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果てなき時空のサプニス  作者: インゴランティス
第7章 穏やかな時の中で、僕らは混沌を抱く
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第19話 スカーロの子ら

 ミスペンはロテを起こし、茂みの中に連れて行った。真っ暗なのでロテが胃の中の物を外に出すところも見ないで済んだ。


「70度ぐらいあんじゃねーの……あいつらあんな強いの、水みてぇにガンガン飲みやがる。信じらんねぇ……あんなのよく飲むぜ。水より安い酒でももっとマシだぞ。不味い不味い」


 言い過ぎのような気はするが、褒めるのが難しい酒なのも事実だ。一応回復術を辛抱強く掛けたが、やはり彼は大して楽にならない。


「すまないな。お前は人間じゃないから、少しは効くと思ったんだが」


「まぁでも口ん中と喉は楽になった。助かったぜ。結局、吐くのが一番の薬だな」


 ロテはさすがに先ほどのような元気はないが、それでも会話は十分できる。「しかしミスペンの旦那、強ぇんだな? 酔ってねーだろ」


「酔いは少し回ってきた」ミスペンは答えた。あんな強い酒を少しとはいえ口にして、酔わないわけがない。


「全部飲んだのか?」


「ほとんど飲んでない」


「あ、マジで……覚悟しとけよ、あんたこれから同じ目に遭うぜ。それとも眠らすか?」


「さっきトージュルスに飲まされそうになったから、使った」


「眠らしたのか?」


「いや。適当なことを言って回ってたぞ」


「へえ! スカーロだから違和感なさそうだな。あんた、そんなこともできるのかよ。オレが飲まされそうになった時もやってくれよな。さっきの、顎外れるかと思ったぜ」


「そうだな……」


「つーかリラちゃん、大丈夫かな。まさかあいつら、女の子にまで同じことやらねーだろうけどよ」


「捜しに行きたいところだが、こっちも余裕がないしな」


 そこで背後から「あー、見つけた」という少年の声が。


「げっ!」ロテは恐怖に顔を歪める。


 振り返ると、そこにいたのはミスペンよりも背の高いスカーロの男。だが童顔で、声も幼い。きっと少年だ。年齢はきっとミスペンの半分くらいしかないだろう。あるいはそれより下か。


「来ないほうがいい。君が見ないほうがいいものがある」ミスペンが助言するように言った。


「あのさ、布でぐるぐる巻きの人のことみんなが探してるよ」少年は言った。どうも、スカーロ達はミスペンがこのまま飲まずに逃げ切るのを許す気はないらしい。


「おい。オレらのこと見なかったって言ってくれよ」


 そうロテが頼むが、スカーロ少年は純粋な目で、関係ないことを言う。


「クフェルス姉ちゃんが美味しそうって言ってたけど、本当に美味そうだね」


「やめろよ。食いもんじゃねーんだよ」ロテはより険しい顔になった。


「ふーん」


 そこにぞろぞろと別のスカーロが現れた。角を除いた身長は150cmから160cm程度。おそらく少年よりも年下の子らだ。彼らは口々に話している。


「何してんの」


「腕がないの?」


「1本はあるよ」


 子どものひとりは「腕がない人と魚、ここにいたよ」と茂みの外に呼びかけている。


「どうした? まだここにいたいんだが……」ミスペンは答えた。


「でもねー、料理いっぱいできてるよ」


「料理か。どんなのだ?」ミスペンが訊く。


「マスとかカワハギとか、ウィンナーとか」


「美味そうだな」ミスペンが答えた。


「うん」


「美味しいよ」


 だが、直後にロテがミスペンに耳打ちする。


「クソ不味いかも知んねーから心の準備はしとこうぜ」




 スカーロの子らに促され、仕方なくミスペンとロテは茂みを出て、テーブルに戻った。ミスペンの術も掛けないよりはマシだったのだろうか、ロテは意外にまっすぐ歩けるようになっていた。


 村にはいつの間にか、数十のかめのような巨大な石の器にとんでもない量の、多種多様な料理がずらりと並んでいた。肉料理、魚料理、サラダと山のように積んである。端にはふっくらと炊かれた米も。適当なスカーロだけあって盛り付けの概念がないらしく、食材を無造作に積み上げてあるだけだ。見た目は地味どころか、汚いとすらいえる。しかし匂いは悪くない。


