第20話 異物となった6人
一方、護送されたミスペン達3人は、窓もない真っ白い壁の一室に入れられた。彼らは顔の袋や手錠を外されたが、この部屋で意外な者達と出会っていた。それはクイ、レド、パフィオ。この3人はミスペン達がここに運ばれてくる前に、既に捕らわれてここにいたのだった。
ミスペンとターニャは、旅の仲間であるクイ、パフィオと思わぬ形で再会したのだが、それを喜んでいる場合ではなかった。パフィオはずっと泣き続けている。
「あぁぁぁ……帰りたいです。どうしてこんなことになったのか。ここは、どこなんでしょう……」
「パフィオ……大丈夫だって」レドが慰めるが、あまり元気はなく、少しもらい泣きしている。
「何を根拠に。あんたは、誰なの」ターニャはレドをにらむ。
「君だって。まだ自己紹介も聞いてないよ」レドが言い返す。
「フン! いきなり出てきたトウモロコシに言うことなんかないわ」
「ターニャ、やめろ」
今日一日だけであまりにも予想とかけ離れた出来事が続いており、6人は全員が疲弊しきっていた。
お互い、確認したいことや訊きたいことが頭の中に押し寄せていたし、吐き出したい感情も溢れそうだったが、朝から戦いばかりでそうしたことを口にする体力が、皆あまり残っていなかった。ターニャはレドと短い口論をしてからは、うつらうつらして、レドは放心状態でうなだれていた。パフィオはずっと泣き、クイは口をわずかに開け、死んだように眠っていた。ミスペンとバンスターも、横になって目を閉じていた。
しばらくの静寂の後、トウモロコシのレドが寂しそうな顔で言った。
「結局、ユウトは……いないの?」
ミスペンが目を開ける。「君もユウトと知り合いか?」
「そうだよ、レサニーグで仲間だったんだ」
「何?」
「ユウト、結局悪いことしてなかったんだよね? レサニーグであいつにひどいこと言っちゃったから、会って謝らないと……」
「あの森の中にはいなかったらしい。ダールとかいう奴らの言うことを信じるなら、飛ばされてきたのはここにいる6人ですべてだ」
「飛ばされるって何?」レドが訊き返す。
「『手鏡』の仕業だ。詳しくは私も知らないが、アウララの持ってる『手鏡』が、我々をここに飛ばしてきたんだろう……逆に、もしそうでないなら頭を抱えるしかないな」
「手鏡? アウララ? まず、それを知らないんだけど」
「我々6人がこの世界に来たのは、おそらく『手鏡』の仕業だ。アウララがどこかから盗んできたらしい。変なものが映る気味の悪い鏡だ」
「そういうことだったんすね。あいつ、そんなものを持ってたんすね」と言ったのはバンスター。
「アウララ? 君、知ってるの?」
「そうだね、あいつは性格が悪いとかいうレベルじゃないね。あんな奴、口にも出したくない」
バンスターは詳しく説明しようとしないので、ミスペンがレドに教える。
「多分君は知らないだろう。白い猫みたいな泥棒がいるんだ」
「それのせいで、あたし達はここに来たってこと? じゃあ、ハルタスはいくら探してもなかったんだ……おかしいと思った」レドは落胆した。
「そうですか……」パフィオは泣くのを一度やめ、話に入る。「気づかなかったです。わたし、ずっとプルイーリの近くにいると思ってました」
「えっ! ハルタスの近くだって言ったのに」
「あ、そうでしたか。ごめんなさい」
「ハルタスだって? 懐かしい名前だね」
「ハルタスを知ってるの?」
「おれっちの地元だよ」
「へー! あの町って、なんかみんな仲悪いよね」
「険悪さだけが取り柄の町だからね」
「それ、取り柄じゃないよ……」
「んな下らない話より」ターニャはミスペンに問う。「ラヴァールとかってこっちに来てたりすんの?」
「わからないが、ここにいないならプルイーリにまだいるのかもしれない。ただ、『手鏡』の考えてることは私にはわからないが……。捕まってないだけで、この世界のどこかにいるかもしれない」
「えーっ、じゃあひどい目に遭ってるといいですね!」
「よくないです。あの人達は、この世界に来てほしくないです……こんな目に、遭ってほしくないです」
そう言ってまた泣き始めるパフィオ。それを見てミスペンもレドも悲しそうにしたが、バンスターだけは一瞬だけ彼女を見下す目をしてから笑顔になり、わざとらしく「優しい人ですねぇ」と言った。
