第19話 取調べ
彼らは銀色の者達によって、その名も『船』という大きな乗り物に乗せられた。船は空高く舞い上がり、オレンジ色の雲すらも越えるほどの高度でどこかに向かって高速で進んでいった。音速をはるかに上回る速度でありながら、非常に静かにその船は航行し、10分も経たぬうちに船は地上数千階はあるのではと思われる巨大ビルの高層階に存在する大きな開口部に入り、中のドックに着陸した。
捕らわれた5人は降ろされ、まずトキとリラが先に建物内を誘導された。その数分後、両手を拘束され、顔を分厚い布の袋で塞がれた状態で異世界の3人が銃を突きつけられながら護送される。ターニャは精神操作が解けていたが、さすがに状況を理解しておとなしく指示に従い歩いた。
トキとリラは取調室に連れて行かれ、先ほど同様の銀の格好をした男女2人を前に、並んで椅子に座らされていた。彼らは建物に入ってもヘルメットを脱いでおらず、顔はわからない。
軽い気持ちでやんちゃを犯した先輩と、強引に従わされた後輩は、お先真っ暗という心持ちで涙を流していた。
「まあ泣かないで」青年が慰めた。「ちょっと決まりだから詳しく話は聞かしてもらうけど、正直に答えたら今日中に家に帰れるよ」
これでトキとリラは希望を感じて少し表情が明るくなるが、青年の横に座る小柄な女性は厳しい様子で腕を組んで言った。
「どうかしらね。高校生でもあなた達のやったことは許されないわ。自然保護区に勝手に侵入して、合成獣と戦っただけじゃなく、あんな正体のわからない変なのに近づいて……」
対する青年はリラックスした姿勢を崩さない。
「レナーテ、別にいいだろ? この子達、ラライ部なんだよな? VMTが合成獣退治の役に立つってことだよ」
「それとこれとは話が別!」レナーテと呼ばれた小柄な女性が怒気を見せる。「今の話を分隊長が聞いたらどんなに怒るか。自然保護区に入っただけでも厳しい学校なら停学になるんじゃないの?」
「うーん、そうか……それ、まずいな。もうすぐ2回戦だろ。君ら、1回戦勝ってたよな」
トライアンはにこやかにラライの大会の話に持って行こうとするが、レナーテは「余計な話はしないで」と厳しく止めた。
「ああ……ごめん」
トライアンを黙らせたレナーテはトキとリラに向かって、少し顔を近づけた。圧力を掛けるかのように。
「あなた達。実際、一歩間違ってたら何が起きたかわかったもんじゃないわ。しかも未確認種族と話したんでしょ? 無傷でここにいるのはただの奇跡よ。2人とも反省することね。これから学校とご家族に連絡いくだろうけど、今日見たものは誰にも話しちゃ駄目よ」
トキとリラはシュンとした。リラは「すいません」と答えた。
「トライアン、あっちの変な生き物の取り調べに行って」
「わかった」トライアンは部屋を出ていった。
トキとリラの荷物はレナーテの後ろに置いてあり、トキは心配そうにそれを見つめていた。レナーテはそれをしっかりと察知して言う。
「カバンが気になるわけね?」
「あの、返してもらえるんですか?」トキが訊いた。
「基本的にはね。ただ、あなた達の持ち物から、今回の件に関する情報は押収させてもらうわ」
「えっ!!」
「録画とか写真のデータはこっちで押収して、削除させてもらうわ。機械自体は返してあげるけど」
「ああ……」機械ごと取られると思っていたトキは、安堵で笑顔になった。
「あなた、色々古い機械を持ち歩いてるけど、悪い隊員だったらそれだけで犯罪者扱いするから、あんまりカバンに入れすぎないほうがいいわよ」
「はい……」
「じゃあ、色々訊いてくから」レナーテは声のトーンを一段と冷静にして、尋問を始める。「もうわかってることも一応訊くけど、ちゃんと正直に答えてね。もし嘘を話したら罪になるかも知れない。でも、嘘をつかなかったら次の試合にも出られるはずよ」
