第24話 悪意と友情
ミスペンが恐る恐る、そばにいるらしきアウララに話しかけた直後。返事の代わりに返ってきたのは、頭頂部への、岩でも落ちてきたのかというほどの衝撃だった。同時にゴンという大きな音が聞こえ、一瞬視界が赤くなった。ミスペンは声も出せず、地面にうずくまる。
「いやーっ! ミスペンさん!」
「大丈夫かよ!?」
「えっ、ええっ……どこから!?」
「くそっ……!」
パーダルは銃を出し、ゴーグルを青く光らせるが、何もわからないらしい。周囲を見回しながら手当たり次第に銃口を向けている。するとアウララは姿を見せず、彼の声だけがした。
「そこにいるのか、だと? 間抜けだな! おい、ミスペン。わかってんだろ? 自分が何やったか。オレ様、てめぇとラヴァールの野郎だけは絶対許せねーんだよ。今日はやってくれたな? オレ様があんなコケにされたの、初めてだぜ。どうやらお前、世紀の大泥棒の恐ろしさを骨身にまで味わいたいらしいな」
言い終わるやいなや、ミスペンは再びガンという音を聞いた。側頭部に鋭い痛みを覚え、横倒しになる。そこに、さらに今度は腹に一撃。そのまま、ドン、バンと全身の様々な箇所を何かで殴られる。
何もできず、ミスペンはその場に倒れた。
「うっ、ぐ……あぁ……」力なく、声を出すしかできない。
コーニルスとリムナルスが泣き始める。
「やめて! お願い。ひどいことしないで!」
「あぁー! 何が起きてんの? 怖いよぉ!」
他のスカーロも多くは、何が起きているのかわからずオロオロするばかりだった。その中、クフェルスは迷わずミスペンの近くに来て、四つん這いになった。倒れたミスペンの身体を守るように。
これを見てトージュルスが周囲に呼びかける。「みんな、ミスペンを守るぞ!」
これにまず答えたのはキンギルスとネモフルス。
「おう! クフェルスひとりにやらせてらんねぇ」
「僕らの出番だね。姿が見えなくても恐れることはない」
まずトージュルスがクフェルスの上に覆いかぶさると、上にキンギルス、ネモフルス、さらに続いて十数人のスカーロが雪崩をうってその身を預けた。身体の上にスカーロが乗るたびにクフェルスの身体はかすかに揺れた。相当の重さが掛かっているはずだが、どれだけの人数が乗っても、彼女はミスペンが潰れないように四つん這いで支え続けていた。
ミスペンとクフェルスの顔はすぐ近くにあった。彼女は普段通りの眠そうな顔つきのまま、声ひとつ出さず、ただ、ふーっ、ふーっと熱い息を吐いて耐えていた。
「クフェルス……ありがとう」
ミスペンがつぶやくと、クフェルスは苦しそうに「んんーっ!」と高い声でうなった。
「おい! 泥棒!」クフェルスのすぐ上でトージュルスが宣言する。「ミスペンはパフィオペルスの友達なんだぞ。ひどいことしたら承知しないからな! かつおだしもあげないぞ!」
「残念だが、君はネックレスは盗めたとしても、僕らの友を奪うことはできない」さらにその上に乗っているネモフルスが続いた。
「フッ。見えざる悪意より、形ある友情……そういうことさ」少し離れた所から、ヘリオトルスの声もする。
アウララはこの反応を見て、それ以上何も仕掛けてこなかった。透明になれる彼は、やろうと思えばこの状況でもミスペンを殴ることはできたのかもしれない。あるいは、上で守っているクフェルスの脇をくすぐって、ミスペンをスカーロ達の体重で押し潰す結果をもたらすこともできただろうか。だがそうせず、代わりに彼はしみじみ言った。
「へーえ……。これが、スカーロね。なるほど、よくわかったぜ」
