表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
果てなき時空のサプニス  作者: インゴランティス
第2章 呪われた手鏡
26/149

第7話 交点

 そこでミスペンは、何か物音が聞こえてくるのに気づいた。「待て」とターニャに言う。


「ん? 何?」


「足音がする」


 コツ、コツと小さな音が響いてくる。


「おい! もしかして誰かいるのか?」ミスペンが声を掛ける。


「えっ!?」

 あどけなさのある、少年と青年の間くらいの声が返ってきた。足音の接近が止まる。


「どうして声を出すの!」ターニャは 抑えめの音量で怒る。


「敵とわかったらその時対応すればいい」ミスペンは冷静に答えた。


「ああ、いるよ。どうした?」

 青紫色の光源を持っているらしい、少年と青年の間くらいの声の主は答えた。声からは若干の戸惑いと緊張がうかがえた。


「ここがどこかわかるか?」


「アキーリの町の近くの洞窟だけど?」


 ミスペンはひとまず安心した。この洞窟は町に通じているようだ。


「よかったら助けてくれないか?」


 少し間が空いて、光の持ち主は「わかった」と答えた。


 足音はまた再開する。ターニャは先ほど収めたばかりの大鎌をまた抜いて、構えようとした。


「最初から敵意を出すなよ?」

 ミスペンが少女に言う。


「そんな指図を受ける筋合いない。敵だったらどうするの」

 言い返しながらも彼女は、ミスペンの言葉を受けてか大鎌の先を地面に置いた。


 そこに、男がひとり現れる。


 先ほどの声の主だろう。声の通り、背丈は少年と青年の間といったところだ。


 装備は胸当てを着け、腰も鎧で固めている。左手に盾、右手に剣という戦士らしき人物だ。


 ミスペンは「人間……」とつぶやいた。同族がいる場所で心の底から安堵する。


 ターニャもそのシルエットを見て本当に人間が来たことを理解したが、ミスペンとは反応が異なり、後ずさって距離を取った。


 一方、同族と会えると思っていなかったのは向こうも同じらしい。


「えっ……!? もしかして、人間?」


 戦士は驚きの混じった声で言った。近づいてくると、彼の顔立ちは青年というにはやや幼い。少なくともミスペンは、少年だと思った。


「ああ、そうだ。人間だ」ミスペンが答える。


「近づいて来ないで」

 ターニャは小さな、しかし緊張感ある声をもって警告した。


「悪いな。あいつは少し気が立ってるんだ」


 言った直後、ミスペンは背中をにらみつけてくる鋭い視線を感じたが、気づかなかったことにした。


「……冒険者ですか?」戦士の少年は、突然丁寧な言葉遣いになって尋ねた。


「冒険者?」


「冒険者っていうのは、魔獣を倒して魔晶を手に入れる職業なんですけど」


 その説明に出てくる名詞も、ミスペンにとっては初耳だった。


「悪いが、聞いたことがない」


「そうですか……」

 戦士は遠慮がちに尋ねてくる。

「えーっと、その……さっき言い合いしてたみたいですけど、なんかトラブルですか?」


「トラブルなのは間違いないな」

ミスペンが答える。

「なんと言ったらいいか……。少しばかりややこしいことになってるんだ。とりあえず、外に出たい」


「道に迷ったってことですか?」


「そんなところだ」


「わかりました。で、この子は?」

 戦士の少年は地面で気持ちよさそうに泡を噴いているアウララを指差して訊く。


 ミスペンが答える。

「別に、なんの関係もない。放っておこう」


「関係ない? 助けなくていいですか?」


「こいつは悪い奴だから、懲らしめてるんだ」


「そういうことですか……で、向こうの人は仲間ですか?」


 少年は、後ろのターニャについて尋ねる。


 ターニャは大鎌を地面に置いたまま、ユウトから視線を片時も外そうとしない。


 ユウトはその大きな武器が気になるようで、じっと見ていた。


「ああ、仲間だ」

 ミスペンが答えた。

「この子はターニャという名前で、ちょっと無愛想だが……」


 言い終わる前にターニャは止めた。

「やめて。人のことをベラベラと!」


「ターニャ」

ミスペンは振り返る。

「言われて困る名前なら、さっき偽名を名乗ればよかったんじゃないか?」


「お……大きなお世話よ!!」

 図星だったのだろう、ターニャはミスペンの前に現れてから一番の大声を放った。その声は洞窟の壁によく反響した。


「えーっと……何があったんですか? ちょっと、複雑そうな……」

 少年は気圧されているらしい。


「どこから説明していいかわからない。勝手に言うとあの子が怒るしな」


「『あの子』もやめて」

 ターニャは背後から、ミスペンへの圧を強める。


「どう呼べばいいんだ?」

 ミスペンはターニャに問う。ターニャは視線を外し、特に答えなかった。


 続いてユウトはミスペンの姿を見て気遣う。

