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果てなき時空のサプニス  作者: インゴランティス
第7章 穏やかな時の中で、僕らは混沌を抱く
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第3話 使役

 部屋の外は廊下らしい。やはり壁、床、天井のすべてが灰色の石でできており、非常に広い。奥行きが長いだけでなく、幅も広い。この廊下の幅ですら、人間の家を建てるのに十分すぎるほど広いのだ。しかし廊下を見る限り、ドアの役割をしている大きな石のブロックの数は全部で4つしかない。ひとつひとつの部屋が広いからだろう。


 やはり廊下も装飾の類はただのひとつもなく、ただすべてが大きいだけでひたすら地味だった。建設途中のまま放置したのではないかと疑うほどだ。少なくとも宮殿でないのは確かだろう。


「いいか、聞け」パーダルはどこかを指差して小声で命じた。「あの石の向こうに部屋がある。あの部屋の中にいる者に精神操作しろ」


 彼の指は、長い廊下の中ほどにある四角形の窪みを差していた。ミスペンは小声で訊き返す。


「あそこに何が?」


「中に容疑者がいる。お前が精神操作すれば、簡単に拘束できる」


「ヨーギ、シャ……?」


「早くしろ。向こうが動き出す前に」


 パーダルは『容疑者』としか言わない。これもまたミスペンの知らない言葉だ。十分な説明もなく、ただ急かしてくるパーダル。ドアの向こうの人物について情報を与えたくないのか。


「ドアの外からは無理だ」ミスペンは答える。


「なら、ドアを開けろ。早くしろ」


 どうやらこの銀色の大男は、ミスペンを室内の人物に攻撃された時のための盾として利用するつもりなのだろう。なんとか隙を見つけてこの銀色の男から逃げなければ、利用価値がなくなった時に殺される末路は見えている。それでも、向こうは銃を持ったままだ。選択肢はない。


 ミスペンは息を長めに吐き、心を落ち着けて術で盾を発生させると、石でできた重いドアを一応つかんでみる。が、やはり重すぎる。


「こんなもの、人間が動かせるわけがない」


「私がやる。余計なことはするな」


 それなら最初からそうしろ――ミスペンは言いたくなるのを押しとどめた。パーダルはミスペンをどかすと、金属光沢のある大きな手でブロックをつかむ。ゴリゴリといわせながら、ゆっくりとドアは開いた。暗い室内がわずかに見えたところで、ミスペンは室内に精神操作を掛けた。中には2人がいるようだ。どうも術は効いたらしい。ゴトンと、硬いもの同士がぶつかる乾いた音がした。


「うあっ……動けねえ……! くそぉ!」若い男の声がする。


 パーダルが十分にドアを開けると、すぐ前に緑色の魚人の男がうつぶせに倒れていた。両手に握ったそれぞれ長さの違う銃はどちらも床に落ちていた。乾いた音はこの銃が石の床にぶつかったことで発したらしい。そして部屋奥にいた人物を見た時、ミスペンは思わず「んっ」と声を発した。その人物も同様に、彼を見つめて「あぁ!」と驚きの感情を口に出す。あれはピンクのナラム。あのソーバーギヤで会った優しいリラだ。前に会った時は丸っこい流線形だった彼女の身体は、精神操作のせいだろう、氷山を思わせるような、しっかりと角のついた多面体に変わっている。泣きそうな顔で目をふるふると震わせており、それ以外まったく動いていなかった。


 パーダルが固まったナラム少女の前まで行って、声色こそ冷たいものの「ケガはないか」とを気遣う。


「あ……は、い……」


 リラは苦しそうに答えた。この術は『首から上以外を動けなくさせる』精神操作術だが、それは人間の場合だ。頭と身体が一体になっているナラムの場合、全身が動けなくなってしまううえに、かなり喋りづらくなるらしい。


「む……どうした? このジャンディーに何かされたか?」


「いえ……何も……」


「まさか……」パーダルは振り返って責めてくる。「ミスペン! この子に精神操作したのではあるまいな」


「中にいる者に精神操作しろと言ったのは、あなただ」


「何をしてる。早く解け!」


 パーダルの一喝。彼はどうも、この部屋に踏み込む前からスキャンという手段でリラが中にいるのを知っているようだったが、ミスペンは知るはずもない。言い返したくて仕方ないのを我慢しつつ、リラの精神操作を解いた。


