第13話 静かな監視
スカーロ達は台所に入り、薬草を煎じるための作業を始めた。
村に古くから伝わる、万病に効くという薬の作り方は、金髪のスカーロ男キンギルスが知っている。まず鍋で山のように大量の薬草を煮てから、布やザルで煮汁から余計な固形物を取り除いたりという工程を何度か重ねる。
当初、キンギルスは家にいるすべてのスカーロに指示して、それぞれに作業を割り当てようとしていたが、始まってから考えるとそんなに人数は要らなかったらしく、途中からキンギルスがひとりで作業を行い、あとのスカーロはその辺でぶらついたり、必要に応じて呼ばれて手伝ったりしていた。材料も大きな壺5つに山盛りの薬草というのはあまりに多すぎたということで、半分以上は台所に放置されたまま。キンギルスが広い台所の端でひとりで黙々と行う作業風景はこぢんまりとしたものだった。
調合の間、ビスカルスは妻のバイカルスに付きっきりで、水を飲ませたり顔の汗を拭いたりしていた。その様子を応接間で直接目にしたミスペンは、結果的にこの夫婦をはじめとする数人の村人を騙すことになってしまったのを申し訳なく思った。しかし、これが最善の手段だ。真実を話すとなると『手鏡』について説明しなくてはならず、それをスカーロ達が理解できるとは限らない。理解できたとしても、今度はパフィオが異世界にいるという、絶対に隠しておかねばならない事実について知られる危険が生まれてしまう。
バイカルスを目覚めさせてから、バイカルスを説得すればいい。精神操作を完全に解かず、弱く掛かっている状態にすれば、思考力が欠如した状態で話すことになるので、なんとかなるはずだ。このまま、パーダルあたりが余計なことをしなければ丸く収まる。
そう思いつつ離れた場所に突っ立っていたミスペン。しばらく室内には誰の声もなかったが、ある時バイカルスがまた「カスタードぉ~」と寝言を言った。
それに反応するように、ビスカルスは妻の顔の汗を拭きながら、独り言のように言う。
「妻の好物はカスタードなんだ。私は少し苦手なんだが……もし病気が治ったら、思い切り妻にカスタードを食べさせてあげよう」
「私もそれがいいと思う」
ミスペンが答えると、ビスカルスは立ち上がり、ミスペンに振り返る。
「君も、ずっと妻を見ててくれるのか?」
「そうだね、バイカルスさんの様子は私も気になる」ミスペンは答えた。
「ありがたい。なんの関係もないはずなのに、こうして私の妻を気に掛けてくれるとは」
「いや、彼女は私の仲間のお母さんだからね」
そう言ったものの、実のところ、ミスペンがここにいるのはバイカルスが意図しないタイミングで急に意識を取り戻さないように、時々精神操作を掛け直すためだった。もし席を外してしまって、彼女がビスカルスと夫婦水入らずの時に目覚めでもしたら、彼女はミスペン達が家に入ってきた泥棒で、しかもパフィオをさらった悪党だと騒ぐだろう。そうなったら台無しだ。パーダルが恐れていることが現実になってしまうかも知れない。
その時はどうすればいいだろう? 最悪、スカーロ全員に精神操作を掛けて逃げるしかない。それこそ、パーダルが再三主張した危機に陥るわけだ。強すぎる種族からの大脱走劇を逃げ延びられるのだろうか? 洞窟を越えられればどうにかなるが、大勢のスカーロによって落盤が起きれば全員生き埋めだ。
失敗した時のことを考えて少々気が滅入ってしまう中、ビスカルスはミスペンの前まで歩いてきた。
「ありがとう」彼は笑顔で言った。「君とは他人のような気がしない。血はつながってないし、君には角も尻尾もないが、なぜだろう……家族のような気がするよ」
「それは光栄だ」
短時間でここまで信頼してくれるとは、本当に罠を疑ってしまう。しかし、あのパフィオを育てた両親なのだ。疑り深いほうが意外なのだろう。