第22話 悪戯
トライアンは壁も床も白一色のシンプルな廊下を歩いていく。廊下の途中にある部屋のドアの前まで行き、横にある画面に手を当てると扉が開いた。
「パーダル隊長!」
「なんだ! 今は大事な話の途中だ!」
「それが、ナータン近海で輸送船団が『ナヤ・アデーシュ』に襲われたそうです」
「何? ナータン近海? ここになんの関係がある」
「それで、船団の一部が数時間後、我々の島に降下してくるとのことで、『ナヤ・アデーシュ』も追撃してくる可能性があるそうです。もしかすると町に混乱があるかも、とのことで」
「ふむ。その対応は本来機動師団が行うべきことのはずだが……仕方あるまい。連絡しておこう。それで、トライアン。あの6人……いや、6体というべきか? 奴らについてどう思う?」
トライアンは答える。
「あの6人、バケモンばっかりですけど、滅茶苦茶強いみたいですね。隊長はあいつらの会話、聞きましたか?」
「言うまでもない。すべて記録済みだ」パーダルは冷静に答える。
「あいつらの会話、すごい内容でしたね。何回も聞かないと理解できないくらい」
トライアンはどこか楽しそうだが、パーダルはそれには乗らない。
「信じるだけの根拠はない。所詮は未確認種族のたわごとだ」
「奴ら、『別の世界』から来たって言ってましたが」
「そんな荒唐無稽なものを信じるつもりか?」
「……はい……確かに……ただ、スキャン結果はすごかったです。あれは、我々がまったく知らない生物ばかりなのでは?」
「今回のスキャンは信用するな。装置の不具合としか思えん」
「不具合ですか? 調べましたけど、別に正常みたいですが」
「自己診断は完全ではない。そんなふざけた内容を正常なスキャンとして受け取るな」
パーダル・カウリスマキ分隊長は嫌味なほどに冷静だった。しかし、スキャン装置すら信用しない姿勢は徹底した現実主義者の彼らしい。
「だが、いかにふざけた内容であろうと、スキャン結果には違いない。既に連中の会話と合わせ、上層部に送った。奴等が合成獣と戦っている映像と、民間人が撮影した映像、写真も含めてだ。今後、本部で精密に分析し、対応を協議するはずだ」
「なるほど。しかし、あの6人はどうなるのでしょうか」
「それは上層部が考えることだ」
「あの6人はかなりの強さを持っていますが……もしかすると、戦場に送り込まれたりとか……」
「くだらん」パーダルは部下を見た。「いいか、トライアン。我々は暇ではない。憶測で語るな」
パーダルの目はゴーグル型になっていて、肉眼でもって見られているわけではないのだが、彼の言葉もあり、トライアンはにらまれているかのような威圧感を覚えた。
「はい……すいません」トライアンは謝り、それで黙るしかなかった。
彼の中で、先ほどの6人の苦しそうな顔が思い出された。中でもパフィオはどうなるのだろう。実験動物として今後の人生を送るのか、それとも犯罪組織相手にその強大な身体能力を活かすことになるのか。いずれにしても可哀想だ。心優しい彼女は、どちらの未来になったとしても涙に暮れる日々を送るのではないだろうか。どうすることもできないのが苦しい。
そんな部下の思いなど無駄とでも言うように、パーダルは続けた。
「私は信じていない。あのような生物が実在するなど、あるはずがない。精密に分析すればすぐにわかるはずだ」
「では、あの6人はそもそも存在してない、とか……」
「やめろ、冗談ではない。若くてやることもないならず者が、よからぬ技術を使ってふざけているのだろう。こんなことで我々の手をわずらわせて、家族もさぞ――」
パーダルの発言の途中だった。突然、彼が白い光に包まれたのだ。その強い光でもってトライアンの視界は純白になり、まったく前が見えなくなった。
「えっ!? 隊長!! たっ……」
思わず目を閉じる。しかし、その光は不思議とまったくまぶしいとは感じなかった。
数秒で光が消えると、そこにいたはずのパーダルは、跡形もなく消えていた。
「嘘、えっ……だっ、こりゃ、どう……」
トライアンは言葉にならない声を発しながら、断続的にきょろ、きょろと周囲を見回す。首筋に冷や汗が流れた。
「これ……、……まさか……」
――『手鏡』。
その言葉が彼の脳裏を、確かな存在感をもって占拠した。
いや、そんなはずはない。あってたまるか。
トライアンはジャナを取り出し、震える指でその場をスキャンした。間違いない。パーダルの反応は完全に消えていた。
ドッキリを疑ってしまう。彼はサイボーグで、やろうと思えばその機械仕掛けの身体にそれ用のギミックを仕込むことも不可能かもしれないが、まずあり得ない。が、パーダル分隊長は支部の外でも有名な堅物だ。異世界に転移したような演出をしておいて、隠しカメラで別室から様子をうかがって楽しむというような悪戯をやる男ではない。
「嘘だ……」
では、彼は、死んだのか?
トライアンの頭に最悪の想像が駆け回る。ジャナを取り出し、何度もスキャンを繰り返した。それでも、彼の行方はわからなかったし、何が起きたのかを知るための手がかりも見つけられなかった。
あれだけの光、しかも人をひとり消滅させるほどの現象を起こしているのだ。爆発なり熱なりが発生しそうなものだし、だとすれば周囲に何か焦げた跡なり、歪みなり、匂いなりがあるはずなのに、不気味なほど変化がない。第一、それほどの大きなエネルギーが生じたのであれば、ジャナを使うまでもなく支部の設備がけたたましく反応するはずなのだ。周辺の機材は、何事もなかったかのように沈黙したままだった。
それでは、やはり……。
起きたことに動揺を隠せなかった。脚が震える。得体の知れない『別の世界』に突然、よく知る人物が目の前で送られてしまう衝撃と不安……言い知れぬ不気味さ。
もう一度スキャンして、さらなる重大な異変に気付いた。
いや、まさかそんなはずはない。画面に映っているものが信じられない。
その時、ドアが開いた。トライアンの肩がビクッと震える。まさか、隊長を消し去った何者かがここに来たのでは――
だが、ドアの向こうから飛び込んできたのは同僚だった。
「トライアン! ここにいたの?」
トライアンは安堵を表に出さないようにしながら応じた。
「ああ、レナーテ……無事だった?」
「私は無事よ。隊長はどこ?」
「隊長は……今、白い光になって……消えた」
「ええっ!?」トライアンはレナーテの反応に意外さを覚えた。冷静で論理的な彼女が、信じるはずがないと思ったのだ。その理由はすぐにわかった。彼女は、「隊長も?」と言ったのだ。
「隊長『も』?」トライアンは繰り返す。
「こっちも同じことが起きてるの。民間人の高校生、2人いたでしょ。もう取調べも終わって、荷物を返してたの。そしたらその片方が、いきなり消えちゃったのよ」
「それって、白い光になって?」
「そう! 白い光になったっていうか、急に白いまぶしい光で何も見えなくなって。光がなくなったら、いなくなってて」
「こっちも同じだ。隊長と話してたら、いきなり光が……」
「とにかく、来てちょうだい」