第16話 接触
その頃、ミスペンとターニャは復活した合成獣を前後から挟撃する態勢で戦っていた。
「こいつ……!」
ターニャは歯を食いしばって怪物に大鎌で何度も斬りつけ、ミスペンも反対側から術を撃つ。だが、どれだけ攻撃を受けても倒れることなく向かってくる。もはや斬られても出る血もなくなってきており、あれだけ多彩な攻撃をしていたのに今は体当たりしかできることがない。どうやって動いているのかもわからない状態だが、それでも死ぬ気配はない。
「何コイツ! なんで死なないの!?」
「無理するな、私に任せて下がれ」
「指図しないで! コイツはあたしが殺す!」
リラを置いて走っていったトキは、茂みの間から前を注視した。そこには合成獣、そしてそれを両側から攻める2人の姿。
「よっし……」
トキは真剣な目をして盾を構える。そこにリラが追いついてきた。
「あの、トキ先輩……やるんですか?」
「当たり前でしょ! 下がってて、一発で決める」トキは合成獣を見据え、呪文を唱える。「ユーワ・ジュヌーン!」
トキの持つ盾から赤やオレンジ色の輝く弾が、八方にしぶきを放ちながら発射されていった。弾は合成獣に当たって花火のように派手な爆発を起こして、あたりにその輝きを巻き散らした。どうだと言わんばかり、期待に心躍らせて戦果を見つめるトキだが、合成獣はまったく変化なく健在だった。しかも謎の人物2人に存在を気づかれてしまっている。特に鎧の少女は、明らかに敵に対するような目でリラ達をにらんでいた。
「えっ……あれ!? なんで? 倒せると思ったのに!」
「先輩、ここはアンチVMTフィールドがあるので……」
「えーっ!! うわぁ、ちょっと! 早く言ってよ!」
「いや、知ってると思ってました……」
「じゃああたしらってせっかく来たのに、出番なし!?」
「そうです。帰りましょう」
「いいや! 帰らない! スカウトする!」
「あの人、こっちをにらんでます。殺されるかも……」
「えっ? どうしようリラ!」
「だから……帰りましょう」
「でも、もう遅いんじゃない? ああ、どうしよう……スカウトしよう!」
トキは結局同じ結論に戻ってしまうのだった。
一方、ミスペンとターニャは合成獣との戦いに集中しているところ、突然至近距離で花火のような爆発が起きたので、面食らってしまった。爆発音で耳鳴りがして、一体何が起きたのかと混乱する。さらにはが、合成獣にも自分達にもまったく影響がないことに気づいて気を引き締める。既に目も耳も潰れているであろう合成獣はひるむことなく攻めてくるので、ミスペンは術で大きな氷塊を作ってこの真っ青な怪物にぶつけた。氷塊は合成獣に直撃し、砕け散った。合成獣はこの一撃でようやく倒れ、またしても動かなくなった。
敵が倒れてくれたおかげで、ミスペンとターニャはあの爆発の正体をはっきり確かめることができた。すると、遠くの茂みの脇から、どうもこちらを見ている人物がいる。それは、金髪で褐色の肌を持つ女の子のようだった。その頭には、羊のそれのようにカールされた黒く太い角があった。
ターニャはそれを一目見て、怒りをもって「悪魔」とつぶやいた。そして大鎌の柄を握りしめ、その『悪魔』のほうへ走っていこうとするが、ミスペンはすぐに止めた。
「待て、あれはこの世界の種族だ!」
「だから指図しないでって言ってるでしょ!」
止めても聞かず、ターニャは走っていく。ミスペンは彼女の背中に手のひらを向けて念じる。すると走っている途中の姿勢のまま、ターニャが硬直した。時間が止まったかのように。そして彼女は気をつけの姿勢になってからくるりと向きを変え、合成獣の前まで戻ってきた。動きは従順だが、その表情だけは怒りに満ち満ちていた。その怒りを言葉でもって彼にぶつける。
「もぉーっミスペン! 何よ、いつもいつも! 卑怯でしょ、その術!」
ラヴァールをケダモノ呼ばわりしているターニャだが、最も多く精神操作を受けている身だけあって、それが卑怯という点だけは彼の意見に同意するらしい。
「とにかく化け物を見とけ。私が行く!」