今までとは異なり、やや含みを持たせた感じで、ゆったり間を置きながらの発言だった。
「そうだぞ!」トージュルスは熱弁する。「理解したか泥棒! お前がどんだけ悪い泥棒でも、姿が消せても、俺達の想いには勝てないぞ!」
「トージュルスの言う通りだ」ネモフルスが続く。「そんなつまらないことはやめて、僕らと仲良くしようじゃないか。一緒に酒を飲んで、丼を食べよう。そうすれば、盗む必要なんかないと気づくはずだ」
これに、アウララはゆっくりと答えた。
「そうだな、よくわかった。お前らは本当に、救いようのないアホだ」
「えっ……」
「なんだと!?」
「アホだとぉー!?」
「あのな、よく考えろ」アウララは続ける。「お前らが守ってるそいつは、本当に『友達』か? どこまでわかった上で言ってんだ?」
アウララは嘲るように言った。スカーロ達は互いに顔を見合わせる。
「えっ……」
「あいつ、何言ってんだ?」
ミスペンはクフェルスの身体の下、狭い中でどうにか腕を回して殴られたところを回復しながら、その場のスカーロ達に呼びかける。
「奴の言葉を聞くんじゃない! 奴は、泥棒だ!」
ミスペン達を仲間と信じて疑わないスカーロ達は、一斉にアウララを責め立てる。
「そうだ、その通りだ! ミスペンの言う通りだぞ!」
「泥棒! お前に何がわかるんだ!」
「さっさと盗んだものを返せー!」
「泥棒さん」コーニルスは涙を拭きながら懇願する。「お願い、これ以上悪いことしないで。そうやって盗んでも何もいいことないよ。今日は楽しい宴なのに。バイカルスさんの病気が治ったんだよ?」
「そうだぞ! 俺らで頑張って病気治したんだ。台無しにすんじゃねぇ!」
アウララは声のトーンを一段落とし、さらにゆったりと間を開けて言った。
「治した? ふーん、治した、か」
「何が言いたいんだよお前は!?」
「一応オレ様、最初から見てたんだけどよ……」
このアウララの発言に、ミスペン含め、異世界から来た4人は一気に緊張する。
「おい、お前!」ロテがアウララに言った。「何が欲しいんだ。もう目的済んだろ? どうせお前が満足するもんはここには無ぇんだよ。十分だろ!」
「ハハハ! 言われたら困るってか。そりゃ困るだろうな」
「なんの話をしてんだ?」キンギルスは顔をしかめる。
「あいつは泥棒だ。口から出任せを言ってるだけだ」と、ミスペンがごまかそうとする。それもお見通しと言わんばかりに、アウララは返す。
「ハハハ、安心しろミスペン。言わねぇよ。そのほうが面白ぇからな。せいぜいスカーロとの友情を楽しんだらいいんじゃねーの? 気持ち悪くて吐き気がしそうだぜ」
「吐き気がするだと!?」
「さては、サルタンテを飲み過ぎたんだな」
「泥棒さん、そんなこと言わないで。仲良くしよう?」
「あいにくお友達ごっこはとっくに卒業したんだよ。お前らスカーロは本当のことを知らねぇ。今日、何が起きたか。誰が何をしたか。お前らの頭ん中はどうせ脳みそなんかなくて、石コロでも詰まってんだろ? 考えてもわかんねぇぜ」
「えっ……」
「耳を貸すな! あいつは泥棒だ。あいつを絶対に許すな!」
「そうだそうだ、ミスペンの言う通りだ!」
「かつおだしいっぱい作ってお前に勝つからな! これ以上泥棒しようとしても、おれのかつおだしがあるから無理だぞ!」
「あ、そう……つまんねぇな」アウララは本当に退屈したような口調だった。
「泥棒! 黙れ泥棒!」
「指輪、返せー!!」
スカーロは大騒ぎするが、それ以後アウララの声は聞こえなくなった。