 スカーロ達は先を争うようにして好みの物を深めの器に山盛りに取っていき、箸で食べている。大人も子どもも楽しそうだ。


「匂いは意外と悪くなさそうだな。でも、念のためスキャンしとくか」


 ロテが小さな四角形を取り出すと、この四角形は拡大して正方形になりながら彼の左目の前に貼りついた。


「あー、なんか変な材料ばっか使ってんな……でも腹は壊さなくて済みそうだな、あのクソ酒は度数だけはあるから殺菌してくれそうだしな」


「ずっと気になってるんだが、それはどういう物なんだ?」ミスペンはロテのジャナを見て訊いた。


「あぁ? どうって……ジャナだよ」


「リラもパーダルもスキャン、スキャンと言ってるが、一体何をしてるんだ?」


「お前の世界にはジャナが無ぇんだよな。不便だろ、なんにもわかんねぇぜ」


「どんな仕組みなんだ?」


「仕組みは知らねぇよ。リラちゃんだったらしっかり説明してくれるんだろうけどな」


「リラの説明は難しすぎる。聞いたこともない言葉が山ほど出てくるんだ」


「あー、確かにな……」


 そこにコーニルスが来た。目が潤んでいる。


「大丈夫? お魚さん調子悪くなったって聞いて……」


「んー、全然?」ロテは強がる。


「お酒飲んだら、倒れちゃったって。トージュルスがいっぱい飲ませたからだって、キンギルスさんが怒ってたよ」


「いやいや。あれぐらい、なんともねーよ」


「そうなの? よかった」コーニルスは笑顔になった。「どうする? 次のお酒要る?」


「あ? いや……それより、メシはどうなんだ?」


「ご飯は美味しいよ! みんなで頑張って作ったんだ。食べないの?」


「これから少し頂こうかと思ってたんだが……」


「じゃあわたしが持ってくるよ!」


 コーニルスはきびすを返し、勢いよく走り出した。しかし、走り回る子どもと当たって転んでしまう。それでもさすがスカーロ、コーニルスも当たった相手の子どももまったく怪我した様子もなく、少し話しただけで両者立ち上がって、再び走っていった。


「コーニルスちゃんは相当いい子だけど、ああいう子に限って裏があったりしねぇかな」


「そうは見えなかった。お前はパフィオに会ったんだろう? あの子の友達だからな」


「パフィオね? すげぇな、あの子も。マジであんな子この世にいるんだなって思ったよ。あの子、オレの銃見て『素敵なホウキ』っつったんだぜ。最高だよな」


「ホウキ?」


「そうだよ、オレが森で合成獣の掃除やってるって言ったらな。掃除ってわかるか? オレは自然保護区で合成獣殺すのが仕事なんだけどな」


「なるほど、合成獣を……。あんなのと日々戦ってるのか」


「あんたもそのうちやってみろよ、あの森の掃除は気が狂いそうになるぜ。とんでもねぇゴミがうじゃうじゃいるからな」


「私も仲間とともに合成獣と戦ったが、骨が折れたぞ。弱点を攻撃しないと倒せないそうだな」


「知識が重要だぜ。とっとと倒さねぇとあの見た目で精神やられる。合成獣ハンターって言やぁ聞こえはいいが、ありゃあこの世の一番下の奴がやる仕事だぜ」


「あんたの世界の冒険者は、かなり厳しい仕事のようだな」


「冒険者? あんたのことか?」


「こっちの世界ではよくある仕事らしい。魔獣という怪物を倒して戦利品を手に入れるんだ」


「あのやかましい鳥が何回も言ってたな。倒したのに消えねぇとか、魔晶が出ねぇとかな。なんの話してんのかと思ったけど……こっちにはその魔獣がいっぱいいるわけか」


「この世界に長くいることになれば、いずれ戦う機会もあるだろう」


「心配してねぇよ。こんな緊張感ねぇ世界だからな、その魔獣っての、どうせ弱ぇんだろ?」


「魔獣の中にはそれなりに強いのもいるが、合成獣よりははるかに弱い」


「だろうな。楽勝だぜ」


「合成獣とは、独りで戦ってたのか?」


「そうだよ! 合成獣ハンターの労働環境知りてぇか? あんなのを独りで、一日4体がノルマだからな。敵はガンガン増えやがるから、これでも足りねぇんだとよ。上は平気でたまにノルマ上げやがる。んで給料安いし労災保険も無ぇ、怪我したら自己負担だよ。弾も実費だしな。ダールの上のほうは高給取ってるくせに、ナメてるぜ。こっちはお役所が合成獣の処理ミスったのを尻拭いしてやってんのによ」


