第23話 見えざる泥棒、みたび
謎の人物の声で再び村のスカーロは騒ぎ始めた。
「今のは誰だ?」
「どこだ? どこから声がするんだ?」
しかし、声のするほうを見ても姿はない。それ以外の方向にも。だからこそ、ミスペンは確信した。奴だ。あの泥棒がここにも現れ、盗みを働いたに違いない。
「やはりお前か! アウララ!」
空に向かって名を呼ぶミスペンに、泥棒は姿を見せず答えた。
「ミスペン、どうしたんだよ。オレ様、お前に何かしたか?」
姿はそこにないが、ミスペンは彼の顔が目に浮かぶようだと感じた。さぞかし、邪悪な笑みを浮かべているに違いない。
「姿を消して盗みを働くような真似はやめたらどうだ?」
「優等生ぶりやがってよォ! お前だって腹ん中は真っ黒だろ?」
ミスペンは、『勝手なことを言うな』――などと言い返したかったが、ここでやったことを考えると反論する材料はない。しかし、アウララがそれを知っているとも思えない。
「ミスペン、アウララとは何者だ?」パーダルが訊いた。
「奴は――」
言いかけたところで、スカーロのひとりがある場所を指差して言った。
「あそこだ! キンギルスさんの家の上!」
他のスカーロも見つめる。いたぞ、あそこだと口々に言っている。すかさず、パーダルの左肩の上のほうにあるハッチが開き、中から強力な光が放たれた。内蔵ライトにより、ある巨大な岩塊――もといキンギルスの家――の上が照らされる。
そこには、白い小さな人物が立っていた。世紀の大泥棒アウララ。首にはあのパフィオのネックレスを着け、まさにミスペンの想像そのままの嫌な笑みを浮かべていた。
「眩しいな、オイ」
照明を当てられても片腹痛いといった様子で彼は言った。アクセサリはどれも石の本体に小さな宝石がはめられた粗悪品だが、スカーロにとっては大事な宝物なのだ。
バイカルスはアウララを指差し、けたたましい声を上げる。
「あれ……パフィオペルスの、ネックレス! パフィオペルスのネックレスよ!」
これにアウララが余裕の態度で答える。
「他にもあるぜ、壺もコップも指輪もあるし。重すぎるからいちいち着けてらんねぇけどな。このネックレスだって外してぇし……ネックレスとは思えねぇけどな、こんなガラクタ」
「ひどい! なんでそんなひどいこと言うの!」
「重すぎるんだったら早く返してよ!」
「なんなんだよお前はー!」
スカーロ達の野次を、アウララは心地よさそうに聞いていた。
ここでパーダルが目にも留まらぬ動きで腕から小銃を出し、手に持ったかと思うとアウララに向けて引き金を引く。しかし彼の銃から弾が出る寸前、アウララはどこかへ消えた。直後、ガン! 石の砕ける音が響き渡った。遠くにある、誰かの家の壁に銃弾がめり込んだらしい。
「目標に命中せず……!」パーダルは悔しさを押し殺すように言った。
「何? あいつ消えたよ、どうなってるの?」
「なんなんだ、一体どんな方法を使ってるんだ?」
「許せないぞ!」
すると、またアウララの声だけが聞こえる。
「いきなり撃つなんざ、面白ぇじゃねーか。いいか、姿を見せろって言われてわざわざ来る奴なんていねぇんだよ。オレ様は一瞬だけならみしてやったけどな……理由はわかるか? お前らごときに、この世紀の大泥棒アウララ様は仕留めらんねぇんだよ」
「アウララだとぉ!?」
「なんだよ、泥棒しただけじゃなくて消えるなんて!」
「アリーアのくせに!」
「いや、あんなアリーア見たことないぞ! 出たり消えたりするなんて!」
スカーロ達は周囲をせわしなく見回すが、声の主はどこにも見えない。
「ミスペン、奴とは因縁があるようだな」パーダルはミスペンに言う。
