第9話 オレンジ色のコーニルス
ミスペンはコーニルスとともに、家の中のどこかにいるであろうロテとリラを捜しに行った。過去に色々やったらしいロテはともかく、あの優しくて賢いリラが、何を考えているかわからないクフェルスに好き放題やられるのは避けなくては。といっても廊下は非常に長いので、捜しながらコーニルスと話す時間は十分あった。
「銀のおじさん、どうしてるかな? すごく怒ってたよね」
「そうだね、でもあのリムナルスという子も血が出てたし、大丈夫なんだろうか」
「心配だけど……でも、リムナルスは痛いことがあっても楽しいって言うんだよ。だから大丈夫だと思う」
「そうか、ならよかった」
ミスペンは答えつつも、実際、パーダルとリムナルスの間で今何が起きているかは想像したくなかった。声がよく響くであろうこの石の建物の中で、彼の悲鳴はどこからも聞こえてこないので、もう事は終わってしまったのかも知れない。
「でもバイカルスさん、どうしたんだろう? なんの病気なんだろう」コーニルスは悲しそうに言った。
「わからない。寝たまま、起きないんだ」
「スカーロはあんまり病気にならないのに。どうしたんだろう」
「少し疲れてるのかもしれない」
「あー、そうなんだ。キンギルスさんが、薬草持ってくるって。他にも、応援の人呼んでくるらしいよ。パフィオペルスのお父さんのビスカルスさんも、畑の世話してたけど、戻って来るんだって」
「そうか。それならきっと治るよ」ミスペンはスカーロの扱う薬草など何も知らないが、この純朴なコーニルスが悲しまずに済むよう話を合わせた。
「バイカルスさん……起きてくれないと、いつかパフィオペルスが帰ってきた時、すごく悲しむよ。それは……嫌だよ」
コーニルスは涙ぐんでいる。実際に彼女がいつ『治る』かを決められるのはミスペンだけなので、少し心が痛んだ。しかし、いつ『治る』かを決められる以上、自信をもって答えられる。
「大丈夫だ、彼女は必ず治る」
「そうだよね? よかった!」純朴なコーニルスは疑うこともなく笑顔を見せてくれた。
そしてコーニルスは、今度はミスペンに興味を示す。
「そういえば、ねえ、目はどうしたの? なんで、布巻いてるの?」
まっすぐミスペンを見つめる純朴な瞳は、パフィオと瓜二つのようにすら見える。
「戦いでやられたんだ」ミスペンは答えた。
「えっ、どうして? どうして痛いのに戦うの? 目、隠さないといけないくらいの戦いだったの? なんで?」
コーニルスは大げさなくらい悲しんでくれた。
「優しい子だね、ありがとう。一応治したから、今は大丈夫だ」
「本当に?」そしてコーニルスはミスペンの右腕に視線を移す。「でも、もしかして右手もないの? どうして?」
「右手も戦いでやられた」
「えっ……なんで……」コーニルスは泣き出してしまった。「パフィオペルスの友達で、バイカルスさんの病気が心配で見に来てくれた人なのに。そんな優しい人なのに、どうして片目と片手がなくならないといけないの?」
「大丈夫。生きてるだけマシだ」
「そうなのかな……。どうして戦うの? 戦わなくていいよ。皆で畑、耕そうよ」
「君達は農家か?」
「そうだよ。うちはブルーベリーと大豆とネギを育ててるよ」
「君達こそ、そんなに強いんだから戦ってもよさそうな気がするが」
「誰と戦うの? 戦うなんて、そんな怖いことしないよ」またコーニルスは泣きそうになった。
「ああ、すまない。私は昔から戦いばかりの生活だからね……」
ふと、ここで右を見た。そこは大きな部屋になっており、中でリムナルスがパーダルを振り回していた。ミスペンがそれに気づいた直後、パーダルがわめき散らす。
「きっき、貴様ぁ! スカーロめ!! 私は、こんな……何を考えている。貴様を、必ず支部に連れ帰り、拘束してやる!! 貴様は未確認種族だぞぉ!!」
この怒声を聞いて、依然彼を振り回しながら、リムナルスは本当に楽しそうにケラケラと笑った。
コーニルスも足を止め、心配そうにミスペンに言った。
「どうしよう、行かなくていいかな? また銀のおじさん、すごく怒ってる」
「大丈夫だ、きっと」
「そうなのかな……」
「銀のおじさんはすごく身体が固いし、リムナルスも喜んでるみたいだ」
かと思えば、今度は別方向からロテの怒声が。
「来んなよ、お前! マジで!!」かなり切羽詰まっているようだ。クフェルスに追い詰められているのだろうか。
「声はあっちからする。行ってみよう」
ミスペンはその場を離れ、コーニルスとともに廊下を進んでいく。リラの声はまったく聞こえなかったので、ロテとは別の場所にいるのかも知れない。一応、ドアの役割をしている大きな石の陰であのピンク色のぷるぷる生物が独り震えていたりしないかと注意しながら。
「ねえ、パフィオペルスと一緒に旅したんだよね?」コーニルスはまた尋ねた。
