第5話 パフィオの実家
数分後。
パーダル、ミスペン、リラ、そして拘束を解かれたロテという4人は、目を覚ましたスカーロ女性とともに、階下の応接間にいた。この部屋の壁や家具はほとんどが石で作られており、すべてが大きかった。応接間はミスペンがこの建物に来た最初の部屋よりも広く、ざっと200畳はあるだろうか。ここに来るまでに通った廊下も階段もすべて広く、部屋の入口は人間なら3人横に並んでも出入りできそうなほど広かった。
「あなた、パフィオペルスの仲間だっていうの!?」先ほど石のフライパンでパーダルを襲った女性は、大きな石の長椅子に座って、目を丸くした。
「はい。私は彼女とともに、ほんの数日ですが旅をしました」ミスペンは答えた。
「ああ……それで? あの子は……どこにいるんですか?」
「残念ながら、どこにいるかはわかりません。途中ではぐれてしまいました。しかし、彼女は仲間の危機を何度も救ってくれました。とても献身的に仲間の盾になって、強敵にも果敢に立ち向かいました。彼女はとても優しい性格で、魔獣が相手であろうと戦いたくないと言って泣いていました」
「そう。ああ、そう……」パフィオの母はぽろぽろと涙を流して泣き始め、手で涙を拭った。娘の泣き方とよく似ていた。
「今も、そばにあの子がいればと毎日思ってます。どこでどうしているのか……とても心配です」
涙しながら、パフィオの母は語る。
「パフィオペルスは、もう結構前になりますが、家出をしてしまって。このマルシャンテ村からいなくなったんです。私と夫が、もういい加減結婚しろときつく言いすぎたからだと思うんですが、それから一度も帰ってこなくて。本当に私も夫も、村のみんなも心配してます」
「彼女も、故郷のことを気にかけているようでした」
「そうですか……ありがとうございます。あの子と一緒に旅した人が来てくれたのに、私ったらもう、早とちりで泥棒だと勘違いしちゃって」
パフィオの母ははにかんだ笑みを見せた。この笑顔も娘と似ているような気がした。
「いえ。お母さんこそ、怪我はなかったですか?」
「あら。スカーロはこのくらいで怪我なんかしませんよ」
ここでパーダルが話に入ってきた。
「心配は必要ない。パフィオペルスは我々の拠点にいる」
「え? どこですって?」
「ヴァンミン島のゴーレイヤ市だ。我々の拠点にいる。自然保護区にいたため、我々ダールが保護した」
「えっ……ゴー……?」
「私はこういう者だ」パーダルは肩のパーツから小さな板を出す。これが彼の身分を表しているらしい。もちろん、パフィオの母に理解できるはずもない。
「なんですか? これ……」眉間にしわを寄せ、パフィオの母は板を見つめている。
「私はダール、ヴァンミン島ゴーレイヤ管区第1捜査師団第8中隊第422分隊隊長、パーダル・カウリスマキ。階級は17C」
「はっ? ダル、ヴァ……? なんですか、それ?」
ミスペンがうまく旅の思い出話をすることでせっかくパフィオの母を感動させ、いいムードに持って行ったのに、パーダルが口を挟んだことで一気に重苦しい空気になってしまった。
「おっさん、今いい雰囲気なんだから出てくんな」ロテが鬱陶しそうに口を挟む。
「これは重大事件だ。ダール隊員として、必ず解決しなければならない。お前こそ、黙っていろ」
「邪魔なんだよ」
「口を慎め。お前に解決できる問題ではない」
「いや、あんたみたいなのだから無理なんだって」
ロテの言葉など気にせず、パーダルは彼の身分を示しているらしい小さな板を納め、話を続ける。
「娘さんは今、我々の支部にいる。しかし、安心するんだ。我々は危害を加えない」
「シブ……えっ? 危害? どういうこと……」パフィオの母は眉間にますます深いしわを刻んだ。
「だから、あんた多分余計なこと言ってるぞ」ロテが言った。
「黙っていろ」パーダルは冷たくあしらう。「私はダール捜査師団の分隊長だ。これは職務上必要な説明なのだ」
「人権無ぇんじゃなかったのかよ?」
「それは関係ない。手続上、こうして捜査責任者が先頭に立って話をしなくてはならんのだ。お前には理解できんことだ」
こうして言い合いをしている間にも、パフィオの母が発する空気はどんどん不穏になっていった。そしてとうとう、彼女はその不穏な感情を口にした。
「あの……あなた方。本当にパフィオと旅したんですか?」
リラは女性の変化を察知し、「へっ……?」と怯えた声を発する。
「パフィオペルスは私と夫が大事に育てました。変な人と一緒に旅をするような娘には育ててません。そんな……何かわからない人に、パフィオペルスはついていったりしません。支部とか、なんとか隊とか、なんなんですか? あなた達、もしかしてパフィオペルスをさらったんですか? そういうことですね? それで、閉じ込めてるってことですか!?」
パフィオの母はテーブルを拳骨で打つ。ガン! 大きな音がして、テーブルにひびが入る。
「どこに閉じ込めたの!? 信用してたのに! 今すぐパフィオペルスを返して!!」
「落ち着くんだ!」
パーダルは止めようとするが、もちろん落ち着くはずはない。パフィオの母はテーブルを両手で一気に持ち上げた。テーブルといっても、人間が使うようなテーブルとは段違いの大きさで、しかも全体が石でできている。その重量をものともせず、彼女は頭上に担いだ。
すかさずパーダルの腰のパーツが口を開く。開口部に手を入れ、彼は細長い何かを取り出しかける。それが何かはわからないが、このままでは彼がパフィオの母を攻撃してしまうのは明らかだと思ったミスペンは、とっさに左手を彼女にかざした。先ほどパフィオの部屋の前で、彼女の意識を一気に奪ったせいで、人間を大きく上回る体重を持ったスカーロが床に一気に倒れてしまうことでパーダルを巻き込みかけたから、今回は彼女の意識を完全には奪わず、その身体を操ってまず静かにテーブルを床にドンと置かせ、そして本人を先ほど彼女が座っていた位置に静かに座らせた。パフィオの母の首がかくんと落ち、穏やかに寝息を立て始める。
「……寝てるのか?」ロテは不安そうにパフィオの母の顔を眺めた。
パーダルのゴーグルが青く光った。
「ノンレム睡眠、確認……。ミスペン、遅いぞ」
細長いものを腰にしまいながら、パーダルは言った。
ミスペンは再び閉口した。先ほどは彼が独断でパフィオの母を精神操作で止めた時はそれをとがめていたのに、今回は『少し遅い』と責めてきた。まるで部下に対するような物言いも腹立たしいが、仮に部下だとしても納得しがたい態度の変化だ。しかし、こんなことを言わざるを得ないくらい、この分隊長にとってもパフィオの母を再び激怒させるのは避けたかったのだろう。