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果てなき時空のサプニス  作者: インゴランティス
第2章 呪われた手鏡
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第2話 ミスペン・キヴァンロ

 地下秘密施設から遠く離れた、雑多で薄汚れた街サルカナー・サウレ。その郊外にある寂れたオフィス街の中に、長く使われていないビルがある。


 取り壊されることもなく、なんのために建てられたのかもわからないそのビルは、ある泥棒の隠れ家になっていた。


 そして一仕事終えた泥棒が、住処に帰ってくる。


「ふーっ! なんだったんだろうな、ありゃ。随分と警察の数が多かったが……もしかして待ち伏せのつもりか? ま、どうでもいいよな。オレ様を捕まえるなんざ1兆年早いぜ。例え捕まえたとしても、簡単に逃げられるしな」


 独りごちながら、アウララはビルの廊下を進んだ。


 目指すのは、彼の盗品の中でもお気に入りの品々が収められた宝物庫。


 盗みを成功させた夜はそれらを鑑賞しつつ、いい酒で一杯やるのがお決まりになっていた。


 宝物庫のドアを開けるなり、アウララは地下施設から盗んできた謎の手鏡をリュックから出し、床に敷かれたふかふかのカーペットの上に無造作に放り投げた。


 ゴロンと味気ない音がして、手鏡は転がる。彼はそれを、上からのぞき込んだ。今は何が映ってるんだ――少し不安になりながら。


 しかしそれは、ただの鏡に戻っていた。


 長く洞窟の中に置かれていたはずなのに、あまりにも澄んだ、汚れひとつない鏡が、アウララと宝物庫の天井を映していた。


「……やっぱ、ただの鏡じゃねーか」


 アウララは手鏡を拾い上げ、観察した。ふちと持ち手には、申し訳程度のシンプルなツタのような真っ白い模様があった。


 持った感触は軽くもなく、重くもない。鏡面以外の色は銀より暗く、鉄より明るい銀白色で若干の光沢がある。


 触り心地は木材やプラスティックより固く、つるつるとなめらかで、やや冷たい。


 要するに、よくある金属製品の外見と質感を持っているということしかわからない。


 ツタのような真っ白い模様部分は、見た感じはプラスティックか、もしくは象牙に近い印象を受けた。


 それが塗装してあるのか、別の素材を埋め込んであるのかなど、詳細は不明だ。


 これを発見した際に映った不気味なモノは、影も形もない。きっと気のせいだろう、とアウララは思うことにした。


「安物だな。こんなガラクタ、あの地下の要塞みてぇな場所に隠すなんてどうかしてるぜ。いや、そもそもあの場所自体、なんのためにあったんだ? 他に金目のもんは何もなかったはず……」


