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果てなき時空のサプニス  作者: インゴランティス
第2章 呪われた手鏡
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第10話 案内者

「ふんッ!」


 大鎌が四つ目の獣を両断する。


 赤く光っていた四つの目は消え、群青色に光る結晶がコロンと地面に落ちた。


「はぁ、はぁ……。これで、3匹目……」


 ターニャは3個目の魔晶を懐に入れる。


 そろそろ入れられるスペースがなくなってきた。


 鎧の中から群青色の光が外にかすかに漏れている。


「何っ? なんなのコイツら。もう、出口わかんないし、最悪……! あいつらについて行きゃよかった。なんでついて行かなかったんだろ、もう本当に、本当に馬鹿! 何やってんだろあたし!」


 ターニャは歩き疲れていた。


 どれだけ歩いても出口に近づいている感覚はない。同じ場所を何度も回っているような気もする。


 彼女は途方に暮れて座り込み、泣き出した。


「隊長ぉ……!! 帰りたいです。帰りたい……こんなとこで独りで終わりたくない……。変なとこ飛ばされて、変な生き物ばっかり。もう嫌……。こんなことになるなら、あのふわふわしたパンもっと食べたかったのにー!!」


 洞窟の中に彼女の声がいつまでも声が響いた。


「あたしもあんたのとこに行くのかな……ターニャ。どうせ死ぬなら、あんたと一緒のとこじゃないと嫌だよ……!」


 彼女は涙をとめどなく流した。


「もっと色々やりたかったのに。なんでこうなっちゃうの……うぅぅぅ~。隊長ぉー、助けて下さい……助けてぇ~。もう嫌だぁー! 変な生き物会いたくなーい!! うえぇぇ~!!」


 洞窟の中で思い切り泣いていると、別の青い光が遠くから近づいてくる。


「助けが必要かしら」という、落ち着いた女性の声がした。


 ターニャは慌てて立ち上がり、大鎌を持ち直す。


「はっ、だ、誰!?」


「ずいぶん困ってるみたいだから、来てあげたわ」


 言いながら声の主はカツカツと足音を立て、さらに近づいてくる。


 どうも、シルエットは鳥のようだ。首から下げている青紫色の光がよく輝く。


「鳥……?」ターニャは若干、上ずった声を出す。


 鳥のシルエットはターニャに言った。「私もあなたの言う『変な生き物』じゃないといいんだけど」


 ターニャは、自分が泣きながら感情のまま吐いた言葉が聞かれてしまっていたことに、暗闇の中ではあるが思いきり赤面した。


「きっ、いや、……」弁解の言葉がうまく出てこない。


「まあ、誰にも言わないでおいてあげるわ。ついて来なさい。外に出たいんでしょう?」


 そしてターニャは、この鳥についていくことにした。選択の余地などない。


「ここは、見つけにくいけどこっちに道があるの。ここを通らないと、外に出られないわ」


 と彼女は言って、狭い道の途中にあるわかりづらい分岐で曲がった。


 洞窟内の照明が当たらない箇所に、割れ目のように細い道があるのだ。


 ターニャはこの細い道を、鎧を岩肌にぶつけないように、どうにか進んだ。


 細道を抜けてからは、しばらくまっすぐの道だ。


「私はエルタ。あなたは?」鳥が尋ねてくる。


 ターニャは「別に」と答えただけで、名乗らなかった。


「ベツニって名前?」


「いや……」


「言いたくないならいいわ。見ない顔だけど……あなたは、もしかして人間かしら」


 一応ターニャは「うん」と答えた。鳥からは見えないように顔を伏せながら涙を拭う。


「人間という生き物は、どんな感じなのかしら。私が出会った人間はあなたで2人目だから、よくわからないけど。とりあえず強いことは認めるわ。あなただって、この暗い中で魔獣を倒したわけだし」


 どうして魔獣を倒したのだろう、とターニャは思う。


 しかし魔晶の光は鎧の隙間からしっかり漏れ出ていた。


「でも」エルタは続けた。「ひとつ教えておいてあげる。もし『ユウト』という人間に出会ったら、気を付けたほうがいいわ」


「ユウト?」


「今はアキーリを拠点にしてるみたいだけど、関わらないほうがいい。あいつは仲間を平気で殺す男よ」


「え……?」


「あいつはある村で仲間を2人も殺しておきながら、最後までそれを認めず、さらには村の人達を食べ者扱いした恐ろしい奴よ。本当に、みんな仲がよかったのに。あいつをみんな頼りにしてた。でも、突然あんなことがあって。それから1ヶ月……残ったみんなは塞ぎこんで、もう会うこともなくなっていって。そして、ひとりずつ町から離れていったわ。私も、もうあの村にいる理由がなくなってここに来た……そしたらまさか、ユウトの奴、こっちを拠点にしてたなんてね。さすがに仲間殺しの噂は伝わってるみたいだけど。いい気味だわ」


 ターニャの目には、先ほど会ったユウトは能天気な性格に感じた。


 仲間殺しのような行為に手を染める残忍で利己的な面をどこかに隠し持っているのだろうか?


