第15話 嫉妬
大木の下で横目でユウトを見ていたのはドゥム。
何も言わず、意味ありげに彼をただ目で追っていた。
「どうした、ドゥム。何か気になるか?」
横でバースが話しかけた。
「いや、何も」
「そうか。ワシらもそろそろ冒険に行くぞ」
「バース、聞いてくれよ」ドゥムは普段と様子が違う。何か思い悩んでいるらしい。
「どうした?」
「最近、つまんねーんだよ」
「何が?」
「ユウトの奴、弱い奴らとばっかつるんでよぉ」
「あいつは若い連中の面倒をよく見てる。このままいけば、皆いずれ立派な冒険者になるだろう」
「そうだろうな。ああ、そうだろうよ」
言葉では肯定しつつも、ドゥムは非常に不満そうだ。
「何が気に入らない?」
「あんたはいいのか、このままで」
「どういうことだ?」
「ユウトの奴、このままいったら俺らのこと忘れちまうんじゃねーかってさ」
バースは、何を言ってるかわからないという表情で黙った。するとドゥムが続ける。
「バース。お前には理解できねーかな? 俺も、こんなこと思うの初めてだ」
「何を思った?」
少し間を空け、思いを整理するように時間を作ってから、ドゥムは答えた。
「気に入らねぇんだ。あいつのこと」
「ユウトが?」
「考えてみろよ……あいつが冒険者やってんの、俺らが誘ったからだよな? そもそもさ、俺が最初に傷薬掛けなかったら、あいつ右腕どうなってた? 俺とカフがレサニーグに誘わなかったら、あいつ、あのまま野垂れ死んでたろ?」
バースはこの主張に対し、首を横に振った。
「そんな考えは捨てろ。ワシらは同じレサニーグの冒険者……仲間のはずだ」
「……そうだな」表情を変えずにドゥムは答えた。
バースは立ち上がる。
「ドゥム。お前、変なことを考えるなよ。らしくないぞ」
「ああ、大丈夫だよ」
バースは立ち去った。彼がいなくなるのを確かめてから、ドゥムは舌打ちして吐き捨てた。
「バースじゃ駄目だな。頭が固い」
彼は大木の根元に寝転ぶと、枝葉の間から差し込む陽光を感じ、目を閉じて独り言を続ける。
「どうすっかな……ユウトの奴、このままレサニーグにいるんだろうな。なんとかできねーかな……」
すると、仲間の声が。
「よう……」
ドゥムが目を開けると、そこにメロンが立っていた。
「カフ!」
「悪い、今の話聞いちまった」
「そうか……」
少し気まずい間ができてから、ドゥムはカフに訊く。「……お前はどう思うんだ?」
「ユウトのことか?」
「そうだ」
カフは少し答えに迷ってから周囲を見回し、ドゥムにささやいた。
「俺、ちょうどお前と同じこと思ってたんだ」
「えっ? マジで?」
カフはドゥムの隣に座る。
「ああ。ユウトにはちょっと、思い知らせなきゃって思ってたんだ。ガキんちょ連中、俺らじゃなくてユウトのほうにばっか行ってるし」
「だよな。あいつら、そもそも俺らが面倒見てたんだぜ。恩知らずめ」
「エイウェンの奴、昨日オレが討伐に誘っても、『ユウトと行くから』つって断りやがったんだ」
「許せねぇな」
「でも、どうすりゃいいかな。ユウト、強いからな。直接戦ってもキツいし」
すると、カフはにニヤリと笑って言う。
「実は、いいこと聞いたんだ」
ドゥムとカフはユウトの家に侵入した。
お互いが近しい関係性で、あまり物事を深く考えない住民がほとんどのレサニーグでは、皆、誰の家であろうと構わず出入りするのが日常だった。
2人がユウトの家のドアを開けようと、誰も不自然に思わない。
カフは部屋の奥に入っていき、ある棚に詰め込まれた木片や石をベッドに投げ捨てていく。
「どうした? 何してんだ?」
「あった」
カフは棚の奥から布で包まれた箱を出して、ベッドの上に置いた。
「それがなんだよ」
カフは包みを解き、蓋を開けた。中には、あの派手な巻貝が入っていた。
「よし、これだ!」カフはよこしまな笑みを浮かべる。
「巻貝……?」ドゥムは近寄って見つめる。
「そういや、あいつがここに来た日、持ってたな。あれから見てねぇけど、ここにあったのか」
「こんなに大事にしまってんのは、どうしてだろうなぁ」
カフは木箱から巻貝を取り出し、全体をぐるりと眺めながら言った。
「確かに……。この巻貝って、あいつの宝物なんだろうな。でも、これがどうした?」
「これが、ただの宝物じゃないんだ」
「なんでだ? 聞いたのか?」
「シュケリ、いるだろ。ユウトとよく一緒にいる蛇」
「ああ、あいつがどうした?」
「この前シュケリがさ、なんか『巻貝が……』とか言いかけて黙るから、訊いたんだよ。そしたら、秘密だって言ってこっそり教えてくれたんだ。ユウトはクラシュキーか、オカヤーケか忘れたけど、あっちからここに来るのに、巻貝使ったんだってさ」
「そんなの……初耳だ」
「そうだ。ユウトの奴、俺らには何も言わねぇのに、シュケリには教えたんだ。ユウトは、巻貝は絶対使っちゃ駄目って言ったらしいけどな。人間じゃない奴がオカヤーケに行ったら殺されるってさ」
「どういうことだよ。オカヤーケ? 俺らが行くって?」
「そうだ。この巻貝で、行けるんだよ。ユウトの世界に」
それを聞いたドゥムは息を呑み、言葉を失った。
ユウトの世界。それが意味するものが、わからないはずなどない。