「あの……すごい怪我してないですか?」


「問題ない。十分治した」


「そうですか……」


 ここで少年の後を追って、高めの声が響いた。


「ユウトさん! 待って下さい!」


 声から少し遅れ、青紫色の光が壁を照らす。


 そして、高い声の持ち主が灯りを持って現れた。ローブのような服を着て首にマフラーを巻いた、二足歩行のカエルだ。


 横に細長い瞳孔、人間の数倍も幅がある大きな口、短い手足。


 カエルの特徴をそのまま再現したような風貌だが、身長はターニャより少し低い程度と、カエルではありえないほど高い。


 ターニャは小さく「はうっ」と上ずった声を出しながら、さらに距離を取った。


 そしてこの喋るカエルを『なんだコイツは』という目でにらんでいる。そしてミスペンも顔を苦悶に歪めた。


 人間の世界に戻れたと思って安心したら、やっぱりこんな生き物がいたとは。


 このカエルにユウトが、今までミスペンに対していたのとはまったく違う、砕けた態度で応じる。


「ドーペント、ここまで独りで来たのかよ」


「はい。だって、ユウトさんひとりで行っちゃったので。僕も一緒に冒険したいです。僕ももっと強くなって、エクジースティを倒せるようになりたいんです」


「家で留守番してりゃいいのに。魔獣に囲まれたらどうすんだ?」


「いえ、僕も少しは戦えますよ。ユウトさんの戦いをすぐそばで見てましたから」


 そしてドーペントと呼ばれた二足歩行のカエルは、ミスペンとターニャに気づく。


 その瞬間、お手本のように両手を挙げて驚きを表して「あっ! 誰かいます」と言った。


「この人達、なんか道に迷ったらしいんだ」


「そうなんですか。もしかして……人間さん?」


「そうだ」とミスペンが答える。


 さらにこのカエルはターニャの大鎌に気づく。


「あっ、向こうの人の武器……すごく強そうです」


「うん、確かに」とユウトがうなずく。


「ユウトさんはすごく強いです。独りでエクジースティも倒せるんです。そんな人は、ユウトさんとラヴァールさんぐらいしかいません」


「やめろって。恥ずかしいから」


「恥ずかしくないと思いますよ。エクジースティはみんなで束になってもかなわないんです。なのに、みんなユウトさんの変な噂ばっかり流してるのは悲しいです」


「それも、言うな」


 ミスペンがユウトに尋ねる。「君、もしかしてここも、人間以外の生き物がたくさんいるのか?」


「ここ『も』?」


 ミスペンは「ああ……」と言い淀む。話がややこしくなる言い方をしてしまった。


 一方、カエルのドーペントはターニャが自分を警戒していることに気づいていた。


「あの、あそこの方、僕のことすごくにらんでるんですけど、僕、何か悪いことしました……?」


「うーん、何かあったんだってさ」

 ユウトが答える。


「何かって?」


「よくわかんないけど、複雑なんだって」


「そうなんですか……」


 ここで、ターニャの背後から「ウゥゥゥ……」と獣の唸り声。


 ターニャは振り返り、「何!?」と身構える。


「何がいる!?」


 直後、暗闇の中から赤い4つの目が現れる。


「赤い目っ!?」


「あっ、魔獣です!」


 カエルのドーペントは背中から弓を取った。


「ここは俺が!」ユウトは四つ目に向け走り出す。


 敵も「グゥゥ!」と鳴きながらターニャに迫ってくる。


 ユウトはルーポを片付けたかったが――実のところ、彼はほんの数歩しか走れず、ルーポに近づくには程遠かった。


 彼をゆうに超える速さで、ターニャが素早く前に踏み込みながら大鎌を振ったからだ。


 大鎌の刃は鮮やかに弧を描き、四つ目の持ち主を斬り上げた。


 狼の魔獣は姿すら現すことなく、「クオォォ」と高い声で叫んで消滅し、群青色の輝きを放つ六角の結晶が地面にカタンと落ちた。


「おっ、おお……すごいな、君」


 ユウトが感嘆の声を発するが、ターニャは振り返って「何?」と、大鎌を構えたまま冷たい視線で彼を威嚇した。


 ユウトは遭遇したことのない威圧感を前に、「ああ……いや、別になんでも」と引き下がるしかなかった。


「ターニャ、多分君を助けてくれようとしたんだぞ」


 ミスペンが教えてくれるが、彼女は「あっそう」と、なおもそっけない。


 そして彼女は、ルーポのいた場所に光る結晶に目をやった。


「あの光ってるのはなんだ?」


「魔晶です」ユウトが説明する。


 ユウトを怪しむターニャの代わりに、ミスペンが「マショー?」と訊き返した。


「これを使って、食べ物とかを買ってます」ユウトが説明を加えた。


「触って大丈夫か?」


「はい。何も危なくないですよ」ドーペントが教える。


 ターニャは『本当に?』と確かめるようにユウトとドーペントをにらんでから、自分の戦利品である魔晶へ近づくと、それを万引きの常習者のような、手の軌道が見えないほどの速さで拾う。


