第17話 10000倍
その時、ロテとリラは応接間の入口から、顔をのぞかせていた。彼らはバイカルスが目覚めてからミスペンと和解するまでの一部始終を見ていた。
2人は部屋の外へ顔を引っ込めて話を始めた。
「なんか、うまくいったみたいだな」ロテが言った。
「ミスペンさん、本当にすごいですね」リラが答える。
「嘘みてぇにうまくやりやがったな。スカーロ連中がアホなのもあるけどよ、それにしてもそつがないぜ。詐欺師でもやってたんじゃねぇのかな」
「これだけうまくいったのは、スカーロの皆さんがすごく人を信じやすいっていうのは、かなりあると思います」
「にしてもさ、リラちゃん。あの薬どうなんだ? ただ草を山ほど煮ただけだろ」
「スキャンによると、あの薬は栄養豊富みたいです。各種ビタミンとミネラルがバランスよく含まれてて、必須アミノ酸もあります」
「マジかよ。オレは嫌だぜ、クソ苦いだろ。あんなもん」
「そうですね、もしわたし達が飲んだら……喉を通らないかも知れないです」
2人の背後から、誰かが歩いてきた。その重い足音でロテが接近に気づいて振り返ると、パーダルだ。リムナルスに好き放題されていたというのに、見た感じはほとんど傷も入っていなかった。
「うわ、来やがった。しぶとい奴だぜ」
「リラさんに余計なことを言っていないだろうな」パーダルが責めるように言った。
「いえ。ロテさんは優しいですよ」
「そう言わされているのか?」
「スキャンしたらわかるだろ」ロテが返す。「あんたは黙ってあの茶色い子とイチャイチャしてろよ」
「イチャイチャだと!? おのれ! 私がどんな思いでいるかわからんか!」
さらに後ろから、件のリムナルスが来る。
「おじさん、遊ぼうよ」
「貴様!」パーダルはまた全身の装甲からピュンピュンと弾を撃つが、リムナルスはむしろ嬉しそうだ。
「あーっ、痛ーい! でも楽しーい」
弾をものともせず、リムナルスはパーダルを羽交い締めにした。
「ぬおあぁぁぁ! 放せぇぇぇぇ!」
野太い悲鳴を上げて暴れるも虚しく、パーダルはまたリムナルスにどこかへ連れて行かれてしまった。ロテとリラは、それをただ見送るだけだった。
「パーダルさん、ちょっと可哀想ですね……」
「覚えとけよ、リラちゃん。あれが日頃の行いってやつだ」ロテは呆れた笑みを浮かべる。
「パーダルさんは日頃の行いが悪いんでしょうか?」
「いいわけあるかよ。だってダールの分隊長だぜ?」
「あぁ……でも、パーダルさんがいてくれてよかったです。あのリムナルスって人、銃も効かないし、力も強いし。すごく怖いです」
「あいつ、やっぱり危ねぇな。あいつパーダルに飽きる前にここから逃げるのもアリか……それか、ミスペンとできるだけ一緒にいるかだな」
2人はもう危険が去ったと思って会話に興じていたが、それも束の間だった。バイカルスの『病気』が治って解散したスカーロ達が、ぞろぞろと応接間から出てくる。その中に、別の要注意人物がいた。
「あ、魚と枕だ!」こげ茶色の髪のトージュルスはロテとリラを見つけると、驚くべき速さで2人の前まで走ってくる。
「うわっちょ! 来んなよ、お前!」ロテはリラを守るように、慌てて前に出てきた。
「どうしたんだ、魚? お前をかつおだしで1000倍美味くする方法はさっき考えたけど、2000倍美味くする方法を知ってんのか?」
「なんで自分で自分を味付けしなきゃいけねぇんだよ。あっち行けよ」
「バイカルスさんの病気が治ったんだぞ。その記念でお前は今、もう既に3000倍美味い」
「記念で美味くなるのかよ。意味がわかんねぇよ」
「そのお前にフィッシュアンドチップスをつけたら、もっと美味くなる」
「魚を付け合わせにすんじゃねぇ」
「さらに、ちくわとかまぼこもつけよう」
「魚が原料のやつをつけんな」
「さらに、かつおだしを付け合わせにしたら10000倍美味くなる」
「それ、最初から使ってんじゃねぇのかよ?」
ここまでやりとりを続けたトージュルスだが、突然素早い動きでロテの後ろに回り込んでリラをひょいと持ち上げ、小脇に抱えた。
「おい、リラちゃんを放せよ!」
「止めるな。こんな最高の枕があるのに、寝ないなんて無理だ!」
「なんなんだよお前、さっきまで10000倍とか言ってたくせに」
「おれは今から、このぷるぷるの枕で寝るんだ。その後でかつおだしを取る!」
「どっちもやめろ。リラちゃんを放して、勝手に寝ろ」
その時。応接間から「駄目だ」と声が聞こえる。すぐに声の主、ネモフルスが来た。
「うわネモフルス!」トージュルスは大げさに驚く。「でも、バイカルスさんの目が覚めた記念だぞ。この枕で寝ていいよな」
「これから宴が始まるんだ。寝てる場合じゃないぞ」
「なんだって! 本当に寝てる場合じゃない!」トージュルスはリラをその辺に投げ捨てて、家の外に向かって猛スピードで走った。
「ちょっ、投げんな! 枕じゃねぇんだよ!」ロテが突っ込んだ時にはもうトージュルスの姿は見えなくなっていた。やれやれと肩をすくめ、ロテは上下逆さになったリラをひっくり返してあげた。
「うーん……助かりました」リラは少し目を回していた。
「大丈夫かな? リラちゃん」ネモフルスはリラを気遣う。「トージュルスには後で私から言っておこう。あの子は少しやんちゃなだけなんだ」
「やんちゃというか、あいつもあいつの妹も変な奴だぜ」
「ハハハ、彼らのおかげで村はいつもにぎやかだよ」ネモフルスはニコニコと笑った。
そして、いつの間にかロテの横に来ていたヘリオトルスが、いつもの格好つけたポーズで誰にともなく言った。
「フッ。睡眠より食欲……そういうことさ」
「うわ、急に出てくんな!」ロテとリラがのけぞった。
「面白いだろう? ヘリオトルスは物静かだけど、いつも僕らのそばにいてくれる」
「そばにいるって、こういう意味だったら願い下げなんだけどな」ロテもリラもは反応に困り、苦笑した。