 違和感を覚えるアウララだが、すぐに「考えてもわかんねーか」と、謎の手鏡をまた床に放った。


「よっし。酒、酒!」


 アウララはドンと、勢いよくドアを開けて部屋を出た。


 開けっ放しにされたドアは、古いビルなので勝手に閉まったりもせずそのまま開いている。


 それを気に留めることもなく、彼は鼻歌を歌いながら、廊下を歩いていった。


 アウララが宝物庫から遠く離れて十数秒。部屋の床に置かれた手鏡の鏡面に、オレンジや緑の曲線がうねり始める。


 そして。

 鏡面から、柱のようにまばゆい白い光が、あふれるように立ち上った。


 光はすぐに消え、その直後、今度は手鏡のそばに白い光の球が出現する。


 開けっ放しのドアから廊下まで照らすような光の球は、5秒ほどで消えた。


 光の球が消えた代わりに、それがあった場所に出現したのは、上半身がほとんど裸で、血塗れの人間だった。


「ぐ、うっ……うぅ……!」


 この人間の男には右腕がなかった。今しがた腕を奪われたばかりらしく、それがあったはずの肩口から小さな滝のように鮮血が流れ落ちている。


 出血がそれほど激しくないのは、きっとただ腕を切断されただけでなく、ひどい火傷が理由だろう。


 男の身体は肉が焦げるような、なんともいえない嫌な匂いを放っていた。


 また同時に、男は顔の右半分が真っ赤にただれており、これも火傷だった。


「あぁ、はぁ……あぁ……」


 男はカーペットの上に崩れるように倒れると、残された左腕を震わせながら、右肩までもっていき、かざした。


 手のひらから緑色の光が出現し、右肩の周りを柔らかく包み込んだ。


 しばらく光を当てる間に出血は止まり、目をそむけたくなるような傷は、茶色い傷跡のようなものに変わった。


 これでも痛々しいのは変わりないが、ともかくこの男の息は少し整ってきた。


 そして顔にも手をかざす。これも同様に、緑色の光で処置され、腐ったような茶色い色の肉が皮膚の代わりを臨時で務めている。それは右目のあったはずの場所も同様だった。


 残りの上半身も全体が火傷を負っている。男は可能な限り、左腕を様々なところにかざして火傷を治す。


 また、身体についた血の染みに向かって左手をかざした。


 シャワーのような水がほとばしり、染みを落としていく。


 濡れた身体をどうやって拭こうかと思案していたら、腰を大きめのベルトのように囲んでいる黒い布が気にかかった。


 この黒い布は、左肩にわずかに掛かった赤い布とつながっている。彼がこの姿になる前、身に着けていた服の変わり果てた姿だ。


 それを見て男は目を閉じ、つぶやく。


「あぁ。これは……。こんな……」


 男は感情をうまく言葉にできないようだったが、代わりにその表情は何かを語っていた。


 それは悲しげでもあり、また恐怖に耐えているかのような顔だった。まるで、己の運命を悟ったかのような。


 そして彼は身を起こすと、カーペットにあぐらをかき、周囲を見る。そこで、何かがおかしいことに気づいた。


「なんだ? ……なんだ、ここは」


 見たことのないものが所狭しと並んでいる。


 用途不明のものが大半だが、衣服や鎧のようなものも飾られている。


 それらは、人間でいうなら幼児のサイズだった。天井は低く、彼が立つとほとんど高さに余裕はなさそうだ。


 彼はここが、自分の知識を超えた、にわかには理解しがたい場所であることをようやく知った。


 部屋のドアが開いているのは幸いだ。外に何があるんだろうか、あるいはここから逃げたほうがいいのではと思い、彼は立ち上がろうとした。


 直後、後ろから「動くな」という声が聞こえた。振り返ると、白い生物がいた。その姿を見るや、男は「うおっ!!」と驚嘆した。


 それは身長1mほどの猫耳がついた白い生き物。黒い小さな物体を手に持っており、それを男の向けてきているらしい。


「てめぇ、何しに来た?」白い生物、アウララが厳しい表情で問う。


「なっ……なんだ、お前は!」


「なんだじゃねーよ、こっちの台詞だ」


「どういうことだ……」


「質問に答えろ。答えねぇと殺す」アウララは脅しを掛けた。


「私はミスペン・キヴァンロだ」謎の男は名乗った。


「ミスペン?」アウララは訊き返した。


「お前は、どういう生き物なんだ?」


 この、謎の男の問いに、アウララは激怒する。


「だから、こっちの台詞だっつってんだろ! 不法侵入だぞ。今すぐ殺してもいいんだからな!」


 ミスペンは不思議そうな顔で「私もここに来たかったわけではない」と弁解した。


 アウララはミスペンに銃口を向けたまま、彼に近づいてその周囲を観察する。


「うわぁ、床汚しまくって……赤い血とかマジかよ。初めて見たよそんな生き物。気持ち悪ぃ~、くせえし。なんだよこの匂い。マジで、どういう生物なんだお前はよ。ミスペンなんとかって生き物か?」


「私は人間という生き物だ」


「あっそう。聞いたことねーな」


 ミスペンはアウララの持つピストルを指さし「それは、なんだ?」と尋ねる。


「銃も知らねぇのか? どこから来たんだ……」

 言ってから、アウララはミスペンに再び銃口を向けた。

「教えてやる。オレ様がちょっとこいつを引くと、てめぇはおだぶつだ」


「私は君に危害を加えるつもりはない」


「危害? オレ様のアジトに忍び込んどいてよく言えるな。どうやってここを知った? 警察の回し者か?」


 ミスペンはぽかんとして、何も答えなかった。言っている意味が分からない。するとアウララは続ける。


「まさか……オレ様を知らないとか言わねーよな?」


「知らない」


「オレ様は世紀の大泥棒アウララ様だぞ。聞いたこともねぇのか?」


 ミスペンは、依然ぽかんとしていた。名前を聞いたこともない。すると白い生物はニヤリと笑う。


「へえ……そうか。わかったぞ。誰かがスペークスで作った実験動物かなんかだな? それなら、なんも知らねーのも無理ねぇな。で、用済みだからここにぶち込まれたか? ここのことは誰も知らねーはずだし、警察の回しもんのわけねーか! あいつら、ここがわかってりゃ直接攻めてくるだろうしな。お気の毒だな、ええ? ずっとそこにいろよ。余計なことしたら殺すぞ。オレ様は酒の用意すっから。その辺のもん、全部オレ様のもんだから絶対触んなよ。いいな!?」


 アウララは部屋を出ていき、今度はドアを閉めた。

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