 彼が言っていることは半分も理解できないが、とりあえず労働者が酒を飲みながら愚痴りたいのがどこの世界も変わらないということはわかった。それと、この魚人は性格はともかく、実力は当てにできるということも。


「ロテ」


「ああ?」


「言う機会がなかったから、今言っておこう。私の仲間を助けてくれたことを感謝する」


「そりゃどうも。お礼にパフィオちゃんをくれよ」照れ隠しなのか、ロテは苦笑して視線を外した。


「それはあの子のご両親に言ってくれ」


 ここでちょうど女の子の声が。


「料理大変だったー! お皿いっぱい割っちゃったー」


 声のするほうを見ると、遠くに女性2人がいた。大きな丼を手に、こちらへ近寄ってきている。多分、リムナルスとクフェルスだろう。クフェルスはともかく、リムナルスが問題だ。ミスペンもロテも一気に警戒を強める。


「ったく! ちょうど来やがったぜ」ロテはその2人から目を逸らさずに言う。「オレはよそに行くからな、コーニルスちゃんにはいいように言っといてくれよ」


「ああ……」


 そそくさと逃げたロテと入れ替わるようにして、まずクフェルスが勢いよく走ってきた。両手で大きな丼を持った彼女はミスペンのすぐ前で立ち止まり、彼の顔を見下ろしたが、いつも通り目は半開きで無表情。何も言わないので、感情は読み取れない。


「どうした? くれるのか?」ミスペンはクフェルスが持っている丼を指差した。中には料理が入っている。


 するとクフェルスは「ん」と答え、ミスペンの額に自分の額をこすりつけてきた。


「うおっ……」


 接触してわかったが、クフェルスの額には先ほどなかったはずの小さなふくらみがあり、とても熱かった。火傷しかねないほど熱いので、ミスペンはすぐに身を逸らして避ける。


「腫れてるのか? 大丈夫か?」


 心配してやるとクフェルスは「んー」と答えた。ほとんど顔つきは変わらないのだが、しかし、なぜか少し悲しそうな表情になった気がした。ミスペンは一応手をかざして回復してやると、すぐに額の腫れは引いた。


 クフェルスは感謝の印ということなのか、ミスペンの耳をひとつ甘噛みしてから、ミスペンのすぐ前だというのに、持ってきた大きな丼の中身を箸でガツガツと食べ始めた。青紫色の灯りの中では彼女が食べているものの正体はまったくつかめないものの、匂いは美味しそうだ。


「それはなんだ?」


 ミスペンが尋ねると、クフェルスは一旦食べるのをやめて「野菜」と答え、また同じようにガツガツ食べ始めた。この美味しそうな匂いが野菜だけで出せるとも思えず、やはり正体はわからない。


 そこにリムナルスが現れる。豪快な彼女らしく、丼の飯を食べながら前も見ず、ふらふら歩いてミスペンの前まで来た。


「うーん、美味しい!」リムナルスの笑顔はとても可愛らしい。バッタのテテを思い起こさせる。


「クフェルスは額をどこかにぶつけたのか?」


「いーや。この子、つまみ食いばっかりするから殴られちゃったんだ」


 リムナルスは笑いながら答えた。彼女は彼女で皿をいっぱい割ったらしいが、なぜか殴られてはいないらしい。それにしても、頑丈なスカーロの額にたんこぶを作るほどの拳骨など、絶対に食らいたくないものだ。


