第12話 5人の男
ミスペンが声のほうへ行ってみると、そこは先ほどリムナルスがパーダルを振り回していた部屋。この大きな部屋の真ん中で、身長2mを超える、見るからに強そうなスカーロの大男が5人が、輪になって何かを囲んでいた。この大男達の服はすべてキンギルスと同じ、麻のような布でつくられたシャツとズボン。この村では男女ともに、服装は統一されているようだった。
入口付近の壁際には、ミスペンの身長と大差ないくらい大きな石の壺が無造作に5つ置かれていて、そのうち4つは山盛りで若々しい緑色の薬草が積み上がっており、残る1つの壺にはなみなみと水が汲まれていた。
大男の輪の中心で、誰かが騒いでいる。
「すごーい!」女の子の声だ。「楽しいね。ねえ、みんなもワイヤーでぐるぐる巻きになろうよ!」
「貴様、ふざけるな!!」ドスの利いた壮年の男の怒声がこれに返す。「お前などと遊んでいる場合ではない、市民が危険にさらされているのだ!! ワイヤーから手を離せ、カチオン・ベーラルで射殺する!!」
声の主は見えないが、リムナルスとパーダルだというのはすぐにわかった。
2人を囲む大男に混じり、コーニルスとクフェルスもいた。コーニルスはミスペンに気づくと「あ! ミスペンさんだ」と言って、クフェルスとともに近寄ってきた。
「ミスペンさん、ねえ、どうしよう。銀のおじさんとリムナルスがひとつになっちゃったんだ」
「ひとつになった?」
「そうだよ。見に来てよ」
コーニルスとクフェルスは大男の輪に割って入るようにして、ミスペンを2人の前まで連れてきてくれた。彼女の言った通り、床でパーダルとリムナルスがワイヤーによってもみくちゃのままぐるぐる巻きになっていた。パーダルの脚の間にリムナルスの片足が挟まり、リムナルスの上半身は縛られたままパーダルの頭の下に入っていたのだ。何があったのかは不明だ。
ここで大男5人がミスペンに注目する。
「なんだお前?」大男のひとり、こげ茶色の髪をしたスカーロの男が話しかけてくる。顔つきは若く、20歳そこそこだろうか。ややとぼけた表情をしている。
金髪のキンギルス――初めにこの家にやってきた中年のスカーロが彼に教えてやる。
「トージュルス、そいつがさっき言った奴だ。パフィオペルスの仲間で、しかも眠ったまま起きないバイカルスさんのことが心配で来てくれたんだ」
するとトージュルスは両手を挙げ、飛び上がって反応した。
「なんだって、うわ! お前か! そうか、お前だったのか。旅したんだよな、パフィオペルスと一緒に!」
ミスペンはいちいち大げさなトージュルスに気圧されつつ「そうだ」と答えた。
「すげぇ、あいつキウイ食えるようになったか? かつおだしは好きになったか?」
「それは残念ながら、わからない」
「なんでだよ! 本当にあいつと旅したのかよ」トージュルスはまた大げさに両手を出して、抗議するような姿勢をとった。彼の大きな手、太い腕に軽くかするだけでも重傷を負わされそうなので、ミスペンは少し警戒しながら半歩後ずさりながら答えた。
「あの子がキウイが苦手かどうかは、あいにく、知らなくてね」
そしてトージュルスの隣には、赤い髪のスカーロの男がいた。彼は他のスカーロとはまったく異なる雰囲気を持っていた。前髪で片目が隠れており、斜め下を見下ろして半笑いの表情。脚をクロスさせ、両手を腰の高さの違う場所に当てているというポーズで格好つけていた。
「フッ。友の友は、友……そういうことさ」彼は誰に言っているのかもわからないボソボソした口調で言った。それにトージュルスが応じる。
「そうだな、ヘリオトルス。お前の言う通りだな!」
これを皮切りに、スカーロ全員の注目はさらにミスペンに集まった。赤い髪のヘリオトルスは一切動かなかったが、彼を除く4人の大男はミスペンの四方をすぐに取り囲んでしまった。
まず、ミスペンの正面に来た青い髪の男が言う。
「娘が世話になった。それに、妻のことも心配してくれたみたいだな」彼はキンギルスと同じくらいの年齢と思われるが、あちらが口調も見た目も野性的なイメージなのに対し、より落ち着いた雰囲気だった。
「あなたはバイカルスさんの?」ミスペンが訊く。
「そうだ。ビスカルスという名だ。君には感謝している。いずれ事が片付いたらお返しをさせてくれ」
「それはありがたい。ただ、今はバイカルスさんが心配だ」
