ターニャは少し間を開けてから、また涙声で「そいつの話は、しないで」と言った。


 逆効果だったかもしれない、とユウトは少し気が重くなった。


 それでも彼女は武器を出さず、おとなしく後ろを歩いてくれた。




 家の近くまで来ると、またあの白い光の玉があたりをこうこうと照らしていた。


 光が強いせいで、その付近はまったく見えない。


 ユウトは、ミスペンがまだその辺にいるんだろうと思ったが、ターニャは思いがけない反応をした。


「あっ、あれ……『手鏡』!」


 ユウトが振り返ると、ターニャは白い光を指差していた。


「えっ?」


「あれ、『手鏡』の光。いきなり白い光が出てきて、で、それが消えたら人が出てくる……って、ミスペンが言ってた」


「マジで……?」


 そういえばミスペンはそんな話をしていた気がする。


 ということは、あの光は誰かが飛ばされてくる合図ということか?


 ユウトは気を引き締めるが、その光はいつまでも消えず、さらに、自ら近づいてきた。


「えっ、こっちに来る! ちょっと、『手鏡』!」


 ターニャは再び背中の大鎌を抜き、構える。


 ユウトは巻き込まれて斬られるのではと思い、急いで彼女から距離を取った。


 しかし、近づいてくる白い光のほうから男の声が。


「ターニャか?」ミスペンの声だ。


「誰か飛ばされてきたんですか!?」ユウトが訊く。


「いや、違う。私が術で出した光だ」


 それを聞いてユウトは、やっぱりミスペンの術じゃないかと安心する。


『手鏡』のせいでこれ以上厄介な人物が増えたら、いよいよ生活を壊されかねない。


 一方のターニャは大鎌を構えたまま、光に向かって走る。


「紛らわしいことしないで。なんで言わなかったの? 『手鏡』かと思ったでしょ」

 ターニャはミスペンのそばまで来て言った。


「夜だから光が必要だろう? わざわざ白以外の光を出す理由もない」


「そういう問題じゃないから」


 ターニャは大鎌を背中に納める。それを確かめ、ユウトは彼らに近づいた。


「そんなことはいい。ターニャ、どこに行ってたんだ?」


「別に、関係ない……」


「ユウトが探してくれたんだな?」


「いや、たまたま見つけました」2人と少し距離を取ったままユウトが答える。


「どっちにしろ、助かった。どこにいたんだ?」


「森の中――」


 ユウトの発言の途中で、ターニャは冷たく「やめて」と言った。刃のように強く鋭い言い方だった。


「おい、ターニャ。君が世話になる家の主だぞ」


「……フン!」


 ドーペントがミスペンの後ろから歩いてくる。


「あっ、すごい光だと思ったら……皆さん、ここにいたんですか」


「ほら、ターニャ。お前が出歩くからドーペントも心配してるぞ」


「放っといてよ!」


「そんなことを言いながら、お前は結局、戻ってきたんだろう?」


 というミスペンにターニャは言い返さず、うつむいた。








 彼らがターニャを連れて家に戻ると、ユウトの自宅はほとんど倍の面積に増築されていた。平屋のままだが、どうやらミスペンとターニャ用の部屋が増えているようだ。増築部分には等間隔に2つのドアがあり、ちょっとした長屋のようになっている。


「どういうこと?」


「テテさんが作りました」ドーペントが言った。


「はぁー、もう疲れたー。眠い!」テテは家の前で、使わなかったらしいドアの上に大の字になって寝転んでいる。


「お疲れ様です」ドーペントがテテに近づき、足を揉み始めた。


「うーん、上手いわー。やっぱドーペントのマッサージが一番」


「何? いつの間に?」ターニャが感嘆する。


「どうやったんだ……?」その感嘆にミスペンも続いた。「家を作れるような時間は無かったはず。しかもひとりで?」


「何回見ても、どうやってるのか全然わからないです。テテさんは、いろんなものをすぐ作るんです」彼女の足を揉みながら、ドーペントは言った。


「ターニャ、あんた用の部屋も手抜きしないで作ったんだから、汚したり壊したりしないでよね」


「はぁ!?」


「これから世話になるんだぞ」


「フン……」


「ベッドとか布団とか、作るの大変なんだから。頼んだよ」


 ターニャは何も答えず、3つあるドアの真ん中まで歩いていき、迷いなく開けて中に入った。


「あ、それミスペンの部屋なんだけど……ま、いっか。どっちも一緒だし」


 ミスペンはテテの前まで歩いていき、「テテ」と名を呼んだ。


「ん? 何?」


「君は料理も作ったんだろう? それで今度は家の増築まで? 訊きたいことが山ほどあるんだが」


「駄目、駄目。疲れたし、眠い。マッサージ気持ちいいし、このまま寝ちゃう」


「テテに訊いても、どうやってるかは答えてくれないですよ」とユウトが、後ろから言った。


「ふむ。そうか……よそから来た我々のために、何から何までしてくれて感謝する」


「ターニャのことは嫌いだけど、あんたはいい人だし、あたいは好きよ。あたいら、町の奴らにはのけ者にされてるから、久しぶりの仲間だし、頑張っちゃったわ」

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