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果てなき時空のサプニス  作者: インゴランティス
第7章 穏やかな時の中で、僕らは混沌を抱く
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第8話 茶色のリムナルス

「バイカルスさーん」


「大丈夫ー?」


 騒がしい来訪者がぞろぞろと入ってきて、ミスペン達の前に横一列に並んだ。それはスカーロの女性3人。全員角を除いた身長が180cm前後で、3人集まると壁のようだ。服は全員同じで、今眠っているバイカルスとほとんど変わらないシンプルなワンピース。髪の色は左から茶色、オレンジ色、黒。全員、瞳と尻尾は髪と同色のようだ。茶色い女性は屈託のない笑顔で、オレンジ色の女性は見慣れない種族に少し驚いているようだ。そして残るひとり、黒い女性は目を半開きにしている以外は感情がまったくない顔つきをしていた。


「クソッ……! なんということだ。ミスペン、早くしろ!」


「おっさん、焦んなよ。しょうがねぇだろ」


 入ってきたスカーロの女性3人は互いに見合わせ、話し始めた。


「キンギルスさんが言ってたのって、この人達なのかな」オレンジ色の女性が言った。


「そうそう!」茶色の女性はミスペン達をひとりひとり指差し確認しながら言った。「銀の人と、布巻いた人と、ピンクの塊と、あと、お魚」


 それに続いて、黒い女性が表情を変えず、その顔つき通り一切感情のない声で「魚」とだけ繰り返した。


 そして茶色のスカーロ女性はミスペン達に近寄ってくる。


「キンギルスさんの言ってた通りだね! 君達パフィオペルスの友達なんでしょ。あの子、相変わらずキウイ食べれない? サバは食べれるようになった?」


 キンギルスとは、おそらく先ほどの金髪のスカーロ男だろう。茶色スカーロは質問しておきながら、返事が返ってくる前に、ミスペン達の脇を抜けてバイカルスに近寄る。


「あー、バイカルスさん寝てる。大丈夫かなー?」眠るパフィオの母の顔のすぐ前で手を振る茶色の女性。


 一方、オレンジ色の女性はミスペンのすぐ前に来た。


「バイカルスさんのこと、心配でここに来たんだよね?」と、彼女はミスペンに訊いた。その瞳は、内面の純朴さを示すかのようにキラキラと、よく晴れた朝の海面のように輝いていた。


「えっ、ああ……」


 バイカルスが心配でこの家に来たなどとは、キンギルスには一度も言っていないはずだが、ミスペンは戸惑いつつも話を合わせた。すると、この女性は両手でミスペンの手を優しく握った。


「ありがとう。バイカルスさん、パフィオペルスがいなくなってからすごく悲しそうだったんだ。だから、きっと悲しすぎて寝ちゃったんだよね? そんなの、悲しすぎるから……起きるまで3人で待ってあげようと思って、わたし達、ここに来たんだ。みんなも一緒に待ってくれたら、嬉しいな」


 彼女はスカーロなので非常に強い力を持っているはずだ。にもかかわらず彼女はとても柔らかく、そっと包み込むようにミスペンの手を握っていた。


「そうだね。キンギルスさん達も協力してくれる」ミスペンは戸惑っている場合ではないと感じ、笑って答える。


「そうだよね! みんな、薬草集めてるよ。薬を作るんだって」


「そうか。じゃあバイカルスさんはきっと、すぐ目を覚ますだろう」


 オレンジ色の女性が答えるのを遮ってパーダルが怒声を放つ。


「行くぞ、ミスペン。構うな!」


 ミスペンが見ると、パーダルは部屋の出口から廊下へ出ようとしているところだった。彼は独りで逃げようとしているわけではない。その銀色の身体の手前にはロテ、奥にはリラがいた。パーダルは市民のリラを盾になって守りつつ、しんがりとしてロテを使っているらしい。