あの人間の出身地は、話を聞いてもまったく理解できないような場所だ。
黒い道と四角い大きな建物、そして数多くの人間が住んでいる。そこに行けるとは――。
「すごいだろ?」カフは得意そうに笑っている。
「本当か? これでユウトの世界に?」
「そうだよ。だって、この巻貝でユウトは向こうからこっちに来れたんだぞ。こっちからも、向こうに行けるらしい。シュケリはそう言ってた」
ドゥムは考え込んでいる。するとカフがいよいよ提案する。
「なあ、ドゥム」
「なんだ?」
「オカヤーケに行こう」
ドゥムはこの提案に押し黙る。そんなことをすればどうなるか、想像できないわけではない。
「どうしたんだよ? 行きたくないのかよ」
と、カフはよこしまな笑顔のまま、しきりに促す。するとドゥムはゆっくり疑問を口にした。
「……シュケリは、俺らがオカヤーケに行ったら殺されるって言ったか?」
「そんなの気にするなよ。俺ら、冒険者だろ?」
「ああ、訊いただけだ」カフの言葉で、ドゥムは決心がついたようだ。
「ユウトはあっちの世界じゃ弱かったって言ってたし、どうせ他の人間も弱えのばっかだよな。襲ってくる奴がいたら、やっつけてやる」
「決まりだな! これでユウトに仕返しできるし、行ったことないとこにも行ける。最高だ」
ドゥムは、これから始まるであろう変化に心躍らせるようにしてベッドに腰掛けた。
「すごいぞ。本当にユウトの世界に行くのか、俺ら」
彼は両手を見つめている。黒い肉球がついたアライグマの両手だ。
「そうだよ。あいつが間抜けなおかげで、明日が楽しみだ」
「でもカフ。あいつの世界に行って、何する?」
「オレ、クラシュキーに行きたい。どんなとこなんだろ」
「ああ、いいなそれ。あの『シャシン』ってやつでしか見たことねぇもんな」
「ドゥム。お前、どうしたい?」
「俺はあっちに行って、大勢人間がいるのを見たい」
「あー、きっとクラシュキーもオカヤーケも、いっぱい人間いるぞ」
「楽しみだな」
「あっちでも魔獣を狩って稼ぐぞ」
「いや……あっちには魔獣っていないんだよな」
「あれ、そうだったっけ」
「ユウトが言ってたろ? だって、ユウトは魔獣のこと知らなかったんだからな」
「そうだったなぁ。じゃ、どうやって魔晶手に入れる?」
「さあ。あっち行ってから考えようぜ」
「そうだな。寝るか」
「寝る? なんでだ? 巻貝使うんだろ」
「だから、寝るんだよ。シュケリが言ってたんだ、巻貝を枕元に置いて寝たら別の世界に行くって」
「なんだって? ユウトの奴、だから巻貝をあんな奥に押し込んだのか?」
「そうだ。だから、オレらに巻貝使われないように、大事に棚に入れたんだろうけど。残念だったなぁ、シュケリに言ったのが間違いだったな」
「よし、じゃ早速寝るか……いや、ベッドなんとかしねぇと」
ユウトが巻貝を封印するために棚に押し込んだり、木箱を巻いたりするのに使った布や木片などは、今はベッドの上に散乱していた。
ドゥムとカフは空の木箱を布で巻いて元の棚に戻し、手前に木片と石を置いた。
見た目上は、巻貝の封印に手をつけていないかのようになった。
そしてドゥムとカフはベッドに巻貝を置いて一度横になったが、すぐにドゥムが言った。
「待てよ。俺らだけで行くのか?」
「他の奴、誘うか?」
「あー、でもエルタは駄目だな。あいつ、こういうのにうるさいからな」
「レドは?」
「乗ってきそうだけど、確かあいつエルタと一緒にいたぞ」
「ダイムは……わかんねーな」
「あいつもバースみたいにゴチャゴチャ言ってくるかな」
「他の連中は? マートとかチボゴンとか、ロルピーとか呼んでくるか」
「うーん、でもまずは俺達だけで行こうぜ。早くしないとユウトが帰ってくる」
「そうだな。一回俺達だけでな」
ここで、ガチャッと音がした。
ドゥムとカフの間に『まずい』という緊張が走る。家のドアが開いたのだ。
家の主が帰ってきたかと身構える。
しかし、彼らが入口に目をやると、見えたシルエットは人間のそれではない。
入ってきたのはイカのダイムだった。
「ダイム……!」
ダイムは何も言わず、ふたりを見据え、ずかずか近づいてくる。
「ああ、えっと。別に俺達、なんの話もしてないぜ」カフは冷や汗をかいている。
「そうだよ。どうしたんだ?」ドゥムもひきつった笑いを浮かべる。
「ここに、なんの用だ?」ダイムはドスの利いた声で訊く。
「お前こそ、どうしたんだよ」ドゥムが訊き返す。
「外に声が聞こえてたんだ」ダイムが言って、ドゥムとカフは震え上がった。
「なっ……なんの話もしてないんだって」
「やめろ、カフ。無駄だ」ドゥムはカフに言ってから、ダイムに尋ねる。「どこまで聞いた?」
「お前らがこんなことをするとは、意外だったぞ」
このダイムの一言に、カフもドゥムもいよいよ血の気が引いた。
しかし、次の彼の一言はふたりの予想を裏切った。
「俺も入れろ」
ふたりは一気に安心した。
「マジで……?」
「本当か?」
「ああ。ユウトには悪いが、俺も『人間』というやつをもっと見たいからな。それに、ユウトの世界にいる強者と会ってみたい」
「さすがダイム! よかったぁー!」カフは満面の笑顔になった。
「だから、声がでけぇよ。カフ」
そう言いつつ、ドゥムも表情が緩んでいた。