第15話 ヘリオトルスとトージュルス
パフィオの家に帰ってきた直後、コーニルスとネモフルスは最後の仕上げに人手が必要と言われ、キンギルスに台所へと連れて行かれた。
そしてロテとリラは応接室でも居間でもない、倉庫のような一室に隠れることにした。この部屋も舞踏会が開けそうなほどの広さだ。家具はほとんどなく、石のブロックが無造作にいくつも積まれている。この部屋の一角に、天井近くまで壁のようにブロックが積まれた一角があった。2人はその裏に隠れるように向かい、床に置かれているブロックを椅子代わりにして座っていた。
「戻ってきちまったけど、やっぱスカーロの家にいるって、怖ぇよな」
「そうですね……ミスペンさんが精神操作してくれたらなんとかなりますよね」
「あのミスペンって野郎こそ、何者なんだろうな? 精神操作はすげーし、今んとこ敵じゃねーみてぇだが。変な奴だよ。あの服もなんなんだろうな」
「私、あの人をソーバーギヤで見たんです。自然保護区のフェンスをすごく高く飛んで越えたんです。あんなの、見たことないです」
「そんな力も持ってんのか。なおさら変な奴だけど……あいつとは絶対ケンカしねぇようにしようぜ」
「いい人ですよね」
それから2人の間に多少の沈黙が流れて、今度はリラが話を始めた。
「でも、本当に今ここにいるのって、夢か現実かも未だにわかんないんですよね。わたし、いきなり目の前が真っ白になって……」
「ああ、覚えてるよ。オレも事務所にいる時、真っ白になったからな。ビックリだぜ、死んだかと思ったよ」
「『手鏡』って、なんなんでしょうね? どういう仕組みなんでしょうか」
「オレは心当たりあるけどな」
「本当ですか?」
「テロリストが色々いたろ? ナヤ・アデーシュとか、漸暁とかさ」
「じゃあ、『手鏡』っていうのはテロリストが持ってる兵器か何かってことなんですか?」
「そうとしか思えねぇけどな。ミスペンが言ってたようなオカルトっぽいのより、そっちのほうがよっぽどあり得そうだけどな」
「そうなんでしょうか……」
「だからオレらって、あいつらの実験にでも使われてんじゃねぇのかな? ムカつくよな」
「でも、それをどうしてミスペンさんが知ってたんでしょうか?」
「えっ……」リラックスして笑っていたロテの表情が固まる。「て、ことは……。あいつ、テロリスト?」
2人はしばし、沈黙して互いを見合った。そしてリラがその沈黙を破る。
「いや、それは」
「だよな。ちょっと寒気したぜ、あんな毒のなさそうな奴が!」
「……もしミスペンさんがテロリストだったとして、どうしてあんなに親切にしてくれるんでしょうか?」
ロテは少し考え込んでから「そりゃ、そうか」と答えた。
「ですよね。スキャンでも、そんな怪しいところはないみたいですし」
「リラちゃん抜け目ないよな。いいとこのお嬢様かと思ったけど、しっかり調べてんだな」
「だって、見た目はすごく怪しいですから……。最初、わたしミスペンさんと会った時、あの人事故で記憶喪失になったのかと思いましたよ」
「そういやリラちゃんって、元々ミスペンと知り合い?」
「知り合いっていうわけじゃないですけど。ここに飛ばされてくる1時間くらい前に、ソーバーギヤで会ったんです。ミスペンさん、つらそうにしてたんで話しかけて」
「えっ話しかけたの? いい子だなぁ」
「あの人、角もないし、片手と目もなくなってるので。『ここはどこだ』って言うから教えてあげたんですけど、ぽかんとしてました」
「なるほどな……でも怪しい奴にあんまり近づくなよ。オレみたいな奴ばっかりじゃないぜ」
「そうですね……。親とかにも言われます」
そしてリラは「もしも」と前置きして、続けた。
「『手鏡』がテロリストの兵器だとしたら……。こんなところに人を飛ばす兵器なんて、どこの組織が作るんでしょうか」
「さあな、漸暁は改造生物なんぞこしらえる連中だからあり得ると思っただけだぜ。詳しいことは知らねぇ」
