第6話 暗い場所
視界を覆い隠す白い光が消えると、ミスペンは真っ暗な場所にいた。
いや、完全に何も見えないわけではなく、青紫色の明かりが壁にいくつも設置されているらしいのはすぐにわかった。
こもった空気の中に、土の匂いが混ざっている気がする。
靴で地面をこすると硬くて細かい凹凸があり、岩のような感触だ。
どうもここは洞窟らしいが、断定はできない。
暗い中でも、ミスペンの近くには少なくとも呼吸するものがいるのは確かだった。
それが何者かを知りたかったが、すぐにその必要がないことを悟る。いら立った少女の声がしたからだ。
「何? なんなの? 何が起きてんの、さっきから!」
その声は間違いなく、ターニャのものだった。
「ターニャ、無事か?」
「あっ……、その名前で呼ばないで!」
「どうしてだ? 本名を隠す理由があるのか?」
「ある!」
「お互い、元いた場所に戻れるかわからないんだ。名前ぐらい隠さずにいこうじゃないか」
少女はうつむいて、気まずい感じで黙った。よほど恥ずかしいのだろうか。
ひとまずミスペンは、この子をターニャと呼ぶことにした。
その間に目が少し慣れてきた。
近くの地面では、アウララがあの手鏡を右手に握ったまま、気持ちよさそうに眠っていた。
そしてアウララ以外の白い生物は影も形もない。
「どこ!? 今度は!」
「ここがどこかはわからないが、少なくとも、周りに敵はいないようだ」
「何が起きたの? さっき変な生き物がいっぱい部屋に来て、それからここに……どうなってるの、一体!」
「これは想像だが……」
「何?」
「さっきの連中は軍隊か何かだろう。大方、アウララから例の手鏡を取り戻しに来たに違いない」
それを聞き、ターニャはひとつため息をついてから言った。
「どうして、そんなことにあたし達が巻き込まれなきゃいけないの。許せない!」
彼女は大鎌を背中から抜くと、眠っているアウララに狙いを定めた。
アウララは、むにゃむにゃと聞き取れない寝言を発している。
「何をする?」
「こいつがいるから、変な目に遭うんでしょ」
「やめたほうがいい。例の手鏡は、アウララじゃないと扱えない。つまり、君がアウララを殺せば我々はどこにも行けなくなるかもしれない。この場所がどこに続いてるか、先に調べなくては。もし出口がなかったり、危険な生き物だらけの場所だったら……終わりだ」
「……手鏡があたし達を助けてくれるかもしれないってこと?」
「可能性はある」
「逆じゃないの? 呪いの手鏡って言ってたでしょ、こいつ」
「だが……不思議だと思わないか?」
「何が?」
「私は、死ぬ直前にアウララの家に飛ばされた。そして、さっきは白い軍団が私に、輪っかを出したところだったんだ。きっとあの輪っかが危ないから、ここに飛ばしたんじゃないか?」
「……馬鹿らしい」
言いながらもターニャは、ガシャンと音を立てて武器を背中にしまった。
そしてアウララの前に膝を地面につける形で座ると、歯を食いしばって握り拳を作った。
「こいつ、一発ぐらいは殴らないと気が済まない」
「その一発で死ぬかもしれないぞ」
するとターニャは立ち上がって、「もう!」と地団太を踏んだ。
「なんでこうなるの! なんでこうなるのよ……こんなことになるはずじゃなかったのに!」文句を言いながら、彼女はそこらを歩き回った。
「そういうものだ。さすがに私もこんなことになるとは思ってなかったが……こうも予想外のことが続くとなると、もはや楽しむしかないな」
「なんでそんなに落ち着いてるの!? 何を楽しむっていうの。もう、嫌……」
ターニャは涙声を発したように聞こえた。
「そんなに悩むことはない。もっと気楽に行こう」
「うるさい! 無理に決まってるでしょ!」
アウララが目を覚ます。
「なっ……ここは、なんだ!?」
「これで信じるかな? 君が持っている手鏡がさっき光って、我々3人がここに来たんだ。飛ばされた……と言うべきかな」
「あぁ? ったく……嘘つけよ。こんなスペークスも持ってんのか?」
「嘘だろうが本当だろうが、さっきまでいた場所とは、ここは明らかに違う」
「面白ェな、てめぇら。この世紀の大泥棒のアウララ様を盗みやがったか。高くつくぜ。警察の回しもんか?」
「違う。手鏡だ」
「手鏡ィ?」
「さっき話したろう? 手鏡がピカッと光って、その後私とターニャは……」
ここでターニャが割り込む。
「ちょっと! こいつに名前を教えていいなんて言ってない!」
「だが、それじゃ不便だぞ」
アウララはリュックから手鏡を取り出す。
「これが? こいつの仕業だってのか?」
「そういうことだ」
「聞くところによると、こいつは『呪われた手鏡』なんだとさ」
「本当なの?」
「この手鏡に関わった奴は誰だろうが、終わりなんだとよ。国とか大陸ごと滅んじまうんだとよ」
ゾッとするような話だとミスペンは思った。しかし、あり得ないわけではない。そしてアウララは続ける。
「てめぇらは信じるか? 嘘っぱちだぜ」
「嘘っぱち?」
「世紀の大泥棒アウララ様に呪いなんぞ効くかよ」
「こうして、ここに飛ばされてきてもまだ言うのか?」
「こいつはオレ様の持ち物なんだよ。だから、あの退屈なとこからオレ様を出してくれたんだろ。もう世界中、どの国からも宝を盗んでやった。仕掛けのパターンは読めちまってるし、警察は無能すぎて遊び相手にもなんねぇ」
呆れるほどのポジティブ思考だ。
しかし、それはあの白い生物だらけの場所でそれだけアウララの力が飛び抜けていて、相手になる者がいない証ということだろう。
「そういえば、おかしな集団が来たぞ」
「は? 集団?」
「黒い服を着た、お前のような生き物だ」
アウララは声のトーンを落とし、「警察か」と言った。
「あれが、ケーサツか?」
「お前らは警察も知らねぇのか。そうか……実験動物だもんな。可哀想にな」
「あの軍隊に、お前はたったひとりで敵対してるのか」
「軍隊じゃねぇよ。軍が相手でも、オレ様には勝てねぇけどな」
ミスペンは再びアウララを眠らせた。ターニャは彼をにらみつける。
「殺さないの? こいつ、情報持ってないでしょ」
「そうだな……ここを出たら用済みだな」
「にしても、ここ、一体どこ?」ターニャは周囲を見回す。
「慎重に情報を集めなければ。手鏡の意図を見極める必要がある……」
「意図?」
「手鏡の行動には、何かしら意図があるような気がする」
「はぁ?」
「少なくとも……意思を持って我々をここに送り込んだんじゃないのか? でないと、ここにさっきの……『ケーサツ』が何人か混ざってるはずだ」
「鏡に意思があるって、そんな絵本みたいなこと言って。子供じゃないんだから」
そこでミスペンは、何か物音が聞こえてくるのに気づいた。「待て」とターニャに言う。