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果てなき時空のサプニス  作者: インゴランティス
第7章 穏やかな時の中で、僕らは混沌を抱く
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第4話 赤紫蘇の色

 威勢のいい壮年の女性の声が響きわたって、リラは怯えて目を閉じた。ロテも元窃盗団所属で肝は据わっていそうだが、それでも動けない状況の中では少し危機感を覚えているらしいのが顔つきでわかった。


「この場は私がどうにかする。決して動くな」とパーダルはミスペンに指示してひとり廊下に出た。ほどなく、廊下からパーダルの声が聞こえる。


「申し訳ない、奥さん。私はこの家に――」


 おそらく彼は、迫ってきたであろう何者かに弁解を試みているのだろう。だが言い終わらないうちに女性の怒声が始まる。


「何、あんたは!? 全身銀ピカで。なんなの、どっから入ってきたか知らないけど、そこはあたしの大事な娘の部屋なんだから! 荒らしたら承知しないからね!!」


 そして、ドォン!! 耳が割れそうなほど大きな音がした。ミスペンは数年前、馬車が民家にぶつかった時のことを思い出した。たとえ人間が全力で殴ったところでまず出ない音だ。


「ぐぬ……落ち着くんだ!」パーダルの必死な声だ。


 パーダルは声を出せる程度には無事のようだが、今度はガン、ガンと耳が痛くなるような、頭の中に響く金属音が連続した。女性が鈍器で彼を力任せに殴っているのだろうか。それにしても恐るべき腕力の女だ。リラは目を閉じ、震え上がっている。ロテは苦笑していて、その目は『どうすんだよ』と視線で訴えかけてきていた。


 決して動くなとパーダルに言われたが、心配になってミスペンは廊下に少し顔を出した。


 そこにいたのは、至ってシンプルなワンピースに身を包んだ大柄な女性。先ほどパフィオの部屋に掛けられていたものとほとんど同じだ。つまり、生地の質感は麻のようにごわごわとしており、装飾の類は何もない、服としての最低限の機能を備えているだけの衣類ということだ。


 彼女はおそらく中年だろうが、顔を真っ赤にして、話も受け付けないほど感情が高ぶっていた。注目すべきはあのパフィオ同様、頭には6本の角、そして足の横には腰から伸びている、鱗で覆われた太い尻尾が見える。髪と瞳、尻尾はどれも赤紫蘇のような落ち着いた紫色だった。右手に持つ、ピザでも焼くのかというほど巨大な石のフライパンでパーダルを殴り続けている。金属音の原因はこれのようだ。


 間違いなくスカーロだ。『手鏡』の力によって、どうやらパフィオ以外のスカーロの家に来てしまったらしい。


 パーダルも、この怪力の女性にただ何もせず殴られ続けているわけではない。左腕を前に出し、いかにも機械的な装甲から雷の盾のようなものを発生させ、フライパンの打撃を防いでいた。


 そしてスカーロの女性が発した次の発言が重要だった。


「そこはパフィオペルスの部屋よ! あんたみたいなのが入っていい場所じゃないんだから、出てって!」


 女性が出した名前にミスペンが「パフィオ……?」と思わず反応する。


 しかし女性はさらに感情を高ぶらせた。「あんたみたいな泥棒が、気安く名前を呼ぶなって言ってるの!」


 女性は相当に激昂しており、パフィオの名をパーダルが言ったとでも思っているらしい。会話は不可能だろう。ミスペンは手のひらを女性に向け、念じた。女性はすぐに身を崩し、膝を床にしたたか落とした。手の力が抜け、ガゴンと音を立てフライパンが床を転がる。前方に倒れたものだからパーダルはその下敷きになりそうだったが、彼女を支えて床に寝かせてやった。床の上で、女性は目を回しながら「カスタード~~」とうなっている。


 パーダルはその、目を回しているスカーロの女性を見下ろし、何事かつぶやいた。


「被害状況確認……損傷は軽微。電磁バリア残量71%。行動継続に支障なし」


 彼が何を言っているのかまったくわからず、ミスペンは「大丈夫か?」と話しかける。するとパーダルは振り返った。


「ミスペン。動くなと言ったはずだ、なぜ手出しをする?」


「私が何もしなかったら、あなたはこの人に殴られただけじゃないのか?」


「問題ない。殺害する手段はいくらでもある」


「殺害……!?」


「選択の余地はない。この女はお前同様に未確認種族であり、人権はない。攻撃してくるなら武力をもって排除することは当然だ。私は交渉を試みたが、この女は一切応じようとしなかった。また、今受けた打撃により、女が恐るべき筋力を持っていることが確認された。よって、殺害することにより市民への被害を最小限にすることが最善だ」


「待ってほしい。この人は、パフィオペルスと言ったはずだ。しかも、娘と……」


「パフィオペルス?」


「パフィオの本名だ」


「フン。お前と一緒にいた女と同じ名前ということか? 仮に同一人物だとしても未確認種族である以上、なんら考慮すべき事情にあたらない」


 ミスペンは黙るしかなかった。パーダルの言っていることが先ほどからあまりに難しく、理解が追いつかないからだ。ただ、彼がスカーロを敵視していることは疑いようがない。


 するとパーダルは再びスカーロの女性を見下ろした。彼の顔にはまったゴーグル型の目が青く光る。スカーロの女性をスキャンしたようだ。


「外見的特徴および非常に高い筋力、強固な皮膚と骨格、および体内に存在する引火性高エネルギー体……完全に一致。パフィオと同種族である確率、93%」


 ミスペンは彼に言う。


「もしこの人がパフィオの母親だったりすれば、殺すのは……やめてほしい」


 パーダルはこれに、振り返ることもなく答える。


「ミスペン、勘違いするな。お前に決定権などない」


「ちょっと待て」背後からロテの声がした。「おい、パフィオの母親って聞こえたぜ!? マジかよ。ちょっと教えろよ!」


 ミスペンは部屋に戻り、魚人に答える。「私も訊きたいんだが、君はもしかすると、緑色の鳥を助けたりしなかったか?」


「あ? 緑色の鳥って、あのデカくてやかましいあいつか? バタバタ騒がしかったぜ」


 ミスペンは目を大きくして、少し口を開けると同時に、内心では膝を打つ思いだった。この緑色の魚人はクイ達の話に出てきたロテその人だということがこれではっきりした。『手鏡』は、あの奇異な世界でミスペンか、もしくはその仲間が出会った者達の中から、ランダムに3人選んでここに送り込んだようだ。だが、どうしてそんなことをするのだろう?


 ミスペンの表情から肯定のニュアンスを感じ取ったらしく、ロテは続ける。


「おい、あんた。オレが納得できるように教えろ。なんだあいつら? あのトウモロコシとか、馬鹿力の姉ちゃんは何者だよ。で、ここはどこだ。自然保護区の中にあるお前らの村か? だったら大笑いだな」


 ロテは冗談めかして言ったが、その口は大笑いどころか少々引きつっていた。


「ここがどこかは残念ながらわからないが……ここが君の故郷とは別の場所、というのはまず間違いないだろう」


「はぁ!? じゃああんた、ちょっとは知ってるってことじゃねぇかよ。教えろ! 今、どうなってんだ?」


 ミスペンは望み通りに答えようとしたが、廊下からパーダルの声がやかましく響いてくる。


「ミスペン、来い! この女をなんとかしろ!」

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