「パーダルさん言ってましたけど、漸暁ってもう何年も前に壊滅しましたよね」
「化け物軍団が、んな簡単に潰れるかよ。残党とかいるんじゃねーの?」
「漸暁の残党ですか……。想像しただけで怖いですね」
「ま、あいつらの存在自体、都市伝説って言われてるけどな。ニュースでもあんまり詳しくやんねぇし」
「都市伝説ですか?」
「でも、オレ、1回だけ見たことあるんだよ」
「本当ですか? 漸暁を?」
「ここだけの話だぜ? よそで言うなよ。去年だったかな? いつも通り、自然保護区で合成獣始末してた時なんだけどよ……。黒い強化服着た奴らが、すごい速さでどっかへ飛んでったんだ。あいつら、翼とか、イバラとか生えててさ……。全身何かわかんねぇのでグチャグチャだった奴もいたし。間違いないぜ」
「翼とイバラ……?」
「オレも覚えてねぇよ、動画とか何も撮ってねぇしな。下手に取ってたら消されてたかもな……。あいつら、マジで速かったぜ。下手したら小舟より速ぇんじゃねぇかな。あれがミシュラってやつの力なんだろうな……」
リラは考え込むようにして、ブツブツと小さくつぶやいいた。
「どこに行ってたんだろう? 去年? 漸暁はなくなったはずなのに。なんで自然保護区? 何かテロリストが狙うようなものが……? そんな施設があったら、合成獣に襲われてるはず……」
「あー、あんまり考えなくていいぜ」ロテがヘラヘラ笑って止める。「こういう与太話から都市伝説って生まれるんだろうからな。気をつけろよ、リラちゃん」
「え……じゃあ、嘘?」
「嘘じゃないぜ。でも、信じるかどうかは自由ってことよ」
「本当はネットで調べたいですけど」
リラの前に大きなピンク色の、半透明の長方形が出現した。画面は青と黒を基調とした幾何学模様を背景に、複雑な記号や曲線が多数表示されている。リラはその画面を触れて操作した。
「やっぱり、電波ないですね……」
電波が来ないくらい遠くに来てしまったことを意味している。それを見て、ロテの前にも同じようにグレーの長方形が出現した。
「こんなもん、ネットに書いてあったってそれこそ嘘八百だぜ」
「そうですよね……」
「ってかさ、こんな眉唾もんじゃなくて、賢いリラちゃんの現実的な予想を教えてくれよ。ここはどこなんだ?」
「今の予想では、禁域の可能性が高いと思ってるんですけど……」
「禁域だったら、何があってもおかしくねぇな。つっても、あんなオレンジ色の空に太陽とか月がある島があんのかね、禁域は」
「どうなんでしょうね。ヴァンミン島にいつ帰れるんでしょうか」
「救難信号が届けばいいな。けど、ミスペンが言ってる通りの異世界だったら、ここは禁域よりもっと遠いことになるぜ」
「だから、ミスペンさんが言う異世界も、全部禁域にあると考えると辻褄が合います」
「なるほどな」
「ただそれは、禁域がまだわかっていないことばかりだというのが理由なんですけど……」
「で……ミスペンはここが異世界だとかそれっぽいこと言って、禁域だってことを隠してんのかね?」
リラはロテの顔を『そんな馬鹿な』という顔で見た。するとロテは続ける。
「そういうことになるよな? オレらがここに今いるのがテロリストの作った『手鏡』のせいで、ミスペンはこの場所に心当たりがある。で、『手鏡』のことも知ってる。ここに昔住んでたパフィオちゃんと知り合いで……全部しっくりくるよな。あいつが変な、聞いたこともねぇVMT使うのだって、テロリストの技術じゃねぇのか?」
「そういえば! あの人が使うVMTは、合成獣との戦いで威力がありました」
「合成獣!?」ロテは少し前のめりになった。「ちょっと待て、なんだよリラちゃん、どんだけあいつと絡んでんだ。色々やってんな」
「いえ、一緒にいたのはそんなに長い時間じゃないんですけど……確かに、色々ありました。ミスペンさんと別れて、あの人が壁を越えて自然保護区に入った後、わたしの先輩に無理矢理、自然保護区に行こうって言われたんです」
