第16話 駆け出しとともに
レサニーグで何が起きているかも知らず、ユウト達は草原でいつものように魔獣を狩った。
「いっくぞぉー!」
エイウェンはハンマーを脇に持ち、やや身を屈めて懸命に敵へ走っていく。
彼の正面、はるか遠くに一頭のウールソ。
牙を剥き出しにして両手を掲げ、獲物と見定めたシマウマに向かい疾駆する。
ウールソがまだ遠くにいる間から、エイウェンは走ったままハンマーを構える。そして、技の名を叫びながら振りかぶった。
「ターゴ・カイ・タギ……わぁー!」
技名を言い終わる前に、エイウェンは派手にすっ転んだ。
彼は勢いよく顔から地面に落ち、手を離れたハンマーが草の上を二、三度跳ねて転がった。
「痛ってて!」
エイウェンの前にウールソが両手を広げ、迫ってくる。それに気づくも、彼は悲鳴を上げるしかできない。
「うわあぁぁ!」
そこでユウトがウールソの前に割り込み、剣の一閃。
「電影剣っ!」
瞬く間に熊を葬った。散らばる魔晶のそばで、エイウェンはうつ伏せに倒れたまま泣いた。
「うぅー、怖かったぁー」
「無理すんなよ、もう。ひとりで行くなって」
「だってぇー」
一方別の場所では、パイナップルのラースラーノが緑色の棒の先に大きな黄色い輪のついた不思議な武器を、走ってくる四つ目の狼に向かって両手で構える。
「ローンド・デ・リギーロ!」
黄色い輪が水銀灯のように淡く輝いて、ラースラーノは四つ目の狼ルーポをまっすぐ突いた。
しかし、命中しても大して効いていないのか、ルーポはさらに向かってくる。
「グウアァー!」
「きゃああ!」
ラースラーノは腰を抜かした。すると、呪文が聞こえる。
「ベーラ・レーヴォ!」
ラースラーノの目の前のルーポに三日月型の何かが突き刺さった。
「どう? 効いたよね!?」
シュケリはその三日月と似た物体が先端に取り付けられた、短い木の杖を尻尾で巻いて握っている。
ルーポに刺さった三日月はシュケリが撃った魔法のようだ。
ルーポは倒せないどころか、怒っている様子で、吠えながらシュケリに目標を替えた。
「ングアウォアー!!」
「えーっ、こっち来ないでー!」
シュケリは地面を這い、逃げる。だがルーポのほうが速い。
追いつかれそうになったとき、ひとつの人影がその前に立ちはだかった。
「んらぁ!」
ユウトがルーポに蹴りを繰り出した。思っていたほど脚が上がらなかったが、膝がルーポの左脚にかするように命中した。
「ギャオァ……」
ルーポは地面を転がり、短い悲鳴とともに消えた。
「はぁ、怖いよ~! 魔獣怖い!」
シュケリはユウトのところまで這ってきて、彼の身体に巻きついた。
大蛇の体重で倒されそうになるのをどうにか耐える。
「お前、よく当てたな」
「ラースラーノに当たりそうだったぁー」
ユウトはラースラーノがどこにいるか、視線を動かして探す。
彼女は先ほどの位置から動かず、地面にへたり込んでいる。
様子を見に行くため歩こうとするが、シュケリはユウトの両足首から膝にかけて巻きついており、彼の両足が縛られたようになっていたので、前につんのめってしまった。
「大丈夫? ユウト!」
「いや、そこにいたら歩けない」
「なんで? また私のこと重いって言うつもり?」
「重いのは重いよ」
「えーっ! ひどい!」
シュケリは尻尾でユウトの腕をぺちぺち叩いた。
「わかった、ごめんごめん。ラースラーノが気になるんだって」
「あ、確かに」
シュケリはユウトから降りた。一緒にラースラーノのところまで行くと、彼女はうつむいて泣いていた。
「大丈夫か?」
「うん……でも、ちょっと怖かった」
「ラースラーノ、頑張ってたよ」シュケリはラースラーノの背中を自分の身体でこするようにしてなでた。
「うん……」
「他の奴らは?」
ユウトは周囲を見回す。
「そういえば、どうしてんだろ」
それに合わせてシュケリも同じように仲間を捜した。
「くらえ~~~!!」