「そういえば君は? どこの誰?」レドがバンスターに訊く。
「おれっちはラヴァールの頂点の弟子のひとり、バンスターだよ」
「頂点の弟子? ラヴァールに弟子がいっぱいいるのは知ってるけど、頂点の弟子って何?」
「頂点の弟子を知らないの? それは逆に幸せかもね。頂点の弟子はひどい奴ばっかりなんだ。ラヴァールだってやりたい放題だしね。おれっち、やっとあいつから離れられたんだ。離れたと思ったらこんなことになっちゃったけどね」
「バンスター、愚痴はほどほどにしておけ」ミスペンが苦言を呈する。「もしラヴァールがここにいたら大変だぞ」
「ミスペンさん、その時は守って下さいよ。おれっち、ミスペンさんの手下になるって決めたんで」
「私は一度もお前を手下にするとは言ってないが」
「ちょっとちょっと! 頼みますよ」
パフィオはそんな会話の最中もずっと泣いている。
「あぁ……こんな結果になるなら、ずっと実家にいればよかったです。外になんか出なかったら……。マルシャンテ村にいればよかった……」
「こんな状況だが、それでも君が無事だったのは嬉しい」
「……ありがとうございます。でも、本当に無事って言えるんでしょうか。これからのことを考えると、わたしは心配で心配で……うぅぅ……」
バンスターが起き上がって、パフィオに「君、真っ青だね」と言った。
「はい……あの怖い魔獣と戦ったら、こうなりました」
「そういえば……あの魔獣、じゃなくて合成獣だったっけ? 血が、青いんだね」
「というか……青い人のほうが多いよ」
見ると、合成獣の青い血がまったく付着していないのはバンスターのほかにミスペンだけだった。
ここで、今まで黙っていたターニャが、ここでいきなり大声を張り上げた。
「もぉぉぉーーっ!!」
「ターニャ?」
「なんでこうなるのよ! あたし……こんなとこで止まってる場合じゃないのに! クモの化け物とか、そんなのとやり合ってる場合じゃないのに。なんでこうなるの! もう最悪! もう、嫌!!」
床を拳で何度も殴る。
「えっ、え、ターニャ……大丈夫?」今まで寝ていたクイは起きて怯えている。
ターニャは怒りのままに天井にわめき散らした。
「ここから出してよ! 何、ここは! 説明ぐらいしてよ! いつまでいればいいの!? 本当に嫌! 本当に嫌い!! 殴らせてよ! せめて! 一発くらい! 武器も返して!!」
「ちょっと、君、怖いよ……」レドも縮み上がってしまった。
「うっ、うぅ……」パフィオもまた涙をこぼし始める。
「大丈夫? パフィオ」
「あの恐ろしい魔獣……あんな、あんなものがこの世にあるなんて。今でも、思い出すと本当に……」
「パフィオ、大丈夫だって」レドが元気づける。「また……頑張ろうよ。あいつが出てきても、また一緒にやっつけよう」
「わたしは……戦いたくないんです」
「あっ、そっか。戦いたくないんだったね……」
「パフィオ」気休めと知りつつも、ミスペンは彼女を励ます。「きっと、もう君が戦うようなことはない。だから、もう泣くことはない」
「はい……そうですよね。でも、何か、嫌な予感が……」
「ったく!」ターニャがその脇で、また怒りで床を殴る。「嫌な予感どころか、最悪の状態じゃないの!」
「もし次に合成獣が出てきても、きっとロテがやっつけてくれるよ」クイが言う。
「ロテ?」
「ロテの武器、すごいんだよ。バーンってうるさいけど、合成獣を一発で倒すんだ」
「一発!? あれを?」
「ロテ、魚みたいなんだ」
「何か、手に筒のようなものを持っていました」
「ロテは強いし、パフィオとレドを助けてくれたんだ。途中で逃げちゃったけど」
「そういえば、ダールの人達も似たような武器をみんな持ってたっすね」とバンスター。
「筒か……」
アウララの持っていたピストルという武器を思い出す。合成獣を一発で倒すほどの威力があるなら、確かに彼が『てめえはおだぶつだ』と言ったのもうなずける。
「つくづく……『手鏡』は何を考えてるのかまったくわからない。なぜ、この6人なのか。ここにはユウトも、ラヴァールもいない。そして、代わりにレドとバンスターがいる。どうしてだ?」
「確かに、不思議です」