「どうしたの? 帰っちゃうの? まだバイカルスさん、起きてないよ」オレンジ色の女性は彼らを見て、少し悲しそうに言った。


「ごめんな、姉ちゃん。オレら、ちょっと遠いとこに行かなきゃいけねぇんだ」ロテは苦笑したまま答えた。


 すると茶色の女性はパーダルの顔を指差してはっきり指摘する。「ねえ、キンギルスさんが言ってたよね。この銀のおじさん、変だったって」


「うーん、どんな風に変なんだろう」オレンジ色の女性は首を傾げた。


「なんかよくわかんない言葉いっぱい使ったんだって」


「銀のおじさん、なんだかすごそう。バイカルスさんのこと、起こしてあげられない?」


 パーダルは無視して、「行くぞ、リラさん」と急かす。すると、茶色の女性はパーダルのすぐそばまで走って――恐るべきことに走っているような速度だが、その動きは歩行だった――そしてロテの横を通り抜けると、彼女は右手でもって、パーダルの頭についている2つの、球形のふくらみの片方を、迷いなくつかんだ。


「うぬぅ、貴様ぁ……!!」


 パーダルは右腕で彼女の腕をつかみ、引き剥がそうとしたが、一切動かなかった。どうにもできないくらい彼女の力は強いらしい。


「可愛いね、この耳!」


「耳ではない! 触るな!」


「うわあ、すごい! おじさん、力強いね!」茶色の女性はニコニコ笑っていた。


 パーダルは、ならばと両手で離そうとしたが、彼女はパーダルの頭についている、もうひとつのふくらみを持ってしまった。銀色のいかにも強そうな身体を持つパーダルだが、女性に頭を握られたことになり、いよいよ逃げられなくなってしまった。


 しかしさすがは分隊長、このままでは終わらない。彼の盛り上がった両肩から、瞬時に何かが射出され、一瞬のうちに女性は女性はとうとうその手をパーダルの耳のような突起から引き離された上で、全身を縛られてしまった。


 射出された何かとは、ワイヤーだ。ミスペンやロテを拘束するのに使った銀色のヒモを、おそらく彼の全力なのだろう、左右それぞれから十数本も放出している。両腕と両脚はそれぞれひとまとめにされ、まるで全身に、とても細い金属光沢のある包帯で巻かれたようになった。


 こうも縛られてはさすがにやんちゃな女性も行動不能だろうと思いきや、スカーロは甘くない。彼女の顔に巻きついた数十本のワイヤーの間から見える目と口が、今まで以上に明るく笑っているのにパーダルは気づいて、身震いしそうになった。


「わぁー! 何これ? すごーい! ちょっと痛いけど面白い!」


 女性は幼子のような笑顔になって、腕に力を入れる。腕力だけでワイヤー同士の間をぐぐぐっと押し広げていく。くっつけられていた両腕の間は見る間に広がり、腕が動けるスペースができた。腕が動けるようになると、まず肘をワイヤーに押しつけて強引に隙間を作り、その隙間から上腕をスポッと抜いてしまった。手が自由になったので、今度は脚を縛るワイヤーの間に指をめり込ませ、大きな穴を作り、その穴から膝下をよいしょとばかりに脱出させる。ワイヤーでできた銀色の手袋とハイソックスが、肘と膝から脱皮後の皮のように飛び出した。


 もちろんパーダルは、その脱出作業の間、黙ってみているわけではない。彼はワイヤーをきつく張って脱出の邪魔をした。その証として、女性の手足から抜けた瞬間、それまで彼女の上腕と足を縛っていたワイヤーの手袋とハイソックスは、空気が抜けてしぼんだかのように潰れてしまった。それでも、女性がワイヤーから抜け出すのに影響があったようには見えなかった。スカーロの強靭さは、それをものともしないほどだったのだ。


