第17話 覆水
ユウト達がレサニーグの近くまで帰ってくると、村の入口に立っていたバースが、血の跡がべったりついたエイウェンを見て駆け寄ってくる。
「おい! エイウェン、大丈夫か?」
「回復頼める?」
バースはエイウェンの様子を見て、すぐ杖を真上に掲げた。
「活力の光、天より降り注ぎすべてを復さん。マルファーリ・チーオン」
エイウェンは柔らかい光に照らされた。彼の表情が見る間に安らいでいく。
「エイウェン、大丈夫?」
「ああ、これで大丈夫だろう。だが、ほとんど回復は済んでるな」
「よかったぁ」
「ユウト、駆け出しどもは活躍したか?」
「大変だったよ、みんな敵にどんどん突っ込むから」
「ユウトが守ってくれたから、助かったんだ」
「ボクは違うよ」コモは自信満々に言う。「ボクはもう、駆け出しって言われなくてもいいくらい強い」
「本当か?」
「コモは強いよ。どんどん倒してた。エイウェンのこと回復もしてあげたし」
「ふふん!」
「ちぇー。次は俺のほうが活躍してやる!」
「私もー!」
「エイウェンはカフみたいな戦い方をやめないと駄目だよ」
「なんだとぉー! この戦い方だけで活躍してやるぞ!」
「やめろ。カフは悪い見本だといつも言ってるだろう」
「ほら、バースも言ってるよ」
「えー……。どうしよう……」
「あんな怪我したのに、まだカフの戦い方するってすごいよね」
ここで、酒場からレドが出てきた。
「あっ! 帰ってきたー!」
ユウト達のほうへ一直線に走ってくる。
「何かあったの?」コモが訊く。
「ねえ、ユウト達は魔獣討伐行ってたんだよね? ドゥムとダイムとカフ、見なかった?」
「いや、見てない」
「レド、あいつらもどこかで魔獣と戦ってるんだろう」
「でも、バース。ドゥムが変なこと言ってたんでしょ」
「変なこと?」シュケリが首を傾げる。
「ああ。確かにあいつがあんなことを言うのは初めてだ。だが、気にする必要はないと思うが」
「何を言ったの?」エイウェンが訊く。肩はまだ少し痛そうだ。
「あいつは――」
彼らがバースの答えを聞くことはなかった。イノシシの鍛冶屋が大声を出しながら走ってきたからだ。
「大変だーーー!!」
「どうした?」
「あっ! ユウト! おい、お前! どうしたんだよ! どうしてこんなことしたんだ!!」
「なんの話?」
「何を言ってる?」
「お前がやったんだろ! ドゥムとダイムを!」
「えっ?」
「どういうこと? チボゴン。落ち着いてよ」
「カフが言ってんだ。ユウトがドゥムとダイムを、殺したって!」
「こ……ころ、した?」
「へっ?」
「ユウトが?」
「間違いじゃないの?」
「カフはどこにいるの?」
「カフはみんなの家を回ってる。それで、みんなにユウトがやったことを言ってんだ」
「俺がやったって? 何を?」
「とぼけるなよ!」チボゴンは怒鳴った。
「はぁ……? 何? なんだ急に?」
「チボゴン、ユウトは駆け出しの奴らを連れて魔獣を倒しに行っただけだ」
「そうだよ。殺すって何? 無理だよ」コモが続く。
「ドゥムもダイムもいなかったよ」シュケリも否定する。
「えっ……。でも、カフが言ってるんだ。あいつに聞いてくれ! ドゥムもダイムもすごい冒険者だ。ユウトじゃなきゃ、あいつらを殺せないはずなんだ! だから、きっと……」
「ユウト……まさかそんなわけないよね?」
レドはユウトを、かすかに疑いの混じった目で見る。
「いや、いや! なんで俺がそんなこと! あいつら仲間だし」
駆け出しも口々にユウトに同調する。
「やってないよ、そんなこと!」エイウェンが言った。
「やるわけない!」と、蛇のシュケリ。
「魔獣倒しに行ってたのは本当なのに」コモが続く。
「そうだよね」
レドのユウトへの疑いの気持ちはなくなったようだ。
「ユウトが仲間を殺すなんてあり得ないよね。カフはどうしてそんなこと言うんだろう?」
鍛冶屋のチボゴンは未だカフを完全に信じており、まくし立てた。
「でも、現にドゥムもダイムもいないんだ! どこに行ったんだよ? 俺だって知りたい!」
「魔獣討伐じゃないの?」
「でも、じゃあカフが言ってることはなんだ?」
「おかしいよチボゴン。落ち着いてよ」
すると、カフがやってきた。
「ああっ! ユウト!!」
