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果てなき時空のサプニス  作者: インゴランティス
第1章 逃避へのいざない
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第18話 絆の終わり

 ユウトは荷物を整理するため、自宅に入った。


 これが最後だ。二度とレサニーグに戻らないという思いをもって。


 彼は、突然信じていた仲間や村人に濡れ衣を着せられた今も、内心にはまだいくばくかの余裕があった。


 あの巻貝がある限り、いつでも故郷に戻れるからだ。


「くっそ、あいつら……。何考えてんだ」


 悪態をつきながら、この村で手に入れた色々なものを整理していく。


 魔晶と魔晶珠、保存食。必要なものはそれぐらいだ。要らないものはここに置いて行く。


 ふと、部屋の端にある棚の上に飾ってあっるものが目に留まる。


 右端にあるのは、それは木でできた粗末な人形。


 いや、それをユウトが人形と認識しているのは、彼がこれを作った人物からもらう時、『人形』と言われたからだ。


 言われなければただ木の切れ端を雑に傷つけたもののようにしか思わないだろう。

 これはエイウェンにもらったものだ。


 その隣には白や緑、青――様々な形をしたきれいな石の数々。


 きれいな石を見つけるのが上手いコモが、恥ずかしそうにおすそ分けしてくれたのだ。


 さらに横には、草や小さな花を編んで作られた小さな冠。ラースラーノの作だ。


 何日も前にもらったので、元気がなくなってしまっているが、それでも素朴で可愛らしい。


 左端には、大きな薄茶色の物体が。全体に白いひび割れのような模様がある。


 これはシュケリの抜け殻だ。きれいに取れたと言って、得意げに渡してくれた。


「要らねぇよ」と言ったらしょんぼりしたので、仕方なく受け取ったのだ。


「あいつら……」


 ユウトは涙が出そうになった。今朝一緒に魔獣討伐に行ったのに、どうしてこんなことになったんだ?

