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果てなき時空のサプニス  作者: インゴランティス
第7章 穏やかな時の中で、僕らは混沌を抱く
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第14話 密かな逃亡の試み

 さて、パフィオの家の玄関を外と隔てる重い石の塊は、これだけ家の中にスカーロが押しかけている現状、当然のように開けっ放しだった。


 ようやくリムナルスから解放されたパーダルは、ロテをクフェルスに奪われて独り途方に暮れているリラを見つけると、玄関前まで連れてきた。もうすぐ夜になりそうな時刻だが、未だ西日が強かった。


「リラさん、体調は?」


「わたしは大丈夫です。パーダルさんこそ、怪我してないですか? あのリムナルスって人に色々されてましたけど」


「君さえ無事ならいい。さあ、行くぞ」


 パーダルは外に進もうとするが、リラは踏みとどまった。


「どうした?」パーダルが振り返る。


「あの、でも……。リムナルスさん以外は、優しい人みたいですけど……」


「素人がそんな風に決めつけては危険だ。スカーロはあまりにも強大で、しかも数が多すぎる。これ以上奴らと接触してはならない。君のご家族を悲しませるわけにはいかない」


「……はい。わかりました」納得いかないものの、リラは折れてパーダルとともに外へ出た。美しい夕日が遠くの森の上に浮かぶ中、2人は村を歩き始めた。




 家の外に出てみてわかったことは、このマルシャンテ村という場所の異様さだ。一見して、村とすら思えないような風景だった。それは森の中に作られた広大な広場に、とてつもなく巨大な岩石がいくつも転がっているという、なかなか異様な場所だったのだ。


 巨大岩石はどれも、山から転がってきた岩がそのまま置かれているのではと思うような姿をしている。よく見るとどの塊にも窓があり、入口にはドアである灰色の石ブロックが置かれているので、住居だということがかろうじてわかるのだが、一見するとただの岩の塊でしかない。


「スキャンでも事前に確認したとはいえ、まったくなんだ、ここは……」パーダルは忌々しそうに言った。


「ここはとても未開な世界のようですね」リラは不安そうにパーダルの隣を歩いている。


「このような野蛮な場所に、なぜ我々はいなくてはならんのだ。一刻も早く帰らなくては……!」パーダルの語調は軽蔑だけでなく、憎悪すら含んでいるかのようだった。


 リラはジャナを使って周囲をスキャンする。ずっと彼女の目に貼りついたようになっている半透明の正方形に多くの図や文字が流れる。スキャンするとどこが村の出口かはわかるが、村を出たところでどこに行けるのかはわからない。外がここよりも安全という保証などあるはずもなかった。仕方なく彼女はジャナの画面から目を離し、空に浮かんでいる赤みがかったオレンジ色の円がすこしずつ下へ沈んでいくのを見つめていた。


「元の世界に、どうやったら帰れるんでしょうか?」


「なんとか見つけるしかないだろう」


「どうやって、私達はここに来たんでしょうか。ミスペンさんは『手鏡』のせいだと言ってましたけど」


「ダールの一員として、断じて『手鏡』などという存在し得ないものを信じるわけにはいかん。所詮は未確認種族のたわごとだ」


「じゃあ、原因として何が考えられると思いますか?」


「根本的な原因は、我々が考えることではない。今後、専門家の調査で判明するはずだ。今考えなくてはならないのは、このくだらん村を出る方法だ」


「……はい」


 その会話の間も、リラはオレンジ色の円を見つめていたのだが、突然「あの」と言って立ち止まる。


「どうした?」


「なんか、あの、空に浮かんでる丸いの見たら……ちょっと、目が痛くなってきました」


 リラは黒い目をしばたかせている。パーダルはゴーグルを青く光らせ、彼女をスキャンした。


「角膜にごくごく軽微な損傷……原因はなんだ?」


「空に、丸いのが……。あの、赤いの……」リラは苦しそうに言った。空に浮かぶオレンジ色の円をパーダルも見上げる。


「あれは一体なんだ……。リラさん、今対応しよう。あの球体を見てはならない」


 その時、パフィオの家の中から大きな人影が出てくる。緑髪のスカーロの男、ネモフルスだ。


「おや、どうしたんだい。君はリムナルスとヒモで遊んでいたパーダル君だね? それと、ピンクの君はその友達かな? 家の外に出て、何をしてるのかな」


 ネモフルスは笑顔で気さくに尋ねてきたが、パーダルは「関係ない」と冷たく突っぱねた。


「ふむ、関係ないと言われても……ピンクの君は何か困っているような顔だね。力になれたらいいんだが」


「必要ないといったはずだ。リラさん、行くぞ。後で処置を行う」


「はい」リラは答え、パーダルとともに進み始めた。ネモフルスは困った顔でそれを見送る。このまま逃げられそうだったが、ここでパフィオの家からもうひとり出てくる。オレンジ色の女性、コーニルスだ。