すると今度は、ミスペンの左から緑色の髪をしたスカーロの男が話しかけてくる。口の上に立派な髭があり、他のスカーロと比べて品のいい雰囲気だ。彼はニコニコ笑って言った。
「僕も嬉しいよ。僕の名前はネモフルス。君のような素晴らしい人と会えて、パフィオペルスもさぞ幸せだろう。必ず皆で、バイカルスさんの目を覚まさせてあげよう」
「ああ、私もうまくいくことを願ってるよ」
すると今度は右からこげ茶色の髪の男、トージュルスが興奮気味に言った。
「お前って角とか尻尾はどうしたんだ? かつおだしと一緒に煮たのか?」
「いや、悪いが……かつおだしというのは、私にはわからない」
「なんでだよ! かつおだしは世界で一番美味いんだぞ!」
「そう思ってるのはお前だけだ、トージュルス」ミスペンの後ろからキンギルスが言った。「話はそこまでだ、とっとと行くぞ。バイカルスさんを早く起こしてやらねぇと。薬草はここに置いとけ。まずバイカルスさんの様子を見て、それから台所で作業を始めるからな」
「よし! 俺らが力を合わせたらすぐ目を覚ますぞ。その後でかつおだしを飲ませてやろう!」トージュルスは張り切っている。
「それから――」キンギルスが続ける。「時間は結構掛かるようから、コーニルスとクフェルス、それにリムナルス。お前らも手伝え」
「うん、わかった」コーニルスが答える。
「待ってー、今おじさんと遊んでて」床からリムナルスが言った。
「リムナルス! そういえばお前、ずっと床にいるな。何してんだよ」トージュルスはリムナルスを見下ろして訊く。
「お兄ちゃんこそ、今まで何してたの? パフィオの家、こんな面白い人らが来てたのに」
「おれも大事な用事だったんだ。ヨモギ100枚をかつおだしにつけて食べてたんだぞ」
「お兄ちゃんっていつも意味わかんないことしてるよね」
「なんだって! でもこんな面白い奴らがいるんだったら、ヨモギ食ってる場合じゃなかったぞ!」トージュルスは両腕を大げさに振り上げて上下に何度も揺らした。
「さて、どうしようか。このままじゃリムナルスを連れて行けないぞ」ネモフルスはやや困った様子で床の2人を見下ろす。
「いや、ちょっと待ってくれないか」緑色のネモフルスが口を挟む。「そういえば気づいたけど、リムナルスを手伝わせると、壺や台所を壊すかもしれない」
「えー、ひどい! でもこのままおじさんと遊ぶからいいよ」
「そうだな、ネモフルスの言う通りだ!」トージュルスが興奮しながら同意する。「リムナルスのせいで毎日皿が割れるんだよ。この前ドアも壊したよな」
「壊してないよ! ちょっとヒビが入っただけだよ」
「あんなデカい石の塊、どうやって壊すのか教えてほしいぞ」と、キンギルス。
「壊してないよ、壊れただけなんだってー」
クフェルスはリムナルスを指差し「破壊」と言った。
「壊してないんだってー」
「いいじゃないか」ネモフルスはニコニコ笑った。「それだけの力があれば、いずれ石を山から切り出す係にもなれるだろう」
「いや、リムナルスを連れてったら、山ごとぶっ壊すだろうな。ハハハ!」キンギルスは豪快に笑う。
「フッ。過ぎた人数は妨げとなる……そういうことさ」赤い髪のヘリオトルスが格好つけて言ったが、誰も聞いていないようだった。
そんなやりとりを、部屋の入口でロテとリラは見ていた。
「なんかまた変な奴らが来たな……」ロテは苦笑している。
「あの人達、完全にミスペンさんのこと信じてます」リラの右目の前で浮いているジャナの画面に、高速で文字や図形が走る。「あの男の人達は性格が優しくて、ほぼ安全みたいです。やっぱりあのリムナルスって人だけは、改めてスキャンしたらやっぱり性格的にどうしても手が出てしまいやすいみたいで、注意が必要ですけど」
「本当かよ? リラちゃん、頭いいんだからしっかりスキャン結果見てくれよ。あのこげ茶の奴とか、多分ヤバいぜ」
2人が話しているのに気づいたクフェルスが、猛然と走ってきた。
「うわぁ! 何しに来た!?」
「食べる」と言ってクフェルスはロテの両肩をつかむと、顔をなめながら向かいの部屋に連れて行った。
「なんだよお前はぁ! やめろよ!」ロテの声が部屋から聞こえてくるのを、リラは心配そうに見つめながら、ジャナでスキャンした。
「食べる気は、ない……はず……」とても不安そうに、彼女はつぶやく。