「ここ数日の因縁だが……なんとかしないといけない。あの通り、色々な場所で盗みを働いてるらしい」
「奴はどうやって透明になってる?」
「あんたのスキャンでわからないのか?」
「スキャン対象が、そもそも検知できない」
「何……?」
その間にスカーロ達が罵声を浴びせる。
「どうなってんだよ! アウララ、ここに来い! 一発殴らせろ!」
「盗んだもの早く返せ! 代わりにかつおだしをやるから!」
「あたしのコップー!! なんで盗ったの、蹴ってやる!!」
スカーロの怒りの声は凄まじく、ほとんど会話ができないほどだった。
「リムナルス、あいつどうにかしろ!」ロテが言った。
「無理だよぉ! 怖いよぉ!」リムナルスは涙を流して泣いている。
アウララの嘲笑が聞こえる。
「ハハハハ、もう終わりか? お前らは図体ばっかりデカくて、なんにもできねぇんだよ。せいぜい吠えてな」
スカーロ達は何も言えなくなったようだ。
パーダルは短銃を構え、彼に告げた。
「アウララ、お前を拘束する。従わない場合は射殺する」
すると、またアウララの姿は見えず、声だけが聞こえた。
「はぁ? なんだ銀ピカ野郎。ひょっとしてお前、警察気取りか? 言っとくけどオレ様はお前らみてぇな無能に取れるタマじゃねぇぜ。オレ様の首が欲しいならなぁ、いきなりブッ放すんじゃなくて頭使え。警察ってのはどこの世界でも、口と見てくれだけの無能の集まりだな、えぇ?」
「けいさつ、だと……?」
「パーダルのおっさん、銃返せよ。オレがどうにかしてやるぜ」
ロテは早く返せと言わんばかりにパーダルに手のひらを上に出して向けるが、パーダルは「お前は黙っていろ」とすげなく答えるだけだ。
アウララの言いたい放題は止まらない。
「しっかし、なんだよグランダ・スカーロって。強ぇ奴らの国って聞いてたから、さぞかしお宝ため込んでるかと思ったら、ふざけてるぜ。そもそも、なんだよここは。石ばっかだし、こんなとこでよく生活できるよな。お前ら泥棒泥棒うるせぇんだよ、文句言いてぇのはこっちなんだよ。宝らしいもん、ひとつぐらい置いとけよな。こんな収獲の無ぇ日は何年振りかな、嫌になるぜ」
「じゃあ返しやがれ!!」
指輪を盗られたスカーロの男が、怒声とともにどこかへ突っ走っていく。しかし、相手がどこにいるかもわからないから無闇に走るしかない。結局、彼は誰かの家の壁にドカンと思い切り突っ込んだだけだった。
「おい大丈夫か!」他のスカーロ数人は心配して彼を追っていった。が、同じようにどこかの家にガン、ドンと接触する音だけが聞こえる。
「どこ行くんだよ! 笑わせんな。そういうことか? テメェらスカーロは、村にひとつも宝がない謝罪として、アホな行動で笑わしてくれんのか?」
「あいつ、どこまで……」
「ひどいよ!」
「あれが奴のやり方だ」ミスペンが言った。「透明になって盗みを働き、手も足も出ないで悔しがってる相手に、見えないところから罵詈雑言を浴びせるんだ」
「なんて奴だ、性根が腐ってるぞ!」
「卑怯すぎるわ!」
「あっ!」スカーロ少年のひとりが声を上げる。彼の指差す先は、別の家の屋根の上。そこにアウララが堂々としたたたずまいで立っていた。再びパーダルが銃を向けるが、アウララは撃つ前に姿を消し、隣の家の屋根上にワープした。
「だから、学習しろよ。無能がよ」
そう言い捨て、アウララはまた姿を消す。
「泥棒! 泥棒ーーー!」
「返せよぉー!」
スカーロ達は星空に向かって抗議の声を雨のように放ったが、返事はない。彼がこれでいなくなったとも思えないが、それでも、ミスペン達にとって何も打つ手がないことは間違いなかった。どれだけスカーロの力が強かろうが、透明の相手に何ができるわけでもない。そしてパーダルはアウララの居場所を調べようとも検知できない。