「それで合成獣とやり合ったってことか?」
「ミスペンさん達が強いから、わたしと先輩はほぼ見てただけですけど」
「ミスペンの奴、アンチVMTフィールドを貫通する技術も持ってんのか?」
「はい。攻撃に使ったのも、見たことないVMTでした。というか、ゲームとかに出てくるようなやつです。火とか雷とかを手から撃ってました」
「VMTって、そういうのじゃねぇもんな。絵具みてぇなやつだろ」
「はい、攻撃は大体そうですね。でも、見た目が全然違いました。ミスペンさんの仲間のひとりも、威力があるVMTを使ってて、それは黒い槍の見た目でした」
「本当に槍を投げたんじゃねぇのか?」
「いえ、ちょっと経ったら消えました」
「そうか……ミスペンの仲間って誰がいた?」
「黒い鎧を着て大きな鎌を持った女の子と、それから……人くらいのサイズの、黒い服着たアブです」
「……どういう組み合わせなんだよ」
「黒い槍を使ったのがアブです。スキャンデータ、残ってますよ」
2人の前の空中に、ピンク色をした半透明の長方形が出現。あの時、自然保護区の中で遭遇したミスペン、ターニャ、そしてバンスターの映像と、その分析データが表示された。バンスターのところには
「うわ! なんだこりゃ。えぇ!? マジかよ、アブってこいつ!?」
「これ、びっくりしたんです。わたし以外、誰も気づいてなかったんですけど……この人、見た目はこんな感じですけど、スキャンしたら、ただの虫なんです。すごく怖くて、まだミスペンさんには訊けてないんですけど」
「こりゃ、訊かなくて正解だぜ。オレも会ったんだよ、鳥とかトウモロコシに。パフィオちゃんはそいつらと一緒にいたんだけどな」
「パフィオというのは、パフィオペルスってスカーロの人達が言ってる人ですか?」
「だと思うぜ、多分な。あの時まともにスキャンできたのはパフィオちゃんだけで、他はスキャンしても、ただの鳥とかトウモロコシなんだよ。今でも信じらんねぇぜ」
「じゃあ……それって? ミスペンさんがテロリストだとして、その仲間もそうなんでしょうか? あのアブの人もだし、鳥とかトウモロコシも?」
「アブがテロリストの技術で作られたってのは、なんか納得いくな。そいつミスペンと同じで、フィールド貫通するVMT使うんだろ?」
「あのアブは、ずっと誰かの悪口言ってましたからね。ミスペンさんにもあんまり好かれてないみたいでした」
「なるほどな。けど、鳥とかトウモロコシはどうなんだろうな。パフィオちゃんもテロリストってことになるけど……パフィオちゃんってここの子なんだろ?」
「禁域にあるここから、テロリストに捕まって連れて行かれたんでしょうか?」
「やっぱ『手鏡』か。決まったな、全部つながったぜ。そういうことか……」
「でも……やっぱり、わたしは違和感あります。ミスペンさんをどれだけスキャンしても、そんな怪しいことは何も出てこないので」
「うまく隠してるだけじゃねぇの? 異世界とかいうのよりは、よっぽど現実的だぜ」
「そうなんでしょうか……わたしは、あんまりそうは思いたくないですね」
「だな。本当のことは、どうせわかんねぇんだろうよ」
リラは考え込んでいた。確かにロテの推測は辻褄が合っているような気がするが、違和感は拭えない。というのも、彼は説明しきれない部分をテロリストだの、禁域だのという謎の多い部分に転嫁しているだけのように思えてならないからだ。
「んま、リラちゃん。この話はここだけな。外に持ちだしたら、危ねぇぜ」
「はい……そうですね」
その間にも、だんだんと夜が近づいてきて、徐々に部屋が暗くなってくる。ロテは「夜になってくるな」と言い、目を閉じて石ブロックの上で横になった。
リラはジャナを操作し、端末内のメッセージを確認する。ここに来るまでに、部活仲間、学校の友達、家族と交わしたやり取りの数々を振り返った。ラライのこと、日々のちょっとした愚痴、好きなネットの動画、甘い物など、どれも決して重要な話題ではない。しかし、どこだかわからない場所に来てしまったせいで、こうした近しい人達とのつながりが、突然遠いところに行ってしまったように思えた。