シマウマのエイウェンはルーポの群れにハンマーを振りかぶった状態で突撃していき、ある程度敵に近づいたところで技名を何度も叫びながら武器を上下に振りまくる。
「ブリーロ・カイ・マルーモ! ブリーロ・カイ・マルーモ!」
普段は冒険者のいい的であり、駆け出し連中の訓練相手とみなされているルーポであっても、さすがにこんな適当な攻撃を食らうほど馬鹿ではない。
彼らはハンマーの射線を避け、斜めからエイウェンを噛みつきにかかる。
武器を振れば当たると思っているのか、まったく警戒していなかったエイウェンはあっさりとルーポの牙にかかった。
「ぎゃーーーー! 痛てててて! うわあああ!!」
「レプロドゥクタード!」
ピーマンのコモがト音記号に若干のウェーブを掛けたような不思議な形状の武器を振り、四分音符型の弾を次々と発射していく。
すべてルーポに命中し、倒れていく。
彼らが消えた後、転がる魔晶に囲まれるエイウェンの姿が露わになった。彼は腕や腹から血を流して倒れていた。
「回復、し、て……」エイウェンは虫の息だ。
「シレーントゥ」
コモはエイウェンに向かって呪文を唱えた。エイウェンの身体が黄色と緑の二色の光に覆われる。
「どう?」
「あー、ちょっと、痛くなくなった」
「シレーントゥ、シレーントゥ、シレーントゥ!」
「はぁー、よかった。治ってきた……」
「疲れたよ、回復魔法使い過ぎた」
コモはカバンの中を探ると、こんな時に使うべきものを見つけたようだ。
「……あ、傷薬あった」
「早くしてー」
コモはカバンから木でできた茶色い小ビンを取り出すと、蓋を開けてエイウェンのそばで逆さにする。白濁した液が、ドバドバとシマウマの上に降り注いだ。
「ああ……ちょっとよくなった」
コモはエイウェンの隣に座った。
「遅いよー!」
「回復してあげたのに、怒んないでよ」
「おれ、なんでルーポに勝てないんだろう」
「攻撃が当たんないからじゃない?」
「えー! どうして当たんないんだろう」
「エイウェンの戦い方って、カフみたいだよ」
「だって、武器は思いっきり振れって言われたから」
「誰に?」
「カフに」
「カフは駄目じゃないかなぁ」
「もう、だっておれ、カフの戦い方になっちゃったんだよ! カフに教えられたから!」
「ユウトに教わったほうがいいよ」
そこにユウト、シュケリ、ラースラーノが近寄っていく。まず先頭を切って、シュケリが地面を這って彼らのそばまで行った。
「大丈夫? うわあ! 血だらけ!」
「コモに治してもらったよ」言いながら、エイウェンは立ち上がろうとしたが、すぐに座る。
「大丈夫?」
「……ちょっと痛いかも」
「歩けなかったら、肩貸すか」
「いや、歩けるよ」
エイウェンは再び立ち上がった。
「無理すんなよ?」
「急いで帰らないと。早くバースに治してもらおう」
「ユウトは魔法使えないの?」
「この前バースに習ったんだけど、才能ないって言われたよ」
「えーっ!」
帰りの道すがら、エイウェンにラースラーノが何度も回復魔法を試みていた。それを見ながら歩いていたら、シュケリが巻きついてきた。
「おい、他の奴に巻きつけよ」
「あの、ユウト……言い忘れてたんだけど」
「ん? 何?」
「……ごめん」
「何? 何が」
「あのね、カフに昨日……言っちゃったんだ」
「はっ? 言っちゃった?」
「その、ね。だから、あの……アレ」
「アレ? って、まさか、アレか?」
「うん……」
「ちょっ、なんでだよ?」
「だって、ちょっとうっかりして」
「うっかり言うことかよ!」
「だって、一回『巻貝』って言っちゃったら、それ聞かれて――」
「だから、言うなって」
「あ! ごめん! うっかり言っちゃったんだ。でも……大丈夫だよ。仲間だから……」
そんな話をしているとコモが寄ってくる。
「何? なんの話してるの?」
「いや、別になんでもねぇけど」
「なんでもないの? よかったー」シュケリは安心したようだ。
「いや、お前はなんでもないことないよ」
「えっ! どっち?」
「もう、とりあえず帰ろう」
「なんだろう? 気になるなぁ」