「本当ですか!?」
「ちゃんと、あなた達が秘密を守るならね。あなた達は遊び半分で自然保護区に入って、すぐ私達に見つかって補導された……ってことになると思うから」
「あっ、はい」
「で、名前は?」レナーテが訊く。2人がそれぞれ答える。
「トキルペ・ファレタウです」
「リラ・ソベリです」
「どこの学校?」またレナーテが訊く。
「パクワーン・ダクシン高校です」リラが答える。
「2人とも同じ学校?」
「はい」また、リラが答える。
「学年は?」とレナーテが訊く。
「3年です」「1年です」2人が答えた。
そしてレナーテは「住所は?」と訊いた。
「えーと」トキルペ・ファレタウは自分のジャナを出す。何度かタップして、そこに出てきたであろう文字列をたどたどしく読んだ。
「ハーラー区、イステマルキヤ通り……403番地の、リリヤオル、31028号室です」
「はい。もうひとりは?」
リラは何も見ずに答えた。「ソーバーギヤ区、パハールキ・ターラーベ、76の339です」
レナーテよりも早く、トキがこの住所に反応した。
「えっ、タラベってめっちゃいいとこじゃん。リラ、そんなとこ住んでたんだ」
「そういうのは後にして」レナーテがぴしゃりと制する。
「すいません」トキはまた反省モードに戻った。
レナーテはジャナで調べる。
「リラ・ソベリ。あなたはあの、さっき一緒にいた男のことを通報してるわね」
「あ、はい。あの布でぐるぐる巻きの男の人のこと、通報しました」
「それで、どうして自然保護区に入ったの? 合成獣が出るから危ないって、知ってるでしょ?」
「えーっと、それは……」
説明しようとするリラに、横からトキルペが厳しい視線を浴びせる。それに気づいて、リラは言い淀んだ。
「トキルペさん、その目は何?」
「いや……」
「正直に言ってちょうだい。リラさん」
「通報した後、塾に遅れそうだったから、塾に行こうと思ったんですけど、トキ先輩と会っちゃって。それで、行こうって言われて……」
トキルペはリラの、地面に近いあたりを軽く蹴った。そこから波紋が発生し、軟らかい身体はぷるんぷるんと震えた。
「こら、蹴らないの。残念だけど、街の監視カメラであなたがリラを無理に連れて行ったのはしっかり映ってるわよ」
「うえぇぇ……」
「それで? リラ、説明の続き」
「トキ先輩は、自然保護区の中に入って、ミスぺンさんを捕まえようって言ったんです。ミスペンさんっていうのは、あの布でぐるぐる巻きになった男の人です」
「捕まえるって言ってたのに、どうして一緒に戦うことになったの?」
「先輩は、あの3人をスカウトしたいって言って」
「スカウト?」
「理由は、わからないです」
レナーテは視線をトキに移した。
「トキルペさん、そろそろ自分で説明したら?」
トキルペ・ファレタウが口を開く。
「……私達、ラライ部なんですけど、もう20年くらいレラスタ行ってないから……だって、あの人達、素手でVMT使ってジャンプしたり、合成獣の攻撃受け止めたりするし……虫みたいな奴も強かったし。活躍すると、思ったから……はい」
「……本当の理由は?」
「えっ、いや、本当です」
「本当に? リラ、そう聞いたの?」
「はい。先輩は本当にそう言いました」
レナーテは語気を強め、さらに顔をトキに近づけた。
「あなた……そんな理由で? 一歩間違えばどうなってたかわからないのに!」
「すいませーん……」
「すいませんじゃないでしょ! 自然保護区には密猟者だっているのよ。なんのために高いフェンスがあると思ってるの? あなた達が入るのに使ったのが古い通用口なのはわかってるわ。それを放置したのは私達大人の責任だけど、あなた達も自分のことをもっと大事にしなさい」
レナーテの説教が始まるのだった……。