「もう二度と帰れなかったりして……うっ、う……」
リラの黒い目から涙がこぼれ落ちた。
「なあ、泣くなよ」
「いやぁ……でも、もう……帰れないかもって……」
「帰れるって! 信じろよ。だって、こんなとこに一生いるなんてあり得ねぇだろ。なんか帰る方法あるって」
「そうですか……?」
そこにスカーロの男がひとり入ってきた。身長2mほどの赤い髪の青年、ヘリオトルスだ。あの、腰の互い違いの位置に手を当てて脚をクロスさせ、斜め下を見ているという格好つけたポーズは変わらない。
「あぁ? 何しに来たんだ?」
「フッ。涙は必要ない……そういうことさ」ヘリオトルスは何も置かれていない灰色の床を半笑いで見下ろして言った。
「あっ……ありがとうございます」
「フッ。どんな場所だろうと俺達が存在することは変わらない……そういうことさ」
「何が言いてぇんだよ?」
すると、ヘリオトルスはその姿勢のまま、表情も変えず沈黙した。
「今んとこ、特に何も伝わってねぇぞ」
リラはジャナでスキャンしている。「あの人も、敵意はないみたいです」
「あの感じで敵意あったら相当タチ悪ィぜ。つーか、リムナルスと同じようなパターンじゃねぇの?」
「あの人が?」
「敵意は無ぇけど、近づいたらヤベェ奴だったとかさ、んな危険は無ぇのかな」
「どうなんでしょうか……」
「つーか、こんなこと言われてんのに、このポーズのままずっと無口なんだな、こいつ」
するとヘリオトルスは答える。
「フッ。言葉なき時間の中にこそ最良の空気がある……そういうことさ」
間髪入れず「意味わかんねぇんだよ」と突っ込みを入れるロテ。
ヘリオトルスは無言だった。表情もポーズも一切変わらない。
「なんなんだ、こいつ……」ロテの表情には嫌悪感がにじむ。
「でも、多分悪い人じゃないと思います」
「悪い奴じゃなくても、変な奴なのは間違いないぜ」
「うーん……」リラは答えづらそうに苦笑した。
そこにこげ茶のスカーロ青年、トージュルスが走ってきた。
「おい! ヘリオトルス、ここにいたんだな。キンギルス怒ってるぞ、勝手にいなくなりやがって」
「フッ。必要以上の人数は邪魔になる……そういうことさ」
「そうか、邪魔しないためにここにいるんだな! お前いい奴だな!」
その会話の間にこっそり逃げようとしていたロテとリラだが、見つかってしまう。
「あ、魚とぷるぷる! お前らのこと、ネモフルスから聞いたぞ。太陽知らないんだってな!」
「来んなよ! お前は絶対ヤベェ奴だろ!」
「やべー奴? なんだそりゃ。おれはトージュルスだぞ。好きなものはかつおだし、趣味はかつおだしを取ることだ」
「その自己紹介がもうヤベェんだよ」
「なんでだよ! かつおだしは世界一美味いんだぞ!」
両拳を天に向かってまっすぐ挙げ、主張するトージュルス。
付き合っていられないのでロテは「おい、行くぞリラちゃん」と言って脱出しようとするが、トージュルスがそれを止めないはずがない。
「待てよ。おい、魚。今思いついたぞ。お前を1000倍美味くする方法を。それはかつおだしだ! かつおだしでお前は1000倍美味くなる!」
「だから、お前もそこの赤い髪の奴と一緒だな。意味わかんねぇこと言いやがって」
「なんでだよ! なんで意味わからないんだ。かつおだしより美味い物なんかないんだぞ!」
トージュルスは腕を振り上げながら大声でわめいたかと思うと、「あれ、なんか枕があるぞ」と言ってリラの横まで走ってきた。そして彼女のそばで素早く寝転び、その上に頭を乗せた。リラの軟らかい身体はぷるんと弾みながら彼の頭を受け止め、凹型に変形した。可愛らしい目も口も、すべて歪んでしまう。
「お前、何してんだよ! 起きろ!」ロテがわめいても、トージュルスは微動だにしない。