 だが、きっとこの世界の住人を信じた自分が悪いのだろう。


 棚に置かれたものにしばし目を奪われていたユウトだが、そんな場合ではないことを思い出す。


 ここにあるものを持っていくべきではない。これから、いつ終わるとも知れぬ旅が続くのだ。荷物は少ないに限る。


 ベッドの上に必要な物を集めると、それを入れるためにユウトはスポーツバッグを探した。


 今あるカバンと一緒に持って行けば、かなりの魔晶を集められる。中にあるものは漫画1、2冊だけ残して置いていこう。


「……えっ……?」


 だが、なかった。朝はあったはずなのに。間違いない、コモに漫画を読んでやったんだから。頭が真っ白になりそうだ。家の中を探すが、やはり見つからない。


 キィ……と、ゆっくりドアが開く音がした。外から光が差し込んでくる。


 ユウトは入ってきた人物を確認せず、ぶっきらぼうに「なんだ、誰だよ?」と言った。だが、なかなか来訪者の声が聞こえない。


 まさか、ドゥムとダイムの仇を討ちに来たのではないかと思い、彼は入口を見る。


 そこにいたのはパイナップル。


 駆け出し冒険者の中でもおとなしく、先ほどの口論でも黙っていた彼女が、ここまで追ってきたのは意外だった。


「ラースラーノ!?」

 ユウトは彼女の名を呼んだ。


 すると彼女は、恐る恐る言葉を絞り出した。


「あの……あの……行っちゃうの?」


「行くよ、そりゃ。もう無理だろ」ユウトは答える。


「仲間だったのに……ユウト、仲間にひどいことしない……よね?」


「しないよ。やるわけねぇよ」


「写真……みんなの写真いっぱい撮ったけど、死なないよね?」


「死なねぇよ」


「じゃあ、みんな、なんであんなこと言うの」


「わかんねぇ」


「やってないんだったら、行かなくていいのに」


「いや……もう無理。絶対、無理。あんな奴らとやってくなんて無理だ」


 少し荷物をまとめる手を止めて、ユウトはラースラーノの顔を見て続けた。


「だって、一応俺、あいつらのこと仲間だと思ってたんだ。なんなんだよ、ふざけんな。マジで」


 それ以上ラースラーノは何も言わず、悲しい目で見つめるだけだった。彼女にユウトは尋ねた。


「お前、俺のこと仲間だって思ってくれるか?」


「うん」控えめな声だが、迷いなくラースラーノは答えた。


「そうか。お前、いい奴だよ。元気でな」


 だいたい1ヶ月ほどか。短い間ではあったが、6人の冒険者をはじめとするレサニーグの人々は家族のように親しくしてくれた。


 先ほどあんなことがあった後だが、それでも彼の中には村で過ごした時間や、住人に対する愛着が多少なりともあるのは確かだった。


 なぜカフが突然あんな主張を始めたのか、エルタの言ったことは本当なのか、ドゥムとダイムはどうなったのか。


 そして結局なぜ、村の住人の大半が最終的にカフとエルタの支離滅裂な主張を信じたのか。


 想像もつかない。頭が混乱していた。


 荷物をまとめてから、ユウトは最後に棚に目をやる。ここに、ある意味最も重要なものが納められていたはず。


 カムフラージュのために手前に置いてある石などをどかした。


 しかし、その向こうには何もなかった。巻貝が入っているはずの木箱が、忽然と消えている。


「はっ……? え? なんで……」ユウトは気の抜けた声を出してしまう。


「どうしたの?」ラースラーノが彼の感情を共有するようにして尋ねた。


「ま……巻貝……」


「巻貝?」


「巻貝、どこだ!?」


「どこ?」


「嘘だろ、なんで……! ここにあったんじゃ……」


 周囲を見回すが、ない。当然だ。その棚以外のどこにも入れたことがないのだから。


 あるはずもないとわかりつつ、色々な場所を探す。


 もしかしたら自分が忘れているだけで、別のところに入れたかもしれない――わずかな期待を持って捜しても、そんなことは起こらない。


 ラースラーノも、ユウトが何を捜しているのかわからないまま、部屋中を歩き回り、落ちている物を持ち上げたりしている。


「別に捜さなくていいって」


 とユウトが言っても、やめずに捜してくれる。


「うーん、ない。ない」言いながらラースラーノは床の隅、目立たない場所に落ちていた何かを持ち上げ、中をのぞき込んだ。それは木箱だ。


「ここにも、ない」


「それだ!」


 ユウトは彼女に近寄って木箱を確かめるが、彼女の言う通り中には何もない。近くには箱を包むのに使った布が無造作に置かれていた。


「巻貝、なかった?」


「巻貝って?」


「青とかピンク色のぐるぐる巻きのやつ」


「ないと思う」


 巻貝が、盗まれた。その事実に気づきたくなかったが、認識せざるを得ない。


 そして、それが意味することを理解して青ざめる。もう、矢掛に、岡山に戻れない。後悔と焦り。


 これからどうすればいいのかという思考が終わりなく何重にも回転していった。


「あの……ユウト……大丈夫?」


 とても心配そうなラースラーノ。


「お前、外に出とけよ」とユウトが言っても聞かない。


「俺とあんまり一緒にいたら、お前もあいつらにひどい目に遭わされるぞ」


 ラースラーノは何も言わなかったが、少し悲しそうな、何か言いたげな目でユウトを見ていた。


 ユウトはベッドにふと視線を落とす。


 土や木くずが全体に、不自然に散らばっている気がした。


 いつの間に付着したのだろう? それ以外にも何かが違う気がする。枕の位置がずれているような。


 続いて布団をよく見た。あまり目立たないが、茶色い毛が何本もついている。


 それで、あることに気づいた。


「ドゥム……? まさか、ここで……」


 毛を拾い上げる。


「わかったぞ。ドゥムとダイムは……」


「何? 何?」


 布団の匂いを嗅ぐ。魚介類を思わせる生臭さに混じり、うっすら甘い香りがした。


 それがメロンの香りだとすぐに気づく。


「カフの奴……!!」


 その時、家のドアが開くとともに、「何してるの?」と女性の声がした。誰の声か、ユウトにはすぐわかった。


「エルタ!」名を呼びながら声の方向を見る。黒い鳥が立っていた。


「さっさと行きなさい。食べ物ばかりが住む村は嫌なんでしょう? それとも、全員殺して食べるつもり?」


「カフに会わせろ。あいつが絶対、本当のこと知ってる」


「早く行きなさいと言ってるでしょう? カフはあなたとは会わないわ」


「巻貝がないんだ。多分、ドゥムとダイムは巻貝を――」


「今更言い訳しても無駄よ。さっき、自分の口で何を言ったか忘れたの? これ以上村に居座るなら、私達全員であなたを今すぐ追い出すわ。ユウト、さっきのあなたの発言は……ドゥムとダイムを殺して食べた、と……そう、自分の口で言ったようなものよ」


 エルタが冷たく指摘した。


 確かに――ユウトは思わざるを得なかった。


 感情に任せて一気に言いたいことを言ってしまったおかげで、潔白の証明から遠ざかってしまった。


 それに、例えユウトの潔白が証明されたとしても、村人との関係は修復不能だ。


「……エルタ、お前、俺のこと最初から疑ってたって?」


「当たり前でしょう。他の皆は優しいから疑わなかったけど、あなたは怪しいところしかないもの」


「だから、俺を追い出すって?」


「あなたがまいた種よ」


「そうかよ……わかったよ。俺は一応、お前のことも仲間だって……」


「丸焼きにして食べると言ったのはどこの誰かしら」


 反論のしようもない。ユウトは唇を噛みしめた。


「ラースラーノ、行くわよ」

 エルタはパイナップルを呼んだ。ラースラーノはとても名残惜しそうにしながら、エルタとともに家を去った。


 静かになった家で、ユウトは呆然と天井を見上げ、怒りを持ってつぶやいた。


「シュケリ……!」


 巻貝の秘密は大蛇のシュケリにしか話していない。


 先ほど、駆け出しのエイウェンやコモと一緒に、責めてきたのを思い出す。


『ユウト、なんでそんなひどいことしたの?』


 涙目で彼女はそう言ったのだ。何を思っていたのだろう? 自分が原因だというのに。


「あいつ……ふざけんじゃねーよ。ふざけんな……。もう、信じねぇ……。こんなことになるなら、この世界の奴なんか……誰も信じねぇからな」

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