ターニャに言い残して、ミスペンは謎の人影のほうを向く。
羊のような角の生えた少女のところへ行く前に、彼はひとつ呼吸を整えた。何しろ怪しすぎる。カールした角の生えている人物は街でも見かけたから、おそらくこの世界に暮らす種族のひとつなのだろう。だが、はっきりしていることは、あの騒がしい街とこの森は、高い壁で隔てられたまったく別の区域ということだ。謎の怪物が生息するだけあって、人が寄りつかないのは納得できる。むしろ、人が入らないようにするためにあの高い壁があるのではないだろうか。にもかかわらずこんな場所に少女がいて、そして先ほどの謎の爆発。あの人のような姿は合成獣の一部である可能性が高いと踏み、慎重に構えていく。
彼はまず天に手のひらを向ける。自身とターニャの周囲に術の盾をつけ直すと、さらに集中して宙に浮かんだ。ターニャが『悪魔』と呼んだあの少女が、そう呼ぶにふさわしい存在であれば非常に厄介だ。地上ではなく、空から見下ろすようにして近寄っていく。
しかし、ミスペンは空を飛んで近づいていくと、少女は驚いた顔で彼を見上げてくるだけで、特に何もしてこなかった。女の子の身体の背後に、虫やら花やらが混ざり合った奇怪な本体がつながっているのではと疑っていたが、そんなことはなく、彼女はあの料理屋の店員と同じ、ただの女の子だった。
そしてミスペンが高度を下げ、距離を縮めていくと、この少女の隣には、先ほど街で出会ったピンクのぷるぷる生物がいた。目元に小さな画面がついたままで、赤いリボンも同様だ。ミスペンと目が合うと、ばつの悪い顔をしていた。似た別人ではないだろう。
カール角の少女は攻撃してくるでもなく、かといって怖がるでもなく、むしろはしゃいでいた。
「うわー、来たよ! どうする? リラ? どうしよう!」
そんな年頃の女の子らしい黄色い声が、空を飛ぶミスペンにも聞こえる。しかも彼女は、リラと呼んだぷるぷる生物の顔の端を両手で握り、隠れる気も一切なくぴょんぴょん跳ねた。リラは顔全体が握られた箇所に引っ張られ、少し歪んでいた。
対照的にリラはミスペンと目が合うと、恥ずかしそうに軽くお辞儀した。どうやら、このぷるぷるした生物が友達を連れてきただけらしい。ターニャが言ったような悪魔らしいところはどこにもなかった。
ひとまず安全と考え、ミスペンは彼女らの前に着地する。すぐにカール角の子が寄ってきた。
「すごい、おっさん! うわー、ヤバい! 飛んでる! ヤバい!」彼女は森に似つかわしくないやたら派手な服を着ており、スカートの丈も短い。その目は尻尾を振る子犬のようにまぶしく濁りがない。あまり『悪魔』らしくはない。
「空を飛ぶのは集中しないといけないから、歩いたほうが楽なんだがね。それで君は、さっきの?」
と、ミスペンは前半をカール角の子、後半を後ろにいるナラムに言った。
「すいません、来ちゃいました……」リラは後ろで申し訳なさそうに答えた。遠慮も何もないカール角の女の子とは対照的だ。
ミスペンはリラに答えようとするが、それをさえぎるようにカール角はどんどん前に出てくる。
「おっさん! うちの部入ってよ!」
「トキ先輩、今スカウトするんですか!?」
ミスペンが反応するより先に、後ろでリラが驚いて口を挟んだ。しかしトキはその声が聞こえていないかのように勧誘を続ける。
「ねえおっさん、うち弱小なんだ。前はレラスタ行ったことあるらしいんだけど、最近全然で。だから、来てよ」
トキ先輩と呼ばれたこのカール角の子が言っていることはミスペンにはよく理解できないが、もっと重要なことがあった。
この妙に前のめりというべきか、初対面の相手で信用できるのかもわからないはずなのに積極的に来るところは、先ほどまでいた世界の者達を彷彿とさせる。リラも少し抜けているところがあるが頭がよく、ドーペントやパフィオを思わせるような思いやりに満ちた子だ。冷たくて不気味で、理解不能な印象ばかりだったこの世界にも、彼女らのような明るくて純粋な子がいるのかと思うと、それだけで光が見えてきそうな気がする。