カフは駆け寄ってきて、ユウトをにらみつける。
「お、お……お前……やったな!」
「え?」
「ずっとやるつもりだったんだ! お前しかいない! やる奴はお前しかいないんだ!」
「なんなんだよカフ、急に」
「ドゥムとダイムを、ユウトが殺したんだ!! 本当だ。みんな、ユウトが仲間を殺したんだぞ!!」
カフの後ろからも村の住民が出てくる。彼らの多くはユウトに冷たい視線を向けていた。
そしてなんと、その冷たい目つきの住民の中に、エルタが混じっていた。
「エルタ! 来て!」
「カフもチボゴンもおかしくなっちゃったよ。何か言ってやって」
エルタは少し空を飛び、近づいてきた。しかし、その冷たい目つきは変わらなかった。
「何もおかしくなんかないわ」と彼女は言った。
「どうして? ユウトが殺したとか、変なこと言ってるのに」
「起きたことはカフから聞いたわ。ユウト、やってくれたわね」
「何もやってねぇって!」
「あなたの話なんて、聞く気はないわ」
「どうしたの? エルタ。ユウトは仲間だよ」「お前らしくないぞ」
レドとバースはなだめようとするが、エルタは顔色一つ変えない。
「あなた達はいいわね、気楽で。仲間だと思ってたんでしょう?」
「どういうこと? 何言ってるの? 仲間だよ」
「あなた達のような人達が、何も知らないまま騙されて、殺されるのよ。ドゥムとダイムのように」
「えっ……?」
「なんで信じないんだよ」
カフもまくし立てる。「ドゥムとダイムが……俺の目の前で、死んだんだ。ユウトが罠に掛けたんだ!」
「罠?」
カフが連れてきた村の住民の中でも、数少ない冷たい目をしていないひとり、酒場の店員のブドウ、マートが前に出てくる。
「ねえ、カフ。それって本当なの?」
「本当なんだ、マート。ユウトは危ないぞ!」
「本当に殺したというなら、遺体は残ってるはずだ」
「どこにいるの?」
「いや、ない。跡形もなく消えた」
「消えた……?」
「ユウトが2人を殺して……それで、2人は消えたんだ。光になって!」
「えっ? 光になった?」
「本当か?」
「何か仕組んだに違いない!! 罠を仕掛けたんだ。そんな方法、この中に知ってる奴いるか!? ユウトしか居ねぇだろ。そんな方法知ってそうなの!」
カフに連れられてきた住民の中で、マート同様、ユウトに白い目を向けていないひとりである、ミカンのロルピーが来た。
「ユウト……カフ、ずっとこんなこと言ってる。エルタもチボゴンも、カフの話聞いたら同じ感じになっちゃった。変だよね?」
「困ったものだな」とバース。
「ユウトがそんなひどいことするわけないのに!」シュケリが言う。
「そうだそうだ!」エイウェンが同調する。
「落ち着け、カフ。整理したほうがいい。ユウトの話を聞け」
「いいや。駄目だ! こいつ、いつ何を仕掛けるかわかんねーぞ。お前らも殺されるぞ!」
「何を言ってるの? もう、やめてよ。仲間なのに!」と、レド。
「場所はどこだ! どこで起きたんだ!」チボゴンがわめく。
「場所は……」
カフは少し迷ってから続ける。
「ユウトの家の近くにデカい木があるだろ。そこの下だ。あそこが怪しい!」
「知らない! ユウトなら知ってるはずだ。でも、実際ドゥムとダイムがいなくなった。これは本当だ!」
「間が怪しいんだけど」ユウトが指摘する。
「お前が言うなよ! お前がやったんだろ!」
「デカい木?」
バースが言った。
「今日ワシはドゥムと一緒に、しばらくそこにいたが……」
「そこで何があったっていうの?」
「ひとまず、行ってみるか」
それから彼らは、件の大木の下に行ってみた。単なる大木だ。カフ達は事件の手掛かりになりそうなものを提示することもなく、棒立ちになっている。
「おいカフ、ここに何があるんだよ」
「お前が知ってんだろ! お前が言えよ」
「なんで俺が自分で言うんだよ。いい加減にしろよ」
「本当にユウトがやったというなら、何かありそうだが、何もないな」
「だから、何も無ぇんだって。証拠なんか」
「どうしてなんだ……どうして……ユウト! お前のこと、信じてたんだぞ!」カフは泣いている。
「何泣いてんだよ」
「お前が知ってるくせに! 言えよ!」
「ユウトが全部知ってるのよ。話しなさい」
「そうだ、お前、とぼけるなよ!」