「うおっ、お前……!! こんな、馬鹿な……。ワイヤーをこんなにも簡単に……」


 パーダルのそばでリラとロテが口をあんぐり開けて、何も言えずにただ見ていた。


「すごーい! こんなヒモ出すんだね、すごいねおじさん! ねえ、ジケンって何?」


 手足が自由になった女性は、再びパーダルの両腕を握る。しかしパーダルの抵抗はまだ終わらない。


「未確認種族め、射殺する!」


 彼は女性を縛るワイヤーをすごい速さで格納すると、腹と腰の装甲板を展開させた。装甲版の向こうから出てきたのは、数十もの小さな砲口。そこからピュンピュン音を立て、弾丸が女性の全身に雨のように発射された。弾はすべて女性に命中し、顔も身体も小さな穴が大量に開いてしまった。


 そのパーダルの行為が何を意味するのか、ミスペン達にはわかっていた。時間が止まったようになった。


 リラが「あぁぁぁぁ……」と怯えた声を出して震える。ミスペンもロテも『あいつ、ついにやらかした』という思いで、何も言えず、ただ驚きと恐怖でもってその光景をただ見ていた。


 さすがのスカーロといえど、これほどの攻撃を受けてはひとたまりもないだろう。無邪気ゆえに乱暴な、スカーロのひとりの女性が、とうとうここで命を落としてしまう。そして、一緒にいたミスペン達はパーダルが犯した罪により、これから村のすべてのスカーロに狙われ、殴り殺されてしまうのだ。そんな想像がミスペン、ロテ、リラの頭を駆け巡った。


 だが、そう思っていたのは3人だけだった。茶色の女性はこれだけの銃弾を受けても、ケラケラと笑っていたのだ。


「うわぁ! 痛ーい! どうしたの? でも楽しい! ねえ、コーニルスとクフェルスも一緒にどう? 痛いけど楽しいよ!」


「拒否」黒の女性が無表情のまま、小さく答えた。まるで機械かのような、感情を感じられない口調だった。


「ねえ、リムナルス……大丈夫? すごく痛そう……」オレンジ色の女性は涙目になって、両手で口を押さえている。


「チクチク痛いけど、でも楽しいよ。いっぱい雨みたいなのがヒュンヒュン飛んできたんだよ! すごいよね? コーニルスも雨に当たってよ」


 リムナルスと呼ばれたこの茶色の女性は、本当に楽しそうに笑って答えたが、撃たれてできた穴から少しずつ、真っ赤な血がトロトロと流れ出てきている。


「ああ、血が! ねえ、楽しくないよ! 痛いよ。痛いよね?」オレンジ色の女性は泣き出してしまった。


「楽しいよー。コーニルスもクフェルスも、やってみたらいいのに」


 黒の女性はリムナルスを指差し「危険」と言った。


「危なくないよー」


 ミスペン達は、喜んでいいのか、怖がっていいのか、にわかには判断がつかなかった。どうやら最悪の事態は回避できそうだが、しかしまさかこの女性、蜂の巣にされたことを喜んでいるとは。これはこれで怖すぎる。


 今しかないと思ったロテは、パーダルの脇を素早く通り抜けると、怯えて動けないリラを半ば引っ張るようにして、家の出口に向かっていった。


 それを見て、蜂の巣のリムナルスがパーダルの両腕を握ったまま呼び止める。


「あれ、どうしたの? どこ行くの?」ロテを追いかけようとして、彼女は簡単には動けないことに気づいた。彼女の対応を察知したパーダルが、瞬時に再びワイヤーで彼女の全身を拘束したからだ。


「わぁ、動けない。このヒモ、邪魔だなぁ。でもいっか、おじさん遊ぼうよ」


 やはりワイヤーなどで彼女の笑顔を奪うことはできない。女性は両腕に巻きついたワイヤーなどものともせず、その身で直接パーダルに体当たりした。浴びせ倒しでもするかのように。


「ミスペン! こいつらを止めろ! 早くしろ!!」パーダルは苦しそうに命じた。リムナルスの圧力を受け、倒れないようにするだけで精一杯のようだ。


 ミスペンはこの状況に、なぜか笑ってしまいそうだった。恐ろしいのに滑稽で、しかも苦しんでいるのは曲者のパーダルなのだ。しかし矛先がこちらに来ないとは限らない。


 ミスペンはこの危険な女性を止めるべく精神操作を使おうとした。だが、下手にその力を使ったら、バイカルスを眠らせたのが誰なのかがバレてしまうかも知れないから、短時間だけにしておく必要がある。茶色の女性に手のひらを向け、1秒足らずの間だけ意識を奪い、手をパーダルの腕から離させて精神操作を解いた。