 確かに、何も起こらない。ただの宝石だ。


「じゃあ、行きましょうか。出口はあっちです」


 ユウトは、自分が来たほうを指差す。


 ターニャは手に持った魔晶が放つ群青色の輝きを少し見つめてから、懐に入れた。


「行こう、ターニャ」

 ミスペンは誘うが、ターニャは同行を拒む。


「なんで信じるの? こんな奴ら」


 何も悪いことをしていないのにユウト達は『こんな奴ら』呼ばわりされてしまった。


「信用できないのはわかるが、情報は必要だろう? 我々はここから出る方法もわからないんだ」


「そうだけど! あいつ……カエルじゃない!」


 ターニャはドーペントを指差し、はっきり言った声が、またも洞窟の壁に響いて、何度も繰り返し耳に届いた。


 ドーペントは驚愕して口を開けた。


「そうか。なら仕方ない」

 ミスペンが言う。

「でも、洞窟から出るまでは一緒に行ってもいいんじゃないか? こっちは土地勘も何もないんだぞ」


「いい。本当に心配しなくていい!」


 ターニャは背を向け、去っていった。


「あの、そっちは出口じゃない」

 とユウトが止めるのも聞かず、大きな得物を手にしたまま彼女は闇に消えた。


「あの人、怖いです。カエルだといけないんでしょうか?」ドーペントは困ったように言う。


「うーん、やっぱり女子はカエルみたいな生き物は嫌いなんだろうな」

 ユウトも少し困った感じで応じた。


「そうなんですか? 誰にもそんな風に言われたことないです」


「人間の話だよ。というか俺も、お前のこと最初に見た時は、な……うん」


「えっ? それは、どういう意味ですか?」


「別にもう慣れたけど、やっぱ最初は、人間サイズのカエルは、ちょっとアレだなって思ったよ」


「えっ……『アレ』って? なんですか? 僕は、悪いことなんかしませんよ」


「いや、最初だけだよ。大丈夫だよ」


 ドーペントはミスペンにも尋ねる。「あなたもですか? カエルがお嫌いですか?」


「好きでも嫌いでもない」

 ミスペンは答えた。


 大きくても足の親指くらいしかない、一般的なカエルについての質問なら、この答えは嘘ではない。


 しかしこれが人間サイズまで巨大化した、そのうえ言葉を話すカエルとなれば話は別で、少々不気味に感じているのは事実だ。


 ――そう思ったのはさすがに言わないでおいた。


「よかった……」ドーペントは安心したのがはっきりわかる声を発した。


 ミスペンはドーペントに言う。

「ただ、気を悪くしないでほしいんだが、念のため訊いておく」


「なんですか?」


「君は私を連れて帰って食べるつもり……ということはないな?」


 ドーペントは驚きと疑問を全身で表現した。


「どっ、ど、どうしてそんなこと! そんなひどいことする風に見えるんですか!? やっぱり、あなたもカエルが嫌いなんですか!?」


「いや。申し訳ない、本当に念のためなんだ」


「俺もこいつも、人を騙すようなことなんかしないですよ」


「人間を食べるなんて……。そんな怖いことするカエルがいるんですか。ユウトさんも、もしかしてそんなこと思ってたり……」


「最初はさすがに、一瞬だけ思ったな」


「えっ……! 僕はただのカエルですよ」


「悪かったって」


 仲良くやりとりをする2人に、ミスペンは奇妙な感覚を得ていた。


 子供の頃に親に聞かされた童話のような世界だと思ったのだ。


 そんな場所に迷い込んだとしたら、ここは……今までの行いで汚れた自分にはもったいないくらい素晴らしい場所だと思った。


「で、その」ユウトはアウララを指差して訊く。「本当にあの小さい、寝てるのは放っといていいんですね?」


 ミスペンは改めてアウララに手のひらを向け、集中した。


 アウララの眠りはさらに深くなり、かすかに、もごもご続いていた寝言もなくなる。


「あいつはいい。ここで寝ててもらおう」


「誰なんですか? こんな白くて小さい人、見たことないです」


「私も知らない。放っておこう」


「本当に、何があったんですか? 悪い奴って言ってましたけど」


「話すと長くなるが、とりあえずあいつのことは忘れたほうがいい」


「そうなんですか?」


 アウララがもし魔獣に食べられたら、手鏡は……とミスペンは一瞬不安に感じたが、気にしないことにした。


 少なくともここには会話のできる相手がいて、例えこの2人が悪人だったとしても、少なくとも彼らが入ってきた入口は存在する。


 手鏡が機能しないなら、ここよりひどい場所に飛ばされる心配もない。


 となれば、この白い泥棒と金輪際顔を合わせる理由もないわけだ。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