「『手鏡』に直接訊けたらいいのにね」レドが言った。
「バンスター。『手鏡』によって飛ばされてくる直前、我々は君達と戦ってたな?」
「はい。ユウト軍団とラヴァール軍団で戦ってたっす」
「わたし達はユウト軍団という名前だったんですか? 知らなかったです」パフィオが言った。
「私も今初めて聞いたぞ」
「えっ? ラヴァール軍団のみんなはみんなユウト軍団って呼んでましたよ」
「ユウトが聞いたら複雑だろうな」
「あたしだって嫌よ。あんな弱っちい奴の手下だって言いたいわけ? 死んでも嫌」
そう言ってターニャはまた床をガンと殴る。
「ユウトは弱っちくなんかないよ」
「はぁ? トウモロコシがうるさい」
「ケンカはやめて下さい……」
ターニャが荒れてきたので、ミスペンは一旦場を整えることにした。
「今までに起きたことを整理したいんだが、プルイーリで何があったんだろう? 最後にライオンが出てきて、何か武器を構えたが、私が精神操作で全員眠らせた。しかし、その手下が起きていて、武器をそいつが結局武器を構えて……」
「そうそう。僕、目の前真っ白になって」クイが言った。
「あ、そういえばそうです」パフィオも続いた。「目の前が真っ白になったのは、あのライオンさんの武器のせいだと思ったんですけど」
「そうっすね。おいら、ラヴァール軍団の奴らと一緒にプルイーリに帰ったんすけど、急に目の前真っ白になって、気がついたら森の中にターニャといたんす」
「あたしは寝てたから、よくわかんないんだけど」レドが言う。
「レド。眠ってたならきっと、君は眠ったままこっちの世界に来たんだろう」
「そういうことなんだ。『世界に来た』……って? やっぱりあたし達がさっきいたあの森って、ハルタスじゃなかったんだね」
「君はレサニーグにいたんだったね」
レド「レサニーグにいたのは、前の話ね。あそこにいた時は、みんな仲良しだったのにな……。それで、こんなとこにまで来ちゃうなんて。あ、いや! みんなと会えたのが嫌って意味じゃないよ」
「うん、僕もレドと会えてよかったよ」
「はい。レドさんがあの魔獣さんの攻撃を受け止めて下さったので、とても助かりました」
「そう言ってくれると嬉しいなー! パフィオがいなかったら、あたし、絶対に死んでたよ」
ここでクイが「そういえばさ」と話を変える。「レドってレサニーグからどうしてよそに行っちゃったの?」
「うん……ドゥムとダイムがいなくなって、ユウトが犯人ってことになって。みんなでユウトを追い出してから……みんなバラバラになっちゃった。一緒にいても、あんまり楽しくなくなっちゃったんだ。どうしてか、わかんないけど。みんな、暗い感じで。それで、あたしは西に行って。ハルタスっていう町に着いたんだけど、そこはあんまりみんな仲良くなくて、ギスギスしてて。あたしはずっと独りで、小屋で寝てたんだ。でも、独りじゃ魔獣もあんまり狩れないし……毎日、やることなくて」
「なんだか、悲しいです……」
「あたしにも、あんまりうまく言えないんだ。なんであんなことになっちゃったんだろう? それでさっき、ユウトが犯人にされた原因がカフの勘違いだったってクイに教えてもらって。本当に馬鹿みたいだね、それって。あたし達、一体なんであんなにケンカしてたんだろ……」
レドは涙をこぼし始めた。
「レド……泣かないでよ」
「レドさんは悪くありませんよ」
「アハハ、ごめんね。泣いてもしょうがないよね」
「でも、はっきりしてることがあるんだ。あたし、ユウトに謝らなきゃ。ひどいこと言って、町から追い出しちゃった。許してくれるかわかんないけど……」
「きっと許してくれるよ。ユウト、いい人だからさ」と、クイ。
「そうだよね……」
それ以上、口を開く者はなかった。ミスペンには何も言えなかった。ユウトが許す保証はない。だが、彼の中にはある推測が立ち上がっていた。今の話をこうして共有させるのが、『手鏡』がレドを自分達と同じ場所に転移させた目的だとしたら――。
いや、それでも納得はできなかった。情報共有させたいならユウトを直接ここに同席させればいい。そうすれば問題なく和解できるはずだ。バンスターなどいたところで、話の邪魔こそすれ、大して役に立つわけでもない。本当に、なぜこの面子なのだろう……。