ミスペンは今聞いたことは無視して、彼女らに訊いた。
「さっきのはなんだ? すごい爆発だったが」
「あれ、ユーワ・ジュヌーンっていって、あたしの必殺技! すごいでしょ?」トキはウィンクしてみせた。
「でも、威力は全然ないから、気にしないで下さい。ごめんなさい、びっくりさせて」自由奔放な先輩の代わりにリラが謝った。
「あぁ?」トキはリラの端っこを指でつまんだ。「リラ。威力ないっつった? 先輩のVMTの威力がない?」
「いや……すいません。でも、アンチVMTフィールドあるんで……」
「でも合成獣、びっくりしたでしょ! 直撃当てたし」
「ごうせいじゅう?」ミスペンが訊き返した。直後、それが間違いだったと気づいた。リラの必要以上に詳しい説明が始まったからだ。
「皆さんが戦ってた化け物のことです。そもそも合成獣というのは、およそ200年前に起きた『ハルチーズ・カー・アント事件』で広範囲に大損害をもたらした――」
このままだとしばらく説明を聞き続けることになりそうだったが、トキが「ちょっと! 百科事典!」と止めてくれた。
「あっ……ごめんなさい」
「百科事典?」
「この子って説明大好きなんだけど、なんかいっつも難しい説明の仕方ばっかりなんだ。初見だとキツいよね」
ややこしい説明を延々続ける癖よりも、大した攻撃手段も持っていないのにこんな危険な場所に軽い気持ちで入ってきてしまうほうがよほど危険だが、それよりも今言うべきことは他にある。
「敵は君の攻撃をまったく気にしてないようだったぞ。我々が驚いただけだ」ミスペンはトキに言った。
「えー! 信じらんない。あんだけ練習したのに!」
「だから――」リラは困った様子で言った。「アンチVMTフィールドがあるから威力がないんです。わたし達ってここにいても邪魔なんですよ」
「そんなことないよ。ねえおっさん、うちに来て」
「とは?」
「うちの学校! ラライ部に来てよ」
「いや、無理ですよ……部外者ですし」リラが苦笑して止める。
「部外者じゃないよ、うちに入学したらいいじゃん」
「いや……多分無理だと思います」
「なんで!?」
「えーっと……入学に必要な資格は色々あるんですけど、とりあえず入学どうこうの前に、まずこの人は……」
「もう、ややこしい! とにかくうちの学校来りゃいいんだって」
マイペースな先輩にリラは振り回されているようだが、少なくとも、この2人は邪魔するつもりでここに来たわけではないことはわかった。
「そんな話は後だ。君達はどうやってここに入ってきた? 危ないぞ」
ミスペンは少し語気を厳しくするが、トキは『おっさん』呼ばわりしてナメているだけあって、素直に聞くはずもない。
「先生みたいなこと言うね。ねぇ、おっさんってなんで角ないの? ヴィラームだよね」
「本当、すいません。ここまで追ってくるつもりはなかったんですけど」
「何? あたしが悪いって言いたいわけ?」
「君が連れて来たのか?」ミスペンは少し厳しい目でトキを見たが、それでも彼女は気にしていないようだ。
「いやー、だって、おっさん強いから」
「あの、まだ合成獣が倒せてないんで……」と、リラは遠慮がちではあるが、重要なことを教えてくれる。
「あれ? あんなにズタボロにしたんだから、さすがに死んだっしょ」
「いや。今スキャンしてますけど、まだ弱点が潰せてないです。だから、動き出してます」
「なんだと!?」
その時、遠くから「とっとと死になさい!!」とターニャの怒声が聞こえる。また合成獣との戦いが始まってしまったらしい。
「あんなにやったのに、まだ残ってんの!?」
「待て」ミスペンが止める。「弱点とはなんだ? 詳しく教えてくれないか」
「あの敵は弱点を攻撃しないと死なないんです。弱点は脚の付け根です」
「そうか……君達はここにいるんだ」
「いや、手伝うよ」
「危ないぞ!」
「あたしら、一応ラライ部なんで。ちょっとは強いよ」
ラライ部が何かなど、聞いている余裕はない。ミスペンはこの2人を連れて、おそらくまだ合成獣と戦っているであろうターニャのもとへ走った。