第23話 残された者
トライアンはレナーテに連れられ、取調室に戻った。椅子に座ったカール角の少女が、小さくなって独りでガタガタと震えていた。入ってきた2人を上目遣いで見て、知っている人だとわかり大声で泣き始めた。
「ああ! よかった! もう、よかった! 戻って来なかったら……もう……」
「大丈夫よ」レナーテはトキの肩に触れる。それだけで彼女はいくらか落ち着いたようだ。
「レナーテ、多分……『手鏡』だ」トライアンは緊張感をもって言った。
「『手鏡』?」
「留置場に入れた6人の変な連中が言ってた。『手鏡』のせいで白い光が出て、別の世界に飛ばされるって」
「あなた、それって民間人の前で言っていいことなの?」
「あっ」トライアンは、高校生の前で最重要機密になりかねない単語を漏らしてしまった自分のミスに気づく。
「とにかく、見に行きましょう。こうなると、その6人がどうなったかも気がかりだわ」
「ああ……」ここでトライアンは、トキルペが2人を、『どうか置いて行かないで』という目で見つめているのに気づいた。それで彼は「君も、行く?」と尋ねる。
「でも、これ以上機密を……」
「ここに独りにしたら、次に何かあった時どうする?」
「確かにね。わかったわ、行きましょう」
3人はモニター室に行く。異世界の6人が入れられていた留置場の様子を映す画面を見ると、そこはやはり騒然となっていた。人数が足りない。風変わりな紫のローブを着た片目と片腕のない男、ミスペンだけがいなかった。残っている5人は口々に、『手鏡』だ、『手鏡』だとわめいている。
「ひとり足りない……」
「どういうことなんだ? 隊長とリラさんと、ミスペン? なんでその3人が?」
「手鏡っていうのは何?」
「俺もよくわからない。でも、あの留置場の奴らが言ってたんだ」
「手鏡について、彼らは何を?」
「何か……鏡といっても、まともに物が映らないらしい」
「曇ってるってこと?」
「いや、気色の悪いものが映るって。何が映るかは言葉じゃ説明できないってミスペンは言ってた。『手鏡』について詳しいことを知ってそうだったのが、6人の中で唯一ミスペンって奴なんだけど……」
「よりによってそのミスペンが、『手鏡』に飛ばされたってわけ? いや……選ばれたってこと?」
「選ばれた……。あるかもしれない」
「口封じ?」
「じゃあ、隊長とリラさんはどうして?」
「……さあ」
「他の5人は、『手鏡』のことを知らないのね?」レナーテは留置場の映った画面を指差して確認する。
「知ってたらいいけど、様子を見る限り、この5人は全員あんまり知らなそうだった」
少しの間、3人は黙った。背後でトキルペの不安そうな息遣いと視線を感じる。画面の中ではパフィオがすすり泣き、レドとクイが慰めている。
「トライアン、上に報告して」沈黙を破り、レナーテが言った。「『手鏡』の被害に遭った人が他にもいるかもしれない」
「わかった。君は?」
「この子を休憩室に連れてくわ。あなたはここにいて」
「ああ、気をつけて」
「あなたも」
トライアンは部屋を出た。レナーテはすぐにトキルペを連れ、休憩室に入った。お茶、コーヒー、炭酸飲料まで数百種類から選べる大掛かりなドリンクサーバーが置かれている。その前に行き、適当な飲み物を選んでトキルペに渡すが、彼女はまだ全身震えていて、飲むどころではない。彼女が両手で握るボトルの中の、薄いオレンジの液体が波打っている。
「あの……どこに……行ったんですか? リラ……」
「落ち着いて。大丈夫、私達がちゃんと見つけるから」
「『手鏡』って? なん、ですか? 別の世界って、さっき、あの人言ってましたけど……」
レナーテは天を仰いだ。心の中で、結局民間人に重要事項を知らせることになってしまった結果にいら立つ。下手に情報を渡しても、こうやって不安を煽るだけなのだ。
「『手鏡』のことも、誰にも言っちゃ駄目よ。別の世界なんて……きっと、そんなものは無いわ。お友達もきっとすぐ見つかるわよ」
トキルペは唇を震わせ、祈るような目でレナーテを見つめるだけだった。これがただの気休めだということは、さすがに高校生にもわかるだろうか。しかし、レナーテには他に何も言いようがなかった。