村の住民が口々にユウトを責める。「そうだぞー!」「信じてたのにー!」
「ちょっと! もうやめてよ。なんでカフとエルタとチボゴンの話ばっかり信じるの?」
「いいや、ユウトがやったんだ!」
「もう、なんでこんなことになったの?」
「エルタ。本当に、どうした? 何かあった時、お前はいつも一番冷静だったろう?」
「そうだよ。今日はどうしたの? 仲間を疑うのはやめてよ」
「エルタ……怖いよ」シュケリは細かく震えている。
「さっきからなんの話してるの? ユウトが村の仲間殺すなんて、あるわけないのに」コモも怖がっている。
「いいえ。あなた達は何もわかってない」エルタは、先ほどより冷たい目つきをして、拒否した。
「お前が目を覚まさなくてどうするんだ」
「目を覚ますのはあなた達よ。駆け出しの子達も、そんな奴と一緒にいちゃ駄目。殺されるわよ」
「そんなことないよ……」
「ユウトは今日もボクらを助けてくれたんだ」
「いつも通り、魔獣を一緒に倒したよ。なんでそんなこと言うの?」
「何も知らないのね。可哀想に」
「さっきから、お前、なんだ?」ユウトはエルタに近寄る。
「どうしたの? ここで直接殺すつもりなのね。みんな見てるわよ」
「なわけねぇだろ」
「せっかくだから言っておくわ、ユウト。今まで黙ってたけど……実は最初から、あなたのことを怪しいと思ってたの」
「どうして!?」
「仲間なのに!」
「だって、ユウトが初めて村に来た時のこと、覚えてる? 冒険者も魔晶も何も知らないし、巻貝とかスマホとか、おかしな物を持ってるでしょう。何か目的があってここに来たんじゃないの?」
「えっ?」
「知ってるようなら本当のことを言いなさい。そうでなかったら……」
「知らないって!」
「そう……。まだそんな態度を続けるの?」
「いや、本当に何も知らないんだよ! 俺は!」
「ユウト、お前……弁解するつもりなら、今のうちだぞ」チボゴンがユウトをにらむ。
「あなたが、罠を仕掛けてドゥムとダイムを殺したの」
「どんな罠だよ。それがわかるまでは、ユウトが仲間を殺したなんて思えない!」
「そうだよ!」
「どんな罠ですって? そんなの、ひとつしかないわ」エルタが言った。
「なんだ?」
「ユウトが持ってるスマホよ」
「え?」
「スマホ……?」
「そのスマホ、魔法みたいなすごいことができるでしょう? 私達の見た目をそのまま、分身にして残せたりするじゃない」
「そうだな! 俺らと同じようなのを、同じように動かしたりもできるよな」
「分身っていうか、ただの写真……」
「きっと、そのシャシンになったドゥムとダイムを消せるってことじゃないの」
これで村はさらに騒然とした。
「わかったぞ、ユウト! 最初からそれが目的でこの村に来たんだな!」
「最悪! 信じてたのに!」
「最初から仕組んでたんだ! お前が!」
「写真はそういうのじゃねぇよ!」
「じゃあなんだよ!」
「ただ見えてるものを、残しただけだよ」
「なんのためだよ! 殺すためだろ!」
「何言ってんだよ……」
ユウトは徐々に、大声が出なくなっていた。反論しても無駄な気がしてしまう。心が折れてきているのだろう。
村人は俄然強気に責めてくる。
「もう認めろよ!」
「お前が殺したんだ!」
カフ達は単なる決めつけで議論を展開し、大声でがなり立てているだけだ。しかし駆け出しはついに彼らに傾いてきてしまったらしい。
「ユウト……わかった」エイウェンが言う。
ユウトは『え』の形に口を開いた。すると、彼は続ける。
「お前がやったんだな」
ユウトは軽くめまいを起こした。何も言い返せない。
「お前、間違ってるぞ! ユウト! どうしてやったんだ!」
「お前……。お前もかよ」ユウトは気の抜けた声を発する。
「だって、これだけたくさんの人が言ってんだから!」
「証拠も無ぇんだぞ」
「でも! みんなが言ってるから!」
エイウェンの説得もままならぬうちに、彼の横でコモが純粋な目で言う。
「ユウト、どうして殺したの?」
「殺してねぇって」
「殺したんだよ!」カフが怒鳴る。
「お前は黙れ!」
「ユウト、なんでそんなひどいことしたの?」シュケリは涙目で訊いてきた。
「お前まで……」
「シャシンで消せるって、じゃあ、私達何回もシャシン撮ってもらったのに、私達……殺されるの?」