ミスペンはアウララを精神操作で眠らせようと手をかざす。相手の位置もわからないまま、闇雲に。そうしていると、案の定近くにいたクフェルスとコーニルスが精神操作を受け、倒れてしまう。
「すまん!」すぐに精神操作をやめる。
「んー? パフィオペルス? 久しぶり……」コーニルスは寝ぼけている。
クフェルスはむくっと起き上がり、ミスペンの左耳を甘噛みした。
「うっ……悪いな」ミスペンはクフェルスの手を優しく握った。
「ミスペン君。今、何をしたんだ?」
「いや、アウララをどうにかできないかと手を尽くしてるんだが」
「なるほど、そういうことか! でも、どうしてコーニルスとクフェルスは倒れたんだ?」
「申し訳ない、使う術を間違えたみたいだ」
「そうか! なら仕方ないね」
またここでアウララの声がする。
「うまくごまかすな、お前は。泥棒に向いてるぜ」
「ん? 一体彼は何を言ってるんだ?」
「聞く必要はない、泥棒が言ってることだ」ミスペンがごまかす。
「確かにそうだね」
「ミスペン、お前が何しようとしてるかわかってるぜ。もうオレ様はお前の変な小細工は食わねぇ」
「小細工だって……?」
「お前の変な術とかいうやつがオレ様に効かねぇのには理由がある。オレ様のスペークス、『透過』だ」
「スペークス?」
「どうやらこっちの世界にはスペークスってもん自体が無ぇらしいな。楽でいいぜ。ひとりひとり別の力を持ってるっつーのは、オレ様にとっても油断できねぇからな」
「スペークスというのは、あなた達の種族が持っている異能のような特殊能力ということですか?」リラが尋ねると、アウララが返してくる。
「お前、ぷよんぷよんなくせに理解力あるな。いいか、オレ様のスペークス『透過』はただ透明になれるだけじゃねぇ。壁とか地面とか、全部抜けるんだよ。空も飛べるし、透明なままいくらでも、なんでも盗める。防御面も完璧だぞ、攻撃は何も効かねぇし、センサーにも引っ掛からねぇ。物理的に、オレ様は存在してねぇことになってるからな」
「なんだと……!」怒りの混じった驚嘆の声を発するのはパーダル。「馬鹿な、それならなぜ声が聞こえる!?」
「さあな、そういうスペークスなんじゃねぇの? 細かいことは知らねぇよ」
「あり得ない、非科学的な!」
「くだらねぇ科学なんぞゴミ箱に捨てちまえ。オレ様の世界でも、誰もこの世紀の大泥棒を止められなかったんだぜ? スペークスをそもそも知らねぇ時点で、お前らに勝ち目は無ぇんだよ」
ミスペン達は絶句した。本当に、何も言葉が返せない。このアウララがなぜ世紀の大泥棒を名乗っているのか、どうやって重いドアを動かすことなく、他の物に一切手をつけることなく貴重品だけを盗んだのか。すべてがはっきりした。そして、本当にこの泥棒を止める手立てはないのだということも。
言葉を失った者達に、アウララは独り言を始める。
「『手鏡』の野郎は、なんのためにオレ様をこんなつまんねぇとこに飛ばしたんだろうな? 理解できねぇ。森と石ばっかりで意味わかんねぇ。これじゃ、ジーラ・ヴェイラのほうがずっとマシだぜ」
「それなら、早くどこにでも行け」ミスペンは顔をしかめ、言った。
すると、アウララの声が突然、ミスペンの耳元で聞こえた。
「どうしたよミスペン。笑えよ。お前、オレ様に盗んでもらえるようなもんがひとつも無ぇんだぜ? 悲しくて、笑えるだろ?」
姿は見えないが、彼は間違いなく、すぐそばにいる。
「そこに……いるのか?」
ミスペンは恐る恐るつぶやいたが、返事はなかった。代わりに返ってきたのは、大きな衝撃だった。