 そして彼女は改めて、エルタと名乗ったこのしゃべる鳥をよく見る。


 すると、視線を感じたかエルタが振り向き、目が合う。


「どうしたの?」


「あなたは? 鳥……?」


「そうよ。私は七面鳥」


 とエルタは答えた。


 ターニャには、すぐにはその意味がわからなかった。


 確かにシルエットは鳥だが、七面鳥? 冗談じゃないのか?


「しち、めん……」


 聞いた言葉を繰り返しながらよく見ると、この鳥はかなり立派な尻尾を持っている。


 身体の細かいまだら模様も、ターニャの知っている七面鳥の特徴と一致した。


 故郷では王族しか食べられない決まりになっていたあの鳥が、何倍にも拡大された姿で、人の言葉を話す状態で目の前に現れ、しかも道に迷った自分を助けてくれている。


 ターニャはそんな事実を、どう受け止めればいいかわからない。


 エルタは見透かしたようにターニャに問う。


「もしかしてあなたの故郷には、言葉をしゃべる鳥なんていない、とでも言いたいのかしら?」


「うん……そうね」


「ユウトは……イカとかメロンとかトウモロコシは食べ物って言ってたの。それに私みたいな七面鳥を、人間は丸焼きにして食べるなんてことも言ってた。結局、あいつは私達を最初から殺して食べるつもりで一緒にいたのかしら? ドゥムも、ダイムも、もしかしてあいつが食べたのかも……。あなたはそんなこと、しないわよね?」


 ターニャは返事の材料を持っていなかった。


 実際、彼女自身も今こうして会話している鳥が近づいてきた時、それと大差ない感想を抱いたからだ。


 鳥は食べ物としか思ったことがない。


 それか、鳴き声がうるさいとか糞が面倒とか、その程度だ。


 食われるほうの気持ちなど考えることはないし、その必要もないと思っていたが、こんな風に言われる日が来るとは予想していなかった。




 お互い黙ったまま、ターニャは七面鳥のエルタと歩き続けた。


 ある時、風が一陣びゅうと吹き込んだ。エルタが教えてくれる。


「ほら、もうすぐ洞窟の出口よ」


 ターニャは返事しなかったが、きっと嘘ではないのだろうとやや安心した。


 木々の匂いも空気に混じり、洞窟の終わりが近いことを伝えてくる。


 そして、そこからいくらも歩かないうち、とうとう頭上に星空が現れた。


 それは、故郷で見た以上の数の星が瞬く、まさしく星の海というべきものだった。


「この道をまっすぐ進むとアキーリの町に着くわ。暗いし、そこまで送ってあげましょうか」


 七面鳥のエルタが言ってくれるが、ターニャは何百何千もの星に目を奪われていて、聞き流した。


 するとエルタは、若干呆れたように続ける。


「何か答えたら? それか、『ありがとう』ぐらい言ってもいいんじゃない? 別に、お礼のためにやったわけじゃないけど」


 それでターニャはようやく、小さく「ありがとう」と形だけは感謝を口にした。


 エルタは返事せずまた歩きだした。2人の間には、それ以上の会話はなかった。


 エルタはターニャをアキーリの入口前へと導き、「さあ、ここがアキーリよ」とそっけなく言って飛び去った。


 バタバタと翼の音を星空に響かせ、七面鳥のイメージにそぐわぬ軽やかな飛行を見せたエルタは、すぐ見えなくなった。


 それを無言のまま見送り、ターニャは腕組みして独りごとをぽつりと言う。


「あいつらって、信用できるのかな……あんな見た目だけど」


 少なくとも、洞窟の中で遭遇した『人間ではない、言葉を話す生き物』は、どちらも優しく親切な感じだった。


 エルタは少し冷たい印象こそ与えるが、こちらが頼んだわけでもないのに町まで送ってくれて、報酬も求めなかった。


 ドーペントも物腰は丁寧で、心の中は不明ながらも、とりあえず外へ案内してくれようとした。


 無愛想な態度ばかり取るべきではなかったかと一瞬思ってから、彼女は己にいい聞かせる。


 そんなに簡単に信用してはならない。隙を見せると損をするのは自分だ、と。


 それにしても、エルタの言うように、あのユウトは本当に仲間殺しをやったのだろうか。


 しかも、ただ殺しただけでなく食べた疑いもある。それが気になった。


 彼を慕うドーペントは、変な噂を流されていると主張していた。


 どちらが正しいのか。でも、この辺に喋るカエルや七面鳥のような――つまり、気持ち悪いか食料になるか、どちらかの生物しかいないのであれば、殺さずにいるほうが無茶だし、食べたとして、なんの罪になるのかとも感じた。


 ターニャは懐から群青色の結晶を出す。


 あの四つ目の怪物を倒して出現した戦利品だ。


 ユウトとエルタは『魔晶』と呼んでいた。


 これの用途くらいはあの七面鳥に聞いておけばよかったという小さな後悔を心の中でこねつつ、とりあえずこのアキーリという町を探索してみることにした。

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