「あれ! ねえ2人とも、いないと思ったらここにいたんだ。リラちゃんどうしたの? 目を開けたり閉じたりしてる」


「必要ない!」パーダルがさらに強く拒むと、コーニルスは悲しそうな顔をした。


「えっ……どうしてそんな言い方なの? ネモフルスさん、何かあったの?」


「わからない」ネモフルスが答える。「どうも、このピンクの……リラちゃんという名前かな? この子は何か困っているようなんだ。もしかすると、この子もバイカルスさんみたいに病気になったのかも知れない」


「えーっ、大変! じゃあ、ここで歩いてないで家に戻ろうよ」


 その話など聞かず、パーダルは夕日に顔を向けてゴーグルを青く光らせるが、すぐに元に戻る。


「なんだあれは……」彼はつぶやいた。「あまりにも遠すぎてスキャン不能だと? 馬鹿な……」


「太陽がどうしたの?」


「タイヨーだと? なんだ、それは」パーダルはコーニルスに訊き返す。


「もしかすると、君は太陽を知らないのか?」ネモフルスは少し驚いているようだ。


「あの光っている丸い物体はなんだ? 知っていることを教えろ」パーダルが夕日を指差し、ネモフルスに訊く。


「あれは太陽だ」ネモフルスは笑顔ながらも誇らしげに答える。「昔から僕らを照らしてきた。太陽のない暮らしは考えられないね」


「なぜあんなものが空に……」


「僕らのおじいさんの、そのまたおじいさんの時代には、もう太陽はあったようだ。きっと、それよりももっと前の大昔から、太陽は空にあるんだろう」


「すごいね!」コーニルスは両手を合わせて喜ぶ。「太陽ってすごく長生きだよね! これからどうするの? みんなで太陽眺める?」


「そんなことをしている暇はない!」パーダルは冷たくあしらう。「お前達は薬草を煮るんだろう? 家に戻ったらどうだ」


「それがね……」ネモフルスは答える。「キンギルスがほとんどやってくれるみたいだから、僕らは暇になったんだ。畑仕事も今日の分は済ませたし、やることはないんだよ」


「そうなんだ、みんな暇だよ」コーニルスはまぶしい笑顔を見せてくれる。「それってすごくいいことだよね、なんでも自由にできるよ。ねえ、家に戻ろうよ」


「そんな暇はない。行くぞ、リラさん」


「えっ……。どうしたの? 用事があるの?」コーニルスは再び悲しそうな顔をした。


「そうかもしれない」ネモフルスも心配そうにする。「気になるね。君達は僕らの大事なパフィオペルスとバイカルスの恩人なんだ、困っているなら助けになろうじゃないか」


「必要ない」


「おや……。そんな風にイライラしないといけないくらい、困っているということかな? なおさら放っておくのはつらいな」


「リラさん、行くぞ」


「あの……。やっぱりこの人達、優しいですよ」リラは遠回しに拒否の意思を伝えたが、パーダルは折れない。


「それでも、彼らが一度でも手を上げてしまえば、取り返しのつかないことが起きてしまう。これは君のためだ。リラさん、理解してほしい」


 これを聞いてリラはつらそうに目を細めた。そしてネモフルスとコーニルスはまた驚いた風を見せる。


「おや。取り返しのつかないこととはなんだろう」


「わたし達、ひどいことしないよ?」


 ここでロテも家から出てきた。パーダルとリラがいるのに気づき、走ってくる。


「おい! てめぇリラちゃん連れてどこ行くんだよ。オレがクフェルスに捕まってる間に、この野郎!」


「私は市民の安全を第一に考えているのだ。貴様にはわかるまい」


「はぁ!? つーか銃返せ!」


「邪魔をするな。行くぞ、リラさん」


「あ……はい。あの、ロテさん、すごくお世話になりました」リラは頭の頂上部を少し下げた。


「待てよリラちゃん。ここを出るのはいいけど、そのおっさんは信用すんな」


 するとパーダルの腰部側面が開く。そこから短銃を取り出し、ロテに無言で銃口を向ける。


「だから、そういうことする奴が市民の安全とか言うんじゃねぇ!」一応両手を挙げながら、ロテは大声で突っ込んだ。


「お魚君」ネモフルスはニコニコして対応する。「そんなに怒ることはないよ、パーダル君ももう少し楽しくしようじゃないか。リラちゃんが困ってるよ」


 その言葉を無視して、パーダルはひとりで歩き始めた。ついてこないリラに、振り返って言う。


「リラさん、ついてくるんだ」


 リラが答えるよりも早くロテが止める。


「ついて行かねぇほうがいいぜ、どうせあいつも帰る方法なんぞ知らねぇだろ」


「それは今から探すまでだ」