「あっ! あの……!」リラは慌てて逃げようとするが、重みでまったく動けない。
「やっぱり思った通りだ。お前は最高の枕だな、すぐに寝れそうだ」
「お前なんなんだ……やっぱりヤベェ奴だな。さっきはかつおだしの話してたのに、急に切り替えやがって。つーか寝るならどっかよそで寝ろ! リラちゃんを枕にすんな!」
やはりトージュルスはロテの声が聞こえていないかのように、うとうとし始めた。その隙を見て、ロテはリラに伝える。
「ミスペン呼んでくるから待ってろ」
そして彼は急ぎ離れようとするも、ちょうどそこにクフェルスが現れた。
「タイミング悪ぃ! お前はあっち行っとけ!」
クフェルスは圧倒的な速さでロテに近づき、彼のモヒカンヒレを甘噛みし始める。
「もう、なんだよ! 後にしろよ。リラちゃんが枕にされて大変なんだよ」
そのロテの文句に応えるように、クフェルスはロテを解放してトージュルスのそばまで来る。既にすやすやと寝息を立て始めていたトージュルスを軽々と抱き上げて近くの何もない床に放り投げた。ダーンと大きな音とともに床が少し揺れ、トージュルスは石の床にぶつけられた。
「おっ、すげぇ――」
ロテが感嘆の声を漏らした直後。
クフェルスはリラをひょいと持ち上げると、また左右から力を加えて穏やかにこね始めた。軟らかい身体が再び変形し、リラの表情は困り果ててしまった。
寝息を立てていたトージュルスだが、さすがに放り投げられては目が覚めてしまう。
「うーん、なんだ?」トージュルスは投げられた時の姿勢のまま、床に寝転んだ体勢で言った。「最高の枕の上で寝てたと思ったのに、なくなったぞ。あれ、クフェルス! それはおれの枕だぞ!」
「枕じゃねぇっつってんだろ!」ロテが抗議しても、トージュルスの耳に入っていないらしい。
「わかったぞ! クフェルス、そんなに枕をこねてるってことは、今からパンにするんだな? かつおだしを練り込もう! 1000倍美味くなるぞ!」
「お前、最高の枕とか言ってたのに食われて嬉しいのかよ……じゃねぇ、オレはまだしもリラちゃんを食うな!」
クフェルスはロテの前まで歩いてきて、無表情のまま「食べる」と言った。
「だから、食べるって言うな。そういう意味じゃねぇんだろ? 紛らわしいんだよ、もう」
するとクフェルスは、不満げに少しだけ目を細めて「ん!」と普段より強めに声を発し、ロテの頬を指でつまんだ。
「痛てっ……やめろって。ちょっと痛いぐらいの微妙な力加減してくんな」
そこに、今度はネモフルスが来た。
「おや、ここにいたのか。もう薬ができあがったよ」
「えーっ! 思ってたより早いな」トージュルスは床に寝転んだまま答えた。
「クフェルス、リラちゃんを下ろしてあげるんだ。つらそうな顔をしているよ」
「ん」
クフェルスはリラを足元に置いたが、直後にトージュルスがラグビー選手のように低い体勢で駆け寄ってきて、その上に頭を乗せた。
「うぅー……」リラが苦しそうにうめく。
「トージュルス、リラちゃんは枕じゃない。起きるんだ」
「えー、これ最高の枕なんだぞ。ネモフルスにも使わせてやるよ、すぐ寝れるぞ。このパンにかつおだしを練り込んだら1000倍美味くなるんだぞ」
「枕なのかパンなのかはっきりしろ……いや、どっちでもねぇけどな!」ロテが突っ込む。
クフェルスは再びトージュルスを抱き上げると、槍を投げるような感じで彼の頭を先にして、先ほどよりも遠くに投げ飛ばした。彼は部屋の壁までまっすぐ飛んでいき、床に落ちた。
「うわぁ! どうしたんだろう、ちょっとだけびっくりしたぞ」トージュルスは床に倒れたまま、大声で誰にともなく言った。
「すまない、リラちゃん」ネモフルスは申し訳なさそうに笑って言った。「彼らはこんな感じだが、悪い奴じゃないんだ。スカーロを嫌いにならないであげてほしい」
「あぁ……はい……」スカーロのおもちゃにされたリラは、とても疲れた様子で答えた。