 リムナルスは数度強く瞬きをしてから、周囲をぐるぐると見回した。


「う~ん? どうしたんだろう。銀のおじさんの腕を持ったと思ったのに、持ってないよ」


「そうなの?」


 戸惑う茶色とオレンジの2人の女性。放っておくとまたパーダルにつかみかかってしまうだろうから、ミスペンはリムナルスに話しかける。


「我々はパフィオペルスの友達だ。君達もだろう? だから、ケンカしないで遊ぼうじゃないか」


「そうだよ。今、遊んでるよ。銀のおじさん楽しいね!」


「いや、おじさんはちょっと嫌がってるんだ」


「えっ、なんで? こんなに楽しいのに」茶色の女性は興味津々の目でミスペンを見つめた。「布の人も遊ぼうよ」


 その時、黒い髪のスカーロ女性が茶色の女性を指差し「破壊」と言った。


「えー、壊してないよクフェルス。遊んだだけだよ」


 クフェルスというらしい黒い女性は、指差したまま「危険」と言った。


「えー! 違うよぉー。遊んでるだけなのにー」


 茶色の女性は否定しつつも、とりあえずそれ以上パーダルの腕を持たないでいてくれた。パーダルのワイヤーに拘束されたままなので、彼女の両腕はまっすぐ揃った状態で、ワイヤーに巻かれたままだらんと下に垂れた。


「リムナルス、いつも何か触るたびに壊しちゃうから、みんなから『何も持つな』って言われてるよね」オレンジ色の女性が言った。


「何も持たなかったら、何も食べられないよ」リムナルスはどこかズレた反論をした。


「でも、あんまり壊さないほうがいいよ。みんな困ってるよ」


「えー、なんで? なんで?」リムナルスは少し怒っているようだ。「誰も困ってないよコーニルス! ねえ、そうだクフェルス。あのお魚の人とピンクの人、呼んできてよ。みんなで遊ぼうよ」


「ん」黒い髪の女性、クフェルスは短く答えると、パーダルとリムナルスの脇を通り過ぎ、家の出口へと走っていく。歩いても速いのだから、走りとなれば推して知るべし。クフェルスはあのパフィオを思い出させるとんでもない速度で、一瞬のうちに部屋からいなくなった。


「ミスペン、貴様!」パーダルが怒りをぶつけてくる。「行動が遅すぎる、もしダールにいたら即刻クビだ!」


 今度は部下扱いだ。このパーダルもパーダルで、まったく好き勝手が過ぎる。ミスペンは彼をまともに相手する気など、とうに失せていた。


「とりあえずそっちは頼んだ」ミスペンは冷たい目をしてこの分隊長に一言告げた。


「おじさん遊ぼうよ! 何する? このヒモで縄跳びしようか? あっち行こうよ」


 リムナルスはワイヤーでつながれたまま、パーダルを連れて部屋を出ていった。


「貴様! おい、ミスペン! お前しか止められんぞ! ミスペーーーン!!」


 ミスペンは連れ去られていくパーダルの声を苦笑いしながら聞いた。彼には可哀想だが、性格に難ある者同士でずっと一緒にいてくれたほうが都合がいい。


「大丈夫かなぁ、銀のおじさん」ミスペンとともに残されたオレンジ色の女性コーニルスは、両手を口元に合わせ、眉をハの字にして心配していた。


「おじさんは大丈夫だ。それより、さっき出ていった人の様子を見に行こう」ミスペンは笑って答える。


「でも、バイカルスさんを誰かが見てないと……」


「じゃあ、すぐに見つけて戻ってこよう」


 ともかく、ミスぺン達はしばらくパフィオの実家にとどまり、おかしなスカーロの女性達と遊ぶ破目になったのだった……。

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