「殺さねぇよ。なんで俺がそんなことするんだよ。あのな、なんでもかんでもすぐ信じるな!」
「でも、なんでみんなあんなこと言ってるの?」
「あいつら、どうかしちまったんだよ」
「バース、どうしよう」レドはとても困惑していた。「どっちを信じたらいいんだろう?」
レドはバースに尋ねたが、彼は無言で首をひねっていた。
「えっ? バース?」
「本当にシャシンが呪いだったとしたら、既にワシらは全員呪われてる、か……?」
「えっ……」
その言葉で、駆け出しも他の村人も震え上がった。
「どうしようバース! ボクら、呪われたのかな?」
「みんなどうなっちゃうの?」
「どうもならねぇよ! もうスマホだって電池切れてるし……」
「その電池とかいうのも、言い訳でしょう?」
「ああ、大変だ! 全員、ユウトのシャシンの呪いに掛かったんだ! どうしよう!」
村人の数人はパニックを起こして、その場から走って逃げていった。
「ユウトに殺されるー!!」ミカンのロルピーが絶叫して、草原に出ていく。
ユウトはもはや反論する気すら失せていた。
仲間だと思ってたのに。戦いで守ってやったのに。ずっと味方でいてくれると信じたのに。
そうじゃなかった。こいつらは、敵だ。
「信じてたのに。ユウトのこと、信じてたのに。本当に、仲間だって思ってたのに!」
レドは泣き出してしまった。
それを見て駆け出しの4人も、それぞれに反応こそ違えど、皆ユウトから心が離れているようだった。
「ユウト! おかしいぞ! 絶対おかしい! お前、間違ってる!」エイウェンはユウトをにらみ、まくし立てる。
「ユウト……? なんで……?」シュケリは困惑して、まだぷるぷると震えていた。
あとの2人は何も言わなかったが、コモはユウトを責める目をしていて、ラースラーノは涙目でうつむいていた。
「レサニーグから出ていけ!!」
「お前、俺達にこんなひといことするなんて!」
「出ていけ! 早く!!」
ユウトの中で、こらえがたい怒りが湧きあがっていた。もはや我慢しているのは不可能だった。
「わかったよ」
このユウトの一言に、村人は静まりかえった。
「わかったよ! もういいよ。わかった。お前らのことなんか、知らねぇ。オレだってお前らのこと、信じたんだ。仲間だと思ってたんだぞ。訳わかんねぇこと言い出して、一日で手のひら返すのか。じゃあ、もうお前らのことは信じねぇ! この世界のことも知るか!」
村の住民は沈黙した。ユウトは怒りをぶちまけ続ける。
「言っとくけど、俺だってお前らと一緒に行動すんの、我慢しながらやってたんだぞ。それは言っとくからな! あのなぁ、イカとかメロンとか、トウモロコシとかピーマンとか……お前ら、人間にとっちゃ食い物なんだよ! イカとトウモロコシはお祭りで焼いて食うやつだし、七面鳥だって、アメリカとかじゃ丸焼きにして食うんだからな! 俺だって人間がひとりもいないのに、お前らに合わせてたんだぞ! それをこんな風に裏切りやがって!」
レサニーグの人々は水を打ったように、一言も発しなくなった。皆、じっとユウトを見ている。
ある者は怯えた顔つきで、またある者は憎しみの目で。
今まで一緒に戦ってきた仲間も、駆け出しの皆も。もはやこの場に味方はいなかった。
「じゃあな。お前ら全員、もう顔も見たくねーよ」
ユウトは振り返った。彼の背に言葉をぶつける者はないが、侮蔑的な視線で身が焦げるのではないかと感じた。
もし今、誰かが追いかけて攻撃を仕掛けてきたら。
そしてそれがもしカフだったら――もちろん無抵抗で殴られてやるわけがない。
この時でさえ彼は気づかなかったが、明らかにユウトの心には、当初からある否定しがたい感情があった。
それは、結局のところ自分は人間であり、この村の住民は人間ではない、という優越的な姿勢だ。
彼らがどれだけ強かろうが、いい奴だろうが。
この世界を訳もわからないまま訪れ、行き場もないところを拾ってもらった上、外見の違いも超えて対等の仲間として受け入れてくれた恩があろうが。
ユウトの中では、この村の一員として受け入れてもらっているから住民達を仲間として尊重するのであって、ひとたびこうして信じた仲間から手のひらを返されれば、隠れていた感情が露呈するのである。