「ああ。すごく礼儀正しいし、仲間のことも守ってくれる。あんないい子はなかなかいない。短い間だったが、もしずっと一緒にいられたら、きっといつまでも楽しかったに違いない」
「いい子だよね」心配そうな顔だったコーニルスは、ニコッと笑ってくれた。「パフィオペルス、すごく優しいんだ。何されても怒らないんだよ」
「そうだったのか……あの子は、仲間のために怒ってくれたんだ」
「そうなの?」コーニルスは不思議そうな顔になった。
「厄介な連中がいたんだ。私やパフィオだけじゃなく、仲間のことを勝手に弟子扱いして、試練と言って攻撃を仕掛けてくる奴らがいたんだが、その時、パフィオは本気で怒ってたよ」
「そうだったの……。そんな人達と会ってたの? わたしも、そこに一緒にいたかったな。そうしたら、パフィオペルスを守れたのに」
「守るためだったら、君は戦う?」
「わかんない。戦うって、どうしたらいいかわかんないよ」コーニルスは不安げな表情をした。
「パフィオもそうだった。戦うことを好まない優しい子だったけど、敵に仲間がやられそうなとき、泣きながら敵を殴ったんだ」
「それは……悲しいね。わたし、戦わなくて済むほうがいいよ」
「そうだね、私もそう思う。戦わなくて済むのが一番だ」
こんな話ばかりしていては、コーニルスを泣かせてしまいかねない。すると、彼女に意外なことを指摘された。
「パフィオペルスのこと、パフィオって呼んでるの?」
言われて気づいた。今まではスカーロの呼び方に合わせてパフィオペルスと呼んでいたが、コーニルスとの会話の中で無意識に、パフィオという、アキーリで彼女を会った時からの愛称に変えていたのだ。
「ああ……そうだね、実はパフィオペルスという呼び方をする人を見たのはこの村に来てからなんだ」
「そうなの? じゃあミスペンさんは、パフィオペルスをどんな風に呼ぶの?」
「あの子のことは、初めて会った時から皆、パフィオと呼んでたよ。本人は確かにパフィオペルスと名乗ったけど、長いから誰もその名前で呼ばなかったんだ」
「じゃあ、ミスペンさんの仲間もみんな、パフィオペルスをパフィオって呼ぶの?」
「そうだ。町の人達も、みんなパフィオと呼んでた」
「どうしてパフィオって呼ぶんだろう。ルスがついてないとスカーロっぽくないな。アリーアの名前はルスがついてないよ」
「パフィオとはアリーア達の町で出会ったんだ。だから、アリーア流の名前で呼ばれたんだと思う」
「そうなんだ! ミスペンさん、いろんなこと知ってるね!」
コーニルスは再び笑顔を見せた。他の2人はどうだかわからないが、純朴な少女のようなこの子にはやはり笑っていてほしい。もっと彼女が明るい気持ちになれるような話題を選ぶことにした。
「そういえば、パフィオのいい話がある。彼女と出会った町で、私の仲間のひとりが疑いを掛けられてたんだ。町で冷たく扱われてたんだが、パフィオペルスはまったく疑わなかった」
「そうなの? 疑われてたって、その人、何をしたの?」
「いや、何もしてない。人を殺したと言われてたが、彼はそんなことはしてない。なのに、そう決めつけられてたんだ」
「えっ……なんでそんなことが起きるんだろう。すごくつらいね」コーニルスが悲しそうな顔をして、ミスペンはしまったと思った。彼女が笑顔でいてくれるような話題を選んだつもりなのだが。
「大丈夫だ、ちゃんとその疑いは晴れた」彼は少し急いでフォローした。
「そうなんだ……。よかった。でも、どうしてやってないことをやったなんて言うんだろう。だって、人を殺す人なんて、いるわけないよ」
「ユウトがそんな風に言われ出したのは、性根の悪い奴が自分の失敗をユウトになすりつけたからだそうだ」
「そうなの? うーん、難しいね……。でも、きっとそのユウトっていう人もいい人だよね?」
「ああ。おとなしい奴だし、少し子供っぽいところもあるが、真面目でいい奴だ。別の場所でしっかり生きてる。きっとまた会えると思いたい」
「そうだね。きっと、会えるよ。だってその人もパフィオペルスの仲間なんだよね?」
「そうだ。仲もよかったよ」
「よかった! じゃあ、パフィオペルスとユウトさんが来たら、すごく楽しくなるね」
コーニルスは笑顔に戻ったので、ミスペンは安堵した。
確かに、ここにパフィオとユウトが来たら素晴らしいことだ。他の仲間も来ればなお良い。だが、楽しくなるかはわからない。他のスカーロがどんな人物かがまたわからないからだ。それに、ユウトはパフィオだけでなくコーニルスともうまく話せないだろう。コーニルスは本当に優しい子で、パフィオとはまた違った積極性も併せ持っている。もしかするとパフィオ以上にユウトにちょうどいいかもしれないが、楽しい場になるかといえば別の話だ。
そう思ってからミスペンは、ここにいない者のことを考える余裕すらあるんだなと感じた。そのくらい、コーニルスは初対面にもかかわらず、一緒にいて安心するような温かい空気をまとっていた。