 そこにコーニルスが両手にひとつずつ大きな丼を持って戻ってきて、3人娘が揃った。


「あ、コーニルスだぁ」リムナルスが言った。


「ミスペンさんとロテさんの分の食べ物を持ってきたよ。ロテさんはどこ?」


「少し用があるみたいだ」


「えっ、そうなんだ……。美味しいの持ってきたんだけど」


「それはなんだ?」


 ミスペンが訊くと、コーニルスは持ってきた料理の名を言ったが、しかし名前だけではまったくどんなものかわからなかった。


「ネギつくねカスタード豆板醤丼と、ハムかき氷クリームソーダ丼だよ」


「あ、いいよね。あたしどっちも食べたよ」リムナルスは得意げだ。


「それは……どういう料理なんだ?」ミスペンは少し困って尋ねた。


「えーっとねー、ハムかき氷クリームソーダ丼はパフィオペルスの好物なんだよ」


 コーニルスの答えでミスペンはなんとなく思い出した。ユウトがそんなことを言っていたはずだと。ユウトは憧れのパフィオの好物が、聞いたことない変な料理だったということでショックを受けていたが、まさか、ああして旅した次の日に、ユウトもパフィオもいなくなって独りきりになってしまい、そしてパフィオが故郷に残した旧友から、その好物を出されるとは。改めて、自分の身に起きている現実にめまいを起こしそうになる。


 そんな風に考え込んでいると、コーニルスが顔を心配そうにのぞき込んでくる。


「どうしたの? ミスペンさん。悲しそう」


「いや、悲しいわけじゃない」ミスペンは答えた。「ただ、それがパフィオの好きな料理だという話は、聞いたことがあるような気がして」


 するとコーニルスはまた笑顔を見せてくれる。


「そうなんだ! 美味しいよ。特別な時しか食べられないから、パフィオペルスはすごく味わってたんだ」


「どんな味なんだ?」


「うーん。どっちかっていうと甘いよ」


「わかった。試してみよう」


「はい」コーニルスは右手に持つ丼をミスペンにくれたが、彼はこのままでは受け取れない。


「ああ……私は腕が1本しかないから、持てないんだ」


「あ、そうだったね」


 コーニルスは持ってきた2つの丼を近くのテーブルに置いてくれた。


 そしてミスペンは、ハムかき氷クリームソーダ丼なる謎の料理に向かい合う。全体が色の明るいスープのようになっており、やたらと甘い匂いがした。


 ひとつスプーンですくい、食べてみたが、それは――言葉にしづらい味だった。確かにコーニルスが言う通り、どちらかといえば甘い。それは合っているのだが、甘味以外の味がとても複雑で、酸っぱいとも辛いとも言い切れない。そんなクリームソーダ・ソースの中で、ハムと米、そしてかき氷というそれぞれ異なる食感の食材が踊っていた。決して相性はよくない。3つの食材はすべてソースと合わないし、食材同士もケンカし合っている。


 それなのに――こんな不協和音だらけの料理のはずなのに、全体としての印象はそれほど悪くなかった。どうしてだろう? 食べられないほど不味くてもおかしくないはずなのに。


「どう? ミスペンもこれ好きだよね?」リムナルスが訊いてきた。


「ああ、そうだね」ひとまずリップサービスで答えておいた。


「よかったー! パフィオペルスもきっと喜ぶよ」


「こっちもどう?」


 コーニルスはもうひとつの丼を示した。鶏肉か何かの団子や細かく刻まれた野菜が、明るい色のペーストと和えてあるような質感だ。いい表しがたい、食べ物というよりは台所のような匂いが鼻を突いた。


 白飯の上にこの『ネギつくねカスタード豆板醤』なるものを乗せ、スプーンで口に運んでみると、これもまた、なんとも言えない味だった。辛みと甘み、肉やネギの風味が混ざり合い、不思議なことにアンバランスともいえない。だがそれぞれの主張が強く、決して洗練された味でもない。特にカスタードクリームの柔らかい甘味がどうにも邪魔だ。少なくとも、なんとかクリームソーダ丼よりはまだ、料理として形になっていた。


 両者に共通していたのは、チャンピオンだった頃にいつも食べていた宮廷料理にはない、おふくろの味といった趣や温かみがあったということだ。料理としての完成度はとても低いが、不器用なりになんとか頑張って作ったのだろう、そしてこれが彼らスカーロの大きな胃を支えてきた文化なのだろうと感じられる。


「どう?」リムナルスが元気よく言った。「いいよね? ネギつくねカスタード豆板醤丼。あたしはこっちのほうが好き!」


「バイカルスさんも好きだよね」


「ずっと思ってたんだが、丼とはなんだ?」ミスペンが訊く。


「ご飯の上に乗せたら、何でも『丼』になるよ」


「なるほど。ああ……美味しいよ」


「やったね! みんなで頑張って作ったしね!」リムナルスはまぶしい笑顔を見せてくれた。パーダルを襲ってばかりの要注意人物だが、手さえ塞がっていればただの明るい女性のようだ。

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