「んなこと言って、どうせ見つかんねぇだろ……つーか、気になってたんだけど、あの空に浮かんでる丸いのはなんだ?」ロテは空を指差す。


「あの、あんまり見ないほうがいいです」リラは目の痛みが治まってきたらしい。


「あれ、知ってんのか?」ロテはスカーロ達に訊いた。


「あれは太陽だよ」ネモフルスが答える。


「タイヨー?」


「夕方の太陽はきれいだよね。でも、お昼の太陽は眩しいよ」コーニルスは不思議そうな顔で言う。


「昼と夜で変わるのか?」


「夜は太陽はないよ。代わりに月があるよ」


「月ってなんだ!?」


「月はあれだよ」コーニルスは空を指差す。それまでパーダル達が見ていた方向の逆だ。アイボリー色の円が空に浮かんでいた。


「えっ、なんだありゃ!?」


「すごいですね、この世界……」リラはしみじみ言った。


「おや。みんな、太陽だけじゃなくて月も知らないんだね」ネモフルスはまた笑顔になる。


「お魚さんは水の中にいるから知らないっていうこと?」


「いや、お魚さんじゃなくてジャンディーだし、水の中で生活してねぇよ」


「じゃあ、なんで太陽も月も知らないの?」


「あんなもん、見たことねぇよ」


「太陽も月も見たことがないのか。でも、水の中で生活してるわけじゃない、と。そうか、それじゃお魚君は、洞窟の中で生まれたんだね」


「違う、もういい。説明が面倒くせぇ」そう言ってロテはパーダルに訊く。「なあ。パーダルのおっさん、あの2個の玉、なんなんだ? ナヤ・アデーシュの兵器か?」


「ナヤ・アデーシュは粗悪なプラバリートでゲリラ戦を仕掛けるのが主体の組織だ。空に浮かぶような兵器は持っていない」


「じゃあ、漸暁の新しい改造生物か?」


「くだらん。漸暁はとうに壊滅したはずだ」


「じゃあなんだよ?」ロテは夕日を指差して言う。「あの光の球、こっちに落ちてくるとかいうなよ。この世の終わりじゃねーか」


「太陽が落ちてくる? どういうことだ?」ネモフルスは目を細める。


「太陽は昔からずっと、空にいるよ」コーニルスは小首を傾げる。


「昔から?」


「空に『いる』?」


「うん。太陽は空からずっと、地上を照らしてくれてるよ」


「……生き物か?」ロテは怪しげなものを見るような目つきをした。


「太陽が生き物かは知らないけど、ずっと空にいるよ」コーニルスが微笑んで答えた。


「我々にとって、なくてはならないものだ」ネモフルスも似た表情で続く。「太陽がもし空になかったなら、作物も育たないだろう」


「太陽がないと作物が育たないなんて、不思議ですね」リラが言う。


「何しろ太陽がなかったら、真っ暗だからね」


「ふーん……想像できねぇな」ロテは怪しげなものを見る表情を変えず、月を凝視した。


「それにしても、君達は素敵な発想をくれるね」ネモフルスは言う。「太陽が落ちてくるなんて、君が言わなかったら私は生涯、そんなことを思いつかなかった」


「なんか、馬鹿にしてるよな?」


「ああ、すまない」ネモフルスは困って両手を小さく挙げた。「そういうつもりはなかったんだ……。僕達スカーロは、きっと君達の友達になれると思うんだ。だから、君達を馬鹿になんてしないよ」


「そうかい」ロテは目を細め、あまり喜んではいなさそうな複雑な笑みで返した。


 その時、パフィオの家からとんでもない速さでリムナルスが走ってきて、いきなりパーダルを羽交い締めにする。


「くそっ! お前は……本当に邪魔ばかりする奴だ!」


「おじさん、遊ぼうよ。ヒモ出してよ」


「くそぉぉぉ!! 貴様ぁ!! リラさん、逃げろ!!」


 パーダルを羽交い締めにしたまま、リムナルスはパフィオの家に走って戻っていった。


「すごいね、速いねー」コーニルスは笑っている。


「ああ、パーダルさん……」リラは不安そうだ。


「あの子も趣味がよくわかんねぇな、よりによってなんであの石頭のおっさんなんだよ」


「とりあえず、家に戻ろうじゃないか」


「だな。リラちゃん、いいよな? ここ出たってどうせ、ヴァンミン島に帰れるわけでもなし。スカーロ連中もほとんどは愉快な奴だし、ちょっとした人生の寄り道にはいいんじゃねぇか」


「そうですね。多分、楽しいですよね」


「そうだよ、楽しいよ!」コーニルスが両手を合わせる。


「そろそろ薬が完成する頃だろう。バイカルスさんを起こしてあげよう」

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