 ピンク色の氷のようだった彼女の身体は、一瞬で丸っこく、元のぷるぷるした質感に戻る。「はぁ」と息を吐き、疲れ切った表情を見せた。


 それを確認すると、すぐにパーダルは倒れた魚人の前へと移動する。


「ここに我々を誘拐したのはお前だな」パーダルは魚人に、きつい口調で問う。


「はぁ!? なんの話だよ!」


「状況証拠は揃っている。お前を逮捕する」


 パーダルの太い鋼の右腕から例の硬いヒモが数本射出され、魚人は精神操作により動けないにもかかわらず、全身を固く縛られた。


「畜生、痛ってえ! 縛り過ぎだぞ!」


「すべて話せ! 何をした!」


「俺ぁ、事務所にいただけだ! 何も知らねぇ!」


「事務所だと?」


「うちの会社があんたらダールの委託で合成獣の掃除してんだよ。一仕事終わって、一服してたんだ」


「状況証拠ではお前が第一容疑者だ。ごまかしても無駄だ」


「話聞けよ! オレも何が起きてるか、わかんねぇんだよ!」


「答えないつもりなら尋問拒否とみて射殺する」


「会話できねぇのかよクソが! ダールは相変わらずどうしようもねぇ奴らの集まりだな!」


 パーダルと魚人の言い合いの間、ミスペンはナラムの子と話をした。


「大丈夫か? すまない、君に術を掛ける気はなかったんだ」


 その後ろに『パーダルの指示が悪かったからこうなった』と付け加えようか迷ったが、墓穴を掘りそうなのでやめておいた。


「いえ……はい」リラは不安そうに、か細い声で答えた。


「無事か? どこか痛くないか?」


「あっ、あ……は、い……大丈夫です」リラの黒い瞳は涙目で、まだ震えていた。視線もおぼつかない。


「申し訳ない。君は私と会ったばかりだというのに。結局、こんなことになってしまって」


「えっ、あ、はい……」 


「あの魚みたいな奴には? 何もされなかったか?」


「いいえ。あの人、親切で。逆に、部屋に変なのが入ってきたらオレが守るって言ってくれました」


 このリラの答えはミスペンにとって意外だった。パーダルは彼をひどい悪人のように扱っていたが、そうともいいきれないらしい。


「そうか……。君が元の世界に戻れたらいいんだが、あいにく私も何がどうなってるか見当もつかない」


「他の人達は?」


「その辺にいるかもしれないが、とりあえず見つかってるのはここにいる我々だけだ」


 それを聞いてリラは心細げにうつむいた。


 ふとミスペンはリラの背後を見る。壁に服が掛けられていた。きわめて素朴というほかないデザインのワンピースだ。部屋が暗いから正確な色はわからないが、壁と同じような色だからおそらくグレーなのだろう。ミスペンが室内を見回すと、先ほどの倉庫同様、薄暗い部屋だが、角の机の上にはダークレッドの石がはめ込まれたネックレスが置かれている。どうやら女性の部屋らしい。


 その間、パーダルはロテに対する尋問を続けていた。


「ロテ・クンザン」パーダルが魚人の名を呼ぶ。「お前以外に犯人は考えられない。本当のことを言うなら今のうちだ。言わなければ後悔することになる」


 パーダルが呼んだ魚人の名にミスぺンはぴくっと反応する。間違いなく、聞き覚えのある名前だ。振り向いて言った。


「パーダルさん、きっとそいつは関係ない」


「口出しするな」


 肩越しにパーダルは答えた。いら立ちを声に込めて、いかにも厄介事として扱われているのがわかる言い方だった。迷ったが、おそらくこの4人がこんな場所に飛ばされてきた理由を知っているのは自分だけだとわかっているので、伝えることにした。


「そいつも我々と同じように、『手鏡』のせいでここに飛ばされたんだ」


「そんな証拠があるなら出してみろ」


 やはりこの大男は聞く耳など持たない。代わりに魚人のロテ・クンザンが、パーダル越しにミスペンに話しかけた。


「アンタ、おい。後ろの。知ってんのか? 何が起きてんのか」


「質問されたこと以外喋るな!」パーダルが叱責するが、ロテは意に介さず答えた。


「おい、ダールのおっさん。ワイヤーほどけ。オレ、無実だぞ? なんか変なVMT掛けやがったな? さっき精神操作とか言ってたけど、身体が全然動かねぇ」


「余計なことを喋るなと言っている。私はいつでもお前を射殺できる」


 ミスペンは止めようとする。「パーダルさん。そいつを尋問しても、きっと何も知らないぞ」


 それでロテは軽く笑った。


「ほら、聞けよ。ダールのおっさん。オレ、『手鏡』で飛ばされたんだって後ろのが言ってんじゃねーか」


 するとパーダルはピストルの銃口をロテの額に押し当てた。さすがにロテもこれには怯えたようだ。


「やっ、めろ……」


「どうも合成獣ハンターなどという仕事に従事しているようだが、お前が裏でどんな悪事に手を染めてていたとしても不思議ではない。お前がかつて属していた窃盗団は非常に凶悪だった。お前はその一員として捜査師団員を殺害した前科もある」


「もういいだろ、んなこたぁムショで何回も言われたよ。あのなぁ、オレだってあんなクソな組織にいたかったわけじゃねぇんだぜ? まともな働き口をもっと作れってんだ。そしたらあんたらダールが出しゃばらなくたって、オレらは汗水垂らして税金納めてやっからよ。それで満足だろ?」


「詭弁だ。お前が罪を犯した責任を政府に転嫁しているに過ぎない」


「ったく! なんだよ、今更よぉ。だからダールは嫌いなんだよ、小難しいことばっか言いやがって、結局犯罪者扱いしてくるだけだろうが。オレぁちゃんと足洗ってんだぜ? てめぇらお役所の依頼でクソ合成獣の掃除やってんのに、なんだよ! あんなの、オレら以外に誰がやるってんだ。おっさんがやってみろ、一日で嫌んなるぜ」


 ここで、ドン! ドン! と、下から乱暴な音が小刻みに聞こえてくる。怪力の何者かが石の壁を思い切り殴るような、本能的に身の危険を感じさせる音だ。


「なんだこりゃ? なんの音だ……」ロテはつぶやいた。リラも不安そうにしている。


 この音は次第に大きくなってくる。巨大な何かが、迫ってきているらしい。


「おい、なんとかしたほうがいいんじゃねぇのか」


 ロテがさすがに心配そうに言って、パーダルが答えようとした瞬間。壮年の女性の、威勢のいい声が響きわたった。


「こらぁー!! 何やってんの、泥棒ぉ!!」

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